ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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ひとりぼっちの勇気 3

 □

 

 車が一台も走っていない車道。

 街灯の明るい道を、肩をくっつけたまま二人の少年が疾走する。

 

 彼らが通った道、その後方には、コンクリートが抉れた大きなクレーターがあった。

 これでは車が走るのに支障をきたしてしまう。

 だが、隔離された世界では誰も文句をいうものはいない。

 

 だから気にせず、少年たちのすぐ後ろに爆発がまた起こる。

 

――それは、戦車、いや、サイズ的には戦車の模型か。

 

 キャタピラがついたずんぐりむっくりした身体。砲塔の代わりに尖った鼻の不気味な顔が張り付いていた。

 

 先程まで不敵に笑っていた割に無様にふっ飛ばされた少年たちは一目散に逃げていた。

 

 戦車のくせに陸を走らず、空を飛び、少年たちを追い回す。

 

『コッチヲ、見ロッ!』

 

 自意識過剰なストーカーが吐きそうな科白。

 その合成音的な声は自らが放つ光と爆音に掻き消えてしまう。

 

 それ自体が爆発しているはずなのに、壊れることなくまた追いかけてくる、というずるい能力。 

 爆風に、少年たちの服の背中が焦げている。

 その焦げが比較的薄い方の少年。

 

「じょ、仗助! あ、あいつ卑怯じゃねえか?! こっちは素手なのに、爆弾って!」

 

 仗助を庇っているためか、呼吸が荒い億泰が、顔を真赤にして叫ぶ。

 先程から体当たりを受ける度に、四肢のどれかが吹っ飛びそうな激痛と不快感に耐えている。

 発狂しないのは痛みを敵に対する怒りに変えてなんとか堪えているからか、たんに少年が我慢強いのか。

 仗助のクレイジーダイヤモンドで服ごと体を直してもらえるとしても、そう何度も味わいたいものではない。

 

「そ、そうだな。こっちは正々堂々、素手で殴りかかったのに。子供相手にそれはない。億泰ちょっと文句行って来い!」

 

 少年たちにとって二対一は卑怯ではないらしい。

 

「あいつがその間、あの玩具をおとなしくしさせてくれていたらな!」

 

 その煙が晴れた、だいぶ後ろに敵本体の姿が見えた。

 毛のない蝋で固められた肌の猫顔の人の形。

 それが敵のスタンドの本体であるキラークイーン。

 視界に映るが、絶対にこちらの攻撃が届かない距離にいて、笑う余裕を取り戻していた。

 

 こうなると初撃に投げられた、爆弾に変えられた百円硬貨にビビって後退してしまったことが悔やまれる。

 あのまま、距離さえ詰めていたなら、爆発を封じることができたのに。

 

 悔やんでも、爆発に巻き込まれない十分な距離を作ってしまった現在。

 弾数の尽きない爆弾相手では逃げるしかない。

 

「ど、どうする仗助? このままじゃ、二人揃って黒焦げだぞ?! いっそ二手に分かれるか?」

 

「駄目だ! あの強力な爆弾相手に囮をやれるのか? 一発で絶命されたら、さすがの僕でも治せない!」

 

 二人はせめてもの抵抗と、そこいらに転がる瓦礫を拾い、スタンドの力で投げつける。

 高校球児も真っ青といった速度ではあるのだが、近接パワー型のスタンドの妨害を貫いて本体に届くほどではない。

 

「おい、また来るぞ!」

 

 二人はダンスのパートナーのように手を握りあったまま、同じタイミングで路上に駐車されているトラックの下に頭から滑りこむ。

 

――メコォ!!

