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きしむような躰の痛み、花京院は膝をついてしまう。
トレードマークの前髪は乱れ、顔にはいくつも青あざがあり、唇の端からは切れてしまったのか血が垂れている。
街灯の明かりを頼りに辺りを探り、サングラスを拾い、掛ける。
このような夜間にもかかわらず外さないことを考えると、目に障害があるのだろう。
だがサングラスの右レンズが砕けていることに気付くと顔をしかめる。
傷ついているのは顔だけではない。
学生服はところどころ破け、砂で汚れている。
修理では間に合わず新調することになるだろう。
花京院は視線を上げ、同じようにボロボロになっている戦友を見た。
承太郎自慢の改造学生服は胸の部分が大きく裂けており、やはり買い直すしかない。
いつも頭に載っているはずの学帽を探しているのだが、見つからないようだ。
諦め、近くのベンチにゆっくりと腰を下ろした。
承太郎はズボンのポケットを何度も確かめる。
おそらく煙草を探しているのだろう。
激しい戦闘の影響で、落としてしまったのだ。
花京院が、近くの芝生に転がっているのを見つけ放ってやる。
礼も言わず受け取ると、先程とは反対のポケットに手を入れた。
承太郎は舌打ちをすると、受け取った煙草を箱ごと握りつぶし、近くのゴミ箱に投げつける。
――お気に入りのライターも失くしたようだ。
腹立ちまぎれに投げた紙製の箱は、ゴミ箱を大きく通り過ぎ、芝生に転がっている少年の一人に当たる。
普段であれば、ぶつけられたことに対し必要以上の抗議をしているであろう少年達は何も言わない。
――煙草をぶつけられたのはどっちだろう。
転がる少年達を見てそう思ったのは、花京院が忘れっぽいからではない。
二人の少年の面構えが、見分けがつかない程よく似ていたからだ。
もちろん、二人に遺伝子上の繋がりはない赤の他人である。
――だから見分けがつかないというより、誰だかわからないほどにそっくりなだけだった。
殴られすぎて信じられない程大きく膨らんだ頬。
もはや瞳が隠れるほど青く腫れた目蓋。
そして分厚くなった唇のおかげで、双子になってしまった仗助と億泰。
仰向けになり、大の字に躰をなげだしている。
花京院が、転がった煙草をゴミ箱に入れなおすために近づくと、何やら恨み言でも吐きすてているようなのだが、腫れ上がった頬のせいで、理解できない発音になっていた。
――小学生にここまでやる必要があったのだろうか。
そう問われれば、花京院も承太郎も即座に頷いていることだろう。
四肢が痙攣し、逃げ出せないでいる二人を放って、花京院は承太郎の座るベンチによろよろと歩いて行った。
●
そもそも承太郎が海鳴市を訪れたのは、ある人物の安否を知るためであった。
ジョースター家の宿敵である吸血鬼の復活。
その影響によりジョースター一族に連なる者に、超常の力が発現する。
吸血鬼と戦う上で、それは強力な武器となるが、制御できない者にとっては毒ともなる。
承太郎に祖父ジョセフ・ジョースターが恩恵を受ける一方、母であるホリィには植物の棘の形として発現し、蝕んだ。
承太郎達は余命を宣告されたホリィを助けるために日本を発つ決意をする。
だが、出発の時になってジョセフが寄り道を提案した。
どこか歯切れが悪い祖父を怪しく思い、問い詰める。
結果、承太郎は祖父の年甲斐もない浮気と、年下の叔父の存在を知ることになる。
祖父の行いに呆れはしたが、その子供も母のようにスタンドの暴走に苦しめられている可能性がある。
根底には正義感が流れる承太郎が見過ごして置けるはずもなく、ジョセフに同行した。
それが東方仗助との出会いであった。
幸いなことに、仗助は健康体であった。
子供らしく外で遊びまわっている様子に、ジョセフをも胸を撫で下ろす。
ジョセフは自分が父親であると名乗り出ることはしなかった。
この年頃の子供に浮気だとか、認知がどうとか、生臭い事実を伝えるのも酷な話である。
道を尋ねるふりをして少しの交流を持つ程度に収める。
ジョセフは初めての親子の会話に感動しているようだったが、その息子はというと終始、胡散臭いと不審者に向ける瞳をしていた。
承太郎の危惧した通り、仗助が教えてくれたのは間違った道順だった。
たかが、子供のイタズラに承太郎は腹を立て追いかけたりはしない。
