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「おいおい、さっきからハエみたいに飛び回るだけか。そんなんじゃ俺には勝てねぇぞ!」
億泰は敵に挑発の言葉を投げる。
スタンドを使い砕いたアスファルトを投げるも、光る壁に阻まれどうにもならない。
空を飛ぶことができる敵のせいで、戦闘が膠着してるのだが、
「くっ、なのはちゃん! 俺はどうなってもいい。だから逃げるんだ――あ、すいません、声大きかったですか?」
そこは問題ではない。
「なら、続けますね。――なのはちゃんの足手まといになるくらいなら、ここで死んだほうがましだ。――えっと、まさか殺されたりなんて」
そういった残酷なことはしない。
億泰は考える。
先ほどまでころがっていた少年が上半身だけをおこし、芝居がかったセリフを少女に向けているのはなぜなのだろう。
仗助があの黒いスタンドを倒し、こちらに来るまで、少女の逃亡を防ぐための人質になってもらっている現状、特に問題はないんだけど。
――やけに協力的だ。
なにか企んでいるのかと億泰がひと睨みするのだが、
「えっと、そんなに見られると、照れるんですが」
――ただの頭の悪い少年にしか見えない。
少女の方から、牽制に放たれる光の玉も、ザ・ハンドの拳ですべて叩き落とせる。
問題といえば、少年の言葉が届けば届くほど、彼女の顔が険しくなっていくことぐらいだ。
「真君!! ちょっとは逃げる努力ぐらいしてよ!!」
億泰もそう思う。
俺に力があれば、と少年が嘆くのだが、そういうことも関係ない。
億泰が呆れていると、いたちと見詰めあっていた少女が、地面に降りた。
何かするつもりなのか、警戒と少しの興味がわいた。
少女のスタンドらしき杖に今まで以上の光が集まっていく。
集まる光の大きさに、ちょっとヤバいかもと思ったとき、杖から閃光が走った。
慌て、空間ごと削り、消滅させる切り札――ザ・ハンドの右手を振るう。
だが、思ったような衝撃がない。
「おいおい、ちゃんと狙って撃てよ、って!」
億泰の横を通り過ぎるピンクの光に安堵するも、白い少女の姿がなくなっている。
慌て探せば、億泰の後ろ数メートルに降り立つ少女。
どうやら大砲を撃ち、の隙を狙って億泰を飛び越えたらしいが、何が狙いなのか。
人質の少年がこちらにある限り戦況はかわらないはずだ。
だから、少女の横に少年が倒れてる事に気づき億泰は驚いた。
――やられた。少年はさっきまで動けないふりをしていたのだ。
あのバカな芝居で億泰を油断させ、少女の大砲のどさくさにまぎれ逃げる。
気づいた時にはもう遅く、白い少女は、肩に少年を担ぎ飛んで行ってしまった。
追うすべはなく、億泰は、出し抜かれたことを悔しく思う。
だがその一方で一つ不可解なこともあった。
――どうでもいいことなのだが、少女の担ぎあげた少年から、焦げたような匂いと煙が上がっていたことである。
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翠屋次女の肩に乗っているイタチは焦っていた。
なのはと敵魔導師の戦いは膠着している。
彼女は、初めてとは思えない戦いぶりを見せているのだが、少年には一歩も二歩も届いていない。
なぜだかわからないが、敵は魔力弾を撃たず、それが彼女をぎりぎりで生かしている。
≪くっ!早く暴走体を封印しないといけないのに!!≫
暴走体の気配は動いていない、被害がでるまえに、――動いていない、その事実に気づきフェレット――ユーノ・スクライアは警告する。
≪なのは!大変だ、彼には仲間がいる!!≫
活動している暴走体を足止めしている人間がいるのだ。
なら先ほどから、積極的に攻めてこないのは、時間稼ぎなのだろう。
暴走体の気配が消えていく。
ユーノはジュエルシードが封印された事を悟った。
≪なのは!彼の仲間が来る、魔法初心者の君には荷が重い。ここは逃げるんだ!≫
「でも! 真君が捕まっているの!――真君!! ちょっとは逃げる努力ぐらいしてよ!!」
もう一人の協力者である真をなのはは叱咤する。
ユーノのせいでこの世界に散らばったジュエルシード。
万全ではないと言い訳し、ユーノが自分勝手にも協力者にしてしまった少年を見捨てるなどできようはずがない。
捕まってしまった少年は、恐怖のあまり異常な行動を取り始めている。
「ねえ、フェレットさん。さっき言っていたけど、この魔法って人に撃っても大けがはしないって本当?」
そうだとユーノが頷きかえすと、彼女の杖に光が集束されていく。
それは砲撃魔法。
魔法を覚えたての少女が使えるはずのないそれが、目の前で行使される様を見て、なのはの才能にユーノは戦慄する。
――でもなんで、今まで使わなかったんだろう。
同時にそんな疑問も浮かんだ。
疑問の答えはすぐに分かった。
なのはは敵ですら傷つけるのを厭うたのだと。
そんな優しい少女に助けられたことを感謝し、戦わせていることを後悔した。
だがなのはに、人を傷つけたという重荷を背負わせるべきではない。
ユーノに軽くできるかは、わからない。
だが、それでもなのはが撃ったのではなく、己が撃たせたのだと。
それだけは伝えないと、ユーノは固く誓う。
――桃色の閃光が放たれた。
敵の魔導師ではなく、その横で声あげているもう一人の協力者にむかって。
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少し頭が混乱している。
今、ユーノ達は、集束魔法によって吹き飛んだ真を回収して、なのはの家の近くの公園に移動した。
真はまだ目を覚まさない。
香ばしい匂いをさせプスプスいっているのでとても心配だ。
だがそれよりもユーノには気がかりなことがある。
≪……えっと、なのは。君、真の事を≫
「うんっ! 初めての魔法だから失敗しちゃった。次は気を付けるね にゃははは!」
満面の笑みを返すなのは。
――彼女の戦いぶりをみるに、ミスらしいミスはなく、とても初めての戦闘、初めての魔法行使には思えない。
「うんっ! 初めての魔法だから失敗しちゃった。次は気を付けるね!!」
≪そ、そうなんだ。偶然当たって、偶々真が吹っ飛んで、幸運なことに人質から逃げられたんだね……≫
そうだ彼女は今日初めて魔法に触れたんであって、真にあたったのはただの事故に違いない。
なのはに伝わるよう何度もユーノは頷き肯定の意思を表現する。
――だからこれは不注意なのだ。
先程からユーノに向けられている杖を下してくれるようになのはに願った。
これがユーノ・スクライアと高町なのはの始まりの夜の出来事である。