もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】   作:こうこうろ

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第十話

 ベートは、眼の前の男を何故か見つめていた金髪の女剣士――アイズを、足元にある魔石を拾い続ける剣士からその身で隠すかのように立ち位置を変えた。

 それは、ロキ・ファミリアの冒険者であり、狼人のベート・ローガが目の前の剣士――ロランについて、その()()を計り兼ねていたからである。

 彼も当然ロランの事については知っていた。

 ベートの主神であるロキが、何杯ものやけ酒を煽りながら「何であのアホんところにいいいいいいいいいいっ!!!!」と大騒ぎしていた、というのも少なからず要因に含まれるのだが。

 まあ、史上初のレベル二桁到達者であり、突如現れた最強の剣士の事を知らないオラリオ住人の方がおかしいともいえる。

 

 また、現在のロランの見た目はまさしく()()()であるとしか言いようがなかった、というのもベートがロランを計りあぐねた要因といえよう。

 青かったはずの装備はミノタウロスの血で真っ赤に染まり、ところどころ時間の経過によりどす黒く固まっている。

 また、剣も血振りをする間が無かったため、これも鮮血に濡れていた。 今回ベートが、ロランを狂戦士であると疑ってしまったのも、それは不可抗力である。

 

……ロランが、ミノタウロスに剣を振るったとき。

 ただ、ロランの戦意をベート自身では無く、彼の居た方角に()()()()()()()で、ベートの身体は硬直した。

 いや、()()()()()()。それは、弱者には価値がないとすら断じる彼にとって、これ以上に無い屈辱であったことは想像に難くない。

 そのため、無意識にベートは必要以上の敵意と警戒心をもってロランと対峙することとなった。

 もっとも、ロランとは完全に人畜無害といって良い存在であり、その行動は哀れな徒労にしかならないのも確かだった。

 

 ロランがその過剰な警戒心に気付かないはずも無い。

 そして、彼自身がいかに目の前の人物にとって怪しい存在であるかも理解していた。

 しかし、ロランにはその場を離れるわけにはいかないのも事実であった。

 その理由とは、単純である。

 ベートとアイズの足元に、彼が倒したミノタウロスの魔石が転がっているのだ。

 たった一つといえなくも無いし、そこまで生活が困窮しているわけでもないが、お金とは、大事なものである。

 以前、旅をしていた際に装備品を揃えるにも非常に、非常に金銭面で大変だった経験が、彼の身には染み付いていた。

 

 やがて、ベートはロランの彷徨っていた視線に気が付く。

 気付いてしまったら、僅かに警戒が綻びてしまった。

 最強の剣士のくせに、ミノタウロスの魔石一個分の金が大事なのか、と。

 しかし、その弛緩は一瞬である。

 思わず気が緩んでしまった彼自身に腹が立ち、軽く口の中で舌打ちをし、足元にあった魔石を軽く蹴っ飛ばした。

 流石に足技を主とした格闘戦に一家言ある、とでも言えばよいのだろうか。

 見事なコントロールで、魔石がロランの足元で止まった。

 

「……おら、さっさと拾え」

「ありがとう。それと……すまない、血を撒き散らしてしまって」

 

 あまり長々と二人の前にいてしまうと、自分が彼らの脅威として存在してしまい、警戒せざるを得ない。

 それを知っていたロランは謝罪だけ済ませて足早にルームから立ち去った。

 

ロランの背中が遠ざかっていき、ルームからその姿を消す。

 それまでずっと後姿を睨み続けていたベートは、大きな肩の荷が下りたかのように大きな溜息を一つ吐いた。

 そして、自分がかばい続けていた、先ほどから何の反応も無い仲間に振り返る。

 

「おい、アイ……っ!?」

 

 ベートは、驚愕した。かの女剣士の表情に。

 

――それは、まさしく怒りの表情であった。頬を空気で膨らませ、彼女が怒っていることを、これ以上に無く表す顔であった。

 

 千載一遇のチャンスを奪ったベートに対する憤怒は、それはそれは深いことだろう……

 

 

 

 名実ともに新米冒険者であるベル・クラネルは上機嫌であった。

 ヤモリのようなモンスター、ダンジョン・リザードを七体もまとめて退け、自身がより強くなっていることを実戦で感じることが出来たのは、英雄を目指す彼にとって大きな喜びである。

 

 また、ダンジョンに潜る前に、寝坊して朝食を食べそびれてしまったが、そのおかげで『豊穣の女神亭』従業員、シル・フローヴァから美味しい弁当を貰い、気力にも満ち溢れていた。

 勿論、彼女が薄鈍色の髪をポニーテールのようにまとめた美人な街娘であったことも、気力が満ちた要因の一つなのだろう。

 もっとも、弁当の代わりに夕飯をちょっと……いや、かなりお高いその店で食べることを約束してしまったが。

 