だからたまたま正しい駅への途中で仗助達を見つけたことも幸運だったのだろう。
承太郎が目撃したのは、仗助とその友達の少年が、大人の男達に、車に押し込められているところだった。
走り去っていく車を追いかけるが間に合わなかった。
だが仗助を誘拐する人物には心当たりがある。
奴らがどうやって仗助の存在を知ったのかは知らないが、承太郎達に対する人質にする気なのだろう。
ジョセフのスタンドの念写能力を使い行方を探し、大人二人の足で、急ぎ仗助達の救出に向かった。
もっとも、承太郎達が駆けつけた時にはすでに警察が現場にいて犯人たちを締めあげていた。
ジョセフの念写以上に早い警察の到着、救出された少年達のどこか余裕のある態度。
腑に落ちないものがあったが、出発を急ぐ必要のあった承太郎は確かめることはせず、空港に向かう。
離陸する飛行機の内部に、舞い込んだ紙切れ。
承太郎達の旅を支援する目的としか思えない情報が書いてあった。
それを調べるために、吸血鬼を倒し、旅が終わった後も、またこの海鳴を訪れることになる。
そしてこの平穏な都市でいくつかの事件に巻き込まれて、承太郎は仗助達がスタンド能力が目覚めていること。そして時期的にあの助言の紙を寄越した人物であると推測したのだ。
こうして事件が終わった今、そもそもの目的も一辺に解決できた。
「ふう、なかなか大仕事だったよ。しかし、これで彼らが悪人ではないことを確認できた。
まあ、悪ガキではあったがね」
スタンド使いであるかどうか、そしてスタンド使いであるならば、その強力な力を扱うにふさわしい人間かどうかということだ。
ことさら善人である必要はないが、悪党に持たせておくには危険すぎる力だ。
それを見極めるために、今の戦いは無駄ではなかった。
全力で承太郎達を叩きのめそうとしていたが、致命傷になるようなものは一つもなく、眼や喉、金的などといった破壊されたら後遺症が残る部位への攻撃も控えている。
それは相手への気遣いにほかならない。
超えてはいけない一線を自分に課している辺り、人を踏みにじることをなんとも思わない悪人ではないようだ。
それは承太郎達も一緒で、だから最後まで抵抗する少年二人を、殺さずに動かなくなるまで殴るハメになってしまったのだが。
「花京院、一つ間違っているぞ」
概ね同意はするが、指摘はしておく。
「なにがだい? ムカつくガキだったが、悪人というには――」
「悪ガキじゃない。クソガキだ」
「――承太郎、君も似たようなものだと思うがね。――おっと、このまま、彼らを放っておいたら風邪を引いてしまう。治療と説教に適した暖かい場所は――ふむ、どうやら君の言う通りだ。あの往生際の悪さは確かに、クソガキだ」
――花京院の視線の先に目を向けると、傷ついた相棒を担いだ億泰が走り逃げていくところだった。
ほんの少し目を離した隙に逃亡を図ったらしい。
あそこまでギタギタにしたのだからといった油断もあったのかもしれない。
足音を立てずにゆっくりと歩いていたのだが、二人に気づかれたとわかって億泰は足を速める。
一気に捕獲するには難しい距離まで離れたことを確認するとこちらに向き直った。
「てめえら! 今日はよくもやってくれたな! 大の大人が、いたいけな小学生二人にムキになって恥ずかしくないのか? ああん!」
「ふ、ふごー! ふご、ふが、ふごご!」
いつの間にか元通りになった顔で、億泰は罵声を浴びせる。
腫れたままの唇で必死に仗助が頑張っているのだが、何を言っているのかはわからない。
「いや、仗助。お前は喋らなくていいからな。その口じゃ、大声出すと痛えだろ? 俺が代わりに伝えてやるから。――おい、お前ら! 今から仗助の言葉を伝える。心して聞けよ!」
仗助を背負い代弁までしている億泰を、承太郎達は友達思いだなと感心する。
「ふご、ふご!」
「まずそこの前髪ロン毛! 今度会った時にはその似合っていない頭を丸刈りにして、全裸で海鳴の海を遠泳させてやる。そしてその様子を写真に撮って、ネットにアップしてやるから覚悟しとけ!」
仗助は一言二言しか発していないのに、やけに長い億泰の口上。
デタラメを言っているのかと思ったが、仗助の両手の中指がしっかりと立てられているので、的外れでもないのだろう。