 

 鉄が曲がる音が響いた。

 第二の爆弾、シアーハートアタックは、軌道上のトラックの尻にめり込み、回避することなくそのまま直進を続ける。

 普段の二人なら、この間抜けと指をさして笑いそうなものだが、ゴキブリのように必死に這って逃げていた。

 トラックの先頭に抜けると、またすぐに走る。

 エンジンが掛かっていないはずなのに、ゆっくりとトラックが動きだした。

 

『コッチヲ、見ロォ』

 

 トラックが斜めに逸れて移動しそのまま電柱に衝突すると、後ろからの圧力で二つに折れ曲がる。

 

――そして近くに違法駐輪しているママチャリを拝借し、二人乗りを始めた少年たちに、狙いを戻す。 

 仗助が前で立ち漕ぎ、サドルに億泰が座る。

 二人、ペダルの外と内で半分ずつ、一緒に漕いでいた。

 

「どう、億泰。引き離した?」

 

 漕ぐことに必死、後ろを見れないので、億泰に尋ねた。

 答えはなく、代わりにペダルに掛かる力が増した。

 仗助も、その意味を理解し、振り絞る。

 

 シアーハートアタックに、仗助と億泰の命がけの競争。

 最初に音を上げたのはその誰でもなかった。

 

――ガチャリと終わりを告げる音。

 

 続いてペダルが空回りする。

 

 

「――仗助」

 

「なに?」

 

「チェーンが切れた」

 

「知ってる」

 

 観念して仗助が振り返ると、追いついたシアーハートアタックの突進を、億泰のザ・ハンドが受け止めていた。

 

――また爆発する。

 

 空に浮かんだ、誰かのママチャリのフレームに、分解した籠に車輪。

 そしてこんがり焼けた億泰と、仗助も吹っ飛んでいく。

 

 落っこちたゴム製のタイヤは弾んだ。

 が、一緒に飛んだ少年たちは潰れたように地面に弾まない。

 

 背中からの爆風。

 前に乗っていた仗助は、比較的に軽傷で済んでいる。

 それでも、火傷はしているし、打ち付けられた衝撃で視界は揺れていた。

 それら肉体からの警告を無視し、すぐに相棒の姿を探す。

 

 億泰は近くに同じように転がっている。

 

――服は焼け、背中が剥き出しで、焼き加減はレアといったところか。

 あまりの惨状に、少しバカな感想が浮かぶが、そんなことを考えている暇はないと、生死の確認もせずに、スタンドで億泰を掴む。

 

 フイルムの逆回し、それ以下の短さで服ごと億泰が元の姿に戻る。

 

――なんでこいつ生きているんだろう。

 

 その光景。

 

 仗助のクレイジーダイヤモンドは、その一部に触れることさえできれば、どんな怪我でも一瞬で回復させることができる。

 それがものであっても、たとえば壊れた玩具の人形の足に触れると、本体パーツが飛んできて、合体し元に戻った。

 それに近い光景を人間で見せられているのだ。

 友を助けられる自分の能力に感謝するが、その凄さに頼もしさより若干の薄気味悪さを覚える。

 

――八方塞がりだ。このままではいずれ。

 

 弱気な思考が仗助をよぎるが、頬を己で叩いて追い出す。

 

――僕たちが負けるはずがない。

 

 比喩表現などではなく、自分が神さまに愛されていることは生まれた時から承知している。

 だからきっと、この状況から脱出するための手段はどこかにあるはずだ。

 ただ、それを見逃しているだけ。

 

 相棒の顔を見てみろ。

 

「っく、そったれ! 仗助、なにか思いついたか? まだなら早く逃げるぞ!」

 

 耳鳴りがする中、なんとか億泰の言葉を聴きとる。

 何度、傷を負おうとも、決して諦めはしないで、仗助の判断を待っている。

 全快した億泰は、仗助が動かないのを怪我でもしたのかと、相棒の肩に首を入れ補助する。

 

 

――せめて、自分のスタンドに強力な攻撃が備わっていれば。

 

 あの頑丈な戦車が爆発する前に一瞬で破壊できるだけの力があれば、そう願ってから少し首を傾げた。

 

――それだけの猶予しかなかったから。

 

 

 視界の中、想像よりもずっと近くシアーハートアタックが迫っている。

 宙を飛ぶそれには、本来必要のないキャタピラの喧しい駆動音。

 

 油断していたのか。

 たびかさなる爆音のせいで耳がやられ気づけず、仗助はシアーハートアタックの接近を許してしまう。

 億泰の頭越しに迫る爆弾に、相棒は気づいていない。

 

