ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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更新です。どうしても物語の全容がわかるのが最終話付近になるのでわからないことはわからないままで我慢していただけるとありがたいです。







ささやかな願い、決まりきった運命、ひとりぼっちの勇気 後編 3

 おかしな夢を見た。

 

 知らない夜道を、一人歩いている。

 はやて達とのクリスマス会の後、帰宅せず、仗助と共にイルミネーション輝く街を見に繰り出したはずである。

 パンチパーマが妙に似合っている少年――億泰は小学生が一人でいるには不用心な時間帯なのに、特に焦ることもなく、堂々と道の中央を通る。

 知らない通りであったが、見慣れない風景ではない。

 一つ道を曲がって大通りに出ることが出来れば、すぐに目的地に着くことだろう。

 

――どこに行くつもりだったのだろう

 

 肝心なそれも道を進むうちに思い出すだろうと、気にも留めない。

 

――なにか起こらなかっただろうか

 

 一番新しい記憶は、はやての病室で皆でクリスマスを祝ったこと。

 そこからこの場所に来ることになった経緯も、憶えていない。

 なのに分からないことがあれば仗助に聞けばいいと考えることはしない。

 思考を放棄しているわけではなく、割り切っているといったほうが正しい。

 無鉄砲に厄介事に首を突っ込んでいる億泰だが、その実、振りかえり、仗助がついてきていることを確認してから意思を固める。

 ある種の依存関係。

 だから、現在の状況が分からないことよりも、仗助がいないことのほうが重要であった。

 

 なので道の先、赤いポストに背を預けている仗助を見つけると、小走りになるのもしかたない。

  

「億泰、お前はどこへ、行くんだ?」

 

 再会してすぐに、仗助が尋ねてくる。

 それは億泰が尋ねたかったことなのだが、聞いてきたということは仗助も道に迷っているのだろう。

 今来た道を戻るのも億劫だったので、進行方向のままに億泰は歩みを進める。

 だが、足音が一つしかない。

 振り返ると仗助はポストの前から一歩も動いていない。

 いつもなら、ついて来てくれる仗助が足を進めないことで、億泰は不安になった。

 

「別に道が間違ってるわけじゃないよ。ただ、僕は、もう進まなくてもいいんじゃないかって思ってるだけなんだ。億泰、お前はまだ走り足りないのか?」

 

 行くなら一人で決めて、一人で行けと、仗助は言う。

 それは突き放しているようで、それでいて、億泰のことを思っていてくれているようでもあった。

 

「なあ、億泰。最悪な終わり方ってどんなだろう?」

 

 仗助の問いかけ、それはとても大切なことだった。

 

「僕らに起こった奇蹟。二度目の人生を台無しにしないために考えなければいけないこと。それは何だと思う?」

 

 億泰は考える。

 

――楽しいこと、嬉しいことは一瞬で、それがあれば幸福だとはいえない。

 同じように、苦しいこと、悲しいことも喉元を過ぎれば風化していくだけ、それがあればかならずしも不幸というわけではない。

 それらは人生の道程にある、些細な輝きに過ぎない。

 

 ならば大切なのは道の半ばではなく終着点。

 

――だから、『己の一度目の死に様』を億泰は思う。

 

「ああ、僕もぼんやりとしか憶えていない。でも、億泰。それでも、残っているものがある。それが僕達が二度目の人生を歩む上での動力源になっているのは分かっているだろう。

それは決して、人生に満足したというものではなく」

 

――何も果たせなかったという後悔であった。

 若くして死んだであろう、一つ前の億泰達。

 心に刻み込まれているのは、幸せでも、不幸せでもない。

 精一杯、一生懸命、全力で生きてこなかったという悔しさ。

 

 行ってみたい場所、やりたい事、欲しい物、それらはきっと、どんな人生を歩いてきても、残ってしまうものなので無視できる。

 

 だけど、真剣に生きてこなかったという思いは、いつまでも、それこそ、今際の際、死んだ後ですら、億泰の背中にしがみついて離れない。

 

――だから、最悪っていうのは

 

「人生における障害に全力で立ち向かわなかったこと。きっと神様は、それをやり直させてくれるためにこの舞台を用意してくれたんだ。僕は勝手にそう思っている」

 

