ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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 更新遅くて申し訳ないです。
 感想返信も、次話投稿の際にまとめてするようにしていて、遅れました。

 この作品だけでなく、他の二次創作やオリジナル作品が皆様の暇つぶしになるように、これからも頑張ります。



ひとりぼっちの勇気 2

 ★

 

「くはあっ! はぁ、はぁ」

 

 崩れた屋上。

 そのビルの下、落下した瓦礫が散乱する場所で、男は立ち上がる。

 まず屋上を見上げ、己が落ちた高さを確認する。

 手で額を擦れば出血が、呼吸が苦しいので吐いた唾液には血が混じっている。

 

 ――殺されかけた。

 

 承太郎たちのようなスタンド使いにではなく、ただの一般人、それも己が無力だとバカにしていた子供なんかに。

 あと、ほんの少しキラークイーンを出すのが遅れていれば。

 ビルの一階にあったビニール製のひさしに乗っかり衝撃が殺されていなければ。

 

 まず間違いなく吉良吉影はここで、潰れて肉塊になっていた。

 

 それを考え、背筋が寒くなる。

 そしてそれはすぐに羞恥と怒りに変わった。

 己の怪我の状態を把握するより先に、あの忌々しい弱い子供を探す。

 吉影と同じように瓦礫の間に埋もれていた小さな影は見つかった。

 

 多少汚れているようだが、一見して致命傷になるような失血は見られない。

 それでも、この高さだ。

 打ち付けられた衝撃で内側はぐちゃぐちゃかもしれない。

 少年の生死を確認しなければ。

 

 確かめるため、吉影は、寝たように動かない少年の腹に蹴りを入れる。

 蹴られた少年は仰向けにひっくり返り、苦しげに呻いた。

 

 ――幸運だ。

 

 それは、ビルから飛び降りても生きている少年のことではなく、この溜まった鬱憤をぶつける対象が残っていた吉影が、だ。

 

「おい、小僧、早く起きないか! 今の私は、おまえを起こすのもしんどいんだよ!」

 

 起こすことが目的なのか疑わしいほどの威力で、少年は蹴られ、踏みつけられている。

 暴力と口汚い罵声を浴び続けた少年は、転がり体を地面に打ち軽く嘔吐する。

 呼吸が苦しくなり、咽び、ようやく少年の目が開いた。

 

「――死、んでない?」

 

「ああ、共に生きていたことを喜ぶ気にはなれないが、ね!」

 

 焦点が戻った瞳に、無事な吉影を映し、少年の顔が歪む。 

 意識があることを確認し、彼の脇腹につま先をめり込ませる。

 

 ――そうだ。その顔だ。

 

 屋上で見た、吉影を対等だと錯覚し、勝てる相手に挑むようなものではない。

 吉影が殺してきた、無力な弱者の顔。

 口から、今日食べたであろうクリスマスのケーキを撒き散らし、のたうちまわる。

 

 弱者に出来るのは、滑稽に苦しみぬく姿で、吉影を愉しませることだけ。

 それが面白かったなら、生きている時間が長くなる。

 もっとも、これから死ぬまでの時間が長ければ長いほど苦しみは続くのだ。

 

 ――夜空に、雷鳴が響いた。

 

「そうか、あの正体不明な女のこともあるんだったな」

 

 また巻き込まれてはたまらない。

 このボロ雑巾のような甥を連れて、移動するべきか。

 安全な場所で詳細を聞き出せばいい。

 

 襟を掴み無理矢理に立たせる。

 吉影の口から出た『彼女』という言葉に、少年の瞳に意思が戻る。

 

「何だ、まだなにか、『彼女』で策があるのか? それとも、『彼女』が大切なお友達だからなのかな? だったら、叔父としてしっかり『挨拶』をさせてもらおうかな」

 

 殺人鬼の口角は異常なほどに釣り上がり、笑みを作る。

 

「――違、う。彼女は友達なんか、じゃない」

 

 かすれた声。

 それでも少年の反抗の意思はしっかりと伝わってくる。

 

「ああ、庇うために、嘘をついても無駄だ。大丈夫、おまえには、ちゃんと彼女の体が、ちりひとつ残さない煙に変わるところを見せてやるよ!」

 