「そんで隣のホモに好かれそうなマッチョ。そうだよテメエだよ。仗助の身内だと思って手加減してやれば調子に乗りやがって、実力で勝ったと思うなよ。それと、いつ会っても学帽つけてるよな。てっきり禿げているんだと思ったがよ。いま見る限り、俺の勘違いだったな、悪い。だが、お前の学帽は似合っていると俺は思うぜ。――だから、お詫びとしてお前の頭、河童みたいに永久脱毛して、一生、帽子を外せないようにしてやるぜ。そんでお前の学校やご近所にハゲを隠しているって言いふらしてやる。喜べよ! って仗助が言ってるぞ」
億泰は承太郎を指さした。
今度の仗助は一言すら発していないが、両親指を下に向け首を掻っ切る仕草をしているので正解と言って差支えないのだろう。
「花京院、仕置きの内容が決まったな。どうやら丸坊主にするのと」
「河童ハゲがご所望らしいね。なに、人を散髪した経験はないが楽しそうだ。なんとかなるだろう」
ベンチから腰を上げて、承太郎は花京院の横に並ぶ。
それに合わせて、億泰は背を向け逃げ出した。
「空条くん、お説教は終わったのかな? はやてちゃんが仗助君達と話がしたいっていうんだけど」
那美は諍いが終わったと判断したようで、少女達を連れて戻ってくる。
承太郎達の戦いは一般人には認識できず、人間が不自然に吹っ飛んだり、叩きつけられたりしたように見える。
事情を知らない少女達が遠巻きに観戦していてくれたのは那美のおかげのようだ。
承太郎は、公園の入口に走って行く億泰の背中を指さす。
那美は慌て口に手を当て、大声で少年達の名前を呼んだ。
『那美姉ちゃんのバーカ! その阿呆共に味方するなんて、この裏切り者。初詣は絶対に姉ちゃんの神社に行ってやらないからな。おぼえていろよ!』
『うん、年始は甘酒を無料で配っているから、億泰君も仗助君も、飲みにおいでよ。じゃあ、良いお年を!』
億泰の悪態を無視し、那美は手を振って見送る。
『二人共、今日は本当に、本当に、ありがとうなー!』
その隣、シグナムに胸の前で抱きかかえられたはやても全力で両手を動かしていた。
去っていく二人に気づいたのだろう、フェイトも走ってきて見送った。
そんな少女達を微笑ましいものを見る目で眺め、花京院が問うてくる。
「承太郎、説教はなしにして、逃してしまっていいのかい? まあ、これだけの人に感謝され、見送られていることは評価できる。それに、君の正体を明かしていないのに身内だって知っていた。十中八九、彼らのどちらかが、空港で情報をくれたスタンド使いに違いないと思うよ。それさえ分かればもう監視の必要もないだろうけど」
花京院の言う通り、能力の確認もできたし、人間性にも及第点をつけてもいいだろう。
だけども、それは仗助達を追わない理由ではない。
「なんだ、花京院。別にガキ共を追いかけて締めあげてもいいんだぜ?」
承太郎が煽れば、花京院は苦笑いを返した。
――そしてその場にへたり込む。
追いかけないのではなく、追いかけられない。
精一杯の力で余裕がある風を装い立ち上がっていたのだ。
それは承太郎も同じこと。
もちろん大人の意地にかけて子供に負けるつもりはない。
だが異様に早く回復していた億泰に気付かれれば、負けはせずとも二人の頭髪の無事も保証できない。
ハッタリが成功したと冷や汗を流す花京院と、承太郎は顔を見合わせる。
「――くそったれ、あんな厄介極まりないクソガキを身内に持った奴は、どうしようもなく不幸だな!」
承太郎は舌打ちをし、吐き捨てる。
花京院は何とも言えず、ただ気の毒そうに苦笑していた。
●
「なあ、仗助。はやてが礼を言ってるんだが。――ああ、そんなわけないよな。悪い俺の聞き違いだ」
背負っている仗助の、なにか感謝されるようなことをしたのか、という問いに億泰は勘違いだと認める。
はやてを怒らせるような心当たりはあるものの、感謝されるような覚えは一欠片もない。
去り際の大声は怒声だったのだろう。
フェイトの方に関しては、感謝される理由があると教えてもらったのだが、こちらも全く心当りがない。
思考に埋没していく億泰を呼び戻したのは肩に走る痛みだった。
恨みがましく仗助に振り返る。
目蓋の腫れで瞳こそ覗けないものの、億泰の肩に歯を突き立て噛み付いているので、怒っていることは、文字通り痛い程わかる。
クレイジーダイヤモンドによって回復した億泰と比べ、仗助はいまだ痛みに蝕まれている。
怪我の原因である承太郎達にはもちろん、自分以外の怪我しか治療できないといった己の理不尽さにも腹を立てているのか、憤懣やるかたないといった様子だ。