 抽象的な話であったが、億泰に反論はない。

 だが、なぜ今、そんな話をしなければいけないのか。

 

――億泰は問う。このまま走り続けていては駄目なのかと。

 

 仗助の言葉を借りるなら、億泰は全力で走っている最中なのだ。

 ぶっ倒れるほどの苦労を背負った、底抜けに楽しく、危なかっしい時間を過ごしている。

 

 困難な障害があれば、少ない脳みそを絞り華麗に隙間を通り抜けたり、時には壁を体当たりでぶち破ってきた。

 

――そんな楽しい日々をこれからも続けていくことに何の疑問があるんだろう。

 

「さっきも言っただろう。それは過程にすぎない。肝心なのは終わり方だって。いいか、知恵を使ってやり過ごしても、いつかは通り抜けられない壁が現れる。同じように、力技で打ち破っても、きっと跳ね返される日はやってくるだろう。その時になって、壁に囲まれたまま、その内側で力を出せず、心折れ、膝を抱えているなんて、それでいいのか?」

 

 ――それは、きっと誰もが経験する普通の人生なのだろう。

 だからこそ、特別なはずだった、楽しく生きている自分たちには似つかわしくない。

 けれどだったら最高の終わり方とは何なのだろう。

 

 困難に力を向けても、無数にあるそれらはきりがなく、一つ壁を打ち破って得られるのは一瞬の勝利のみ。    

 知恵で、かわし続けることも出来ず、いつかは心が折れ、満足することは出来ない。

 最期の最期に、胸を張って全てに全力で立ち向かい逃げなかったと誇ること、後悔なく満足し続けて人生を終える方法なんて存在しないのでは。

 かといって諦めて逃げても、それは前の人生と変わらない。

 

 ――では、最期まで、力一杯、生き続けるなんて無理な話なのか。

 

「違うよ、億泰。その方法は確かにある。なに、簡単な事だよ。目の前にある壁に走って飛び込めばいいだけさ。精一杯の助走で、頭から突っ込むこと。――そうやって、『壁に頭突きをかまして、首をへし折って死ねばいいんだ』 そうすれば、力を出し切れない後悔もなく終われる。そう、満足して生きる最良の方法ってのは、選べるうちに死に様を自分で決めるってことなんだ」

 

 説明を終えた仗助に、億泰は首を傾げる。

 仗助の言葉に賛同出来なかったからではない。

 

 ――なぜか迷子の二人が人生論を語り合っている不可解な状況に対してだ。

 

「そういや、なんで、そんなことを考えたんだろう? でも、そうだな。僕は向こうの道を行くよ。ついて来るかは億泰が決めな」

 

 そういって、先程は気づかなかったポストの脇の小さな路を仗助が指した。

 大事な相棒はけっして億泰を焦らせることをしなかった。

 いつもなら、何の躊躇いもなく、それこそ億泰は仗助の前を歩いていたことだろう。

 

――億泰はちょっと考えて言った、海鳴に行くと。

 

 そう答えたことに特に理由はなかった。

 しいてあげるのなら、身体が冷えてきたので、早く家に帰って温かいスープでも飲みたいというものだろうか。

 

 仗助は笑っていた。なぜだか億泰は悲しかった。

 

 

 ●

 

 億泰が踵を返そうとした時、ズボンの裾を引っ張られる。

 仗助の気が変わったのかと喜んで振り返るが、それにしては引っ張られた位置が地面に近すぎる。

 視線を下にずらしてみると、一匹の獣が億泰のズボンに噛み付いていた。

 それは小さな狸で、億泰は最近どこかで見かけた気がする。

 足を振り回し、撥ね退けようとするのだが、しっかり喰らいついて離れない。

 

「てめえ、この害獣、人間様の足をなんだと思ってるんだ。さっさと離れないと、保健所に叩きこむぞ!」

 

 億泰が脅す。

 だが、まるで理解でもしているかの如く、億泰の言葉の後に引っ張り目的だった狸のそれが攻撃に変わり肉に食い込む。

 

 しばらくして涙目になった億泰に満足したのかは分からないが、今度は仗助のもとに走り、同じように裾を引っ張った。

 意外に動物好きな仗助はされるがまま、彼のズボンに夢中になっている狸の後ろにそっと近づき、億泰は首をつまみ上げた。

 引掻かれないよう腕を伸ばし、顔から充分に狸を遠ざける。

 このまま、家路の途中、保健所に寄って行こうかと考えたが、それはさすがに面倒だ。

 だから、億泰は、動物好きな彼に、狸を差し出した。

 