 周りを見渡して、隠れた敵がいないことを確認してからダンジョン・リザードからドロップした魔石をバッグに詰め込む。魔石を拾う前には、必ず周りに注意を払うこと。

 これはロランとの修行の中で何度も言われていたことだった。

 魔石を拾い終えた後、ベルの耳に足音が響く。

 オラリオに来てからというものの、五感の重要性はダンジョンの中で嫌というほど学ばされた。

 目を凝らし、通路からルームに入ろうとする影を注視し続ける。

 支給品のナイフを握りしめた手が、戦闘に入る前の緊張感によって汗ばむ。

 しかし、影の正体を把握すると同時に、その緊張がスッと引いていくのを感じた。

 

――その人影は、赤かった。()()()()()()()、血に染まって。

 

「今日は、随分……その……赤いですね、ロランさん」

「ははは……モンスターの群れと、遭遇しちゃってね。服に気を使う暇が無かったんだよ……」

 

 呆れ混じりのベルの声に、ロランは力なく返事することしかできなかった。

 最近、ロランは自分の装備に血液がつかないようにかなり気を使っている。 

 なにせ、ロランの装備は強靭ではあるが、ベースは布である。革鎧やプレートメイルとは違い、液体が付着しても拭うだけで何とかなるものではない。

 ダンジョンから戻るたびに、ギルドのシャワールームで一々洗濯するのはかなりの面倒だ。

 多少なりとも性能が落ちても新しい防具を買うのも良いかもしれないと考え始めてしまうぐらいには。

 

「夕暮れ時だし、僕はそろそろ戻るけど……ベル君は、どうする?」

「もう、そんな時間なんですね。じゃあ僕も戻ります……あっ、そうだ」

 

 ベルの頭には名案が浮かんでいた。 

 約束を果たし、ロランへの恩のほんの一部だが返すことの出来る妙案である。

 

「ロランさん、良ければ今夜は外に食べに行きませんか?」

 

 ヘスティアファミリアの三人は食事は毎食自炊することが常であった。 いくらオラリオの最強戦力を抱えているとはいえ、ファミリア自体の規模や稼ぐ金額は零細も零細、下手をすれば探索系ファミリアの中でも最小レベルである。

 あまり贅沢を出来る立場では無いのだ。

 

「いつもお世話になってますから、今日は奢りますよ!」

「……ちゃんと、ヘスティアさんも誘うんだよ?」

 

 ベルのとぼけた顔を見るに、彼は主神のことにまでは気が回っていなかったらしい。

 

 

 

 オラリオの西地区には、ファミリアに属さない一般の労働者たちが住居を構え、大きな住宅街が形成されている。

 中でも、西メインストリートの一際大きな造りの酒場こそ、『豊穣の女主人』である。

 元腕利き冒険者である女主人ミア・グランドが切り盛りするその酒場は、駆け出しには目が一気に覚めるような値段の、しかしながら美味い料理を出す店として有名だった。

……そして、Lv.2程度の冒険者であれば、無手で店から叩き出してしまえるほどの腕利きウェイトレスたちがいることが、一部で有名になっている。

 

 西の空に日がまだ沈み切っていない、明るい時分であるからだろうか、客の数はいまだ少なく、三、四人の冒険者のパーティーが木製のテーブルに数グループ、そして真っ直ぐに伸び、途中で直角に曲がったカウンターに一人、行商人らしき人がエールを片手に料理を楽しんでいるだけであった。

 しかし、もう三十分もすれば、冒険者たちで席が埋まってしまうことだろう。

 

 彼らに接客をしていた給仕の従業員と、恰幅の良いドワーフの女主人がふと、一部を除き()()()開かれた入り口に視線を向けていた。

 彼らの内で示し合わせていたわけでもなく、客が入ってきたわけでもない。

 実力のある従業員のみが、入り口に何か力強い気配のような、凄まじい()()を感じ取ったのだ。

 ダンジョン内や、様々な修羅場で鍛え上げられた『危機察知能力』を、たかが感覚と侮ることなかれ。

 実際に何度も危機を回避したことも数知れない、冒険者における一種の必須技能ともいっていいものなのだ。

 

 開けられた扉から入って来たのは、白髪赤目の少年であった。

 装備も、あまり質の良い物という訳でもなく、立ち振る舞いからも、明らかな新米冒険者であった。

 

(――あたしの勘も、衰えたのかねえ……)

 

 女主人が頭の片隅で自身の衰えを自虐しかけた時、少年が声をあげた。

 

「神様! ロランさん! このお店です!」

 

 その言葉……いや、名前が響いた瞬間、店にいた人物全てが大小様々な反応を見せた。

 女主人は軽く目を見開き、冒険者たちはその姿を一目見ようと酒を飲みかわしていたジョッキをテーブルに置き、一度入り口から視線を外した従業員たちも再度その入り口を見つめた。

 

「いやあ、ベル君に食事に誘われるなんて。 僕は果報者だね!」

「そうですね、ヘスティアさん。 そのうえ、今日は彼の奢りですから」

 

