もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】   作:こうこうろ

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ヘファイストスの口調が安定しません!・・・難しい。


第六話

―――賑やかな朝食の時は終わった。

 何気無い会話をして、同じ食卓を囲む。

 それは、彼らと魔王征伐の旅をしていた時以来の……。

 

 ロランは頭を振って、頭に浮かびかけたことを追い出そうとする。

 一番大切なものであると同時に、トラウマでもある忌まわしき記憶。

 ベルが食器を洗う水の音、カチャカチャと皿が擦れる音がいやに大きく聞こえる。

 

「それじゃあ、私はホームに戻らなきゃいけないから……」

「またね、ヘファイストス!僕のファミリアの活躍を楽しみにしておいてくれよ!」

「はいはい……あ、そうだ。ロラン君、ちょっと来てくれる?」

「はっ、はい! な、何の用でしょうか……」

 

……考え事をしていた時に、急に話しかけられて、思わず声量が上がってしまった。

 ちょっと恥ずかしい……。

 

 ロランは、廃教会の隠し部屋に繋がるドア、その前に立つ女神の傍に歩み寄る。

 その瞳が、僕に対してどのような感情を向けているかは分からない。しかし、何か言いたいことがあるようだ……。

 

 瞬間―――ヘファイストスが、ロランの頭を抱き寄せた。

 

 ロランの頭が混乱する。

 何故? どうして? 何のために? 

 その時、彼女が彼の耳元で囁いた。

 

「大丈夫、君がしたことは詳しくは知らないし、聞かないけど……人を恐れることは無いわ。貴方のしたことは、決して間違ったことではないんでしょ?」

 

 赤毛の女神は颯爽と、扉の向こうにその姿を消した。

 鍛冶の女神は見抜いていた。

 刃に残る微かな闇の気配から、ロトの剣が切り裂いた邪悪の大きさを。 その力がきっと彼女たち―――神々に匹敵するであろうことも。

 彼の瞳に時折宿る闇が、その事に起因するものであることを。

 

 武器は、扱う人の姿を映すという。

 鍛冶を司るヘファイストスは、その言葉をきっと他の誰よりも理解している。

 邪悪であれば、全てを切り裂くことすら可能であろうロトの剣を扱える者の行うことが、人々に恨まれるようなことのはずが無い。

 

―――ロトの血脈より生まれし命、それは人々と常に共にある命でもあるのだから。

 

(……敵わないなあ)

 

と感じてしまう。

 

 ロランの使っていた剣を見ただけで、ここまで見抜かれてしまうなんて彼には思いもよらなかった。

 きっと彼女は、ロランという剣士が過去に戦った者について薄々気付いていることだろう。

 これも、神と呼ばれる存在だからこそ出来ることなのだろうか?

 

……ある意味、彼女は見当違いをしている。

 彼の成した破壊神殺しは、どんな人々の眼から見ても正しいものであった。

 しかし、彼にとって大事なことは自分の力を認めてくれること。

 普通の、力を求める冒険者たちが考え付くようなことではない、ロランの人外じみた力を知った上で、自分自身を認めてくれたこと―――それが、嬉しかった。

 

「あーっ! ヘファイストス! 僕の大切な眷属を口説かないでよ!」

「えっ! ロランさん、ヘファイストス様と何かあったんですか!?」

 

―――たった一日や二日の仲だけど、それでも、僕が守らなければいけない大切な仲間たちだ。

 何といっても、女神様の励ましだ、それに見合う働きはしなくてはならないな……。

 

「ちょっとどういう事だいロラン君! いくら親友のヘファイストスとはいえ、他の女神の色香なんかに騙されないでよね!」

 

……働く前に、何とかこの誤解を解かなければならないが。

 

 

 

 ヘファイストスが去った後、ヘスティア・ファミリアの面々は先ほどまで食事をしていたテーブルに向かい合っていた。

 今日の予定を話し合う、言わばファミリア会議を行うためだ。

 この話し合いをするまでに、誤解を解くためロランが多大な労力を要した、という事だけ伝えおこう。

 二人とも結構思い込みが強い性格だったのが彼にとっての不幸であった。

 

「それで、ベル君は初めてダンジョンに潜るんだよね……不安だなあ……」

 

 ヘスティアの気がかりも当然だ。

 ロランとは違い、ベルは素人もいいとこだ。

 彼女から神の恩恵を受けたとはいえ、戦闘の技術に関しては未熟。

 歴戦の剣士であるロランとは比ぶべくもない。

 

