昼間の子供たちの喧騒がなく、夜の公園はただ、風がブランコを小さく揺らす音、市によって植えられた木々の葉が揺れる音しか聞こえない。
親友は、胸に手を当て、確信の宿る瞳で彼らを見つめていた。
公園を照らす三本の街灯のうちの一本を挟んで私とすずかが、仗助達と対峙するように立っている。
すずかの追求は的外れなものではなかったのだろう、確かに思い返してみれば、彼らは一度も吸血鬼の存在は否定していなかった。
忍さんたちは、屋敷に侵入したのは彼らであると、認めさせることに躍起になっており、その違和感に気付けなかったのだ。
仗助と億泰は、こちらに聴こえない様に、体を寄せ合い、小声で相談をする。
一度こちらに視線をくれた数秒後、億泰の指示に仗助が手を上げ応え、こちらに言葉をよこした。
「ああ、確かに僕たちは吸血鬼が現実に存在することを知っている、もっとも、見たことはなくすべて伝聞なんだけどね。」
予想していたよりかなり早く、そして素直に彼らが吸血鬼の存在を認める。
最悪、彼らが口先三寸でごまかす場合を想定して、握りこんでいた拳をほどく。
あまり暴力は好まないたちである私は心から安堵する。
「……そこで、なぜかガッカリしているアリサは置いといて、説明することにしようか。
ところですずか、今から話すことは、絶対に忍さんには話したらいけない。それだけは約束してもらっていいかな?」
私に対して大きな誤解をしている仗助は、すずかと目を合わせ、意思の確認をする。
すずかは首を傾げ、なぜ姉に話してはいけないのか、そう問いを返す。
「いやぁ、忍さんみたいな『ホンモノ』に、他に吸血鬼がいるなんて言ったら、どうなることか。もし秘密にできないなら、この話は此処で終わりにするしかないだろう」
確かに彼女の姉は本物の吸血鬼だが、その事と秘密にしなければいけない因果関係がわからない親友は、顎に人差し指を当て、考え込む。
当事者では気付けなくて、第三者だけが気付くことは、そこまで珍しいことではない、私は仗助の失礼な物言いを理解し、ここに忍さんが居れば確実に張り倒されるのだろうな、と息を吐き、肩を落とす。
これ以上、関係ないことで時間を取られると、ただでさえ遅い帰宅に、母もいい顔をしないだろう、いいたいことをこらえ話の先を促す。
すずかも、理解は出来なかったが、姉に話すかどうかは、後で自分の判断で決めればいいやと、納得したようだ、約束を破ることを前提で頷いている。
私も人のことは言えないが、この二人との約束は反故にしても何ら問題はないと考えていた。
親友と暗黙のうちに意見の一致をとりなす。
「今から話すことは絶対に内緒だよ、といっても何から説明しようか。まずは、そうだな、本当の吸血鬼がどういったものから話そう」
仗助は左手の指を一本ずつ折り、そのたびに吸血鬼を吸血鬼足らしめる特徴をを上げていく。
曰く、常人にはない膂力、人間の血液を摂取する事による栄養補給、この二つは忍さんも説明していたことなので私たちは相槌を打つ。
その後に続く仗助の言葉、中指に薬指が曲がると、私たちの首も一緒になって横に曲がってしまう。
曰く、日の光を浴びると灰になり、目から体液を圧縮して、人体に風穴を開ける事が出来る。
極めつけは、体から首を切り離しても、そのまま生命活動を維持することができるというものだった。
目を丸くし横にいる親友の顔を見ると、こちらのもの問いたげな視線に気づき、懸命に首を水平に振る。
本当にそんな生物がこの世にいるのだろうか。
私の疑いの目に気付いた仗助が、得意気に鼻を鳴らす。
「だから言っただろう、忍さんが吸血鬼のはずがないって。大体初めて会ったのも真昼間の喫茶店だったしね。それに吸血鬼の最後の何匹かは、ほんの数年前に絶滅したはずだよ」
仗助の言葉は根拠に裏打ちされているのか、私たちに説得力を振るう。
私は仗助の、話の初めから気にかかっていたことを問う。
「なんであんたたちは吸血鬼のことを詳しく知ってるのよ?」
そう、吸血鬼の生態や、歴史についてよりも先に、彼らがそれを知り得ているという事が私には、不思議でならない。
確かに、平均的な小学三年生とは言い難いが、それでも私の知る限り、彼らはただの一般人なのだ。