 億泰がいくら傷つこうが、仗助さえ無事なら、致命傷以外、何度でも回復させることができる。

 だから守るべきは、仗助自身。

 それは億泰だって納得済み。

 

「おおっ?」

 

 スタンドの腕で突き飛ばされた相棒が、きょとんとした顔でこちらを眺めていた。

 

――なのに、仗助は間違えてしまった。

 

 それは、ここまでの至近距離ではさすがに致命傷は免れないと相棒を案じてしまったからか。

 それとも、何度も己を庇わせてしまったことを、不公平に思ったからか。

 たんに、親友が痛みに顔を顰める姿が気分の良いものではなかったから。

 

 深い考えがあってのことか、それとも浅慮にすぎないのか。

 

――どうか、あまり痛くありませんように。

 

 恐らく、仗助自身、わかっていないのだろう。

 憤るでもなし、後悔するでもなし。

 

――万が一、僕が死んでも、生き汚い『億泰』なら負けはしないだろう。

 

 自覚していなかった自分のお人好しさ、いや間抜けさに、引き攣った顔で笑いながら、仗助は頭を守るように、スタンドで壁を作る。

 

 爆発に巻き込まれることを恐れずに、慌てこちらに駆け寄ろうとする億泰。

 それより先に、クレイジーダイヤモンドに張り付いたシアーハートアタックが、白く輝きだした。

 

 

 仗助は爆発に呑み込まれた。

 

 

 空気が流れ、スタンドの炎が消えていく。

 

 億泰は笑っていた。

 

――仗助が守ってくれた。

 

 それは、まったく冴えない選択だった。

仗助のスタンドは二人にとっての生命線。

 億泰が前に出るのは暗黙の了解だったし、それで仗助が一方的に楽をしているなんて思っていない。

 先程まで憤っていたがそれは、敵の攻撃にであって、仗助にではない。

 億泰は仗助のことを理性的な人間であると評している――もちろん、自分と比べてという話だが。

 その彼が身を呈して庇ってくれた。

 億泰が自身の尻も拭えない無能だとでも思ったか、と罵るべきか。

 親友の予想外の親切に、感謝するべきか。

 

 この行動が、彼の優しさからなのか、甘さなのか。

 

――きっと人間らしさなのだろう。

 

 それを責めるべきではない。

 きっと善悪関係なく存在するまぎれ。

 

 敵と遭遇してから今ままでの必死の逃亡。

 億泰と仗助が傷つき、誰かのママチャリが大破した、その積み重ねが。

 

 たった一つの間違いで、一瞬にして。

 

――無駄になったことに、億泰は気がついた。

 

 だから、億泰は笑っている。

 それで、なかったことにできるとは思っていないが、他にどうするべきだったのか。

 

 はれた視界の向こうの相棒はとても怒っていた。

 

 目を細くし、それを億泰の物と合わせようとするが、逸らしておく。

 目の端で仗助の無事を確認する。

 

 上着は背中が部分がごっそり失くなっていたが、内着は残っている。

 トレードマークの髪も、焦げてはいるが形を維持できているなら、そう酷い怪我はしていないだろう。

 

「いつだ?」

 

「――へ?」

 

 仗助の簡素な質問。

これだけで、正しい答えをなど、些か理不尽過ぎる。

 だけど、疑問で返した億泰は、答えを知っていてすっとぼけた。

 

「もう一度訊く――いつだ?」

 

「んー、ついさっき?」

 

 

 本当に、先ほどのことだった。

 呆けているような仗助を心配し、彼に肩を貸した時。

 

――俺のスタンドに強力な攻撃があったなら。

 

 追い回されているいらいらが、すとん静まる。

 何かを忘れていた。

 

 それを完全に思い出したのは、仗助のスタンド、その『右手』で突き飛ばされたから。

 

 そして、億泰は理解した。

 

――それがあれば、起死回生とかではなく、そもそもここまで追いつめられる必要がなかったこと。

 

 言い訳をさせてもらえるなら。

 それが、まったく日常生活の役に立たないから。

 

 いつも月村邸に無断侵入する時も、鍵を壊すのはスタンドの腕力だけで事足りるし。

 使ってしまうと、仗助でさえ直せないので返って不便であった。

 