 などと談笑しながら入って来たのは、若干幼い顔立ちに、ツインテールを携えた美少女と、白い麻のシャツにカーキ色の簡素な長ズボン、そしてその普通で地味な格好には到底似合わない、異様に覇気を放つ見事な聖剣を身に着けた青年であった。

 

 誰の目にも青年がかの『最強の冒険者』である事は明らかだった。

 ただし、その恰好だけに目を取られて、少年が虚偽の事実を言い放っただけだと判断する未熟な冒険者もいたようである。

 彼らはロランを見て失笑を抑えることが出来ないようだったが、その様子をウェイトレスたちに白い目で見られたことにも気付かなかったらしい。

 

「あっ、ベルさん。 来てくれたんですね!」

 

 ここで、件の少女が、ベルに気付く。 

 勿論、彼女には危機察知能力など無く、入り口に視線を向けていなかった従業員の内の一人である。

 

「今日は、ファミリアの皆さんとご一緒ですか?」

 

 どうやら少年は女性ばかりの店に入ることに逡巡していたようだが、後ろに二人詰まっていたこともあり、決心を固めた様だ。一歩、足を店に踏み入れる。

 

「……ええ、やってきました」

「それでは、こちらのテーブル席にどうぞ」

 

 ヘスティア・ファミリア一同がシルに連れられて、ぞろぞろとテーブル席に移動する。

 その間もロランは奇異の目を冒険者たちから向けられ続けた。

 カウンターの行商人からもすれ違う際、ロトの剣を背負った背中をジッと見つめられる。

 

 しかし、悲しいかな、オラリオに来てから様々な視線に当てられ続け慣れ切ってしまったロランは気にすることも無く、彼らが案内された隣のテーブルに視線を向け……嫌な予感がした。

 

 隣のテーブルを含めた複数の客席には同じ札が立てられ、明らかに団体客が予約をしていることを暗示させていた。

 この迷宮都市において、団体とは即ちファミリアと言っていい程、多数のファミリアが存在する。

 つまりは、予約している団体もファミリアの可能性が非常に高いということだ。視線の多さには慣れたが、しつこく勧誘を続ける神たちとは関わり合いになることをロランは避けていたかった。

 

 しかし、今更何かを言っても変わる訳ではない。

 今は、仲間と食事を楽しむ時だと、半ば自棄になってメニューを開き、見つめる。

 そこには、何時もの食事の数倍はあろうかという値段の料理が書きつづられていた。

 

 思わぬ値段に、ハッとベルを見つめる。 

 しかし、彼に取ってもこの値段は予想外だったようで、顔が青ざめているのを隠せていない。

 

 まあ、ロランの懐事情からすれば問題ない金額である。

 最悪、ロランがこの場の会計は立て替えるか、そのまま払ってしまえば構わないだろう。

 しかし、ロランの予想に反してベルの決意は固かったようである。ベルは隣に座る女神と、向かいに座るロランに顔を向けると

 

「た、多分今持っているお金で払えるとは思うので……好きなだけ! 頼んでください!」

 

――と、言い放った。

 ベルが今回の探索で稼いだ金額は、およそ5600ヴァリス。

 パスタ一皿300ヴァリスの豊穣の女主人の会計を済ませたら、半分は消し飛んでしまうことだろう。

 それでも、少しでも、ベルにはロランに恩返しをしたいという強い気持ちがあった。

 

 ヘスティアも、料理の値段を見て少し逡巡したようだが……眷属の覚悟に、応えようと決めたらしい。

 注文の内容を三人で打ち合わせた後、ビシィッ! と効果音が出そうなほどにその右腕を直立させ、ウェイトレスを呼び止める。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 愛想よく話しかけるシルに、ヘスティアは壮絶な覚悟をその表情に湛えさせたベルを尻目に、長めの注文をこなしてみせた。

 

「前菜の盛り合わせを三つに、ハンバーグを一皿、ステーキ二つに、最後にパスタ三種類をそれぞれ一皿! お願いするよっ!」

 

 それは、ヘスティア・ファミリアの食費一週間分にも届くような注文であったという――

 




・・・大ッ変長らくお待たせいたしました、読者の皆様、お久しぶりです。

 ありがたいことに、続きを楽しみに待ち続けて下さったこと、感想を書いてくださった方からは、痛いほどに伝わってきました。本当にお待たせして申し訳ありません。

 しかし、書くには書いたのですが、話の展開が進まないこと進まないこと。その点に対しても謝罪を申し上げたいと思います。自分もなるたけテキパキと話を進めていきたいのですが、筆者の文章力・勉強不足なところも多く、待たせまくったくせして、話の展開はクッソ遅いという酷いことになっております。

 至らないところも多々ある筆者ですが、これからも暇なときにでもこの小説を閲覧していただければ幸いです。

 どうか、今後ともよろしくお願いいたします。

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