とはいっても風見幽香さんは出てきません。
今回は早苗さんを主人公にした物語です。
この物語を読んで、何かしらを感じていただければ幸いです。
ではどうぞ。
奇跡は起こすものではなく、起きるものなのだ。
「なんで私、こんな所にいるんでしょう……」
辺りは酔っ払いたちの笑い声が響いている。
守矢の巫女こと東風谷早苗は頭を抱えながら対面に座る少女へと視線を送った。
「ング、ング……ぷはーっ。いやぁ、一仕事終えた後の酒は格別だねえ。ん? どうしたんだい、おまえさん。そんなしけた面をして。せっかくの酒なんだ、もうちょっと美味そうに飲みな」
朱色のツインテールをひょこひょこと揺らしながら死神の少女――小野塚小町は頬をほんのりと染めながら言った。
「私はつい先ほどまで布教活動をしていたはずなのに、なぜこの死神の酌の相手をしているのでしょうか……」
「カタイこと言うなよ、おまえさん。一人酒ってのも乙なもんだが、時にはこうやって盃を酌み交わす相手が欲しかったりするんだよ」
「閻魔さまと共にすれば良いじゃないですか」
「いやあ、映姫さまとお供をするとね…………そりゃもう、お小言がすごいんだよ」
ふっ、と小町は冷めた笑いを漏らしていた。
彼女の上司である四季映姫は、この『幻想郷』の閻魔だ。簡単に言ってしまえば裁判官のような者である。閻魔と言う種族の特徴なのか、彼女自身の性格なのか、『少々』小言が多い。小町はサボり魔としても有名なので、映姫は目の上の瘤なのかもしれない。
「せっかく息抜きをしているのに、息が詰まっちまうよ」
「アナタは空気が抜け過ぎてるから入れる必要があると思いますけどね」
「おまえさん中々にトゲのあることを言うね」
殆ど拉致に近い形で連れてこられたのだ。多少は言葉に棘があっても仕方ないだろう。
「それはさておき、おまえさんは飲まないのかい?」
小町が御猪口を手渡して来るが、早苗は小さく首を振った。
「私はあまりお酒に強くないので」
「そう言えばおまえさん、元々は『外』の人間なんだって?」
いきなり話が飛んだため多少の間が空いてしまったが、早苗は小さく咳払いをして答えた。
「ええ、そうですけど」
「なんでまたこんな不便なところに来たんだい?」
「……」
早苗は僅かに口を噤んだ後、努めて冷静に答えた。
「そこでは守矢の信仰を得ることが出来なかったので、どこか信仰を得られる場所を探している内にここに辿り着いたんです」
「ウソだね」
ハッキリとそう言われ、早苗は肩をすくませた。早苗は眉を吊り上げ、一人で酒を注いでいる小町に向かって言った。
「ウソなんかじゃありません、神奈子さまは守矢の現状を憂いて――」
「あたいは腐っても映姫さまの部下なんだ。多少は人のウソを見抜く目を持っているよ」
小町は一気に酒を煽ると、一回だけしゃっくりをした。
「おまえさんが言ったことは事実かもしれない。でも、それが全部であるとは思えない。……少しばかり、思う所があるんじゃないのかい?」
酒が回って眠そうな目をしているのだが、そこに酩酊の色はうかがえなかった。
早苗は『外』にいた頃のキズを思い出し、僅かに視線を逸らした。それを小町は見逃さず「やっぱりね」と呟いた。
「あの軍神が言うことは間違いないだろう。それだったら別に『幻想郷』でなくとも良かったはずだ。『外』は『幻想郷』とは違って広いんだろう? そこのどこかにしなかったということは……『外』には居たくない理由がある……そう考えても、おかしくはないだろう?」
小町は空になった酒瓶を振り、店員に「もう一本追加しておくれ~っ」と叫んでいた。
この死神、普段は閻魔に殴られたり説教をされているだけの無能かと思ったがとんだ勘違いだった。実はかなりのキレ者なのかもしれない。
早苗は新しく持って来られた酒瓶を手に取ると、それを一気に飲み干した。
