もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】   作:こうこうろ

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書き溜めが尽きました。


第九話

 拠点に向かって歩を進めながら、金眼の少女は黒髪の青年の剣技に考えを巡らせていた。

 今まで見た事も聞いた事も無い容姿を持つ、冒険者と思しき男が市壁の上で見せたそれは、まさに絶技。

 あれほどの剣を自身が振るうことが出来るだろうか。

 この疑問の解決に没頭する余り、周囲の市民や冒険者に注視されていることには気付いていない。

 

 風の魔法さえ使えば似たような現象を再現することは可能だろう。

 風を刀身に纏わせ、大気を巻き込むような剣閃ならば出来る。

 しかし、技量の差を客観的に、そして正確に把握しているからこその結論を下す。

 

――自分の剣では『空気』を斬ることなど出来はしない。

 彼の剣はただの素振りなどではなく、まさしく空気を標的にしたもの。 二条の軌跡の上には、何も在りはしない。 

 そこに残るは無――即ち、不自然に造られた真空の空間である。

 真空は目には見えず、大気が巻き戻る現象だけが存在していた。

 

 その時、横には白髪の少年がいた。

 少女よりは近く、しかし青年から十分に距離を取った彼に対して教鞭を執っていたのかもしれない。

 力を追い求める者たち全てが喉から手が出るほど望むと思われる、青年の生徒という立場。

 それは、金眼の少女にとっても例外では無かった。

 

 いや、寧ろ冒険者の中でも一二を争うほどに求めているのかもしれない。

 力、というものを渇望し、執拗に追い求めてきたから……遂に、成長が打ち止めを迎え始めているからこそ、少年を羨ましいと人一倍に感じている。

 

 もし、黒髪の、ゴーグルを掛けたあの青年に会うことがあるのなら……恥を忍んで、師事を頼み込んでみよう。

 彼の人柄は知らないけれど、例え無下に断られたとしても、何も行動しないよりはマシだ。

 そう決断する頃には、彼女が所属するファミリアの拠点の前に到着していた。

 どうやら、あまり意識は向けていなくとも、その足は道のりを覚えていたらしい。

 

 中央広場から北に伸びるメインストリート。

 そこから一つ外れた街路の脇、オラリオの最北端に位置する建物の名は『黄昏の館』。数多の探索系ファミリアを抱えるオラリオの中でも屈指の実力を持つ『ロキ・ファミリア』の本拠である。

 明日に迷宮への遠征を控えた彼らは、本日は休息することを命じられていた。特に、当該の少女に対しては念入りに。

 

 戦姫、剣姫……その称号に遜色の無い実力を持ち、ロキ・ファミリアの中核を担う、たった今、館の扉を開けた金髪金眼の少女剣士の名は――アイズ・ヴァレンシュタインという。

 

 

 

 ヘスティア・ファミリアの面々は一つの転機を迎えていた。

 各々の生活パターンが形成され始めたのである。

 ヘスティアはバイトに勤しみ、ベルは実力に見合った上層まで下り、モンスターを狩り魔石を集める。

 ロランも同じく上層にまでしか潜っていない。そして時折ロランがベルに戦闘とは何たるかを指導するのである。

 三人が暮らしていくには十分すぎる金額を得ることが出来ており、貯金が増える一方の現状からすると、ヘスティアが一時貧乏暮らしをしていたことがまるで嘘のようだ。

 この様子なら、女神がバイトをする状況から脱する日も近いかもしれない。

 

 ここで疑問となるのが、オラリオでも最強の実力者であるロランが上層にしか行っていないことである。

 彼の実力に見合う階層がダンジョンに存在するのかはまだ分からないが、少なくとも上層のモンスター如きでは相手にもならないはずだ。

 特訓の最中、その旨の質問をベルもしたことがある。

 

「僕も、今よりは下には行けると感じるけど……アイテムだけでリュックが一杯になってしまうからね。食料とかを持つ余裕が無いのさ。だから、日帰りの探索が精一杯だと思うよ」

 

 例えどんなに人並み外れた実力を持つとしても、ただの人間(ヒューマン)が飲まず食わずで体力を非常に消耗するダンジョンにおいての戦闘をこなせる訳がない。とは、ロランの弁である。