 少年の瞳を見つめ返し、睨むことしか出来ないその無力さを嘲笑う。

 そして、また暴力で少年の意思を踏みにじる。

 また空を見上げると、吉影は乱暴に少年を引きずり連れて行った。

 

 今は潔く引こう。

 あの少女たちも承太郎と同じ敵だ。

 だから、未知を潰し、彼女たちの情報を調べつくし、誰にも知られないように消す。

 ゆくゆくはこの海鳴の街で、吉影の正体を探る者の全てを。

 

 ――それは綿密に慎重で労力が必要な、だが遠足の計画を立てるように、愉しい作業。

 

 誰に隠す必要もないのだが、吉影は手を当て、歪む口元を隠した。

 

 ――この先は誰に怯える必要もない。バイツァダストで無敵の吉良吉影になるのだ。

 

『あー、おじさん、ちょっといいですか? 僕、友達を探してるんですけど。すっげーガラの悪い、横を刈り上げた、短いパーマのダサい髪型の小学生、見ませんでした?』

 

 

 この無人の閉じた世界。空にいる彼女たち、それ以外には、吉影と真しかいないと固定概念があった。

 だから、向こうから歩いてくるこの頭に馬の糞を乗っけたような、ダサい髪型の、ガラの悪い少年の接近に気づけなかった。

 

 ガラの悪い少年は、不自然なほどに笑みを貼り付けて動かない。

 当然、吉影が引きずっている真も目に入っているはずだ。

 

 ――吉影は次に口にする言葉を慎重に選ぶ。

 

 それは少年の背に浮かぶ一つの影のせい。

 幽鬼のような人型のシルエットが筋肉で膨れた腕を組み、少年を守るように待機していた。

 目の前にいる少年が、吉影の正体に気づいていないはず。

 しかし、疑いくらいはもっているかもしれない。

 頬に付いた血を、袖で拭い、吉影は少年に対峙する。

 

 ――それが殺人鬼と、クソガキ、いや、この時点では、悪ガキとの邂逅。

 

 ――そして、この出会いも、聖夜の奇跡の中の一つに数えられる。

 

 

 

      ●

 

 相変わらず、人の気配が極端に少なく寂しい、夜の世界。

 

 異常な空間において、その少年はただ吉影をじっとを観察しているだけだった。

 目が合って以降、距離を詰めようとはしない。

 吉影は辺りを確認し、彼以外に人がいないことを確かめる。

 

 この場で少年を始末することも考えたのだが、相手の強さ、能力もわからな状況では一抹の不安が残る。

 吉影は慎重な男であり、それでここまで生き延びてきたのだ。

 

 そもそも、この少年が吉良吉影の敵かそうではないのかわからぬその状態での攻撃は、いらぬ厄介を呼びこむことになりかねない。

 厄介事とは彼に仲間がいる場合。

 もしくは、この場で目立ち、吉影の敵である承太郎達に存在を知られること。

 その上、ビルの屋上から落下した怪我。

 今は興奮状態で痛みを抑えこんでいられるが、決して軽傷ではない。

 静かで穏やかな暮らしを望む殺人鬼としては、彼を殺すことよりも体制を立て直すことを優先したい。

 

 

 幸い、キラークイーンは発動させていない。

 彼にとって吉影はただの通りすがりの一般人であるはずだ。

 このままやり過ごすことはできないか。

 

 その場合にネックになるのが、吉影が引きずるボロボロの真。

 少年がそれに憤りをおぼえる善人であるなら、どういった行動に出るのか。

 

 だが彼に悪を憎む心があるなら、いきなり攻撃を仕掛けてくることはないだろう。

 たしかに、児童に暴力を振るうことは悪なのかもしれないが、それを暴力で押さえつけることもまた悪なのだから。

 吉影の正体が連続殺人犯であり、そして凶悪なスタンド使いであること。

 このどちらかがばれないかぎり、一般人、それも正義の味方と呼ばれる存在は決してスタンド能力を行使することはない。

 正義とはそんな生優しい存在だと、吉影は経験で知っている。

 

