――盗みに、ではなく、町の平和を守るために、立ち向かった翌日の放課後。
仗助と億泰は教室の後ろの端にある己の席で昨日のことを話しあっていた。
「いや、誘拐犯の奴らは確かに”海鳴に住む月村って奴らは吸血鬼だ”って言ってたんだよ。信じてくれよ」
億泰がここまで必死に訴えるなら、聞き間違いではないのだろう。
しかし、
「なぁ、それってある種の比喩だったんじゃないかな」
仗助の考えはこうである。
あの言葉は、血液を栄養とする吸血鬼を指しているのではなく。
月村家の住人は、人の血を啜って生きてるような人でなしであると、罵倒していたのではないか。
それに、億泰も少し考えて鼻を鳴らした。
「ああ、なるほど。ケッ、紛らわしいこと言ってんじゃねぇよ。しかしそうすると、月村って奴らとんでもないな」
誘拐犯にまで、悪評が伝わってるなんて、とんでもない外道どもだと、二人はこの場所にいるはずもない月村家を罵る。
とすると、昨日奪ってきたこれらも無駄にならないだろう。
「ねえ、なんでアンタ達は、すぐ隣ですずかの陰口を語ってるのよ!!」
目を向ければ、隣の席の金の髪の毛の子供が腕を振り回し、猿のように怒っていた。
●
「すずか、どうしたの、今日ずっと元気がないじゃない」
と友人のアリサが顔を覗き込んでくる。
すずかは昨日の事件で思い悩んでいた眉間をほぐして、笑顔を向ける。
――いけない、心配をかけてしまっただろうか。
「ううん、何でもないの。昨日夜遅くまで、本を読んじゃって、ちょっと寝不足かな?」
とすずか。
アリサはしようがないわね、すずかに苦笑する。
朝食の席、昨日の出来事について、姉であるか忍から説明があった。
まだ、判明していなこともあるが、昨日の侵入者は子供が二人。
彼らは呪いのデーボと名乗ったらしい。
その名に覚えのない月村家の面々は首を傾げる。
ながらく、血族以外の関係を絶っていた月村家。
だから事情に疎いし、それ故に、接触を図ってくる者もいない。
困ったときのと、叔母のさくらに確認したところ、デーボは裏の世界で有名な殺し屋ということだ。
少年たちが残したもうひとりのディオという名前は聞き覚えがないそうだが。
それを聞いてすずかは不安に押しつぶされ、泣きそうだったのだが。
「うーん、たぶん違うんじゃないかな。これは勘だけど、殺し屋にしてはどこかそう、全身から醸し出す空気が――アホっぽかったわ」
とは姉の意見。
ちなみにメイドのノエルもコクコク頷いていた。
対峙した二人がそういうのなら、顔すら合わせなかったすずかに言えることはない。
――じゃあ、殺し屋ではないその二人は何なんだ。
それに答えられるものはいないことはわかるので、朝食のトーストと一緒に、疑問を飲み下す。
昨日の出来事もあり、学校は休んでもいいと言われたのだが、つい先日できたた友達に会いたい。
すずかは眠い目をこすり、頑張って登校した。
●
終業のチャイムがスピーカーから聞こえる。
授業内容が耳から耳に抜けていった。
やはり昨夜のショックは強かったらしいと実感したすずかは、放課後の鐘の音で、頭を勉学から遊びに切り替える。
両手の平で、顔を挟み、ゆっくりとほぐす。
「月村って奴らとんでもないな」
さあ、嫌なことは忘れて、子供らしく遊ぼう。
その出鼻をくじいたのは、すぐ隣から漏れていた少年たちの声だった。
●
目を向けるとそこにいたのは、先日の誘拐事件のとき御一緒した、仗助と億泰だった。
クラスのでは、狭い。
少年たちは、この学校内の異端児だった。
彼らはとても目立つ存在だった。
まずその容姿。重力に宣戦布告を叩き付けたような髪型、太い眉、確固たる意志を持った瞳。
――本当に同い年なのだろうか、と常々アリサは疑いを持っていると漏らしていた。
入学式時に、そのハンバーグのような髪型を注意された時など、
「――寝癖です。」
の一言で押し切ってしまった猛者である。
――後日、全校朝礼の時、指導した教頭のカツラが宙に浮かび、爆発した。
それ以降、教師から黙認されているが、この件とまったく無関係のはずである。
もう一人は、刈り上げられた両サイドに、真ん中は、パンチパーマ。
細い眉、何を考えているのかわからない三白眼――これで小学生を名乗るのは詐欺行為になるのではないだろうか、などと失礼な感想が浮かぶ。
――ちなみに、億泰が指導を受けた時は「宗教上の理由です」とふざけたことをいっていたのを隣の席のすずかは記憶させられていた。
すずかはこの二人とどのように接していいのかわからなかった。
それはクラスメートも同じようで、彼らが二人を避けるのも手伝って、誘拐事件以降、すずかと少年の間に交流はなかった。
そんな二人の口から出た己の名前。
すずかは聞き流せず、体の向きを換えた時。
「何クラスメートの悪口言ってるのよ!!」
すでに、アリサが二人に突撃をかけていたのだ。
――その友情は嬉しいが、いささか短気すぎないかと心配になる。
