あぁ……なんたる失態だ……。
古びた部屋の隅で私は頭を抱えていた。
時計を見れば0時24分。
そう。今日は…いや昨日は私の愛する妻、リンダとの結婚記念日である。
やってしまった……
とはいえ言い訳ではないが魔王城の仕事は忙しい。我が魔王城は訓練施設、病院、さらには飲食店など様々な施設を経営している。部下たちがいそいそと働くのを横目で見ながら疲労に負けて休んでいた。
だが『魔王』もぼーっとしてられない。
部下たちが必死に働くのを見てぼーっと、ぼーっと……そう。私である。
部屋の隅で弱々しいため息をつく私に、ふと耳をつんざくような声が聞こえた。
「こらー!またサボってるの?魔王なんだから仕事しなさいよ」
この少女はユダ。栗色の髪は肩ほどまである。面倒見のよい姉のようなやつだ。
だがここでユダにあうとは都合が悪い。
「なぜ貴様がおるのだ。今日の仕事場はここではないぞ。」
私はため息を吐き、下を向いたまま言った。
「あんたが仕事してるかどうか見回りに来たのよ!サボってばかりじゃない!」
耳障りな高音がさらに私を疲れさせる。
「私は魔王だ。魔王が5時間労働なんて聞いたことあるか?」
「魔王だから働くのよ!最近はずっとサボってるし!……一応心配もしてるんだから」
余計なお世話だ。
「私は妻のある身だぞ。心配などする必要はない。」
するとユダはふてくされて、ぷいと顔をそむけた。
そして、そのままパタパタと走り去ってしまった。
「ふぁぁ~…」
私は目が覚めた。時計を見れば8時。
晴れ晴れとした気分で
「魔王の間」を出た。
そう。今日はついに家に帰れるのだ。
魔王とはいえ、ずっと城にいるわけではない。
最近は残業続きで家になかなか帰れなかった。休息も魔王には必要なのだ。
余談ではあるが私の家は魔王らしからぬ家である。
壁は古びていてネズミやら蜘蛛やらが出てくるのはしょっちゅうだ。酷いありさまである。
だがそんな我が家にも唯一、清潔感を保っている部屋がある。通称、『獄楽の間』である。我が愛しのリンダの丁寧な掃除により心地よい空間を創りあげている。部屋に入ると私は机の上に一通の手紙を見つけた。
『ゴルザード様へ』と書いてある。
ゴルザードとは私の名前である。
手紙を開く。『一週間サウザ山脈に出かけてきます。今日は結婚記念日ですね。これからも宜しくお願いします。』
うむ、よろしく頼む。と言ったところで返事は無い。
小さな虚しさを感じた。
こんな夜には酒の一杯でも欲しくなる。
私は巨大な木箱の蓋を開けた。
中には5年間発酵させた名酒が入っている。
すると部屋の天井の方から何やら声が聞こえた。「……まお………どの……魔王殿!」
この声は!
私は部屋を出て、階段をのぼった。
「来られましたか、魔王殿」
やはり髭紳士であった。
この人物は前からこの家に住んでいて、私に家を貸してくれた人間である。当時、帰る場所が無く困っていた子供の私に声をかけてきた。私は魔王だ、と言ってみたが「わははははは!こいつは面白い!」と笑われた。
片手に杖、黒のシルクハットをかぶり、シャレた髭を生やしているため、私が勝手に髭紳士と呼んでいるのである。
ちょうどいい。今宵は二人で一杯飲むとしよう。
髭紳士がいつの間にか持ってきたグラスに酒を注ぐ。
髭紳士が楽しそうに言う。
「魔王殿との出会いに乾杯!」
今宵は月が綺麗だ。
………頭が痛い。まるで頭を鈍器か何かで叩かれてるようだ。
やはり飲みすぎたらしい。
今日は魔王城に行かねばならない。
仕事の前日に飲むべきではないと、反省である。
ふらふらした足で立ち上がる。
呪文のおかげで魔王城にはすぐに行ける。
魔王城についてから重い門を開けた。
「……っ!!」
何だこれは……!
部下たちが倒れている。
酷い傷だ!すかさず部下の悪魔に駆け寄った。
「どうした!?何があった!」
悪魔が声を振り絞る。
「勇者……勇者共が……ガクッ」
意識を失ってしまった。
「……勇者だと!?あいつらはとっくの昔に滅びたはずだ!」
ふとユダの顔が思い浮かんだ。
ユダ!ユダはどこだ!
彼女までもが居なくなってしまった。
「勇者のいる場所……!そうだ…あそこだ!」
髭紳士は呪文を唱えた。ワープの呪文だ。
「待っていろ……!」
これが私の旅の始まりだった。