「ああ、なんだ。一人じゃ寂しいだろ。こいつも連れて行けよ。さすがにザフィーラの代わりにはならないだろうけどな」

 

 仗助が大事に飼っている大型犬に比べたら小さく威厳もない狸だが、いないよりはましだろう。

 笑顔で受け取り、ペット慣れしている仗助は、狸の脇の下から腕を差し入れ、見動きがとれないように持ち上げる。

 自分の意志では前足後ろ足共に動かせないことに愕然とした様子で、狸が鳴き喚く。

 もう片方の手で仗助が背中を撫でるのだが、一向に落ち着く気配がない。

 野生動物が人間に慣れていないだけかと思ったのだが、先程、積極的に近づいていきた狸にしては、あまりに抵抗が激しい。

 それを不自然に思った億泰が、ようやくその理由に気がついた。

 

――億泰は親切心から、暴れる狸のその後ろ足、煩わしげに結ばれた『赤い糸』を千切ってあげた。

 

『大変、はやてちゃんの生命活動が薄弱になっていく! どうして治癒魔法の効果がないの!』

 

『シャマルさん、落ち着いてください。まだ、この糸を引っ張れば、彼女の魂を呼び戻すことが出来……なんで切れているの?』

 

『ねえ、すずか。はやてがうわ言で、億泰を罵倒しているんだけど、またあのバカが何かやらかし、た、の、よ、ねっ!』

 

 良いことをした。もしかしたら近いうち、億泰のもとに狸が恩返しに来るかもしれない。

 億泰は友人と別れ、光りさす道を歩き出した。

 

 

「――っていう夢を見たんだ」

 

 億泰の話を聞き終えたアリサ達の表情が強張った気がする。

 理由は見当もつかない。

 まだボンヤリする意識では、ここがどこなのかわからない。

 すぐそこにある海、見覚えのあるベンチから、海浜公園であるかもと当たりをつけていると、こちらを気の毒そうに見つめながら巫女姿の女性が億泰の手を握っている。

 那美が手を離すと、億泰の小指には赤い糸が結ばれていた。

 

「那美さん、準備は終わったの? じゃあさっさとやるわよ!」

 

 いつのまに後ろに回ったのか、アリサの声がすぐ耳元で響く。

 

「いい、億泰。今度は三人で帰って――いいえ、どんな手を使っても、最悪はやてだけは帰らせなさい。じゃないと、あの子が不憫すぎるでしょ、わかった? じゃあ行くわよ! って、こら、首周りに腕を差し込んで防御するんじゃないわよ!」

 

 億泰は本能で危険を察知し、アリサのバックチョークを阻止する。

 

 

『テスタロッサさん、ごめんね。緊急事態なの。さっき持っていた杖を貸してもらっていいかな?』

 

『――え、えっと、いいけど。バルディッシュ、セットアップ。でも、何に使うの、すず、か――』

 

 億泰とアリサの必死の攻防。

 二人の体格を考慮すれば、男子である億泰に軍配が上がりそうなものの、アリサの細腕に見た目以上の筋力があるのか、それとも彼女の技術が優れているのか、互角であった。

 そういつも負けていられるかと、かなりどうでもいいことに億泰は奮起する。

 

「アリサちゃん、そう、もうちょっと左側に固定してくれると位置がベストなんだけど。まあ、いいかな。危ないから動かないで、ね!」

 

 億泰は眼前、降り注いでいた街灯の明かりが遮られたことに気付く。

 いつのまにか締めることから、拘束することに移行しているアリサの腕。

 見上げれば、黒く光る奇妙な杖を上段に構えたすずかの姿が目に入った。

 

 ●

 

 少年は夢を見た。

 

 どこか見覚えがある、だけどやはり知らない道を億泰は歩いていた。

 痛む頭頂部を擦りながら、首を傾げる。

 この原因不明のたんこぶのせいかはわからないが、自分がなぜここにいるのか、どこへ向かおうとしているのか思い出せない。

 