私の当然の問いに、億泰は仗助の肩を小突き、お前が説明しろと、指図する。
仗助は渋々といった顔で私たちにその理由を説明した。
「わかった、でも順序だてて、説明した方が分かりやすいから、最初から説明するよ。その中に僕が吸血鬼について知ってる理由も入ってくるからね。まずは、吸血鬼の起源から話そう。それは、僕たち人間が誕生するよりも以前にさかのぼる」
彼の説明は、私の予想外の物であった。まさか、人類史以前の話が出て来るとは。
いきなり飛び越えた時代にすずかも驚いている。
そんな昔に吸血鬼が存在したのだろうか。
「いや、違うよ。その時代にいたのは、ええっと、分かってるよ、億泰。なるべく、血生臭い表現は使わないよ、子供が泣きだすと困るからね。続きを話すね、人類が生まれる前から活動していた生物、まあ、こいつらが、吸血鬼を生み出す方法を作ったんだ。呼び名がないのは、不便だから、ここでは生産者とでもして置こう。彼らが己のために生み出した存在、それが吸血鬼」
人ではないものが吸血鬼を生み出した、その事実に、私は再び疑問を突き付ける。
すずかも興味深げに、私と同じ様に彼らに問うた。
何のために彼らは吸血鬼を、生み出したのか。
やはり、吸血鬼の膂力をもちいた世界征服とか壮大なものなのだろう。
私も親友も、映画の予告編で期待するように仗助に詰め寄る。
特に、すずかは目を輝かせている。
話半分で聞いているので、格好いい背景があると、それはそれで興奮する。
親友もそこは同じなのだろう、自分の一族の起源について期待を寄せる。
「いや、食用として」
すずかの膝が崩れ落ちる。
無言ですぐ横のベンチに腰かけると、構わないで下さいとばかりに、口をへの字に曲げ、顔をそらす。
仕方がない、私の正体は闇夜を支配する不死の王なんだと期待してついてきたら、スーパーのお肉コーナーのパック詰めを渡されたのだ。
私なら、恥ずかしさのあまり、登校拒否になる。
そんな、親友の反応に首を傾げるも、無視し、彼は説明を続ける。
「生産者は長い時間を生きる存在だ、吸血鬼以上の力を持ち……いや、彼らのことはどうでもいいか。結局のところ一度吸血鬼は絶滅するんだ、生産者が作るのをやめて、え、なんでやめたかって? そりゃ、四人しかいなくなったからじゃないかな、ほら、今の日本の職人さんだって後を継ぐ人がいないから、伝統技術が廃れていっているだろう」
昔も今とあまり変わりはないのかもしれない。
歴史が繰り返される儚さを思う。
「吸血鬼は絶滅したけれど、今から百年ちょっと前の英国で復活を遂げる。生産者が吸血鬼の製造法を残していたんだ。まあ、その製造法を、発見したのが僕のご先祖様なんだけどね」
ここで彼らが、吸血鬼について知ってる理由が来るのか。
これからの話は蛇足になるが続けるのかと仗助は私たちに聞いていくる。
いつの間にやら、復活したすずかと、興味深い話になってきたと、頷き続きを待つ。
「英国紳士の家に生まれた僕のご先祖様とその家に来た養子の出会いが吸血鬼を復活させたんだ」
語り手は此処からが物語の始まりだと語調を強めた。
私の想像の中では、きちんとした身なりを整えた紳士風の仗助と、こちらも英国紳士といった億泰、二人が出会う。
「この養子が製造法を用いて、吸血鬼になるんだ」
……億泰を舞台裏にどけて、スーツを着たすずかを舞台に上げる。
「時代に再び吸血鬼が大量に登場する、これが吸血鬼の復活」
吸血鬼とは結婚とかを行い、徐々に増えていくものではないらしい。
すずかは鍬を持って、畑を耕す、収穫期を迎えると土の中から大量のすずかがはえてくる……想像の空にはばたく私を親友がいぶかしげに見ている。
結構失礼な妄想にふけってしまった。
「で、ご先祖様が剣やら拳やらで、また絶滅させるんだけど」
剣を持ち、すずかたちの首をはねる悪鬼仗助。
親友は青くなり私の後ろに隠れる。
私も若干、引いていたのだが、勇気を振り絞り仗助を糾弾する。
「あんたは何か吸血鬼に恨みでもあるの!」
私の問いに、なんで自分が責められているのかわからないと彼は疑問符を浮かべる。
「……えっと、いや理由なら確かあった、そう、父親と飼い犬を殺されたんだ!」