 仗助のなんでも治せる能力を羨ましく思ったことも、実はしばしば。

 

 粗大ごみ置き場から、家電を調達、直して、フリマで売り払った時などは、金にならない強力な力など無用の長物と、疎ましく思うことすらあったかもしれない。

 

 使用する機会がなくなれば、遊ばなくなった玩具のように、押し入れに仕舞ったまま、存在すら忘れてしまう。

 

 それはきっと子供には当たり前のこと。

 

――だけど、まあ、怒られるんだろうなあ。

 

 スタンド――ザ・ハンド。

 能力は右手で削りとった物を、この世界ではないどこかに消し飛ばしてしまうこと。

 物理的に存在していた証拠さえ残さない、無慈悲で強力な、この状況にまさにうってつけの力。

 そこに転がっている戦車もどきは、頭から後ろをごっそりと削られて、爆発すら起こせない。

 仗助を襲った一撃も、恐らく火薬に当たる部分がなくなったので、威力が著しく低下したのだろう。

 

 ボロボロに崩れ回転していないキャタピラ。

 なのにスーッと浮き上がり、遠い本体に戻っていく。

 

「ま、まずそれを捨てろ。い、いまは、こんなことをしている場合じゃないだろ? な?!」

 

爆発によって撒き散らされていた手のひらより少し大きめの、そして尖ったコンクリート片を握り、振りかぶっている親友。

 

「大丈夫だ、すぐに治してやる」

 

 

 表情を変化させないせいで、よけいに恐ろしい仗助の視線を躱しつつ、彼に無理やり肩を貸す。

 憶えていなかったのは仗助も同じじゃないかと思いもしたが、火に油となるかもしれないので、そこは指摘しなかった。

 

「――億泰、僕の記憶力は知っているよな」

 

 後で報復する、忘れるなよと、警告の言葉。

 億泰は、胸をなでおろす。

 

――もちろん、億泰は相棒の記憶力を『とっても』信頼している。

 

 だから億泰は安堵の溜息を吐いた後、晴れやかな顔で。

 仗助はそんな相棒を見て怪訝な表情で、コンクリート片を捨てずに、己のポケットに閉まっていた。

 

 

 肩を組んだボロボロの少年たちは、意気揚々と殺人鬼の後を追いかけ始めた。

 

 

 

「おら、逃げろ逃げろ! おっ! 当たった。これで、三発目な!」

 

 空にはまだ、紫と金色の光を放つ飛行物体が、高速で駆けまわっている。

 それから見下ろした地べたには、比べると芋虫並みのスピードで、少年たちと殺人鬼が追いかけっこを続けていた。

 

 殺人鬼は五体満足ではないようで、少年たちの方も、一人が怪我人のせいか、歩みは遅い。

 無傷の億泰が、先に相手を追い詰めればいいのだが、そこは殺人鬼の爆弾の威力がネックとなる。

 億泰だけでは、万が一が考えられるし、それに一人になる仗助が狙われる可能性だってある。

 

 だから億泰にできることなどこうやって。

 

――唇に歯を食い込ませ、恨みの篭った視線を向ける殺人鬼に、適当にそこいらに転がっているものを投げつけて遊ぶくらいか。

 

 ザ・ハンドの左手で振りかぶって投げる高速の石ころや、ゴミ箱から拝借した空き缶。

 その殆どが、敵スタンドに防がれているのだが、いくらかの足止めにはなっている様子。

 

逆に、相手がバラ撒く爆弾は、爆発までの速度より、ザ・ハンドが削り取る方が早く、少年たちの進行を遅らせる程度にとどまっている。

 

 怪我の度合いから見て、殺人鬼の背に二人が追いつくのも時間の問題だった。

 

――だけど少年たちにとって、今日は本当に珍しい日だった。

 

 いくつかのビルの角を曲がっての狭い道路。

 殺人鬼の進む、そのさらに先、本当に間の悪いことに小さな人影があった。

 都合の悪いことに、それは少年たちの身に覚えのある顔ぶれ。

 