「おーおー。良い飲みっぷりだねえ。苦言を呈するとしたら、あたいの分も残しておいてほしかったね」
もう一本追加で、と小町は追加注文を頼んでいた。
アルコールに弱い早苗の顔はもう真っ赤になっており、目もとろんとしていた。それを見た小町は苦笑いを浮かべていた。
「酒に弱いってのは本当だったんだねえ……」
「うるさいですね、別に良いじゃないですか」
早苗はジト目を向けながら机に突っ伏した。
「……『外』に居た頃は、私は普通の学生だったんです」
ぼそりと早苗は呟いた。小町はそれを聞き逃さず、反応する。
「学生っていうと……あの寺子屋みたいな感じなのかい?」
「もうちょっと複雑ですが、似たような物です。私は『外』では特別な人間だったんです」
「特別? おまえさんが?」
「ここでは異能が当たり前みたいな感じで目立つことは無いのですが、『外』ではそう言った人間を超能力者と呼び、特別視するんです」
目の前にいる小町は『距離を操る』能力を持っている。彼女の上司の四季映姫は『白黒はっきりつける』能力を宿している。無論、早苗にだって能力がある。
「『奇跡を起こす』能力を持っている私は、まさに神様と同格の扱いを受けていました」
実家が神社だったと言うこともあり、早苗は神聖視されていた。神社に祀っている神様よりも信仰を集めていたかもしれない。
「人を越えた能力を持ち、人とは違った存在として崇められる……。そして私は……驕っていたんです」
神である自分は手を取り合うことなど不要だと思い、唯一神として崇められる自分に憧れていた。
その過信した魂は、己の罪を知ることになった。
ちらり、と早苗は小町を見つめる。小町の種族は死神。
西洋では告解という、自己の罪を神の前で打ち明け、罪の許しを求める行為がある。まさか自分がそれをすることになるとは、思いにも因らなかった。神は神でも、死神だが。
そして早苗は告解する。
「私は『外』で、一人の少女を……殺してしまったんです」
霊が見える。そう自覚したのは小学校に上がるくらいだっただろうか。物心が付いたころから見えていたが、それが霊体であるということには気付いていなかった。
なんで血まみれの男の人がおじさんの背中にしがみついているんだろう、とか。なんであの人はお兄さんの腕に噛みついているんだろう、とか。そんな事を思って過ごしていた。
「流石に壁にめり込んでいる人を見た時は自分の正常さを疑いましたけどね」
「いや、血まみれの男が背中にしがみついてる時点でおかしいと思いなよ」
対面に座っていた帽子を被った幼女――洩矢諏訪子がそう呟いた。
彼女はここ、守矢神社に祀られている神霊の一柱だ。土着神の頂点に君臨し、祟り神を操ることが出来る。
「まあ、アンタは特殊な血を引いてるワケだし、霊が見えるのは頷ける話なんだけどね」
諏訪子は腕組みをしながら何度も頷いた。
東風谷早苗はこの神霊・洩矢諏訪子の子孫に当たるのだ。それはすなわち、神の一族であると同義だ。ちなみに早苗はこの事を知らない。
「隔世遺伝……て言うんじゃないのかい?」
ふと、第三者の声が聞こえた。声のした方を振り向くと、そこには大きな茅の輪を背負った女性がいつの間にか座っている。
「ここに来てから随分と経つが……守矢の血筋で殆ど神に近い力を持って産まれたのは早苗が初めてなんじゃないのかい?」
「現人神ってやつだね。てか神奈子、いつの間にこっちに来たの?」
諏訪子は茅の輪を背負った女性――八坂神奈子に質問を投げかけた。
「気にすんな」
「……まあ、良いけどね」
諏訪子は少しばかりトゲのある言い方をしていた。
この八坂神奈子も守矢神社に祀られている神霊の一柱だ。一般的に、祀られる神は一柱なのだが、どうもこの二人は過去に色々あったらしい。詳しいことは二人ともしゃべろうとしないので早苗は諦めている。
