僕らを窓際に押しやり、億泰の隣に忍さん、此方には那美さんがつめてくる。
軽く自己紹介をした限り、忍さんは僕らのクラスメートのお姉さんで、那美さんは彼女の高校の頃の後輩だとか。
クラスメートの月村が男だったか、女だったかすら覚えてないので、どこか曖昧な受けごたえが続く。
忍さんの反応から、僕らとそれなりに親しいことが窺えるのだが、クラスに親しい子など居ただろうか。
もしかして、昼休みになると親切にも、僕と億泰の軽食など買ってきてくれる前の席の彼だろうか。
いや、忍さんの容姿とすずかというどちらかというと女の子らしい名前で一人連想される子がいるのだが、
「あの子、おとなしくてどっちかというと消極的でしょ。だから異性の友達なんて珍しくて、あなたたちの話を聞いて、印象に残っていたの」
うん、じゃあ違うな。
あの暴力的なガキは頭のリストから除外する。
月村という名前に覚えはあるので、何かしら接点はあったのだろうが、思い出せず、冷めてしまったコーヒーに口を付ける。
億泰の方を見ると、先ほどから、何やら必死に踊り狂っているので呆れるしかない。
そんな呑気な頭の億泰と違い、年上のお姉さん方と話をなんとかつないでいる僕が馬鹿らしくなる。
同年齢の起伏のない体つきのお子様達と違い、メリハリのあるシルエットと年上の女性の甘い香りが僕の顔を赤面させ、正直しどろもどろなのだが、それでもここまでの時間は、振り返ってみればとても楽しいものだったのだろう。
話の内容も、クラスの出来事に始まり、僕の家庭の事で、母が仕事の研修か何かでこれから数日、店屋物が続くなどという愚痴、他にはここ最近海鳴の未成年の間で広まっているミイラババアなどの怪談話など他愛のないことが続く。
だから何の気もなしに那美さんが放った、
「ええ! 忍さんのお家に、泥棒が入ったって本当なんですか!」
という問題発言が忍さんの目を丸くさせ、僕の脳裏に月村家での出来事を思い出させてくれ、コーヒーカップを床に落とすことになる。
「仗助くん、大丈夫、怪我はない? 今、店員さんを呼ぶわね」
「いえ、大丈夫です。コーヒーは丁度飲み切っていたし、カップも割れてませんし」
動揺で落としてしまったカップを拾いながら、億泰の方に、視線で合図を送る。
億泰はようやく気付いたのかといった呈で、呆れた視線を返してくるのだが、わかっていたのなら、すぐに教えろよ。
「那美ちゃん、あなたどうしてそのことを知っているの? 警察に被害届も出してないから、知っているのは身内だけのはずなんだけど」
「えっ、そうなんですか? でもさっきから、億泰くんが必死にジェスチャーしているのを解読したらそうなったんですけど」
えっと、呑気だなんて思ってごめんね、億泰。
年上の美人さんの鋭い追及の目が、必死に狭い客席で目をそむける億泰に向かう。
「億泰くん、なんで知っているのか、お姉さんにわかりやすく教えてもらえないかしら? あら、仗助くんも何か知っているの?」
馬鹿、こっちに目を向けるな! 飛び火するだろうが。
そこいらの男性なら、軽く虜にしてしまいそうな笑顔がこちらに向くのだが、引き攣った笑みしか返せない。
「そうだ! 僕たちそろそろ塾の時間なんで、申し訳ないんですが、お暇させてもらいます」
「おお、そうだった! ジュクの時間なんでよ、悪いなお姉さん。……えっとそこ通して貰えねえか」
すんなり道を開けてくれた那美さんとは違い、笑顔でどっしりと道を譲らない忍さん。
そうだった、あの時も確かに強い意志を見せてくれた。
焦る億泰に、白々しく、いいことを思いついたという顔で、
「あら、ちょうどいいわ。今、車を呼んだの。二人とも塾まで送ってあげる。ふふ、子供は遠慮なんてしなくていいのよ」
「……ええっと、よく考えたら塾に入ってなかったので遠慮します」
「……ああ、俺の通っているところはこの前、潰れたんだった。今思い出した。 ……那美姉ちゃん、なんで何もない所でこけてるんだ?」
逃げ道が着実につぶされる。
何か言い訳を、
「そうだ! す、すずかから聞いたんだ」
「そう、今、すずかの携帯にかけるから少し待ってね」
「い、いや、すずかの話しているのを偶然聞いたというか、何というか」
下手な言い訳がどんどん道をつぶしていく。
このままでは、住居不法侵入とか、窃盗などの罪で、少年院に直行だ。
新聞デビューを果たす僕。
母や祖父の悲しむ顔が見える。
