もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】 作:こうこうろ
鬱蒼とした真夜中の森の中を当てもなく歩きながら、青を基調としたメット、ゴーグルそして服を着込んだ男――ローレシアの王子であったロランは、過去に思いを馳せていた。
――ローレシアという国は、彼が生まれてからずっと平和な国だった。しかし、その平和は邪悪な心を持つ一人の神官によって破られてしまった。
その名は、ハーゴン。
百数年前にはローレシアと同じ国であったムーンブルク王国の城を滅ぼし、満身創痍の状態で城から脱出した一人の兵士がかの恐ろしき神官の所業を父であるローレシア王とロランに伝え、そのまま息を引き取ってしまった。
彼は勇者ロトの末裔であった。
力も、十分にあった。
王子として、勇者の末裔として幼いころから古流剣殺法の指南を受け、剣の師には、天性の才があるとまで言われていた。
彼は勇者としてローレシアを、サマルトリアを、ひいては人々を守るために、ちっぽけなどうのつるぎとかわのよろいを身に纏い、邪神官ハーゴンを打ち倒すために旅立った。
……今思えば、既にその時点でローレシアの王子の運命が決められていたのかもしれない。
旅は、苦難の連続であった。
強大なモンスター、罠の張り巡らされたダンジョン、ハーゴンの神殿に待ち構えていた殊更に強力な魔物たち――
――山のように大きな巨人、アトラス
――強力な呪文使い、バズズ
――強烈なこうげきに加え、稲妻の呪文をも操る、ベリアル
そして、邪神官ハーゴン。彼らを打倒せしめた時、平和が訪れるのだと思っていた。
ハーゴンが自身を生贄に捧げ、呼び出された破壊神シドーと相対するその時までは。
『神』との闘いはまさに死闘だった。
お互いが死力を尽くし、どちらかが果てる時まで全力で剣を振るった。
そして――勝利したのだ。
シドーに勝利することが出来たのはひとえに稲妻の剣の魔力を注ぎ込み、その輝きと真の力を取り戻したロトの剣と、心強い仲間たちの存在があったからだろう。
呪文と卓越した剣技を両方とも使いこなしたサマルトリアの王子、サトリ。
強力な呪文、回復の魔法を使い、僕らの闘いを後ろから支えてくれたムーンブルクの王女、ルーナ……彼らは元気にやっているのだろうか?
ロランが出奔してしまったローレシアの国についても、今ではもうどうなっているか彼には分からない。
跡継ぎであったロランがロトの剣と愛用していた盾を持ち、着の身着のまま行方知れずになってしまい、混乱が収まらず、最悪反乱がおきたかもしれない。
それでも……それを分かっていながらも、彼は耐えることが出来なかった。
今まで自分の戦う理由であった人々からの恐怖を抱いた視線には。
畏怖の感情には……とても、耐えうるものではなかった。
――『破壊神を破壊した男』。
この異名が、ローレシア国民のロランに対する畏怖の感情を全て表していると言っていい。
魔法という奇跡の力も使わず、その人の理を超えた『ちから』と超一流の剣技をもって破壊神と渡り合ったその力が、武力が、暴力が自分たちに向けられたとしたら……。
この国民の感情は、かろうじて生き残った一匹の魔物が流した小さな噂がこの迫害の原因なのだが――それを今となってロランが知る術があるはずもない。
今、ロランは自分が人間なのか……それとも、勇者という名の化け物なのか、疑問に思ってしまっている。
人々を守るためにつけた力が、恐れられることになるだなんて思ってもいなかった。
サトリやルーナもこの感情を味わっているのだとしたら……そんなことは考えたくもない。
今、ロランが彼らにできることといえばささやかな幸せを、人々に愛される人生を送っていることを祈ることだけだ。
今にもモンスターたちが現れそうな深い森の中で一人歩きの冒険をすることだって、並の戦士なら自殺に等しい行為である。
しかし、ロランは並の戦士ではない。下手に低レベルな魔物の群れなどが現れたとしても、彼の力をただ拳で振るうだけで瞬殺できてしまう。
そんな彼の圧倒的力量差を理解しているのか、この森に入ってから一匹もモンスターを見ていない。
……いや、違う。
ここには微かに聖なる気があることをロランは感じ取っていた。彼の記憶違いでなければ、これは、アレフガルドの大地を創造した聖霊ルビスの気配に似ている。
遥か昔の勇者が彼女を救った際、聖なる守りを授け、以降僕らロトの一族を守り続けてきてくれた精霊。
この聖なる気がモンスターを退けているのだろうか?