このままでは、健康体である事を理由に、億泰にまで因縁をふっかけてくるやもしれない。
自分の身を心配する億泰を無視し、仗助は腫れた唇での器用な発音方法を見つけ、恨み言を吐いていた。
「――この報いはッ、償わせてやるッ。必ずッ。僕が、何十年かかっても。奴らが幸せの絶頂に、駆けつけ。必ず台無しにしてやるぞ!」
両手をわなわなと震わせて、耳元に低い声で呟かれると、億泰の背筋が寒くなるので勘弁して欲しい。
――だけど、その恨み言で一つだけ引っかかりを覚えてしまった。
普段なら、億泰は気にも留めはしなかっただろう。
自分でも理由はわからない。
だが、どうしても気になり、億泰は尋ねた。
「――なあ、仗助。本当に『何十年』かかってもいいのか? じゃあ、『これを』終わらせなくてもいいんだよな?」
なぜ時間を気にしたのか、これが何を指しているのか、終わりとは何なのかはわからない。
「馬鹿野郎! 億泰は許せるのか! 無抵抗の子供に暴力を振るって、居丈高に振る舞う大人らしからぬ態度を。絶対に終わりになんてしてやるもんか! 僕達の手であの二人を地獄のどん底に叩き込んてやるんだ! いいな!」
――大事ななにかが戻ってきた。
仗助を背負う億泰の足取りが早く強いものに変わっていく。
それを了承の合図ととった仗助は、誓いを立てる様に拳を突き上げた。
皿の上には饅頭が一つしかない。
分け合うことを友情だという人がいる。
だが、一つしかない饅頭を奪い合い、勝った者が得られる魅惑の味。
羨望を向けてくれる相手がいるからこそ、互いを思い、分けあった半分の饅頭にも劣らないものになることだろう。
結局、あの夢の中で、億泰は、仗助がいなくなることを寂しく思ったわけではなかった。
億泰が楽しんでいるこの世界を仗助が否定したことが悲しかったのだ。
億泰が極上の饅頭を食べている横で、それに何の価値もないとゴミ箱に叩きこまれてでもしたらどうだろう。
美味しい饅頭も、味わう気分になれはしない。
楽しい物を見せびらかしあい、優越感を感じること、そんな友情も確かに存在するのだ。
――まだ多い人通りの中心を、怒った顔で拳を突き上げる一人と、嬉しそうに笑顔で彼を背負うもう一人。
今宵迷い込んだ不思議な世界については特に疑問を持つことはなく、海鳴の街を二人は歩き、救急箱を求めて家路を急いでいた。
●
勇気とはなにか。
本やテレビの中のヒーローは日夜、強大な悪役に立ち向かうことで子供達にそれを示してくれる。
悪が大きければ大きいほど、ヒーローの反撃に子供達は胸をときめかせる。
だが、巨大な敵に立ち向かうだけでは、勇気とは言えない。
十九世紀、凶悪な吸血鬼との戦いに散ったイタリア人の男は言った。
闇雲に強大な敵に立ち向かうだけでは、意思なく人間の血を吸おうとする蚤と変わらない。
本当の勇気とは、恐怖を知ること。
そして、それを克服し、支配すること。
敵がどれほど醜悪で残酷で強靭であろうと、人間は本能からくる恐怖を抑え、立ち向かうことが出来る。
男はそれこそが本当の勇気であり、それを持ちえる人間を讃える歌を歌った。
人間の本質は幾つ時代が過ぎようとも変わらない。
ならば、海鳴市での事件、この聖なる夜にもっとも大きな勇気を示したものは誰なのだろうか。
それは超常の力、スタンドをその身に宿す二人組の少年だろうか。
だが彼らは決して恐怖を知ろうとはしなかった。
盲目に自分を信じ続けられる強さを持つ少年達にとって、恐怖が何であろうと、それこそ、地獄からの魔王であろうと、凶悪な殺人犯であっても等しく無意味なものにしてしまう。
それが善行であるうちは愚かだと決めつけられないが、勇気ではないだろう。
ならば、夜空を駆け、闇の書という脅威に、魔導の杖を従え立ち向かった少女達だろうか。
少女達は立ち向かう相手の強大さを痛感し、それでも怯むことなく友のため、家族のために戦った。
敵の強さを知り、そして歩みを進めた彼女達の胸には確かに輝く勇気があった。
だが少女達は賢かった。
だから恐怖に対し、最も効果的な手段を実行出来たのだ。
それは、仲間の手をとること。
決して、一人では立ち向かわないこと。
何も力を合わせて相手を上回ればいいと言っているのではない。
たとえ合わせた力が蚤の一噛み程度のものだったとしても、握った手は孤独を遠ざけ、恐怖に打ち勝つ武器になる。
共に戦い、共に死んでくれる誰かが隣にいる。