 なら、目の前の脅威に対して、吉影はどういった人間であるべきか。

 善良な市民だろうか。

 だが傷ついた真がいる。

 いまさらそれは無理だろう。

 

 なら、残るのは、

 

 ――悪意を持った一般人などどうだ。

 

 行き過ぎた躾で、子供を虐待している大人、といったところが適当だろう。

 

 吉影は仮面を被る。

 

「何だい、他人の家庭の躾をあまりジロジロと見ないでくれるか!」

 

 この、異常な状況を理解できていない単細胞で、子供を人の目がある場所で殴りつける、浅慮な愚か者。

 それが、今の吉影。

 

 少年は、吉影の罵声に近い難癖を気にしたふうでもない。

 

「ああ、いや、別にそういうつもりじゃなかったんですけど。その子もお兄さんも、酷い怪我をしているみたいだから気になって。大丈夫なんですか? 良かったら、僕が治しましょうか?」

 

「『治すって』『救急車でも』呼んでくれるのか? 結構! このくらいの傷、ほっておけば治る。で、用はそれだけか。なら、もうほっといてくれ!」

 

 鬱陶しい厄介者を見る目で、少年を睨みつける。

 ちなみにこのくらいの傷とは、吉影のことではなく、そこで転がっている真のことだ。

 これで怯んでくれるだろうか。

 それとも、憤り反発するか。

 

 少年はそのどちらでもない。

 

「いやぁ~、お兄さん。このまま逃げようってつもりですか? それは駄目でしょう! だって、僕はしっかりと見ていだんですよ。あれって躾ってレベルじゃなくて、ズバリ虐待じゃないですかぁ」

 

 

 少年はそれが重大なことだと言うように、にやにやと笑う。

 

「これって、警察に通報するべきかな。いや、児童相談所か? でも、通報されたらお兄さん、困りますよね?」

 

 別に確認のための質問ではないのだろう。

 それはほぼ決めつけに近い声音で、吉影の弱味であると宣言する。

 

 ――吉影は口元の笑みを押し込める。

 

 警察や児童相談所に、虐待の嫌疑で目をつけられること。

 それは厄介なことであるが、『殺人鬼の正体』に直結するものではない。

 目をつけられるのは真の叔父としてであり、吉影の正体には何の影響もない。

 精一杯反省している態度を見せれば、それ以上の追求もないだろう。

 隠れ蓑としての顔に幾ら泥をかぶろうとも、吉影の弱味になろうはずがない。

 計算通りだった。

 

 

 ――だからこそ吉影は、露骨なまでに狼狽した顔を晒した。

 

 弱みを握られ、焦る大人の態度を、だ。

 

「――き、君は何が言いたいのかね?」

 

 笑いそうになる内心を隠し、目の前の小学生に重い声を出す。

 少年は、こちらが追いつめられたと勘違いしたのだろうか。

 

「ああ、でも、僕の勘違いってこともあるんですよね。たしかに最近の小学生は、阿呆な奴が多いから、体罰が過剰になることも有ります。僕の友達も、阿呆なことをしては、よくバットを持った金色のチビに追い掛け回されてたりしますしね――そうなると、これが体罰なのか虐待なのか。普通の幼ない子供な僕には判断が難しいなあ――何か、あと一つ、判断材料があればいいなぁ。ねえ、大人なら、わかりませんか?」

 

 少年はそう嘯き、何かをこちらに伝えようとしていた。

 少年の要求しているものがわからず、思案した。

 だが小さくも露骨に振られている少年の手。

 その親指と人差し指で作られた輪っかで、教えてくれている。

 

 ――それを見て、吉影は少年が善人ではない事を知った。

 

 口止め料を寄越せと言っているのか。

 この小学生は、赤の他人の虐待の事実より、自分の懐を暖めるほうが重要な人間なのだ。

 承太郎たち、正義の味方とは何ら関わりのない者なのだろう。

 逸る気持ちを抑え、渋るようゆっくりと財布を懐から取り出す。

 それに目を輝かせる少年を忌々しいと睨み、取り出した紙幣をくしゃりと握りつぶし差しだす。

 

「受け取れ。これで黙っていてくれるんだろうな?」

 