 一番新しい記憶は、クリスマス会を行う病院への道で仗助と合流したこと。 

 直前になにか頼まれごとをされた気もするが、それを考えると、たんこぶの痛みがひどくなり、どうも従う気になれない。

 

 思考しながら億泰が歩み進めていると、道の先、赤いポストの前に仗助を見つけた。

 

「おーい、仗助! やっぱり、俺も一緒に行くぞ、って――」

 

 何故か口から出た言葉、その意味を考えようとするどころではない。

 ポストの前には仗助だけではなく、もう一つ人影があったのだ。 

 その上、その人影に仗助が襲われている。

 人影は身長から大人とわかり、小学生の仗助を腕力で抑えこもうとしている辺り、只事ではない。

 仗助に加勢するために走り距離をつめる。

 そんな億泰の頭上、放物線を描き、小動物が飛んでいった。

 

 

 争いに巻き込まれ投げ飛ばされた害獣は『もうどうにでもしてくれ』といった諦めの表情を浮かべていたように見えたが、億泰に狸の気持ちなどわからないので、ただの想像にすぎない。

 

 小動物に対する非道な行いを許せなかったのか、仗助が体当たりをしかけるのだが、それより先に人影の振り下ろした凶器が彼の頭に命中する。

 言葉を発することなく仗助は崩れ落ちた。

 それを確認した後に長髪を掻き揚げ、今度は視線を億泰に固定する。

 胸騒ぎがする。

 

「はん! お、俺は、テ、テメエのことなんか、全然怖くねえぜ、バ、バーカッ!」

 

 ――本当は、すごく見覚えのある凶器がとっても怖かった。

 

 

 ●

 

「皆、三人が目を覚ましたわよ!」

 

 アリサは右腕を肩から上げ、手のひらを、すずかと打ち合わせた。

 明るい声と乾いた音が夜の公園に響く。

 

 仗助達の友人であるアリサ、すずかに加え、守護騎士達の表情から険しさが抜けた。

 それは、クラスメートでしかないフェイトも同様で、安心から力が抜け、その場に座り込む。

 すぐ横で、肩を並べていた高町なのはは良かったねとこちらを気遣う笑顔を浮かべてくれた。

 それにフェイトは安心し、アースラ襲撃事件で、暴漢から助けてもらった礼すら言っていないことを思い出す。

 礼どころか、ほんのすこし前に、洒落にならない雷魔法をフェイトは少年たちに叩き込んでしまったのだ。

 詫びは時間が経てば経つ程にその誠実さを風化させ、罪を大きくすることをフェイトは知っていた。

 

 立ち上がり、大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。

かける言葉は、まず体調を気遣うもの、そしてアースラでの感謝、最後に死亡一歩手前まで追い込んだことに対する謝罪。

 指折り数え、内容のぶっ飛び具合に挫けそうになるのだが、フェイトは己を鼓舞し、気を引き締める。

 

「身体機能に異常なし。仗助君たちの健康状態に問題はありません。これなら、病院で治療を受ける必要もないわね。はやてちゃんも意識はしっかりしているし、心配いらないわ――って、そんな二人共、まだ一応安静にはしていないと」

 

 念の為にと魔法で三人の状態を確認していたシャマルの制止を聞かずに、仗助と億泰が歩き出す。

 だが体調がすぐれないのか億泰はすぐに立ち止まり、地面に腰を下ろしていた。

 そんな億泰を残し、仗助は皆の顔を見回してから、まだふらつく足取りでフェイト達のいる方に向かってきた。

 邪魔になってはいけないと、フェイトとなのは左右に移動し、道を開ける。

 だが、仗助が立ち止まったのは左に避けたフェイトの目の前だった。

 少年は睨めつけるように、フェイトの頭から爪先まで観察する。

 よく考えれば、クラスメートであるのに自己紹介すらしていないことを思い出す。

 フェイトがクラスメートであることすら気づいていないのかもしれない。

 フェイトは、まず己が何者であるかを二人に伝えなければいけないのだ。

 

「――君か?」

 

 

 だから首を縦か横に降るだけで答えられる質問は、フェイトの想像と少し違っていた。

 

「あ、あの、私はフェイト・テスタロッサって言います。今年度から二人のクラスメートで、以前にアースラで」

 

 それでも、フェイトは生真面目に最初に建てた順序どおり、自己紹介から始める。 

 