いや、まだ決定的なボロは見せてないはずだと、席に着きなおし、落ち着こうとカップに口を付け、飲み干してしまっていた事に気づく。
そんな僕らをあざ笑うかのごとく、
「ところであなた達、『呪いのデーボ』って知っているかしら?」
忍さんの絶望的な言葉が耳に響く。
またも動揺し、カップを落とす僕。
テーブルの下で陶器の砕ける音が不快だが、弁償するのは、いやなので治し、テーブルの下から顔を出す。
「ええっと、那美ちゃん。私に何か恨みでもあるのかしら?」
「うええ、忍さん、違うんです。吃驚しちゃって。え! 何にですか? えっと何でしょうね? あははは……ごめんなさい」
そこには紅茶まみれの忍さんと必死に謝る那美さんの姿があった。
なにが、あったか知らないが、ヒートアップしていた忍さんが落ち着き、先ほどの言葉もなかったことに出来ないかと口を紡いで待っている。
のだが、出方を窺っている原因は僕らや忍さんを無視して、
「……ほら、もう一度出てきて、私はあなたの味方だよ」
とか
「ここは、あなたのいる場所じゃないの。未練があるなら私に話して」
や
「お願い、あなたが成仏してくれないとこの子にも影響が出るの。あなたはこの子の身内の人なのかな?」
と僕の隣で中空に囁いている優しそうなお姉さん、もとい、電波お姉さん。
「あ、あの那美ちゃん。あなた疲れているみたいだし先に帰ってくれていいのよ?」
忍さんの気遣った問いに、那美さんではなく、頷く僕と億泰。
三人の生暖かい視線に気づき、慌てて何やら弁解を始めるお姉さんには悪いが
「違うんです、私そんな病気とかじゃなくて。ああっ! 仗助くん、さりげなく離れていかないで!!」
ひっ、う、腕をつかまれた。
自分を落ち着かせるためか、一気に紅茶をあおる那美さん。
それを宥める忍さんに隙ができる。
億泰もそれに気づいたのか、二人にばれないようにスタンドで合図を送ってくる。
頷き、テーブルの下を通って逃げてきた億泰と共に全力で店の入り口に、
「ああ、あなた達、待ちなさい! はあ、もうしょうがないか……所で那美ちゃん、やっぱり私になにか恨みがあるんじゃない?」
店の入り口から、追って来ることのない、なぜかまた紅茶まみれになっている笑顔の怖い忍さんと、テーブルの下で土下座している那美さんが見えた。
その次の日の休日の昼間、昨日の事と忍さんたちが話してくれた怪談について億泰と電話で相談する。
ミイラババア、それ自体は特になんの珍しさもない怪談なのだが、これにある要素が加わってとても物騒なものになっている。
○小学校の何々君が、人気のない暗い夜道で、顔を包帯で覆った老婆に出会い、弓で射ぬかれて気を失ってしまう。
なのに、気が付けば老婆は居らず、深く残るはずの矢傷もほんのかすり傷程度だったという不思議な話。
この最近はやりだした怪談にある可能性を見出した僕らはこの後、調査を始めるのだが、
「おーい仗助。わしゃ、今手が離せないんじゃ。代わりに、応対しといてくれ」
爺ちゃんの言葉に、ブザーの鳴った玄関に向かうと
「こ、こんにちわ。私はファリン・K・エーアリヒカイトです。えっと」
美人のメイドさんが現れた玄関に背を向け、
「おい、じじい! 母さんが居ないからって、孫もいるこの家に、何、デリヘル頼んでやがる!」
っていうか、その枯れた歳で、メイドとかマニアックすぎるわ!
「仗助! 人聞きの悪いことを大声で叫ぶな! ご近所の噂になるだろうが」
爺ちゃん、今の拳骨、かなり本気だったよな。
涙が出てきたぞ。
「ばかもん、非番じゃなけりゃあ、どたまに風穴開けとるぞ。あーすまんが、どこかの家と間違えとりゃせんかね?」
「あ、あのちが」
「んんっ、君ちょっと年齢を確認させてもらっていいかね。こういったことをしていい年じゃないんじゃなかろうか?」
真っ赤になって何かを言おうとするデリ嬢。
「ち、違うんです。私は、主人の紹介で奥様の代わりにここ数日の夕食の支度をしに来たメイドのファリン・K・エーアリヒカイト と申します!!」
半泣きのメイドさんに、ああ、朋子の言っていた家政婦さんの、と納得していた祖父に、メイドと家政婦は180度違うものじゃないかなと納得できない僕は、もしかしたら頭の固い人間なのかと、真剣に悩む小学三年生なのだった。
霊とスタンドの関係に悩んだんですが、今回の話はジョジョ的設定ではグレーまではいかないと思ってます。