 大人をやり込めたと、少年は勝ち誇った笑みを隠そうともしない。

 だが、愚かな大人を演じきり、勝ったのは吉良吉影。

 今宵、承太郎に追いつめられるという運命を克服し、その次に甥の決死の抵抗すらも退けた殺人鬼は笑う。

 このまま、真を引き連れて『恋人』待つ我が家に戻ろう。

 祝うべき事はたくさんあるし、クリスマスはまだ終わっていない。

 今度は『彼女』と吉影と甥の三人で食卓を囲み、楽しい時間の続きを愉しむのだ。

 殺人鬼の前途には黒く輝かしい未来が広がっている。

 それは誰もが願う、取るに足らないささやかで穏やかな幸せ。

 だが、万難を排してようやく手に入れた吉影の瞳には眩しい光を放っていのだ

 

 

 ――その輝きは、吉影の目を眩ませる。

 

 順風満帆はずの道に、小さな石ころが転がっていることを気づかせない。

 

「――あ、うう。あ?」

 

 吉影の顎が外れたように動かない。

 視線の端に、小さな石が転がっている

 

 地面の冷たさを頬で感じて初めて、吉影は己が無様にうつ伏せに転がっていることに気がついた。

 そして、少年は殺人鬼を睨みつけ、こちらにゆっくりと歩いてくる。

 揺れている視界にその顔を確認し、吉影はたった今、彼のスタンドに殴り飛ばされたことを思い知った。

 

  ●

 

 ガタガタする奥歯を口腔内の血と一緒に吐き捨て、少年を睨みつける。

 揺れる脳みそを無視し、手をついて立ち上がった。

 

 ――なぜ己が攻撃を受けたのか。

 理由はわからない。

 吉影は、完璧に狡っ辛い大人を演じきったはずだ。

 だがそれを看破するなにかを少年は見つけたのだろう。

 

 ならばしかたがない。

 吉影の大切な未来のため、この場で彼を消す必要がある。

 幸い、この閉じられた世界なら少年を排除する時間も、証拠を消すための時間も、充分にある『らしい』。

 

 ――いや、必要というのは間違っている。ただ、この少年がもがき苦しみ、命乞いをする姿が見たいだけなのだ。

 

 少年は追撃を放つことなく余裕を持ってゆっくりと歩いている。

 殴った感触を確かめるかのように、少年は己の腕を肩から大きく二回振り回す。

 先ほどの目にも留まらぬ一撃。

 少年の後ろに立つスタンドはそのスピードに圧倒的な力、恐らく近距離パワー型。

 それも同じタイプである吉影のキラークイーンを上回っている。

 正面から殴りあうことは得策ではない。

 だが、吉影が負けるはずなどない。

 簡単なナンバープレースを解くように。

 慎重に思考し、戦術を立てていく。

 歩みを止めない少年に対して、吉影は一歩下がる。

 

「何やってるんですか? 僕が殴ったんだから、今度はそっちの番でしょ? ほら!」

 

 ――何を言っているんだ、この間抜けは。

 

 己の頬を軽く叩いて、こちらに向けてくる。

 しかも彼のスタンドも全く同じ動作をトレースしていた。

 

 ――ただのバカなのか。

 

 驚きはすぐに収まり、次に罠を疑う。

 キラークイーンを己に有利な距離まで誘き寄せたいのか。

 だが露骨過ぎる。

 他に考えられるの相手のスタンドの特殊能力、その攻撃の射程。

 いや、それはない。

 もしも必殺や、吉影を拘束することができたならば、それは油断していた出会い頭に叩き込むべきだ。

 となると、やはりおびき寄せるための挑発か、子供特有の根拠のない万能感からくる慢心――つまりただのバカであるか。

 

 キラークイーンの手で触れさえすれば、対象を爆弾に変えることができる。

 吉影の手の内がばれていない内に、リスクを取ってでも誘いに乗るべきか。

 警戒と思考が絡まる中、何の躊躇もなく少年は、また一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 相手が無警戒過ぎると、こちらの反応まで遅れてしまうらしい。

 気がつけば少年は、吉影の手が届く距離に立っていた。

 

 ――それは、仗助のクレイジーダイヤモンドの拳が必ず当たる距離。

 