「どういたしまして」

 

 それを遮る仗助の答えに、フェイトは聞き返す。

 

「よくわからないけど、とりあえずどういたしまして――それよりちょっと、この指のこの部分を見てくれるかな?」

 

 フェイトが感謝を伝える前に、仗助は受け取りの言葉を返してくる。

 不審に思うべきなのだが、それより先に相手の指示に律儀にもフェイトは従ってしまう。

 仗助が指示したのは彼の右手。

 曲げた中指を、親指に引っかけ輪を作っている。

 フェイトにはそれがどういった意図なのかわからない。

 もしやこの次元世界特有の風習なのか。それならばと、言われた通りじっくりと観察しようと更に顔を近づける。

 

 フェイトの頭蓋骨から小気味良く甲高い音が響いた。

 

 

「――あ、あの――すごく、イダいよ」

 

 その場にしゃがみ込んでいたフェイトは立ち上がり、両手で額を抑えながら涙目で訴える。

 戦闘で受ける痛みとは別種の衝撃。致命傷にはいたらないのだが、防御をする暇すら与えない無慈悲な一撃は、どういった拷問なのか。

 

 

 

「ん、それでチャラにしてやる。女性に『スタンド』で攻撃はしない主義なんだ。君は運が良かったね」

 

 仗助は用は終わったと、守護騎士達の方へ歩いて行く。

 スタンドとはリンディが用意してくれた学習机にあるあれのことだろうか。

 彼の『電気スタンド』で殴る宣言に、フェイトは冷や汗を流していた。

 心配して駆け寄ってくる使い魔のアルフを、大丈夫だと手で制す。

 フェイトにとってこの痛みは当然のものなのだ。

 すごく、すごく、とても痛かった。

 それでも、フェイトが雷撃を撃ちこんで致命傷にまで追い込んだことを許すには、吊り合わない。

 だから、きっとこれはこの町に来てからフェイトが沢山もらった優しさと同じもの。

 結局まだ何も伝えていないことに気づき、慌てて仗助の背中に頭を下げる。

 

 

「あ、ありがとう! それと、ごめんなさい!」

 

 仗助は一度だけ振り返り、そのままシグナム達と話を続けていた。

 その素っ気なさは、フェイトへの気遣いなのだろう。

 

――罪悪感は消え、フェイトの気持ちは軽くなっていた。

 

 なのにアルフの方を見ると、難しい顔をしている。

 不思議に思い、フェイトは彼女の視線を追った。

 

 視線を辿るとフェイトに手招きをよこす億泰の姿があった。

 

――フェイトの気持ちは重くなった。

 

「フェ、フェイト。あたしが代わりに行こうか?」

 

 従者の進言に首を振ったフェイト。歩き出す彼女の靴音は弾まず、低いものだった。

 

 ●

 

 億泰は無言だった。

 フェイトが両手で額を隠したまま彼のもとに走ってきたからだ。

 別に罰を逃れようというわけではない。

 フェイトは自己紹介や謝罪、感謝を述べることで、痛みが引くのを待って欲しかっただけなのだが、すでに億泰は指で輪っかを作っている。

 フェイトの目は、億泰の顔とその輪っかの間を忙しなく動く。

 覚悟を決め、両手をひらき、まだ赤い額をさらけだす。

 目を閉じ、両拳を握り、震えながら身構える。

 

「あー、そこまで、ビビられるとやりにきいな。――わかった、いいよ。今回は勘弁してやる。ったく、俺って優しいよなぁ」

 

 彼の言葉に、フェイトは焦る。

 ここまで罰を軽くしてもらったのに、それすら免除してもらうなど虫が良すぎる。

 撤回してもらおうと、フェイトは目を開いた。

 

 フェイトの頭蓋骨から小気味良く甲高い音が響いた。

 

 ● 

 

 二度目だろうと痛いものは痛い。特に不意打ちは。

 のたうち回るフェイトは、去っていく億泰に気づく。

 

「――あ、ありがとう。あと、ごめん、なさい」

 

 地面に尻を付けたまま頭を下げたため土下座に近いのだが、痛みが判断力を奪っていた。

 罪を考えれば軽すぎる罰なのだが、それとは別に、だまし討ちされたことで釈然としない感情が生まれる。

 だが、これで謝罪は一応なされたのだと、フェイトは気にしないことにした。

 