「それじゃあ、僕がついて行きますよ。教えられることも少しはあると思います」

「いいんですか、ロランさん?ファミリアの資金とか、大変なんじゃあ……」

「いや、昨日の稼ぎで当分は持つと思う。数日くらいなら、ダンジョン探索しなくても平気さ。……それに、君はモンスターと戦闘なんてした経験なんて無いだろう? 万が一、ということもあるからね」

「そ、そうですね……。それならロランさん、今日一日よろしくお願いします!」

 

 『戦闘』という言葉にベルの顔が青くなる。

 万が一ということは、要はベルがモンスターとの闘いで死に瀕することを表している。

 ソロでダンジョンに入る時、例えどれ程手練れの戦士であろうと付き纏う危険。

 それは、リカバーをすることの出来る味方が傍にいないということだ。 負傷し、逃走する際においても、敵を引き付けてくれる仲間がいなければ、成功率は大幅に下がる。

 治療、地理情報の把握、戦闘、その他様々なダンジョンにおいて必要な行為を全て一人で行う……Lv.1の駆け出し冒険者が本来出来るようなことでは無い。

 

 しかし、ベル・クラネルが眷属として所属するヘスティア・ファミリアは、残念ながら零細だ。

 大手からすると、吹けば飛んでしまうような規模の組織である。

 そんなファミリアに好き好んで入るような人は、今のところはいない。Lv.10冒険者のロランが入ったことにより、少しは改善されるかもしれないが……。

 

 かといって、レベル差の激しいロランとベルでパーティーを組むことは非合理的と言えるだろう。

 何しろ、たった二人しか眷属がいないのだ。ファミリアの運営は慈善事業ではない。

 ダンジョンに入るだけでも、傷を癒すのためのポーション、武具・防具の購入……決して安いとは言えない費用が掛かるのだ。

 

 となると、二人はお互いソロでダンジョンに挑まなければならないことになる。

 ロランは問題無い。

 しかし、新人冒険者であるベルには出来るだけ教えなければならないことがある。

 今までの冒険で培ってきた、生き残るための術を。

 

「それじゃあ、僕はジャガ丸くんの屋台でバイト!ロラン君とベル君はパーティーを組んでダンジョンの探索!今日も一日、頑張ろうねっ!」

 

 女神の激励を合図に、少年の迷宮英雄譚が今日より始まる―――かもしれない。

 

 

 

「や……やったっ!やりましたよ!ロランさん!」

 

 ここはダンジョンの一階層。

 先日、ロランの頭を悩ませた横幅の広い通路である。

 そこに現れた一体のモンスター……ゴブリン。

 ロランが戦った感覚からすると、この迷宮の中で最弱のモンスターだ。 ただ、その事実をベルに伝えて彼の喜びに水を差したくはなかった。

 

 ゴブリンを数回斬り付けて倒した武器……ギルド支給品のナイフ。

 刃渡り二十センチ程の何の変哲も無い、あまり威力は無さそうな短刀と、同じく支給品の安い防具をベルは装備している。

 基本的には、人体の中でも一番の急所である胸の部分だけを金属のプレートで覆っている。

 鎧というよりかは、寧ろ服に近いだろう。

 恐らく、ロランの着ているローレシアの職人謹製の装備に比べれば、防御力は随分と落ちるだろう。

 この装備は、ただの『ぬののふく』のようにも見えるが、其の実は違う。

 たとえ稲妻の呪文を受けたとしても、焦げ一つ付かない頑丈な代物なのだ。……流石に、『ロトの鎧』には劣るものだが。

 

 ベルの太刀筋は明らかに素人だ。

 剣を自在に振る筋力も無かったことから、リーチは短くても軽いナイフを選択しなければならないほど、戦闘に慣れていない。

 しかし、それでも一階層くらいのモンスターの強さであれば、複数体に囲まれることさえなければベルでも問題なく倒せるだろう。

 ベルがモンスターを倒すことが出来ているのも、もしかすると神の恩恵のおかげなのかもしれない。

 

(……一階層から三階層くらいまでなら、ベル君がソロでも潜れるかな?)