「え、それだけ? それで吸血鬼を一族郎党皆殺しにしたの!」
私の剣幕と発言に、彼は自分の説明を振り返る。
動揺する彼は億泰に振り返り、確認する。
「あれ、なんだろう、僕の説明って、どこか変だったかな?」
億泰は何も間違ってないはずだと言葉を返した。
その言葉に自信を取り戻した仗助は私たちに顔を向ける。
「いやぁ、何を二人とも興奮しているのかな? これでまた吸血鬼は絶滅するんだけど、そのご先祖様の孫の代で生産者が復活して、それに伴い彼らもまた作られるんだ。でもその孫が拳やらマシンガンで頑張って生産者ごとやっつけたんだ!」
笑いながら、銃口を泣き叫ぶ月村家の人々に向ける魔王仗助。
熱弁をふるう彼に私は再び問う。
「で、その孫は吸血鬼に何をされたの?」
「うん、親友を殺されたんだ、ひどいよね」
億泰のたった一つの命と、何人ものすずかや忍さんの命、割に合わない。
マフィアもびっくりの報復だ。
ハンムラビ法典も真っ青、目には目をとか言っている場合ではない。
すずかは気を失いかけ、私に倒れ掛かる。
「それで最後にその孫の孫と、実は逃げのびて、隠れていた最初の話の養子とその仲間の吸血鬼がこの前戦って、今度こそ吸血鬼は全員いなくなったとさ、めでたしめでたし」
全然、めでたくないが、私は話を聞いた者の義務として尋ねる。
「その孫の孫は吸血鬼に何をされたの?」
「それは、確か……そうだ! 母親に病気をうつされたんだった」
風邪の時に仗助のそばに行っては絶対にいけない、私たちは胸に誓った。
「だから、忍さんたちは絶対に吸血鬼じゃないんだよ。残っていた吸血鬼は海外で全員灰になったからね。億泰、そっちは終わったのか?」
彼は、これですべての話が終わったと手をたたく。
仗助が、ベンチで携帯をいじる億泰に確認する。
そういえば話の最中に億泰がどこかに電話をかけていた。
「いや、仗助、電波が混線してるみたいで、警察署に繋がるんだ。しかも掛けるたびに、受付の姉ちゃんが説教しやがる、仗助お前が掛けてくれよ」
まだ震えたままのすずかを介抱している私を横目に仗助は電話を掛ける。
家にでもかけるのだろうか、それならノエルが連絡を入れていたので大丈夫だと、公園の入り口の車を見ると彼女がいない。
「ったく、すずかの為なんだぞ。もうちょっとしっかりしろよ、億泰。もしもし」
『はいこちら海鳴警察署です、仗助様、どのようなご用でしょうか?』
仗助は首を傾げる、夜の公園の静寂のおかげか携帯の音声が響いて私たちにまで聞こえる。
本当に警察署に繋がったらしい。
ところですずかの為とはどういうことだろうか。
そもそも、彼らはどこに掛けようとしていたのだろう。
『はい、確かにここは海鳴警察署です、間違いありません。ところで仗助様、他人の秘密を安易にばらすことは、人間として最低の行為になります。絶対にしてはいけません。特に身体的特徴であれば、仗助様億泰様ともに、墓の中まで持っていくべきです。そもそも肌の色や眼の色からくる差別などが人の争いを生むので……』
仗助は携帯から耳を離し、億泰に同意する。
「確かに、混線してるな。どうしようか? 今日中に終わらせた方がいいと思うんだが」
携帯からは受付嬢の説教がまだ続いている。
仗助が億泰の方に近づいて行っても、携帯の女性の声が小さくならない。
これはおかしいと、耳を澄まし音源を探す。
ベンチから、三メートルほど離れた木に重なるように隠れたメイドが一人いた。
メイドは三十センチほどの手持ちのアンテナを掲げ、無線に向かって熱心にそしてひそやかに言葉を続ける。
ノエルは細身ではあるが、半身しか隠れていない。
私は初めて、彼女に確かなファリンとの血の繋がりを感じた。
すずかは先に気付いていたのだろう、私に向かってばらさない様にと唇に指を立てる。
気を取り直し、仗助に尋ねる、どこに電話を掛けるのかと。
まさか、忍さんとの約束をこんなにも早く破り通報するといったこともないだろう。
「いや、チャイルド電話相談室に掛けるんだけど、もしくは救急病院でもいいのかな?」
誰か怪我を、そうだ億泰が、擦りむいていたのだった……でも、ファリンが手当てをしていたんじゃなかったっけ?
