FINAL FANTASY F   作:クロム・ウェルハーツ

6 / 6
尖兵

「ルクス!」

 

 一番早く行動を起こしたのはアリスだ。彼女にとって、ルクスは憎しみの対象である光の選者であっても、目の前で命を落とされるのは認められないことであった。

 アリスは多大な影響を過去の喪失から受けていた。隠れている家の影から見た光景、カオスの尖兵が村の人々を欠片ほどの慈悲もなく次々と機械的に殺していく場面はアリスの心に深い爪痕を残し、彼女に喪失をしないことを自らに誓わせる結果となった。そして、これから喪失をしないために力を付けることをも彼女は自らに誓ったのである。

 アリスは一見、表面上は冷たく振る舞っていても、その内面は慈しみ溢れる女性だ。だからこそ、シドやオレンに先んじて傷ついたルクスに駆け寄り、手を翳すことができた。

 

「ケアル!」

 

 回復魔法ケアル。聖属性の魔法で、その効果は対象の体力(HP)を回復させるというもの。しかしながら、あくまでもケアルという魔法は()()が効果の魔法だ。これは言い換えると、回復以外の効果はないということである。

 

「親父! タイタンを!」

「分かってる! アリス! ルクスを頼んだ!」

 

 ルクスの元に駆け付けたアリスの前にシドとオレンが躍り出る。ケアルを使って大きな隙ができているアリスをタイタンの攻撃から守ろうとしての行動だ。

 

「村長! タイタンは任せます!」

 

 アリスの脳裏に最悪の結果が過る。ルクスが先ほどの攻撃で死んでいたらケアルでの回復はできない。蘇生魔法、レイズという魔法もあるが、彼女はレイズを使うことができない。戦闘不能に陥ったルクスを救うことができずに、自分の目の前でまたしても命を失わせるのか?

 それは嫌だ。そうアリスが望んでいても、現実は常に残酷なものだ。幼い頃、力がなかったあの日に戻ることができないということを理解しているように、アリスはタイタンの攻撃はルクスが到底耐えることができるような攻撃ではないことを理解していた。

 

「くっ……」

「へ?」

 

 しかしながら、これまでも、そして、これからも現実は常にアリスの想像の上を行く。すんなりと体を起こしたルクスを呆けた顔で見つめるアリスにルクスは大丈夫だというように笑いかける。

 

「アリス、回復ありがとう」

 

 視線をタイタンへと向けたルクスの様子はアリスが予想していたものとは全く異なっていた。

 

「なぜ、お前は動ける?」

「君がケアルを掛けてくれたからだ」

「戦闘不能にもなっていなかったのか? いや、そんな訳はない。タイタンの攻撃はペルトゥルに来たばかりの光の選者では一回の攻撃で戦闘不能に陥るハズだ。それなのに、なぜ、お前は動けているんだ?」

 

 合点がいったというようにルクスは瞬きをしながら首を縦に動かす。

 

「アビリティ、セインクロスは攻撃と共に私に復帰魔法(リレイズ)の効果を与えるものだ。それで、戦闘不能に陥らなかった私は君の回復魔法ですぐに立てたということだ」

「なんだ……心配して損した」

「心配をかけてすまない」

 

 安心して思わず口から出た心の声をルクスに聞かれ、さらに返事をされたとあっては、いつも冷静なアリスでも、その表情を羞恥に染められずにはいられない。

 

「黙れ! 元はと言えば、お前が弱いからこうなったんだぞ!」

「すまない」

「すまないじゃない! 忘れろ! 私がお前にしたこと全部!」

「それはできない。君からの恩を忘れることはしたくない。少なくとも恩を返すまでは忘れることはできない」

 

 やや強い口調でいうルクスにアリスは『ああっ、もうっ!』と苛立ちを言葉に、そして、態度にしてぶつける。

 

「その恩人が忘れろと言っているんだ! なら、忘れるのが恩返しというものだろう!」

「む? そうなのか?」

「そうだ!」

「おい! 早くこっちを手伝ってくれ! 予想以上にコイツ、強い!」

 

 オレンの焦った声で二人は言葉を止める。今は言い合いをしている場合ではないと気がついたのであろう二人はそれぞれの得物を構え、オレンとシドの隣に並ぶ。

 