「それで、何の話をしていたんだい?」
「早苗の神通力についてレクチャーしておこうと思ってね。『奇跡を起こす』なんてぶっ飛んだ能力を持っているんだ。少しばかりは力の扱い方を教えておかないと、何でもかんでも『奇跡』を起こしかねないしね」
ゆとりっ子である早苗としてはバンバン能力を使って楽をしたい。しかし、幼い時から諏訪子に「人前でもそうだけど、能力は私が良いと言うまで使うんじゃないよ」と口酸っぱく言われ続けてきた。ある程度の分別が付いたと判断されたらしく、こうして呼び出されて力の制御について教えを受けている最中なのだ。
「なるほど、確かにそんなバカな子に育ってほしくは無い」
「バカな子って……あんまりです、神奈子さま」
「早苗、おまえは人とは違って特別な能力を宿している人間だ。その力を過信して、守矢の看板に泥を塗るような真似はするんじゃないよ」
小さい頃から周りの人間に特別特別と言われて育ってきた早苗。自覚は無いようだが、早苗は少々自身を驕っている節が見られる。それを諌めてきたのが諏訪子であり神奈子でもあるのだ。
「勿論そんなつもりはありません。私は由緒正しき守矢神社の正統後継者なのですから」
むんっ、と意気込みを露わにするが、その態度がダメなのだと諏訪子も神奈子も嘆息した。どうしたらこの天狗の鼻を圧し折ることが出来るのだろうか、と語り明かす事もしばしばあったりする。
「……情操教育って、物心ついたと同時にやらないとダメなんだね」
「そうかもしれないねえ……」
早苗がこれまでに異能を使って来なかった事の方が奇跡に近いのだ。扱いが分からないと言うこともあったのかもしれない。
「それはともかくとして。早苗、滅多なことじゃ異能を使うんじゃないよ」
「分かっています」
「取りあえずは私たちの許可が下りた場合のみ使用を許すことにするか」
「……」
「なんだいその顔は」
早苗が思いっきり不満そうな顔をしていたので諏訪子がそれを指摘した。
「いちいち許可を取らないといけないんですか……」
「そうでもしないとおまえ、どうでも良いことに能力使いそうだからね」
神奈子がそう呟くと、早苗は頬を膨らませながら反論する。
「そんなことしませんよ」
「おまえ、小学校の時に異能を使えないからって私に『運動会で走るのイヤだから地震を起こして学校を破壊してくれ』って私に願って来たじゃないか」
諏訪子はジト目で早苗を見遣った。
諏訪子はその身に『坤を創造する』能力を宿している。坤とは大地を示す。よって彼女は大地を操ることが出来るのだ。だから早苗は諏訪子にそう願った。
「そんなことありましたっけ?」
「私が無理だって言ったら、今度は神奈子の所に行って『大雨を降らせて運動会の順延を無くしてくれ』って言ってただろ」
「流石の私もそう願われたのは初めてだったよ」
神奈子はその身に『乾を創造する』能力を宿しており、乾とは空、すなわち天空を操ることが出来る。神奈子は風雨の神としての力も持っているので雨を降らせることくらい容易いのだが、まさかそんなどうでも良いことに自身の能力を頼ってこられるとは思ってもみなかった。
「と言うより、大雨を降らせるって……おまえは『ノアの箱舟』にでも乗りこむつもりだったのか?」
旧約聖書の出来事を思い出し、神奈子は苦笑いを浮かべた。
「神奈子さま、聖書を知っているんですか?」
「あのな、私は曲がりなりにも神なんだぞ? 宗派などは違っても、西洋の神学などは一通り知っている」
「私も一応ね」
どうやら諏訪子も神奈子も一通りの神学には精通しているようだ。
「物知りなんですね。流石はお婆ちゃんの知恵袋、亀の甲より年の功」
「「あ?」」
さなえは かみの げきりんに ふれた。
早苗としてはそんなつもりで言ったワケではないのだが、二柱にとっては看過できない問題だったようだ。例え相手が神であろうと、女性に年齢の話題を出すのはタブーだったらしい。