「ああ、今日中じゃないと、すずかが可哀想だろう。『友達の身内が自分は吸血鬼だって、宣言したんだが、どうしたらいいんですか』って。さすがにこんな深刻な問題、子供たちだけで処理するのは、危険すぎるからな。すずかも落ち込まないで、お姉さんの病気の回復に協力するんだぞ。僕たちはそういう事には偏見はないけど、世間の目は厳しいからな、なるべく早めに病院に行って治した方がいい。『ホンモノ』の患者をみたのは初めてだけど、これで対処は間違ってないと思うよ、後は精神科の先生に相談してしっかりプランを建ててもらいな」
愕然とする私たち。
言葉の意味を理解したすずかは鯉の様に口をパクパクさせ、身振り手振りで何かを伝えようとするが、形にすらならない。
『理解しました、ただいまの発言を屋敷の方に転送したところ、十分以内に激怒したお嬢様がこちらに着くそうです、あと、これも指示されたことなのでお許しを』
携帯の音声が説教ではなくなったことに気付いた億泰と仗助がそちらに目を集中する……その後ろ、音もなく近づいたノエルの拳骨が、二人に叩き落された。
こうして、この日の出来事はなぁなぁのまま終わったのだ。
すずかと私にとっては最悪の結末ではなかったが、それでももう少し何とかならなかったのかと、二人は目を合わせため息をついた。
●
人が賑わう時間を抜け、休日の部活帰りの学生たちがくるまでのアイドルタイム、喫茶店翠屋の店主である高町士郎はコーヒー豆をミルにかけ、その香りを味わいながら店の入り口を眺めていた。
妻である桃子は厨房で、午後の追加分のケーキを用意している。
店主ではあるのだが、調理技術は高くなく、下手に手を出すと邪魔になるので、客がいないとこうやって豆を砕くことしかできない。
暇を持て余す店主に、出番だとばかりにドアに備え付けのベルが鳴った。
顔を出したのは昔ながらの馴染み客とその連れだ。
馴染みの客は、初老の警察官の東方良平、海鳴の平和を何十年と守ってきた正義の味方だ。
士郎に挨拶をし、すぐそばのカウンターに腰を下ろす。
連れの男は見たことはないが、娘の美由希と同じくらいの年齢だろう。垂れ下がった前髪に学生には不釣り合いなサングラスをかけている。
良平の知り合いにしては年が離れているが、士郎も干支でいえば二回りも離れているのでそこは突っ込めない。
二人はホットを注文すると周りの客が聞き耳を立てていないことを確認し、士郎に話しかけてくる。
良平の渋い顔から、愉快なことではないと察した士郎がウェイターをしている息子に後を任せると、店の奥のテーブルに誘導し、そこで話を始めた。
良平の連れは花京院と名乗り、今回の事件の協力者だという。
事件とは物騒な単語が出てきた。
気を引き締める士郎に、花京院は胸のポケットから数枚の写真を取出し、テーブルに広げる。
その中の一枚を取りこちらに見せる。
「この男を知ってますね、高町さん。あなたと良平さんが刑務所に叩き込んだ『片桐安十朗』です。」
写真の中の男は確かに見覚えがあるものだった。
十年以上前に、この町で強姦、強盗を繰り返した犯罪者通称アンジェロのものだった。
だが、こいつがどうしたのだろう。
息子を攫おうとしたアンジェロを激怒した士郎が制圧したのだが今さら、そんな男の写真をみせられても仕方がない。
アンジェロには死刑判決が下されたはずだ。
もう、二度と顔を見ることもないだろう。
「ええ、確かに死刑判決が出ています。そして、執行日は五日前の夜、アンジェロはその日にこの世から別れを告げるはずでした。しかし、死刑執行当日にアンジェロは刑務所から脱走しました」
花京院の言葉に、士郎の顔が曇り、良平の渋面はさらに渋いものになる。
「ええ、確かに刑務所からの脱走など本来ありえません。職員は何重にも人の出入りチェックしてますし、囚人の管理も徹底しています。ですが、協力者がいたのならどうか。それでも困難なことに変わりはありませんが、僕はそういったことを可能にする人物に心当たりがあります。監視カメラにその人物が一瞬ですが写っていました」
そう言って花京院はテーブルの写真から一枚を取り中央に放る。
写真には一人の老婆が写っていた。
日本人ではないが、人種を見ただけで判断できる目がない士郎には自信が持てない。