 

……ベルは、ロランなら案外三日三晩くらい何も口にしなくても、難なくモンスターを薙ぎ倒してしまいそうな気がしたが、勝手な憶測を実際に口に出すのは流石に失礼というものだろう、親しき仲にも礼儀ありの心を、ベルはちゃんと心得ていた。

 事実、可能ではあるが。

 

 ベルもロランとの特訓や、ダンジョンでのモンスターとの死闘によってめきめきと技量を上げている。

 しかし、『古流剣殺法二文字』を習得するには至っていない。

 ロランの動作と似たような動きをすることなら出来るが、奥義の本質を捉えることが出来ていない。

 これでは、習得にはまだまだ遠い。

 最低でも、この技を修めるまでは特訓は続くことになるだろう。

 

閑話休題。初めての修行のおよそ十日後、ロランはようやく慣れ始めた迷宮の入り口にかなりの早朝からその姿を現した。

 昨日ベルをこれでもか、という程に扱くと同時に彼自身も決して軽くない、寧ろベルより遥かに過酷な修練を行っていたのにピンピンしているように見える。

 勇者の称号は伊達ではない、ということか。

 しかし、修行が終わった頃には喉に食事が通らない状態であったベルも、既にダンジョンに入っていることだろう。

 彼もまたオラリオでの生活に慣れてきた、といったところか。

 

 ロランは何時もの特徴的な青い装備を身に纏い、ゴーグルをかけて、ロトの剣とはがねの剣を背中に差した格好だ。

 この格好をする時は迷宮を探索する日と決まっている。

 プライベート(?)の服装と、探索する時の装備を使い分けることによって、装備しているときは好奇の視線を向けられようとも、せめて素顔、髪型の特徴だけでも広まるのを防ごうとしているのだ。

 『元』英雄にしてはかなり情けない発想も、今までは少しは効果があった。

 しかし、人相までもが完全に広まってしまうのも時間の問題だろう。

 

――思わずロランは憂鬱な気分に陥ってしまう。

 しかし、そんな事を気にかけてくれるような怪物共は存在しない。

 四足歩行の黒い獣。まるで大型の犬のようなモンスター……ヘルハウンドの群れ。

 五頭の口からは軽く火が漏れている。

 彼らの特徴として第一に挙げられるのが、強力な火のブレスである。

 ほぼ全ての生物にとって『高温』というものは脅威であり、一度喰らってしまえば重傷は免れない。

 

 ヘルハウンドの決死の同時攻撃が、ロランに襲い掛かる――!

 

 瞬間、ロランの身体を爆炎が包み込んだ。

 包囲した後に効果範囲の広い火炎放射、避ける隙など皆無である。

 一体の火炎ですら致命的な攻撃となる。

 それを複数回、ロランは喰らってしまった。

 勝利を確信したのか、感情など無いはずのモンスター共が心なしかニヤリとその口元を歪めたように見えた。

 『放火魔(バスカヴィル)』の異名に相応しい苛烈な炎、一介の冒険者など消し炭すら残るか怪しいものだ―――

 

 しかし、ヘルハウンドご自慢の火炎は、ロランにとっては足止めにすらなりはしない。 

 まるで壁のように立ちふさがる炎を軽々とその両碗だけで振り払う。

 その顔に微かな煤は残るが、目立った火傷も残すことは敵わなかった。 いつもの装備も無事であるのは、その見た目に反して防具として、耐火性能が高いことを示している。

 その鋭い眼光の射抜く先にあるのは……当然、哀れな犬であった。

 はがねの剣を抜く動作、込められた殺気の行き先の獣に明日は無い。

 

――十一階層に、悲しき犬の断末魔が響く……。

 

 

 

 

 戦闘と呼ぶには余りにもあっけない戦闘を終え、ロランは一時の休憩を取っていた。オラリオの迷宮とは彼にとって摩訶不思議な存在である。

 太陽の光届かぬ地下空間であるのに植物が生えていること、発生源が不明な霧、倒すと塵に変わるモンスター……例を挙げるとキリが無い。

 しかし、幾度か探索を繰り返した今、構造については多少理解できた。 下層に行くにつれて階層の面積は増え、かかる時間も比例して増える。 日帰りで探索を行うとすれば……恐らく、十五階層目くらいが限度だろう。

