ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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挿話 風の向こう側

 図書館前の長い道路。

 

 唸り声をあげる車輪、吹きすさぶ向かい風、すべてが奴の味方をしている。

 しかし、まだレースは終わっていない。

 図書館入口前の交差点で、スタンドを使い加速、強引に内に入り億泰を跳ね飛ばす。

 

「仗助、おまえじゃ、俺の成金号にゃ勝てねえよ!」

 

 

 すぐに態勢を戻し追いついてくる。

 

 直線じゃ勝負にならない。

 今の接触でどこかぶっ壊れてくれりゃいいのにと仗助は吐き捨てる。

 

 操るマシンの差がありすぎる。

 

 なんでこんな賭けをしてしまったのだろうか、仗助は愚痴りたくなる。

 

 理由がないわけではない。

 

 別居中の父親に買ってもらったというピカピカのMTB、年相応にそれを喜ぶ億泰。

 

 自慢する億泰に嫉妬したのだろう。

 

 中身も体の年齢に影響を受けているのか、片親で父のいない仗助にはその赤いフレームが眩しくて仕方なかった。

 

 

「おお!なんだボーっとしやがって、やっぱそんなマシンで戦いを挑むのが無謀ってことにようやく気付いたのか?」

 

 

 ――そんなわけないだろうと、余裕を見せるために笑う。

 

「言ってろ、ラスト一周。最後に前を走っているのは、僕と相棒に決まっているんだよ!!」

 

 

 モヤモヤした気持ちを置き去りにするため、マシンに力を込める。

 

 

 仗助の気持ちに呼応して、限界を超えたスピードで車輪がうなり声をあげた。

 そんなどうてもいい午後の話。

 

 

 車椅子の少女――八神はやては読み終わった本を閉じ時計を見る。

 

 針は遅々として進まず、そのため、図書館の静寂に混じる子供たちの話声が気になる。

 

 学校帰りに寄ったのだろうか、読書の邪魔にならない程度のはしゃぎ声。

 

 両親が居らず、障害の事もあってか、それらが決して自分のもとにはやってこない宝石に見えてしまう。

 

 

「……あほらしっ、次の本とってこよ」

 

 車いすを動かし、目当ての棚に行く。

 

 ――あった! 

 少し高いところにあるそれは、小さな魔女のお話。

 

 ちょっと前に流行って、ようやくこの図書館に入ったのだが、いつも貸し出されていて、上巻しか借りられずそのまま時間がたってしまった本。

 

 活発な魔女の女の子が、イタズラして怒られたり、頑張っている男の子を影から応援したりするそんな物語。

 

 でも、女の子のまわりにはいつも暖かい笑顔や笑い声にあふれていて、読むだけではやての中にもその熱がわけてもらえる気がして大好きだった。

 

 

「よっ、ほっ!ダメや、」

 

 手を伸ばすも、もう少し届かない。

 

 顔なじみの司書に頼もうかと思案していたその時、横から本に手が伸ばされる。

 

 その子の髪型の奇抜さが強すぎて言葉が出なかったが、すぐに気を落ち着けて礼を言う。

 

「あの、ありがとうな」

 

 

 

 ――リーゼントという一世代古い髪型の少年は、はやてに微笑みを返し、本を一つ上の棚に入れ替えロビーのほうに歩いて行った。

 

 

「ちょっ! まてや!! そうや、そこのリーゼントのおまえや。なにキョロキョロしてんねん。そんな奇特な頭、おまえ以外に居らんわ!」

 

 

 ――心臓飛び出る程にといえば大げさだが、なかなかの理不尽さに戸惑ってしまう。

 

 どういうつもりだと問いただせば、障害者に対して優しくするのは、本当の意味での優しさではないと講釈をたれてくれた。

 

「同情されるのは確かに気分悪いけど、意地悪するのはちがうやろ!」

 

 

 ――ナイス突っ込みと嬉しそうな少年。

 

「顔真っ赤なのはおまえのせいじゃ、指さして笑うな! ――なに、そろそろ行っていいですかって。はぁ、ええよ。もう疲れたわ」

 

 はやてが声を荒げたのは久しぶりのことだった。

 

 ただ去っていく背中を見送る。

 

 

「司書さん呼びにいこ」

 

 

 

 結局本を自力で取ることをはやてはあきらめた。

 

 

 

 ――少し眠ってしまったみたいだ。

 

 ロビーの窓から入る夕日に気が付く。

 そして尻の下の柔らかさに首を傾げた。

 

 はやてはたしか向こうのテーブルで本を読んでいたはずだ。

 

 ロビーのソファーに横になってる自分。

 

 誰かが気つかって運んでくれたみたいなのだが、心当りがない。

 

 

「ああ、やっぱりMTBには、勝てないか。いい線いってたんだけどなぁ。」

 

 

「いや、まだラスト一周残っているんだわからないぜ」

 