「彼女の名は『エンヤ』僕と仲間たちが壊滅した犯罪組織の一員でした。そして、彼女は復讐のために仲間を集めているらしい」
その一人がアンジェロなのだろう。
そしてここでようやく、彼らが士郎を訪ねた理由が分かった。
「アンジェロの目的は復讐ですね、私と良平さんへの」
その注意を促すため花京院はここに来たのだろう。
士郎の返答に彼は首を横に振る。
「いいえ、ちがいます。高町家と東方家への復讐なんですよ、だから僕等は協力しなければいけないんです。あなた方の家族の身の安全のために」
その忠告に、改めてアンジェロの下衆を思い出す。
良平の握るカップが先程からコーヒーがこぼれそうなぐらい震えている。
怒りをこらえているのだろうか、それとも家族の身を案じ後悔しているのだろうか。
良平は、士郎に誠実な目を向け、頭を下げる。
「士郎君、済まない。これは警察の怠慢だ。君や君の家族にこんな迷惑を! しかし、警察も今回の捜査には全力を注いでいる。だから君たちの家族に護衛を付ける許可がほしい、
プライベートは犠牲になるが、安全のためだ、どうかこの通りだ、頼む」
年上の人間に下げられる頭は、とてもすわりを悪くする。
士郎は、良平の人柄を理解している。
彼がここまで頭を下げる必要などないのだ。
彼も被害者であるのに。
それを良平自身理解してなお、彼の頭は上がらない。
士郎は彼の中の正義を理解する。
言い訳を良しとしない潔さを。
「良平さん、わかりました。どうか、頭を上げてください。こちらこそお願いします。どうか私の家族を守って下さい」
士郎のその言葉に、良平は肌色に光る頭頂部をゆっくりと戻す。
そのやり取りを気にもせず、花京院は写真を右と左に分けていた。
「終わりましたか、ではこの写真を見てください。右は僕と友人で捕まえた人間なのでさらっと目を通してくれればいいですよ。左が今現在エンヤに協力していると思われる組織の人間です。この写真はそちらで保管しておいてください。なに、そこまで深刻な顔をしなくても大丈夫ですよ。僕の友人はパワフルで頼りになりますからね、それにこちらの財団からもボディガードが派遣されてます」
財団とは何かわからないが、彼の所属する組織のことだろう。
穏やかな社会である日本で異質な実戦を経験したことのある士郎だからこそ彼のことを理解できた。
一見、奇妙な出で立ちの優男に見えるが、命のやり取りを経験したことのあるもの特有の鋭さがある。
警察官である良平よりも顕著に。
写真を受け取った士郎の方を見ながら、良平が無線に声をかける。
「ああ、実は、うちの孫の方にはもう私服警官が張り付いておってな。君のご家族は今、全員翠屋におるのかな? すでに店の周りに数人が見張りについておる。店の中に呼びたいんじゃが、かまわんかね?」
休日は家族全員で店を回しているので、みんな店内にいる。
そういえば、末娘の顔が見当たらない。
なのはは友達と遊びに行くとでかけたらしい。
美由希が教えてくれた。
事情を話してすぐに迎えに行こうか、そう判断し娘の携帯に電話を掛けようと、士郎が店の奥に行こうと腰を浮かしたとき、良平の声が上がる。
「なにぃ、仗助を見失った! お前それでも警官か? なにをやっとるんじゃ!」
良平の怒声に士郎だけではなく店の客も何事かと目を向ける。
それに気付いたのか良平は声のトーンを下げ、無線のさきの相手に事情を尋ねた。
『いえ、尾行しているのがばれてしまって、その時に正体を明かすのもやむなしと判断し、警官であることを話すと、その……一目散に逃げ出しました』
肌色に光る頭部に手をやり、天を仰ぐ老警察官。
バカ孫と罵り呆れる声が同じテーブルの二人にのみ届いた。
『変装のつもりなのでしょうか、可笑しな仮面をつけて逃げるところを目撃。捜査官数名で海鳴海浜公園まで追い詰めたのですが……そこで光とともに消えました。いえ、私も信じられないのですが、確かに捜査員全員が光の中に消えるのを目撃しています』
胡散くさげな良平の横、彼だけは真剣に報告を聞いている。
士郎は確かに聞いた、彼が舌打ちをするのを。
胸騒ぎを感じた士郎は、急いで末娘の携帯に電話かけるのだった。
次が無印の仗助側のクライマックスかな。文字数が回を追うごとに多くなっていく。
ご意見感想お待ちしてます。