 幸い、ロトの剣に関してはメンテナンスなどほぼ不要。

 維持費がかかるのは、はがねの剣だけという恵まれた状況である。

 贅沢な生活など元から望んでいない、金銭は必要以上に稼げている。

 当分は必要以上のリスクを背負わずに、ここいらの階層をメインに稼ぐ方が良いとロランは判断していた。

 

……しかし、ロランには、このダンジョンを造り出した者の目的が想像もつかなかった。

 人知をはるかに超えた能力で、何を為すためにわざわざ広大な迷宮を、そしてモンスターを産み落としたのか。

 以前の『敵』、邪神官であれば、世界の支配という明確な悪意があった。

 しかし、オラリオに潜むものは何であるのか見当すらつかない。

 そもそも悪意を持って造られたものなのか、それさえも分からない。

 

――ロトの血族としての考え方が染み付いてしまっているのか、『悪』を斃すことばかり、考えてしまう。

 そもそも、深層に潜るつもりのない彼には関係のない話であるはずなのに。

 

 考え事をしていた時、ロランの耳に地面がまるで振動するような音が響く。

 大型のモンスター、恐らく二足歩行の人型、数は十数体。通路の奥からの音のみでそこまでは判断できた。

 耳という器官の一つだけでも、モンスターに関してならこの程度の判断ならば歴戦の勇者にとっては容易なことである。

 しかし……ロランは今いる階層で、このような足音は聞いたことが無かった。

 

 通路の奥から姿を現すは――ミノタウロスの、群れだ。 

 雄々しい牛の頭部に、筋骨隆々の人の肉体を備えたモンスター。

 武器も持たず、特殊な能力も有さないが、その人外の膂力だけで冒険者にとって十分な脅威となりうる。

 

 そのはず、なのだが……。

 

 まるで、彼らより強大な何かから逃れるように狂乱しながら駆けるその様は哀れみすら誘うものであった。

 無論、これはロランだから抱いた感想であって、ただのLv.1冒険者などでは恐怖しか感じることは無かっただろう。

 

 ロランは立ち上がり、服の臀部に付着した土埃を払う。右手に剣を構え、盾を左手に装備する剣士にとってオーソドックスなスタイルを取る。 意識を思考から戦闘へと向ける速さこそ、異常な事態に慣れ切っていることの証。

 この数だ、軽い乱戦になることが容易に予想できる。

 彼は肉体の耐久力に任せて盾をここ最近は使用していなかったが、今回は違う。

 多数対一の場合には、盾という存在は重要な意味を持つ。

 複数の方向から迫る打撃を捌くには剣一本ではとても足りない。

 

 ミノタウロスにとってはまさに前門の虎に後門の狼。

 しかし、一度恐怖を植え付けられた者に再度挑むほど愚かではない。

 目の前にいる青い人間さえ屠れば、生き延びることが出来る可能性が生まれるのだ――

 

 しかし、その望みが叶えられることは永劫に無い。

 群れを追いかけている男女二人組の冒険者など比較にならない程の戦力が秘められていることに気付けるほどに彼らの勘は鋭くは無かったらしい。

 

 ミノタウロスが拳を振り上げる。

 次の瞬間に放たれる強烈な打撃は岩石をも砕く。

 しかしその拳を振り下ろす時は、来ない。腕を上に挙げた体勢のまま、上半身と下半身がズレる。

 ミノタウロスの動体視力では到底捉えられない速度の袈裟斬り。

 身体を両断されたというのに、怪物たちは剣を抜いた動作にさえ気が付かなかった。

 赤い液体を噴き出しながら塵へと変わる仲間を見て怪物たちがたじろぐ。

 血に濡れた刃を血振りし、再度構えるその青き姿は、牛の瞳にはまるで化物のように映ったことだろう。

 

 

 