 ――そして、吉影のキラークイーンが少年を爆殺するには充分な間合い。

 

 身長差で吉影は見下ろし、仗助は見上げる。

 二人の視線が交差した。

 

「――早くしろよ、のろま!」

 

 ――ああ、望み通り殺してやるよ、間抜け。

 

 キラークイーンの手が少年に伸びる。

 少年とクレイジーダイヤモンドは、腕を組んだまま動かない。

 だから、少年は必ず死ぬ。

 絶体絶命の危機。

 ――だから少年は絶対に死なない。

 

 そしてまた、吉影は冷たい地面に転がっていた。

 まるで理解できない。

 コンクリートに圧迫された肺。

 元からあった空気が、呼吸の邪魔をしているように思えた。

 脳が揺れて、胃液が逆流した。

 口から流れた液体にはディナーの一部が混ざっている。

 

 ――少年は動かなかった。

 

 それは断言できる。

 奴のスタンドの能力か。

 

 ――現実はもっと単純。

 

「おいおい、誰がのろまだよ、まったく。なあ、仗助。合図のとおりにこのおっさんをぶん殴ちまったが、良かったのか? あとで怒られるのは俺、やだからなあ」

 

 なんとか首を横にして、視界に少年を映す。

 息を押し殺して忍び寄った第三者の影、彼が後頭部を殴打しただけのこと。

 

「ああ、構わない構わない。――って、あれぇ、お兄さん、怒っているんですか? あっ! もしかして、『そっちの番だ』って、億泰に言ったのを、勘違いしました?! 普通に考えれば、敵に無防備な腹を見せるわけ無いでしょう。なのに、ははっ、あんた本当のバカですかぁ?」

 

 少年は軽く指で己のこめかみを叩き、頭は大丈夫かと心配してくれた。

 口調こそ丁寧だが、眼元、口元が緩んでいた。

 

 ありえないほど神経を逆なでされる。

 殴られた衝撃で、今度は反対の奥歯が取れかけていた。

 吉影はそれを噛み砕く。

 回復をまたずに、地面に爪を立てて起き上がろうとした。

 

 

 

 

 ●

 

「で、仗助、アイツ何?」

 

 ザ・ハンド、その一撃を受け数メートル吹っ飛んだ背広の男を指して、億泰が尋ねた。

 

「たぶん、悪人。で、スタンド使い。つまり、僕らの悪役」

 

 とてもわかりやすい説明。

 クリスマスの夜。

 はやてが入院する病室でのクリスマス会。 

 八神家の面々とアリサとすずか。

 室内での花火は止められてしまったがそれなりに楽しんだ少年たち。

 はやて、アリサ、すずかにヴィータは、まだ小学生だし、ささやかなパーティーは早い時間にお開きになった。

 サンタが少年たちの枕元にプレゼントを置いて行くまで、まだだいぶ時間がある。

 だから、少年二人は街に繰り出す。

 大人が見ても綺麗なイルミネーションは、子供には、その倍は輝いて見えた。

 二人で肩を組み、クリスマスソングを歌いながら通りを歩いたり。

 途中、コンビニに寄って、七面鳥でなくフライドチキンを購入したりと、まあ楽しそう。

 

 きっかけはなんだったか。

 それは二人の名を呼ぶ声が聞こえたような。

 女の人の声だったような、気のせいだったような。

 億泰は聞いたと主張したが、仗助は気のせいだと言う。

 気がつけばいつの間にか人が全く消えてしまった街。 

 

 ビルの間から見上げた空には不規則に動く飛行物体が。

 あれは宇宙人の乗り物ではないかとはしゃぎ、状況を不審に思わず、それを追いかけるよう、二人は走りだす。

 

 その途中、建物が崩れていたので、様子を見に来た。

 

 そこにあったのは崩れたコンクリートの瓦礫と、一方的に子供に暴力を振るう大人の姿だった。

 それは億泰たちが普段見慣れ、受け慣れたものではなく、たぶん誰も笑顔にできない類のもの。

 子供同士の諍い、大人と大人のみっともない喧嘩、はたまた、子供から大人への力の行使。

 それならば、眺めるだけで憤りもしなかっただろう。

 常識はそれなりに、良識は持ち合わせている。

 