怒りのオーラを纏い、諏訪子と神奈子が立ち上がった。
「少し、灸を据えた方が良いと思うんだけど……どう思う、神奈子?」
「良いねえ、その話、乗ってやる」
じりじりと近づいてくる邪神に挟まれ、早苗は右往左往する。
「こ、コマンド! コマンドウィンドウは!? ログアウトウィンドウは!?」
現代っ子の現人神はゲーム脳でもあった。
即座に【逃げる】を選択したいのだが、現実はとても非常だった。
「き、奇跡よ起これ!?」
咄嗟にそれっぽいことを言ってみるも、何も起こらなかった。
もう目の前まで迫って来ている二柱に視線を移し、早苗は目尻に涙を浮かべながら顔を左右に小さく振った。
「いや、いや……いやぁぁぁああああああああああああああああああっっ!?」
守矢神社に少女の悲鳴が轟く。
早苗はこの世界がゲームではないことと、現実逃避できないことを改めて思い知った。
「まず始めに、早苗の起こせる『奇跡』は程度が決まってる」
ぷしゅー、と煙を出して机に突っ伏している早苗を無視して諏訪子は説明を始める。
「数学的に言うと確率に近いかな? 極僅かな可能性……○・○○○○○○一%の起こりうる未来や可能性、奇跡を越せる切っ掛けがある限り、早苗は奇跡を起こせる」
逆を言えば起こる確率や切っ掛けが無い、全くの0の場合は奇跡は起こらないということだ。
成功率一%の手術を、早苗は成功率一○○%で行えると言うことと同じだ。絶対的に不可能なこと――不治の病の治療や死者を甦らせると言った行為は出来ない。
「あとは風にまつわる事なら制限はないよ」
「風は絶えず吹いているからね。だからと言って、乱発するんじゃないよ?」
「は……はい……」
よろよろと起き上がり、早苗は頷いた。
「ああ、あと、難病の中でも治療法が確立されていないモノも無理だから。なぜなら、治療法が無いから」
諏訪子はそう補足説明をした。
「例えば……どんなのがありますか?」
「そうだねえ……アルツハイマーとか、振顫麻痺とか」
「しんせんまひ?」
「パーキンソン病のことだよ」
厚生労働省に指定されているモノばかりだ。確かに、それらは医療技術が発達した現在でも治療法が確立されていない。アルツハイマーに至っては、治療法を見つければノーベル医学賞モノだとも言われている。
「でも、それを治すのが『奇跡』なんじゃないんですか?」
「だから始めに言っただろう? おまえの起こせる『奇跡』は程度があるって。そして治すのは『奇跡』ではなく、純然たる医学だ」
早苗の能力にそう言った制限がなければこの世界からは『病気』は一切合財なくなるだろう。そうなっては医者の働き口がなくなってしまう上に、このアホの娘が余計につけあがる可能性がある。
人類の叡智の結晶とも誉れ高い『医学』を、そんな事で穢してはいけない。
『人間』を治すのは『人間の力』でなくてはならない。
「……神様の血を引いているのに制限があるとか……しょぼいですね」
「おまえ、いつか天罰が下るぞ」
本物の神様が言うので本当に下りそうで怖い。
「何でもかんでも『奇跡』でほいほい解決しちゃいけないんだよ。絶対に越えられない一線はどんな物事にも存在している。ただの『人間』は神の領域に踏み込めないんだ」
それがどう言う意味なのかイマイチ分からない早苗は取りあえず「へー」と流しておくことにした。
「自分の力の制御に慣れてくれば自分の意思で発動することもできるだろうね。まあ、何かの切っ掛けで思わず発動する場合もあるかもしれないけど」
「なんだか不安定な力ですね」
「『奇跡』を人の手で制御しようってのがおこがましいんだよ。起こせるだけありがたいと思いな」
神奈子は早苗の頭を軽く小突いた。早苗は頭を軽くさすりながら神奈子を見上げた。