「ルクス、無事だったか」

「ああ。遅れて済まない、シド」

「全くだ。んで、体力は大丈夫なんだろうな?」

「体力は、な。ただし、セインクロスを放ったことで魔力は切れた」

「あれだけのアビリティだ。連発できるようなもんじゃないと思っていたが、やっぱりか。しっかし、あれだけの威力のアビリティを正面から喰らっていてピンピンしているなんざ、タイタンのヤローの体力はどうなってやがるんだ?」

 

 目の前で唸り声を上げる召喚獣を呆れた目で見ながらシドはぼやく。

 

「村長。私がジンを直接狙います」

「……それしかないか。アリス、任せるぞ」

「はい」

「あと、くれぐれもやり過ぎないようにしろ」

「心得ています」

「ホントかなぁ……」

 

 アリスは一度、疑い深げな表情のオレンを睨み、ジンの方を向く。その目線は鋭く、ジンを数歩後退らせた。そして、タイタンを前に出させることも同時にさせたのだった。

 

「アリスを倒せ! タイタン!」

「ちっ!」

 

 ジンの命令に従い、標的をアリスに定めたタイタンに向かって彼女は舌打ちをする。少しやり辛くなったのはアリスも認める所であるが、彼女の標的は今だ変わらずジンのままだ。

 

「フェザーステップ」

 

 だが、アリスは目の前に障害が有るならば壊して進めばいいと考える人間だ。アビリティ:フェザーステップを使って近づいてきたタイタンに剣を振るう。羽のように軽やかな剣舞はタイタンに避けさせることはさせなかった。

 しかしながら、アリスの技量を以ってしてもタイタンの体に傷を付けることはできなかった。とはいえ、アリスは始めからタイタンにダメージが通ることは期待していない。重要なことはフェザーステップがタイタンに当たったことだ。

 攻撃を受けた者の被クリティカル率を10秒間上げるアビリティ:フェザーステップ。クリティカル攻撃、通常の攻撃の1.2倍の威力が入りやすくなったタイタンに向かってアリスは蹴りを放つ。フェザーステップからの連続攻撃を避ける術はタイタンにはなかった。クリティカルが発生し、思わぬ痛打を受けてタイタンは怯む。

 その一瞬の隙を逃すアリスではなかった。タイタンの横を通り抜けジンへと迫る。

 

「ひっ」

 

 自身の召喚主に危機が迫っていることを感じたタイタンは振り返り、自分の背を向けているアリスに向かって攻撃を加えようと拳を固めた。

 

「させねぇよ!」

 

 しかし、その拳が振るわれることはなかった。シドとオレン、そして、ルクスがタイタンへと攻撃することでタイタンは大きく体勢を崩した。後ろで倒れるタイタンの音を背にアリスは更にジンへと迫り、彼の目の前に立つ。

 

「あ……あ」

 

 ジンの前に立つアリスの表情はジンがこれまで見てきた表情とは全くの別物。それは正しく魔王と同等の恐怖をジンに与えた。身を守る術はなくジンにはアリスの攻撃を受け入れる以外になかった。

 ゴツンという音が響いた。

 

「いったあ!」

「さっさとメモリアシステムを止めろ。さもないと……もう一発だ」

「わ、分かったよ!」

 

 ジンがクリスタルツールを操作するとタイタンは光に包まれて、その姿を消した。終わったのだと判断したルクスは武器を掌から消す。自身のクリスタルツールに中に光の粒子となって保存された剣を確認したルクスは視線を前にやる。アリスにジンが一方的に怒られている光景を見ながらルクスは苦笑した。

 シドとオレンもルクスと同じ感想を抱いたのだろう。ジンはアリスに任せておいたほうがいい。というより、ここで止めに入るとアリスの怒りの矛先が自分に向かうから止めておきたいという気持ちの方が大きかった。

 しかし、これでカズスの村を襲う魔物たちはいなくなるハズだ。タイタンを操る際に、ジンのコントロールが届かなくなった魔物はタイタンの姿を見て敵わないと思ったのか全て逃げ出していた。カズスの村から離れた魔物たちが町に来ることはそうないだろう。そうシドとオレンが話していることを聞いてルクスは胸を撫でおろした。

 そして、彼は何となしにアリスとジンに視線を移す。

 

「む?」

 

 彼らの後ろの方に黒く蠢く者がいた。人型である。というより黒い甲冑を着込んだ人間のように見えるが、ルクスの勘は告げていた。奴は危険だと。

 今だ話し込むシドとオレン、そして、アリスとジンの隣を通り抜け、彼らよりも先にルクスは出る。

 彼が右手を斜めに振り下ろすと、その動きを読み取ったクリスタルツールが彼の手に剣を出現させた。それを握り締めて構えると、アリスの震える声が聞こえた。

 