 億泰は鼻を鳴らし、子供からの大人への暴力がいかに楽しいかをあの大人を使って実践してあげようとした。

 だが、それを相棒が止める。

 抗議をしようとするが、口を閉じるよう指図された。

 

 そこからは、億泰に待機させ、大回りに反対側から、件の二人に近づいていく。

 

 ――そして仗助のクレイジーダイヤモンドが、大人の顎を殴り飛ばした。

 

 億泰はその光景を見て、胸がすくと同時に、相棒が怒ってやり過ぎたと焦る。

 一般人に対してのスタンドでの過剰な攻撃。

  子供であることを楽しむため、二人にあった暗黙のルール。

 それを破ったことに、驚きはしたが、倒れた男から現れた力ある幻に、そういうことかと納得する。

 そのまま仗助が己に男の注目を集めている内に、忍び足で後ろから殴り倒した。

 

 だが理解できないことがある。

 

「なあ、仗助はなんでこいつがスタンド使いだってわかったんだ? だって、こいつスタンドをずっと隠していたんだろ」

 

 仗助が先手をとれたのは、この男が己のスタンドを出現させていなかったから。

 ゆっくりと近づいていった仗助を攻撃する機会はいくらでもあったはずだ。

 それをしなかったのは己の正体を隠すためだろう。

 

 億泰には彼がスタンド使いであることがわからなかったし、男も一目見ただけの仗助にそれがばれているとは思っていなかった。

 

 二人のやり取りにも、なにか怪しい素振りがあったようには見えなかった。

 

 

「いや不自然なところはなかったな」

 

 

 ――じゃあ、なぜ殴った。

 

 億泰の疑問が声に出さずとも伝わったようで。 

 

「そうだな。こいつは子供を人目があるかもしれない屋外で殴りつける短慮な人間だ。億泰、子供に暴力を振るう大人ってのはどういった奴だと思う?」

 

 仗助の問いに、億泰は少し考えて答えを返す。

 

「あれだろ。自分より弱い奴を見下し、人権を認めないタイプとかじゃないか?」

 

 腕力で考えれば下位に位置する子供は、社会的に守られるべき存在だ。

 それを攻撃できる人間は常識が欠如していると考えて間違いない。

 

「僕もそう思う。そして、虐待を僕に目撃されて、躾だと言い訳し、隠蔽を図る。卑劣という言葉が良く似合う。その上、こちらが要求すれば、金を払ってでも、それを隠し逃れようとする」

 

 スタンド使いではなかったとしても、とりあえず殴っておいてかまわない人物だと思う。

 

「なあ、億泰。おまえ、身長いくつだっけ?」

 

 いきなり話題が飛んだ。

 億泰は二学期に行われた身体測定の数値を思い出す。

 

「ん、まだ百六十には届いてなかったけどよ?」

 

 仗助はどこぞの探偵のように、指を立てて、歩きまわる。

 

「そう、僕もそれぐらいだ。そしてこの男はそれよりも二十センチは高い」

 

 仗助は指を一つたてる。

 

「金銭を払ってまでも虐待の隠蔽を図ったこと」

 

 わざわざ指摘しなおすということは、口止め料を払った男の行動は正しくないのだろう。

 億泰は合点がいったと、人差し指で、立てた仗助の指先を弾く。

 

「つまりあれだろ、金は必要ない。この人気がない状況を利用して、さくっと始末して海にでも沈めちまうことが最良で、それを選ばなかったのは不自然だってことか?」

 

 

 ――と、近い未来で深く冷たい冬の海に沈められる少年は、その苛酷さを知らぬまま、得意気に答えた。

 

「虐待の罪を隠すためなのに、さらに重い殺人を犯してどうするんだ?」

 

 

 

 ――言われてみればそうか。  

 

「まあ、金を払う必要がないと言うのは正解。というか、小学生の告げ口なんて、気にするほどのものかな」

 

 

「おおっ!」

 