「おーい、そこの金髪の子。そう、アンタのことや!」

 

 ベンチに座る闇の書の主に声をかけられた。

 フェイトの身体が条件反射で震え上がる。

 はやてから罰を受けるいわれはないのに、仗助達のこともあって過剰反応が出る。

 フェイトは深呼吸してから、手招きするはやての方へ。

 途中、嫌な予感がしてフェイトは足を止めた。

 

「え、えーと。何か用事ですか?」

 

 警戒し、先に用件を問う。

 

「あ、うん。もうちょっとこっちに来てんか――私、足が不自由なん。手間かけさせて、ごめんな」

 

 はやては謝罪の言葉の後に、悲しそうに己の脚を示した。

 失礼なことを言ってしまったと反省し、フェイトは彼女に近づく。

 

「ところであんた、野球のボールみたいに、投げ飛ばされたことってある? あれって、普通に空を飛ぶ何倍も怖いんやで。――そう、もう少し顔を私の前に近づけてくれると助かるわ。ああいったことのお返しはちゃんとせな、あかんと思うんよ。――あれ、顔にゴミが付いてるよ。そこじゃなくて、そっちでもなくて。ああ、もう、取ってあげるわ」

 

 はやてが手を伸ばしてきた。

 フェイトはゴミが取りやすいようにはやてに顔を近づける。

 だが、はやての腕はフェイトの顔を通り過ぎ、後頭部にがっちりと固定された。

 

 後ろに首を振ったあと、勢い良くはやての額が迫ってくる。

 

――人を疑うことを覚えようと、フェイトは思った。

 

 そしてはやての頭はとても硬かった。

 悲しくないのに出てくる涙を拭いながら、抗議のためにじっとはやてを見つめる。

 

「これで私も、チャラでいいよ。恨むんやったら――を恨んでな」

 

 はやての言葉は、頭の鈍痛と耳鳴りでよく聞こえなかった。

 

 

 仗助と億泰、そしてはやての無事が確認されたことで空気が弛緩する。

 集団はそれぞれに気心がしれた者達に分かれていった。

 なのは達アースラ魔導士組は事件の事後処理を話し合い、その隣、はやてと守護騎士は、アリサとすずかの質問攻めに苦笑いを返していた。

 二組の話し合いから少し離れた芝生の上に残りの一組が陣取っている。

 

 学ラン、学帽の男、空条承太郎は腕を組み、煙草を吹かしていた。

 徐々に煙草が短くなっていく。

 承太郎はその時間を相手への猶予としているのか無言である。

 

 だが言い訳、説明のために与えられた時間を、仗助は濡れて乱れた髪型を手櫛で直すことに精を出し、隣の億泰は噛んだチューインガムを膨らましては、破裂させ、膨らましては破裂させることに忙しい。

 承太郎の話に集中していないのではなく、そもそも聞く気がないということを態度で如実に表している。

「――で、ガキ共。今夜、起こった事件にお前らはどう関わっているんだ?」

 

 表情は変わらないのだが、いい加減焦れたのだろう、承太郎は煙草を踏み消した。

 承太郎の眉間の皺が深くなっていくのは、いつのまにか仗助の口からもガム風船が膨らんでいるためだろう。

 承太郎は掌で拳を包み骨を鳴らした。

 風船が破裂するたびに人工的な甘い匂いが辺りに広がる。

 一触即発といった空気に耐え切れず声を出したのは、この中で一番まともな神経を持っている者だった。

 

「空条君もちょっと落ち着いて、大人げない態度は取らないの! 二人がまだ小学生だって分かっている? 仗助君達も、今夜起こった事件は、冗談じゃ済まされないんだよ。 知っていることがあったら素直に話してちょうだい、お願い」

 

 最後の一人、赤袴の那美は、承太郎には毅然として、仗助達には精一杯優しく諭すように対応する。

 承太郎は舌打ちをして拳を収める。

 那美の誠実な態度が通じたのか、少年達は顔を見合わせて頷いた。

 

 

 ――そして仗助達は踵を返し公園の入口に走って行く。

 

 

 ――袴姿に見合わない速度で那美が追いつき、タックルをかました。

 

 

 


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