混沌の尖兵(カオス・エッジ)……」

 

 名前からして強そうだ。ルクスが視線を強めると、それに気がついたのかカオス・エッジは膝を曲げた。

 

「なっ!?」

 

 重い甲冑を纏った者の動きとは到底思えない。そう感想を出すほどの速さで動くカオス・エッジはルクスに肉薄し、その手に持つ黒い剣をルクスに振る。

 しかし、それは黄金の煌めきによって阻まれた。

 

「負けない」

 

 咄嗟に反応したルクスは鍔迫り合いに縺れ込ませることに成功した。

 

「強いな」

 

 しかし、膂力は相手の方に分があった。ジリジリと押されていくルクスが額に汗を流し、善後策を練っていると、横から剣が差し込まれた。

 

「退くぞ!」

 

 オレンだ。横から差し出した剣で以ってカオス・エッジの体勢を崩したオレンはルクスの手を握り、後退を促す。

 

「オレン? しかし……」

「いいから! 親父! 行くぞ!」

「テメェらは先に行け」

「なに言ってんだ! 死ぬぞ!」

「だからだ。アリスとジンを頼んだぜ、オレン」

 

 座り込み、震える体を両腕で押さえつけるアリス、そして、呆けたように大きく目を見開くジン。撤退するにも、手助けが必要な状態だ。

 その二人の様子を見たオレンは決断を下す。

 

「ああッ! クソッ! 帰って来なかったら許さなねぇからな、親父!」

 

 しかし、シド一人を残すことはルクスには認められることではなかった。

 

「シド、私も残る。先ほどは不意を突かれたため倒すことができなかったが、次は負けない」

「ダメだ。ルクス、お前もカズスの村に戻ってろ」

「しかし」

「戻ってろって言ってんだ!」

「シド?」

「カオス・エッジは部隊で動く。一体見つけたら、最低でも五体はいる」

「尚更、戻れない。君が危険だ」

「たっく。お前さんは……」

 

 呆れたようにルクスを見るシドであったが、ルクスの表情を見た彼は考えを改めた。

 

「じゃあ、お前さんはオレンたちの護衛だ。動けなくなっている二人を抱えるのがオレン、そんでお前さんは無防備なオレンを守ってやってくれ」

「そう言われると、私は引き受けるしかない。……済まない、シド。ここは任せた」

「おうよ」

 

 背を向け、ルクスはオレンと共にアリスとジンを抱えてカズスの村へと走り出す。彼らを見送ったシドはゆっくりと立ち上がったカオス・エッジを見て、大きく溜息をついた。

 

「ぞろぞろとお出ましだな」

 

 立ち上がったカオス・エッジの後ろに10体以上のカオス・エッジが駆け付けてきていた。

 

「来いよ。あの時と同じように叩き壊してやる!」

 

 ウォーハンマーを構えながらシドは大きく声をあげた。

 

「テメェらには絶対にカズスの村をやらねぇからよ!」

 

 それは村長としての責任もあったが、心の底からシドが愛した村を蹂躙させないという決意でもあった。しかし、それを嘲笑うかのようにカオス・エッジの軍隊はシドに一斉に襲い掛かる。

 

「親父……」

 

 遠くから聞こえてきた金属と金属が奏でる音に振り向いたオレンは一瞬、辛そうな顔をしたが頭を振って気持ちを切り替える。

 体を張って時間を作ってくれている親父のためにも、そして、オレの前で魔物を倒してくれているルクスのためにも立ち止まれない。アリスとジンを抱え直し、オレンは前を向く。

 だが、彼の歯は自らの唇に食い込んでいた。

 




Tips

タイタン
⇒召喚獣である。メモリアという物質の中に残留した魔物:タイタンの記憶をクリスタルツールが読み取ることで魔法で疑似的にタイタンを出現させている。
属性は土であり、物理攻撃を半減とするので、雷属性の魔法攻撃を用いれば楽に討伐できるだろう。

カオス・エッジ
⇒カオスの軍勢の中の雑兵に当たる存在。混沌の力を持つ者の中で最下位の存在であるが、その力は通常の魔物や、光の選者でも並の者では返り討ちにされるほどである。
見た目は黒い甲冑を着込んだ人間に見えるものの、中に人が入っている訳ではなく中は筋肉が詰まっている。
鎧のように見える部分は昆虫と同じように外骨格であり、その硬度は鉄と同等の硬度を持つ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。