 億泰の目から鱗。

 そうだ、その通りだ。

 証拠一つもない、十にも満たない子供の証言などに、どれほどの信用があろうか。

 億泰は知っている。

 同じ言葉でも、小学生というだけで、どれほど軽く扱われるかを。

 月村邸、隠してあった戸棚のシュークリームを食べたのは自分ではないと言っても。

 枯れ葉を集め、焼き芋のため、倉庫にあったガスバーナーを使い、そのせいで月村の庭一面が火の海になった時。

 億泰の、『推理小説的に言えば、優等生のすずかが逆に怪しいのでは』という証言も。

 洗濯機に柄物が混ざっていたせいで、忍のお気に入りのシャツがピンクに染まった時、こればかりは全く身に覚えがなく、どう考えても狼狽している家政婦のファリンが目を逸らしているのが怪しかった時も。

 

 どの場面でも億泰のせいにされ、子供の無力さを味わってきた。

 

「いや、でもよ。こいつがそんなこともわからない程にバカだってことはないのか?」

 

「それは最初、僕も思った。でも出会った時、言葉を発するまで少し間があったのが気になった。こちらを観察するような瞳。少なくとも相手の情報を引き出そうとする思慮はあった。それなのに次にこちらをなじる言葉。これだけなら、確信はなかった。でも会話を続ける内に――」

 

「そうか、ついにボロが出たんだな! で、そいつの言葉のなにがおかしかったんだ?」

 

 いい加減、答えを待つだけのワトソン役に焦れていた。

 億泰は答えを吐き出させたい。

 

「いや、会話は続いたよ。矛盾することもなく、なにもおかしいところはなかったよ。最後の最後までね。それが答えだ」

 

「おい、だからいい加減に――」

 

 億泰はわからずに苛立つ。

 

 

「たく、察しが悪いな。だけど、時間切れか。あなた、思ったよりタフですね」

 

 億泰越しに、仗助が話しかける。

 

 ――ぼろぼろになっても、殺意を瞳に、立ち上がる殺人鬼に。

 

「交渉をして、口止め料を渡す。それも丁寧な言葉づかいまで使って、根気よく。それは後ろ暗いことがあるならおかしいことではないよ。でも今回に限っては違う。そもそもそれら全ては――」

 

 億泰は身体を男に向ける。

 

「――対等な大人に対してやることだろ?」

 

 

 仗助も億泰の隣に立つ。

 

「なあ、おかしいよな。自分より弱い者に容赦のないクズが。腕力的に弱者であるはずの小学生の僕を前に。いちいち交渉なんかして、お金まで渡してしまう。普通なら、ニ、三発殴って、脅しつければいい。証拠がなければ、子供の証言なんて白を切り通せる。違和感を持ったのは、そんなクズで狭量な大人が。見るからにひどい怪我なのに、質問に律儀に答え、最後までずっと僕との会話に付き合ってくれたことだ」

 

 ――それは酷い矛盾。

 

「不自然さがないやり取りこそ、全くの不自然だった」

 

 殺人鬼が、その全てに完璧な悪い大人として丁寧に対応しようとすればするほど、相手を小学生扱いしていないことがわかってしまう。

 貫くべきは気にも留めない無反応。。頭の悪いガキなど無視してさっさと病院でも何でも行ってしまうべきだった。

 怪我をしているのならそれが最も自然なはずだ。

 乱暴に、そして狡猾に、少年を邪険に扱うことが、この状況では一々言葉を返すこと自体が。

 

「だからさあ、最初から『視えて』いたんだよね。このおかしな世界で警戒のために出しっぱなしだった僕のクレイジーダイヤモンドが」

 

 それが雄弁に少年たちを脅威だと語っている。

 億泰は少し気になった。

 

「でもよお、それは情況証拠で、怪しいってだけで、決定的なものじゃないよな。もし間違っていたらどうするつもりだったんだ?」

 

「ん、自信はあったよ。でも万が一間違っていても、こんな屑が大怪我しようが僕は痛くも痒くもないし」

 

 それもそうかと納得できた億泰は笑う。

 

「っで、見事、僕の推理は的中した。つまり、あんたは敵ってことで問題ないですよね!」

 

 やはり笑っている仗助。

 

 正体を見破られた悪役が襲いかかってくるのを、二人は受けて立った。

 

 


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