その気配が最も強く感じ取れる場所を、ロランは探していた。
彼女なら、以前自分を助けてくれたように今の自分にも救いを授けてくれる気がしていた。
当てもない逃避行、その先に見つけたものは一本の巨木であった。
首を限界まで上げても、その足元からでは天辺が見えないほどに巨大だ。
そして、その場所は最もルビスの魔力を感じる場所でもあった。
「……今日は、この木の根元で寝ようかな」
誰に言う訳でもなく、一人呟いた。
魔王を倒すために長旅をしていたからか、一日歩き通しでも疲れることはない。
しかし、久々にあの旅のことを思い出したからだろうか、気疲れは感じていた。
木の根元に寝るためにちょうどいい場所が無いかを探る。仮にも一国の王子なのに、野宿に慣れてしまっている。
そんな自分に思わず苦笑が漏れた。
……そんなことを考えていたら、根の間に程いい大きさの隙間を見つけた。
男一人が横になるには十分だろう。
特にやらなければならないこともない。元々目的など無い旅なのだ。
あの頃と違い、地図を確認する必要も、仲間と語らうこともない。すぐに横になり、眼を瞑る。
ただ、夜、寝る度に実感するこの孤独感だけは、いつになっても慣れることはないだろう……。
ローレシアの王子、ロランは、薄れゆく意識の中でルビスの声を聴いたような気がした。
「哀れなる人の勇者よ。人に裏切られし悲しき勇者よ。せめて、この非力な私に出来ることは、私の加護も届かぬ遥か遠き安住の地へ、貴方を送り届けること……。」
ヘスティアは疲労しきった様子で、この『迷宮都市オラリオ』にある自身のホームである廃教会の隠し部屋への帰路についていた。
バイト先の魔石を使った調理機器を壊してしまい、長い説教を食らい、時給を30ヴァリスに下げる旨を伝えられたばかりなのだ。
「だいたいヘファイストスもちょっと厳しすぎるよ……。いきなり追い出すとかさ……」
その声に女神としての覇気はとても感じられない。
童顔ではあるが、一際可憐な顔も今ではその影もない。
無二の親友であったはずなのに、怠惰な生活を送っていただけで追い出すとは何事か! と憤慨する。
自分のファミリアの眷属だっていまだに一人も見つかっていないのに……。
そのヘファイストスにバイト先と拠点を斡旋してもらったというのに、なんと罰当たりな女神だろうか。
いつの間にか自分のホームの廃教会の入り口についていたらしい。その扉を開く――
――勇者が立ち直ることが出来なくなった時、教会に戻されることは世界の理だ。
つまり、ローレシア『元』王子であるロランがこの廃教会に倒れていたのは必然であったのかもしれない。
おお、ゆうしゃよ にげだしてしまうとは なさけない!
これは、英雄に憧れた少年の物語。これは、その少年に恋した女神の物語。そして――神をも屠った勇者の物語。
これは、少年『たち』が歩み、女神が記す【眷属たちの物語】――
「ちょっと! 君、大丈夫かい!?」
青を基調とした青年に駆け寄り、その体を揺すぶる。
その献身的な姿は、大多数の自己中心的な神々とは違い、その優しさを垣間見せる。
「う、ううん……」
うめき声とともに起き上がる。
その背中には豪華な意匠が施された剣と、円形の盾が背負われている。 その両方に女神であるヘスティアでさえ見たことの無い不思議な文字が刻まれている。これは神聖文字でも、共通語でもない。
「君は……誰だい?」
「僕? 僕の名前はヘスティア、これでもファミリアの主神を務める女神なんだぜ! ……まあ、眷属はまだいないんだけど……」
……ファミリア? 眷属? いや、そんなことより……女神!?
まさか、例えばルビスのような神が、本当にこんなぼろぼろの場所にいるものだろうか?
しかし、彼女の持つ雰囲気が、どこかルビスと似通っていたのは感じ取れた。
感じ取ってしまった。
「そ、そのファミリア、とか眷属って……どういう意味なんですか?」
疑問に思ったロランが尋ねる。
彼の口調が、ただの少女ではなく女神であることを知って自然と畏まる。
それを聞いたヘスティアは……まるで、世間知らずを見るような、怪訝な表情をしていた。
しかし、親切に、そして丁寧に詳しく教えてくれた。
要約してしまうと、ここは迷宮都市オラリオと呼ばれる、神々が降臨する以前から存続している広大な地下『ダンジョン』を保有する巨大都市であり、下界に降りたった神々が
その集められた人々が眷属と呼ばれているそうだ。
「……なるほど、ヘスティアさんのファミリアにはその眷属になっている人がいない、ということですか」
「うっ。痛いところをズバズバ言うね……君。それより、君の名前は?」
「……僕の名前は、ロラン。あなたも、名前ぐらいは知っているんでしょう?」
多大な覚悟を決めて、ロランは自棄になったように、諦めたような表情で自分の名前を教える。
名前も聞いたことが無いような都市であっても、破壊神を滅ぼし、平和を取り戻した自分の名前くらいは伝わってしまっているだろう。……親切にしてくれた少女のような女神(?)から、あの恐怖を帯びた視線を浴びることを考えると……辛い。
しかし、この優しい少女に嘘をつくこともなんだか気が引けてしまった。
「……? ごめん、その……君のことは、知らないなあ」
首をかしげ、可愛らしい声で答える。
その言葉はロランにとって、計り知れないほど衝撃的な言葉だった。
あまりのショックに頭を抱える。
その時、脳裏によぎったのは、今まで夢の中の出来事だと思っていたルビスのあの一言であった。
―――私の加護も届かぬ遥か遠き安住の地へ、貴方を送り届けること……。
ドラゴンクエスト2で、もょもとはとても頼もしい存在でした。自分が使ったのは2週目ですが。
もょもと、という名前をそのまま出すのはさすがに違和感を感じるので『ドラゴンクエストモンスターズ+』という作品での名前を選びました。設定などもそこから流用している箇所があります。あと、小説版からも。
ローレシアの王子は両方の作品でとてもかっこ良く書かれているので、鬼畜難易度DQ2でもょもとに助けられた画面前の勇者たちも要チェック!