 殺人鬼の足が早まる。

 それを見て、怪我人の仗助を残し、億泰が走る。

 

 だが、それを阻むため、爆弾に変えられた硬貨が飛んできた。

 億泰にとって脅威にはならない。

 かといって、対処しないわけにはいかず、ザ・ハンドで削り取る手間がかかる。

 

 それはたった数秒。

 だけど、傷ついている少年とその後ろにいる少女二人を、スタンドで拘束するには充分過ぎる時間だった。

 

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスにとってのクリスマスが、和気藹々と家族で迎えるものから、なにが起こるかわからないびっくり箱に変わったのは、ちょうど二年前からだった。

 目まぐるしい毎日が幸福なのか、不幸なのか、考える事。

 それが無駄であると悟ったことが大人への第一歩なのかもしれない。

 

 アリサの時間に、同じ場所で過ごすぬくもりをくれたのが、すずかとはやてなら、そこへ叩き込んでくれたのは億泰と仗助。

 もっとも、あの少年たちが、それをなしたという自覚を持ってるはずもない。

 だから感謝はしているが、伝えたことはない。

 それは隣りにいるすずかも、病気で入院しているはやても一緒。

 別に示し合わせてのことではないのだが、これに関しては素直に感謝させてくれない少年たちに責任がある。

 

 イルミネーションの光のせいであまり星の見えない都会の空を眺め、ぼんやりとそんなことを思ったのは、駅から伸びる大通り。

 病院でのパーティー、その後始末をせずにさっさと逃げた少年たちのせいで、少し遅くなった帰り道。

 家の迎えの車を断っての夜の散歩は、どちらが言い出したことだことだったか。

 塾などで、夜に外出する子供が増えたといっても、やはり子供だけでは目立ってしまう。

 服などの買い物は大人と一緒が当たり前の小学生にできることなどたかが知れている。

 

 それでも寒空の下で、店内に入らず、ショーウインドウを眺めるだけでも、とても楽しかった。

 だがいつまでも楽しんでいるわけにはいかないのが真面目な小学生のつらいところ。

 視線を夜空から、手元の時計に戻し、針を確認して、すずかに向ける。

 

――その時になって、いつのまにか人気がなくなっているのに気がついた。

 

「――何か、クリスマスのイベントでもやっているのかな?」

 

 すずかは首を傾げる。

 そこに人が集まっているせいでは。

 だけど、店員までいなくなっているのは、腑に落ちない。

 

 二人で辺りを見回してみる。 

 

「あっ!? あっちの方にだれかいた――けど」

 

 すずかが、駅の方への道を指差している。

 つられて、アリサも見るのだが、すでに人影はない。

 

「ほんと? じゃあ、行ってみましょうか」

 

 人以外のすべてが正常に活動している無人の街。

 歓迎されていないような気分にさせられ、少し不安になる。

 なにか考え込んでいるすずかの手元を引っ張って、アリサは歩き出した。

 

 

 急かすアリサに牽かれながら、すずかは自分の見た人影のことを考えていた。

 少女の見間違いでなければ、あの長い髪の女性はふっと煙のように消えてしまった。

 真冬の夜に怪談など、季節外れも良いところ。

 だから、意外に怖がりな親友に話せずにいた。

 それと、もう一つ気になったこと。

 人影を追っかけている状況では、気にしても仕方ないのかもしれない。

 

――消えた彼女が手を下から振って、こちらに来るなと警告をしていたように見えたことも。

 

 

 そんなすずかのちょっとした心霊体験をふっ飛ばしたのは、角を曲がってすぐのこと。

 もちろん、目の前に血塗れの女性が登場したわけではなく、それより小さな人影を発見したから。

 その人影は、すずかたちと同じくらいの背丈で、脚を引きずりながら進んでいる。

 服はところどころ破けていて、遠目からも、尋常ではない状態に思えた。

 

 心配し駆け寄る二人。

 距離が近づき、顔を確かめれば、クラスメートの男の子だった。

 億泰や仗助と違い、良い意味で目立っている少年。

 必要以上の交流はないが、高町なのはや、転校生のフェイト・テスタロッサとよく一緒にいるのを見かける。

 