それは恐怖を小さくしてしまう最も賢い方法だった。
友と仲間と常に一緒であった少女達に必要だったのは、大きな勇気ではなく、種火になる程度の物でよかった。
つまり、大きな勇気とは、敵がとてつもなく巨大な悪だと理解し、それでもたった一人、孤独な戦いを強いられたものが必要とするものなのだ。
――この夜に起こった事件、その最後の一つ。
知る者の少ない、孤独な戦いを語ろう。
この夜の出来事で唯一、思い遣りがなく、殺意で溢れる人殺しの事件を。
ただ、ややこしい事件なので起こった出来事を順番に並べていくことにする。
ところどころ、時間が飛んでいるかもしれないが、それは仕方がない。
なぜならこの事件の当事者ですら全ては把握していないのだ。
事件について一番の理解を示しているのが、全てが終わった後に問答無用でその当事者を『本』にして、喜々として『読んだ』漫画家だというのが笑い話にもならない。
では、『時系列順』で正しいのかはわからないが、最初に起こったその出来事から説明しよう。
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すでに日は落ち、もうそろそろ子供が一人で出歩くには適さない時間。
そんな街中を一人早足で歩く少年がいた。
つい最近、魔法使いを始めた幼なじみと、彼女の親友の少女。
そして幼なじみの兄姉を加えた五人で開いたささやかなクリスマスの宴を楽しんだ帰り。
選ぶのにかなりの時間を掛けて、それでも気に入っていもらえるかどうか不安だったプレゼントも喜んでもらえて、少年は大満足で街を行く。
なのはの幼なじみである真が向かっているのは、自宅ではない。
駅を挟んでちょうど反対側にある一軒家を目指しているのだ。
そこには、数カ月前に仕事の都合で引っ越してきた母の弟が暮らしている。
小さい頃から、といっても今でも十分小さいのだが、よく真と遊んでくれた。
口下手ではあったが、幼い子供に真剣に付き合ってくれる叔父を真は大好きだった。
並ぶ他の家よりも古めかしい、悪く言えば罅が入ったボロい壁の門を抜けて、玄関の前に立つ。
人付き合いの悪い叔父にクリスマスの予定はないと決めつけた優しい母が、我が家のホームパーティーに出席させるというので、真がサプライズで迎えに来たのだ。
寂しくテレビでも見ているであろう叔父は、可愛い甥を歓迎してくれることだろう。
その喜んだ顔を想像し、真はチャイムを鳴らそうとした。
何かに気づき、真はそっと扉に耳を近づける。
家の中から叔父の話声が聞こえたのだ。
叔父の声は普段とは違う熱を含み、家にいる客人の正体に容易に想像がつく。
真は左手に持ったビデオカメラのスイッチを入れた。
なのは達とのパーティーの思い出を残すために使ったのだが、容量はまだ十分に残っていた。
不用心ではあるのだがよく利用している郵便受けの裏にテープで貼り付けられていた合鍵で、扉をそっと開ける。
真は靴を脱ぎ、壁に背を預けながら廊下を歩き、リビングを目指す。
大半は好奇心だが、叔父を祝ってあげたいという気持ちも少なからずある。
リビングのドアの隙間からそっと覗き込んだ。
薄暗い明かりは燭台に刺さった蝋燭のもの。
叔父は料理が出来る方ではないので、テーブルに並んでいるのはデリバリーだろうか。
こちらの顔が赤くなるほどに、叔父の愛の言葉は止まらない。
隙間からは角度的に叔父しか見えず、テーブルの向かい側にいるであろう女性の姿は確認できない。
だから叔父が手を伸ばし、彼女の手をとった時には真は盛り上がってしまって、ついドアに体重を預けてしまった。
隙間の空いたドアに抵抗があろうはずもなく、真はそのままリビングに倒れこむ。
イタズラが見つかったと真は誤魔化すように笑う。
視線を叔父から横にずらした真には理解できなかった。
だって、叔父の握った手は細く綺麗で、形の良い爪には紅いマニュキアが塗られていた。
だからきっと叔父の相手は美人に違いないそう思った。
でも残念なことに彼女が美人かどうか真には分らなかった。
真に女性の美醜を判断できるほどの人生経験がないからではない。
――なぜなら、その綺麗な手は途中で千切れており、テーブルにある手首だけで、彼女の美しい姿を想像するしかなかったからだ。
短めですが、区切りが良いのでここで終わります。コメディが少ないので、書いていて慎重になってしまう。
次話はなるべく早めにを心がけます。