 

 ――なにごとだろう。

 図書館にいた子供たちがみんな窓に寄って何かを見ている。

 

「何見てるんですか?」

 

 

 はやてはすぐ横でソファーに膝をついてる男の子に聞いてみる。

 

「ああ、さっきまでここらうろついていたかわった髪型の子達がいたろ。彼らが図書館周りの道でレースをしているんだ。いやぁ信じられないくらいスピードが出でるんだ、

君も見てごらんよ」

 

 

 そう言って指さす手の方向に体をひねってみると、窓のすぐ外を赤い弾丸が通り抜けっていった。

 

「ぶっ!! ちょっと速すぎやろ。今、スクーターのおばちゃん抜いてたで!!」

 

 

 到底、自転車では出せないスピードに興奮する。

 

 あんなスピードでレースなんて、娯楽の少ない小学生には楽しすぎるではないか。

 

 はやてもはしゃぎたくて背中がムズムズする。

 

「ほら、いまもう一人がくるよ。さっきまで追いついたり離されたりの繰り返しだったんだけど、そのたびにマシンの体当たりが見られてね、そこがまた熱くさせるんだ」

 

 

 こういうときは負けてる方を応援したくなるのはなぜなのだろう。

 

 

 

「ほら、がんばり~、はよ追いつきなや、応援しとるよ!」

 

 

 窓から声援を送ると、見覚えのあるリーゼントの少年が手を振ってくれる。

 

 

 ――それがうれしくて、さらなる加速で目の前を通り過ぎていく車いすの背中が見えなくなるまではやては手を振リ続けた。

 

 

「で、何か言い訳があるなら言ってみい!」

 

 

 自転車持っていなかったからという、言い訳ですらない、ただの事実を車いすの持ち主に、仗助は話す。

 

 

「やからって、他人様のもん勝手に持っていくなや!!」

 

 

 気持ちよさそうによだれ垂らしていたから起こすのは躊躇われたという仗助の善意も付け加えたのだが、少女はお気に召さないようだ。

 

 

「よよ、涎なんて――ちょっとそこの棚の右端の本とってもらえんか?」

 

 

 急に笑顔になった少女。

 これくらいの年齢の子供はすぐに熱くなたっり、冷めたりする。

 

 大人である仗助が折れてやるしかないと、本を探す。

 

 取った本は厚く、なかなかに難解で、仔狸みたいな顔の少女には不釣り合いに思える。

 

 

「ありがとな、これで許したるわ。」

 

 

 これ位大したことじゃない、気にするなと格好を付ける前に、少女は分厚い本を、仗助の頭に振り下ろした。 

 

 

 ● 

 

図書館でひとり寂しく本を読みに来たはずが本でリーゼントをしばくことになった。

 はやての日常としてはありえないくらいに珍しい午後。

 

 はやての気がおさまってから、レースのせいで車いすに故障がないかどうかチェックして家路につく。

 

 今日は、己のコンプレックスを気にせずに人としゃべれた珍しい日になった。

 

 相手が風変わりだったのも後押しをしてくれたのだろう。

 

「私は、八神はやて。まあ、こんなんやから、学校にも通えてなくてな、よくこの図書館にいるねんで、その、今度会ったら声かけてくれるとうれしいな」

 

 

 車いすを指し、勇気を出してしばいた少年とその友達に声をかける。

 

 

「ああ、ぼくは、アリサ・バニングスて言うんだ。うん、父が英国の人でね、ハーフになるんだ。えっ、名前が女の子みたい。――気にしてるんだからあまり言わないでくれよ」

 

 全然気にしているように見えないので、謝罪するべきかはやては迷う。

 

 

 もう一人さっきまでアリサとレースをしていた此方も変わった髪型の少年も続いて名乗る。

 

「アリサ君の友達で月村すずかっていうのよろしくね。」

 

 聞き覚えのある名前。

 だがそれ以上に、語尾に気持ち悪さを感じる。

 それに男につけるには響きが可愛らしい。

 

「酷い、私こう見えても立派な女の子よ!!」

 

 すずかの主張に頭痛を覚え、目頭を押さえる。

 ほんの少し下げた頭を謝罪と受け取ったらしいすずか。

 

 

 

「ううん、気にしないで。わかってもらえればそれでいいの。私たちもう帰るね、うちでペットのノエルがお散歩を待ってるの、じゃまたね」

 

 

 必死に表情を殺し、はやては手を振って二人と別れる。

 

 ――二人の姿が見えなくなったあとすぐに、はやては車いすのポケットから携帯を取り出した。

 

 

「ああ、そう、はやて。うん、すずかちゃんの知り合いにリーゼントはわからんか、フランスパンが、そう!その子――」

 

 

 すずかとの電話を終える。

 密告者は、おもしろい縁ができた事を喜び、意地の悪い笑みを浮かべた。

 


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