 少年は、駆け寄った二人の間をすり抜けて行く。

 

「――急がなきゃ、ころ、した、二人の、時間が――間に合わなく」

 

 途切れ途切れの声。

 アリサたちを無視したのではなく、眼に入らないほどに意識が朦朧としているのか。

 顔には擦り傷、大きな出血など見当たらない。

 だからといって大丈夫だと安心できるはずがない。

 

「すずか、救急車、電話!」

 

 倒れそうになる少年を支えて、アリサ。

 いまさら、携帯の存在を思い出し、すぐにボタンを打つ。

 目に入った電柱に書かれている住所、それを電話の先に正確に伝える。

 

 少年は少女たちの制止を何度も無視し歩いて行く。

 それを放っておくわけにもいかず、二人もゆっくりとした足並みで進む。

 そのまま、五分くらいが経った頃だろうか。

 

「――だから、駅近くのファストフード店のすぐ前です! もう着いて探しているって言われても」

 

 電話に耳を当てたまま、周囲を見回すすずか。

 アリサも一緒に探すが、どこにも救急隊員の姿はない。

 それどころかやはり人っ子一人いない。

 

「だから、いたずらじゃないっての! そっちこそ、あたし達をからかっているんじゃないの?! こっちだって困っているのよ!――大人なんだから、それくらいそっちでどうにかしなさいよ!」

 

 すずかからひったくった携帯で、アリサは悪態を吐く。

 

――なにか自分たちの常識の外の、思いもよらぬ状況に巻き込まれているのでは。

 

 携帯に向かって怒鳴りつけているアリサを見ながら、すずかは思考する。

 だが状況に対して、自分たち小学生にできることなどたかが知れている。

 

 それに街に人気がないだけでは、その推測が正しいかどうか、それが危険なものなのか、判断する材料が少ない。

 

「救急車が来る気配もないし、ここにいてもしようがないわね。こうなったら」

 

 直接病院に連れて行くしかないか。

 すずかはアリサとは反対の肩を担いで、少女二人が少年を挟む形になる。

 

「って、ちょっと、大丈夫?」

 

 病院の位置は彼の進行方向と同じ。

 少年の足並みに合わせ、そこから通りを一つ進むと、少年の足取りが止まった。

 少年の容体が悪化したのかとアリサが焦る。

 すずかは考える。

 まだまだ病院は遠い。

 せめて誰か大人が通りかかってくれれば。

 

――少女の切なる願いが届いたのだろうか。

 

 行く先に、携帯を耳に当てながら、歩いてくる男がいた。

 

 子供が大人を頼りにする。

 それが当たり前の社会は、きっと賞賛されるべきなのだろう。

 

 だから、すずかもアリサもほっと表情を崩す。

 そして子供らしく無警戒に、その男に手を振り声を上げた。

 男はこちらに気づくと、『笑み』を浮かべる。

 怪我でもしているのか、少しおぼつかない足取りで、なのに早足で三人に近づいてきた。

 

 彼の後方には、つい先程別れた男の子たちの姿もある。

 仗助と億泰は、すずか達の姿に気がついたのか、ぎゃあぎゃあと騒いでいた。

 少年たちがうるさいのはいつもの事なので、少女たちは気にもとめなかった。

 

――近づいてきた男は笑顔のまま、怪我をしている少年を蹴飛ばし、呆然とするアリサの長い髪を一括り掴み上げる。

 

 強引に髪を引っ張られ、アリサが転ぶ。

 浮かべるいやらしい表情。

 まともな大人ではない。

 だったら、すずかの取るべき行動はなんだろう。

 大きな声をあげ助けを呼ぶことか。なんとかアリサを引き離し、逃げ出すべきか。

 もちろん、立ち向かって取り押さえるなどという無謀なことはしない。

 だけど賢い少女は、その思いつく選択肢のどれも選べない。

 大切な親友に振るわれた暴挙に対する怒りはある。

 だからすずかはわからなくなっていた。

 なぜ自分が動き出さないのか。

 

 ――心は抵抗を試みているのに、小さな体が磔られたかのように動かなくなっている理由も。

 

 

 


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