「ひとまずの説明はこんなもんかな。分からないことや気付いたことがあったら私たちに聞きに来な」
「分かりました」
早苗は頷いて立ち上がった。
「どこに行くんだい?」
「境内の掃き掃除をしてこようかと」
「風の力でゴミ集めて~なんて楽するんじゃないよ」
「もう、分かってますよ」
諏訪子に茶化され、早苗は少しぷりぷりしながら部屋を出て倉庫へと向かった。箒をそこから取り出し、境内へ向かう。すると、そこには二人の参拝客が訪れていた。
一人は三〇代半ばの綺麗な女性。もう一人は車椅子に座る一〇代前半の少女だった。
珍しいな、と早苗は内心で思った。
守矢神社は諏訪子にちなんで蛙に掛けた縁起担ぎ(無事に『帰る』=安全祈願、すぐに物が『買える』=金運上昇、見ち『がえる』=変貌願望など)や、神奈子の特性で風関連や五穀豊穣、武運などがある。
(あの車椅子の少女を見る限りでは病気回復なのは間違いないはず……。なんでここに訪れたんでしょう、場違いにも程がありますね)
早苗は少女の境遇に同情するどころか、どこか見下した考えを持っていた。神社に参拝に来るだけでもありがたいのだが、病院に行けよと思わなくもない。まあ、そんなことが積み重なって神を信仰する者は極端に減り、オカルトなどと蔑称されているのだが。
(とはいえ、大事なお客様です。失礼の無いようにしなくては)
こほん、と小さく咳払いをして早苗は二人に近づいた。
「こんにちは、お参りですか?」
にこりと笑みを浮かべながら近づく。すると大人の女性は人の良さそうな笑みを浮かべて受け答えてくれた。
「ええ。と言っても、近辺にある神社仏閣に手当たり次第のお参りで、罰当たりにも程があると思いますけどね」
本当ですね、と思わず口にしそうになった。早苗は内心で「ふーっ、あぶねいぜ」と汗を拭っていた。
「差し支えなければ、どんなお願いをしたのか聞いてもよろしいですか?」
「……」
母親は僅かに翳のある表情を見せ、車椅子に腰をおろしている少女の頭に手を置いた。
「この子のことで」
まあそうだよな、と早苗は思った。車椅子に座った少女とその母親。それだけで何を願ったか大凡の見当はつく。
「ご病気……ですか」
「はい」
母親は小さく頷く。
「現代医療でも未だに治療法が確立していないので……。だからもう藁にも縋る思いで、辺りの神社仏閣に乞うているんです。もう……残された時間は無いので」
「水を差すようですが、この神社は五穀豊穣や蛙に関する縁起担ぎなのですが……」
「この神社は武運も担っているとお聞きしました」
「びょーきと、たたかうの」
今まで黙っていた少女が暗く答えた。
なるほど、そう言う意味でやってきたのか。
少女は鬱屈した、この世界を恨んでいる様な沈んだ瞳をしている。座っているので背丈は解らないが、早苗よりは頭二つ分小さいだろう。だぼだぼのパジャマに、足にはデフォルメされた蛙がプリントされた膝掛けをしていた。
「なるほど、病気と戦うからお願いに来たんですね?」
「……うん」
少女は静かに答える。見た感じでは自分より四つか五つは年下だ。
「それと……ここには『神通力を持った少女』が居ると聞いたのですが……もしかして」
ぴくん、と早苗の肩が僅かに動く。
そして「むふーっ」と言いながら胸を張った。
「いかにも、この私が件の少女ですっ」
自信満々に早苗は答えた。
「まあ、そうなんですか?」
「ええ。例えば」
口の中でごにょごにょと言うと、早苗を中心に風が吹いた。諏訪子には「あまり奇跡を使うな」と口酸っぱく言われているが、箔を付けるためには多少の奇跡は仕方ないだろうと自分の行動を正当化させる。
目の前で起きた『奇跡』を見て、少女と母親は目を丸くしていた。
「信じてもらえましたか?」
問いかけると母親は何度も頷いた。
「お姉さん、まほーが使えるの……?」