弾丸のような友人を止めるべく、すずかも慌てて三人の方へ。
●
仗助と億泰は何言ってるんだという顔で、アリサのことをみている。
「はぁ? 俺らはべつに、クラスメートの悪口なんか言ってねえよ」
億泰は怪訝な瞳で、吐き捨てる。
「いま、月村って、言ったじゃない。あたし、ちゃんときいたんだからね」
アリサの一言に困惑する億泰。
――なんだろう、私もたしかに、自分の名をきいたのだけど。
視線が合い、疑問符を浮かべる億泰とすずか。
いまだすれ違いに気づかない、二人をおいて、何かに気づいた、アリサのボルテージがグングン上がっていく。
「――まさかあんた達クラスメートだけならまだしも、一緒にあんな目にあった私あたしたちの名前まで、憶えてないなんてことはないわよねえ?」
アリサの語尾は跳ね上がっていた。
――アリサちゃん、そんなことあるわけないじゃない。
さすがにそれは失礼にすぎる。
すずかは、このクラスで一番最初に覚えた男子の名は彼らのものだった。
一緒に、あんな経験をした仲だ。
アリサに続いて、友人になれるかもしれないと、少し舞い上がってしまったことも思い出される。
そういった乙女心を踏みにじるような悪行。
――なにより、事件の後に、精一杯の笑顔で自己紹介し直した女の子のプライドが許さない。
「あれ、どうしたの東方くん、すごい汗だよ。はい、このハンカチ使いなよ」
差し出したハンカチを受け取る余裕が仗助には、ないようだった。
はっと何かに気付いた。
そして仗助は、不敵な笑みをこちらに向ける。
「いや、いいよ。まったく億泰はともかく、ぼくはそんな失礼なことはしないよ、。な、名前を忘れるなんて――話題にししていたのはたしかだけど、、べつに悪口を言ってたわけではないんだよ――だから、そう真っ赤になって怒らないで、落ち着いてよ、月村さん」
――本当だろうか、たしかにすずかの耳は悪口を聞いたのだが。
そして仗助は『我が事のように』怒るアリサを宥めようとしていた。
それをまったく怒っていないすずかが冷ややかな目で見つめている。
●
「おい、大丈夫かよ、仗助」
――おまえはいいよな、すぐに怪我が治って。
「いや、治してくれたのおまえだけどな」
仗助は億泰に背負われ、月村邸がみえる丘までやってきた。
――あの二人は、本当に聖祥に通うお嬢様なのだろうか。
アリサの平手打ちはともかく、すずかの少女とは思えないいボディブローが足にきて、仗助は歩けなくなってしまった。
――大体あの金髪は何なのだろう。
月村の悪口であんなに怒っていたので、これは話題の御本人だと仗助は思ったのだが、見事に外れたらしい。
というか名前の一つや二つで、暴力に訴えるなど、ちょっと、常識がないように思える。
それの意味するところは。
「ああ、間違いねえ。聖祥にも、いたんだな、不良って」
珍しいものが見れたと億泰が頷く。
「まあ、これで遠慮する必要はなくなったけどね」
そういって、昨日、屋敷に無造作に置かれたていた札束、その端をちぎったものを出す。
そのまま持ちだしていたら、当然、犯人が、あの時、侵入した仗助たちだと、ばれてしまう。
故にこの手段をとった。
「よし、この位置なら、この前の飛行機みたいにならねえな。窓も開いてるぜ」
双眼鏡をもつ億泰が言う。
――月村よ、今まで、お前たちが犯した悪行で得た金、弱き人々の代わりに頂戴させてもらう。
心のなかで、悪党一家に断罪の言葉を述べる。
「クレイジー・D!!」
仗助の背から、浮かび上がった幻像。その筋骨隆々な左腕が、切れ端に触れると、時を巻き戻すように異常な修復が始まった。
●
玄関前、すずかは、己のつま先を見つめている。
今日の事を少し反省してる。
暴力に訴えるなど、人として恥ずかしい。
が、己でも不思議なのだが、あの二人に関しては驚くほどに自制が働かないのだ。
――まあ、あの二人にも原因はあるんだけどね。
言葉で諭しても、反省しないことは教師とのやり取りを見ればわかるし、少女たちが不自然に笑いだしたことに、察したのか、足払いを噛まして即座に撤退する鮮やかさ。
せめて、逃げるときに、すずかに対する罵詈雑言がなければ、あんなにも拳に力がはいることもなかっただろうに。
「えっ、泥棒に入られたの!」
「ううん、屋敷の中に入られたけど、何も盗られてなかったの。ファリンがしまい忘れてた現金も無事だったんだって」
昨日から神経をすり減らすようなことが続いて、うっかりアリサに昨日の事を喋ってしまった。
だけど、アリサも仗助たちのおかげで気力を削られていたのか、いつもの勢いがない。
「でも不用心ね、現金をそのまま出しておくなんて」
「うん、だから、朝、すぐに金庫の中にしまっておいたんだ――だ、け、ど、?」
言葉の途中、すずかは、空を呆然と見上げていた。
ちなみにアリサも同様。
――轟音と共に、二階の壁ぶち破り、空に羽ばたく黒い金庫。
そんな少女たちの非日常と、少年たちの日常。