 

「ロランさん、あの辺りに何か変なものが見えませんか?」

 

 考え事に耽り過ぎてしまったらしい。

 異変の接近にも気付かないなんて……。

 

 彼が指し示す方角を見る。

 その時、壁の影からその姿を現す。

 青く、半透明なプルプルとした肉体。

 大きな二つの目……スライムだ。

 

「おかしいな、昨日の迷宮にはスライムなんて出なかったのに……」

「あれもモンスターなんですか?それにしては……その……随分可愛らしいような……」

「あのモンスターはあまり強くはないんだ。もう一度、戦ってみなよ」

「はいっ!」

 

 たかだか一時間余りで蚊トンボを獅子に変える、モンスターからの勝利とはそういうものだ。

 勢い勇んでベルがスライムに向かって突撃する。

 

 しかし、ただ黙ってやられるスライムではない。

 ベルがナイフを構えてまっすぐ進んできたのに対し、カウンター気味に体当たりを食らわした。

 ベルの肺から強制的に空気が排出され、口からくぐもった呻き声が漏れてしまった。だが……動けない程ではない!

 

 右手に持ったナイフで、ベルの胴体にぶつかった反動で吹き飛ばされたスライムを十字に切り裂いた。

 横に一閃、硬直したところを縦に一閃。四つに分かれたその体を維持できるはずも無く、スライムの力の源であった魔石が床に落ちる硬質的な音が、ダンジョンに小さく響いた。

 

 ベルにとっては激戦の最中、ロランは違和感を感じていた。

 スライムが、昨日だけ偶然姿を現さなかったとは考えにくい。

 一階層でかなりの回数戦闘を行ったが、スライムとだけは会わなかった。

 つまり、この階層に突然スライムが出現するようになったと考えるのが自然だ。

 

――いつの日か、このダンジョンを探り続けていれば違和感の原因も分かるのだろうか。

……それよりもまずは、先達として新米冒険者の失態を叱らねばなるまい。

 

「ベル君、油断し過ぎだ。いくら小さいからって、君の命を奪いに来る怪物たちなんだ。結果的に倒せたから良かったようなものの……」

「ケホッ……心配かけて、すみません、ロランさん」

 

 咳き込みながら、痛みによって涙目になりながら答える。

 きっとベルは勝利の甘い余韻から一転、まだまだ未熟なのだと自分が思い知らされた気分なのだろう。

 彼の涙は、案外痛みだけから出ているものではないのかもしれない。

 

……突如、ロランの頭が良いアイデアを思い付いた。

 

「ベル君、もし君がよければ僕が稽古をつけてあげようか?」

「えっ!そんなことして貰っても良いんですか?迷惑になってしまうんじゃ……」

「構わないさ。……何せ、君と僕は仲間なんだから」

「……!はいっ!よろしくお願いします!」

 

 ベルの顔が一転、喜びの表情に変わる。

 それも当然だろう。自分よりも一回り、二回り上の実力を持つ剣士に仲間だと認められていたのだから。

 しかし、後にベルはこの申し出を簡単に受けたことを後悔することになる……。

 

 

 

 ベル・クラネルは幸運だった。

 モンスターの群れに遭遇することが無く、多くても三匹ほどのゴブリンの集団にしか遭遇しなかった。

 その時は死に物狂いで逃げながらも、何とか倒すことに成功した。

 その姿をロランは見るだけであった。 

 今回は、あくまでベルが単独でモンスターとどこまで戦えるのかを確認するためだ。

 

(……なんで、ロランさんはモンスターに襲われないんだろうか。)

 

 そして、運が良かったとはいえ、遂に三階層目まで到達したのだ。

 ロランという強力な仲間が見守っていたとはいえ、初めての探索でこの結果は快挙だといえるだろう。

 

「ここからが三階層だよ、ベル君。……そろそろ、戻ろうか?」

「……そ、そうですね。もう、大分キツイです……」

「これから一人でダンジョンに挑む時は、もっと余裕をもって帰路に着かなきゃならないからね?」

 

 この時、ベルはロランがいることにより、余計な責任を感じていたのだ。

 実力の高い剣士が見守ってくれているのに、限界だとはなかなか言い出せなかった。

 彼の目尻には既に涙が溜まっている。

 今回の涙は、混じりっ気無しの過剰な疲労のせいである。

 ロランはベルの後ろに立って彼を見ていたことから、溜まった疲れには気付かなかったらしい。

 

(仕方ない、帰り道の戦闘は僕が引き受けるか……。)

 

 そう思ったところで、モンスターの姿が見えた。あの青い姿は……スライムだ。

 

「ベル君、あのスライムを倒してから帰ろうか。後を追いかけられると面倒だ」

「……僕がやります。スライム一匹くらいなら、まだ戦えそうです」

 

 両目をスライムの方向に戻すと、一匹ではなくなっていた。

 何時の間にかその数が増えている。合計、八匹。

 一体、いつの間に仲間を呼んだのだろうか……?