 二人の男女が迷宮の内部を疾走する。

 女性の方は金髪を揺らすアイズ・ヴァレンシュタイン。

 男性は乱雑に切られた銀髪の中に獣耳を携えた、いかにも荒々しい狼人(ウェアウルフ)、ベート・ローガ。

 ロキ・ファミリアの身内の張り切り過ぎにより討ち逃がしてしまったミノタウロスの大群。下手をすれば名も知らぬ冒険者が犠牲となってしまう。 

 それをみすみす見逃すほど彼らのファミリアは組織として腐ってはいない。

 追跡しながらミノタウロスの数を着実に減らしてはいたが、その隙に十数体見逃してしまった。

 

 通路を走った際、嫌でも嗅ぎ慣れた匂いが鼻に着く。

 

――血の、まるで鉄が錆びたような匂いだ。

 

 遅かったか、二人の胸中を悲観的な思いが支配する。

 

 広がった空間に、飛び込むように突入する。

 しかし、霧に包まれたルームには彼らが想像したような光景は広がっていなかった。

 一人の剣士が、左手に構えた華美な盾をミノタウロスが二頭いる内、片方の頭部に叩きつけた。

……頭蓋が砕ける音が聞こえる。

 逞しかった肉体が力を失くしたかのように崩れ落ちた。

 床にはまるで池のように溜まった、モンスターの物と思しき血。

 赤く汚れた魔石と角が、ミノタウロスが一頭を残して他に倒された事実を示す。

 

 剣士の、元が何色であったか分からない装備。

 血に染まった剣。残った一方の怪物に向けられた殺気。

 同じ意思を持つ人間であると理解していたとしても、誰もが怖気づいてしまうような異様な雰囲気を放っていた。

 

 ミノタウロスも剣士の放つ迫力に、それに見合って仲間をいとも容易く瞬く間に屠った戦闘力を前にして、ようやく逃走する。

 残ったのはただ一頭。他は残らず殺戮された。

 異形の向かう方向には二人の人間が見える。一度は敗走した相手の片割れだが、あんな化け物のような存在と闘うよりは生き残る目があると判断したのだろう。

 臨戦態勢を整えた男女の冒険者に、その両腕を叩きつけんと振りかぶる――!

 

 人に襲い掛からんとする怪物が、剣を持ったロランに背を向ける。

 勇者といえど、彼はそんな愚行を見逃すようなお優しい性格はしていなかった。

 まるで素振りをするかの如く、剣が何も無い空間を切り裂く。

 ただし、今回の標的はオラリオの空ではなく……モンスター。

 

――見えぬ強大な圧力がミノタウロスの上半身を叩き潰したかのように、怪物の上半身が破壊された。

 

 それはまるで小規模な爆発が突如発生したようでもあり、ミノタウロスであった肉片がバラバラと周囲に撒き散らされる。

 ロランは、モンスターすら殺せるほどの威力を持つ衝撃を、剣の一振りによって飛ばしてみせたのだ。

 

……例え彼の流派である古流剣殺法を修めたとしても、今の現象を再現することは不可能だろう。

 

 当然の摂理である、何故ならばそれは到底奥義などと呼べるものではなく、ロランの人外じみた怪力を駆使して成せる業なのだから。

 その際、虚を突かれた二人の冒険者に、血の雨が降りしきったのは不幸としか言いようがない。

 アイズは驚愕に尻餅を付き、ベートは血を浴びて尚、臨戦態勢のまま硬直した。

 血液自体は見慣れているが、目の前で不可解にモンスターが砕ける経験などしたことが無かったからだ。

 

 三人の遭遇は良くも悪くも衝撃的なものであった。

 この『出会い』が何をもたらすのか――それは彼らにも、例え神であっても知る者はいないのだろう。

 




今回は魔改造バズズの上半身を消し飛ばした一撃の登場です。そろそろ戦闘に関するネタは尽きてきたかな、ってところですかねー。

ボキャブラリーの貧困さを露呈し始めています。武器が剣だけで、さらに無双の描写ばかりしているのが原因だと思われます。

ロランとアイズwithベートの遭遇です。血に塗れてしまったのはベルではなく彼らになってしまいましたね。ロランがベルより下層に潜っているのに、ミノタウロスをみすみす見逃すはずが無い、と感じたのでこのような改変を行いました。

多少なりとも更新速度は落ちると思いますが、どうかこの作品をこれからもよろしくお願いします。

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