 

 二人が驚いている内に、八つの影が一つに集まっていく。

 二人はさらに驚愕する事となった。

 この現象は、スライムというモンスターを知っていたはずのロランですら見た事が無い。

 彼らが、正体不明の光を放つ――

 

――なんと、スライムたちが……!?

 

 合体してキングスライムになった!

 

 王冠を被った巨大なスライム、一目見ただけで、スライムの上位に位置するモンスターであることが分かる。

 その豪華な冠から判断するに、スライムの王様のような存在なのだろうか?

 

「ろ、ろ、ろ、ロランさーん! ダンジョンのモンスターって、合体なんてするんですかーっ!?」

 

 ベルは、混乱している!

 

 予測すら出来なかった事態に直面して、ロランに助けを求める。

 その姿は……何だか、情けなかった。

 

 一方、ロランは戦闘態勢を整える。

 一度も見た事のないスライムだ。油断は出来ない……が、手に取ったのはロトの剣ではない。

 バベルに開設されている、ヘファイストス・ファミリア支店で購入した片手用の鋼鉄製の剣。

 その鍔は半円を模したナックルガードになっている。

 お値段、一万五千ヴァリス也。

 その見た目は、ロランが使用していた『はがねのつるぎ』に酷似していた。

 

 背負った剣を見て、何故新しい剣を買うのかと売り子さんも困惑していた。

 ロトの剣があるのに、なぜそれを買うのかとベルにも聞かれた。

 その時は適当に誤魔化したが、購入した目的はただ一つ。

 

―――ロトの剣では、攻撃力が高すぎる。

 

 下手にベルを巻き込みかねない破壊力を持つ剣を、一時とはいえパーティーを組んだ状態で振り回したくはない。

 しかし、自分の格闘術だけではベルを守りきる自信は無い。

 この苦悩の結論が、新たな剣を購入する事だったのだ。

 

 キングスライムが、無防備であり、より近くに居たベルにのしかかろうと跳び上がる。

 その巨体とは裏腹に動きは意外にも俊敏だ。

 少年は、動くことが出来なかった。

 それは、巨体に襲い掛かられる恐怖による身体の硬直か、展開のあまりの速さに逃げることすら出来なかったのか、それとも両方か……。

 

――ベルの襟が掴まれ、投げ飛ばされる。

 助けられたのだと理解できたのは、尻餅を付いた衝撃を感じた後だ。

 その瞳に映るのは、今にも巨体に押し潰されそうな、仲間(・・)の姿――

 

 逃げてください、その一言を発することが出来なかった。

……正直に言うと、ロランの動きに見惚れてしまったのだ。

 まさに、開いた口が塞がらない状態である。

 

 ロランが放つ技は、元はロト流剣術――ロランのいた時代では、古流剣殺法と呼ばれる流派の究極奥義が一つ。

 

――鳳凰十文字大切断

 

 紛い物とはいえ、竜の王すら軽々と切断する一撃――いや、二撃。

 スライムの王など、物の数にも入らない。十字に敵を切断する様は、真空の刃を十字架として放つ『グランドクロス』と呼ばれる技に限りなく近い性質を持つ。

 この奥義は、先程ベルがスライムに向かって放った苦し紛れの斬撃とは天と地ほどの差がある。

 

 真空を、己が剣のみで創り出す。

 その絶技は、ある意味異常な技量を身に付けた者にのみ可能となる。

 

……これを成し遂げる者を、少年はこのロランという男しか知らない。

 

 ダンジョンの中という状況で、共に行動することでベルは気付くことが出来た。

 彼が、常に人々を助ける、英雄であったことを。

 彼の力を、今のように自分の危険を顧みずに、人の為に振るってきたのだということを。

 そう確信させるほどに、彼の動きに躊躇が無かった。

 保身を考えず、人を救う―――それが、どれほど困難なことだろうか。

 

……今になって、ようやくベルは知ることが出来た。

 

彼こそが、僕の憧れる『英雄』だったのだ。

 




ロランが着ている青い装備の正式な名前が分からなかったので、ローレシアの職人さんが作ったということにしました。というか、それ以外思い付きませんでした。 

この鋼の剣はDQM+仕様になっております。ドラクエ2のパケ絵に描かれている剣と同じですネー。

次回はベル君地獄の特訓の巻、かな?

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