少女の目に僅かな光が宿る。魔法と奇跡をごっちゃにされても困るのだが、似たような物なので早苗は「そうですよ」と言った。
「でも、この事は秘密ですよ?」
「なんで?」
「周りにバレてしまったら魔法が使えなくなってしまうんです」
魔法少女のモノのアニメでもお決まりの設定だ。早苗の場合は設定ではないし、別にバレたところで奇跡が使えなくなるワケではない。
「だから、この事は私のアナタの秘密です」
「……うんっ。わかったっ」
少女は笑みを浮かべながら「お口チャック」と言って口を閉ざした。母親はどこか驚きの表情を浮かべていた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……ただ、ビックリして……」
「くれぐれも、口外しないようお願いします」
分かりました、と母親は頷いた。
「でも、これで決心がつきました」
母親の謎の決心に早苗は疑問符を浮かべる。
「どこの神社仏閣に乞うてもあまり実感が湧かなかったのですが……。この守矢神社なら、きっと娘も……。私はこれからお百度参りをここですると決めました」
お百度参りとは願いが叶うよう神社や寺などで決まった距離を一○○回往復して拝むことだ。と言うことはつまり
(最低でも残り九九回はここに訪れる……面倒ですね。恐らく、この娘も連れて来るはず……。その度に私は『奇跡』を披露しなくてはいけないんですか? まったく『奇跡』は見世物じゃないんですよ?)
自分で見せておいて、勝手に面倒がっていた。とは言え、お賽銭が貰えるなら多少は我慢しようと思う。
そんな事を考えていると、母親は賽銭箱に近づき一枚のお札を落とした。
(い、一万……ッ!?)
入れられた額に驚愕していた。一般的にお賽銭は投げ入れた人間の気持ちが尊重されるので、金額が大きければ大きいほど願いが叶うとかそういうワケではない。大抵は五円とか五○円なのだが、もしかするとこの親子はかなりの裕福層なのだろうか。
「今日はこの後、私は用事があるので失礼させてもらいます」
「あ、は、はい……」
呆然とする早苗に一礼し、母親は車椅子を転がした。
「ばいばーい」
少女は手を振りながら姿を消した。
「……」
早苗は境内の掃除を忘れ、その場に立ち尽くしていた。
ゴヅンッ、と鈍い音が響いた。早苗は声にならない叫びを上げながら畳の上を転がる。
「あまり人前で奇跡を使うなって言ったでしょ!? おまえの頭は黴饅頭なの!?」
拳骨を振り落とした諏訪子は眉尻を上げながら転がる早苗を叱責していた。神奈子はその様子をどっしりを構えながら、内心でおろおろしながら見守っている。
止めろよ、と思わなくもないが、早苗は諏訪子の子孫、いわば子どもだ。神奈子は守矢神社に祀られている神ではあるが、早苗とは縁もゆかりもない赤の他人に等しい。その赤の他人が家庭の事情に口を出すのは如何なものか、と言うことで躾に関しては基本的にノータッチと言うことになっている。
「い、いたい……」
「痛くしないと躾にならないからね……。このぐらいで勘弁してやるけど、調子に乗ったりおイタが過ぎるようだったら容赦しないからね」
諏訪子は盛大なため息を吐きながら早苗を許した。
「にしても……病気回復の祈願で一万とは……だいぶ羽振りが良いわね」
今まで置物のように黙っていた神奈子がそう呟いた。
「今の御時世、賽銭なんて一円とか五円とか、財布の中の小銭を出すだけなのに……。よっぽど切羽詰まってるか、ただの成金かのどちらかだけど、早苗の話を聞く限りではどうも前者っぽいわね」
早苗の見解でも神奈子と同じだ。あの母親は近辺の神社仏閣に手当たり次第に祈願していると言っていたし、かなり追い込まれているのだろう。
それにあの少女。だぼだぼのパジャマや膝掛けで身体の線を隠している。と言うことはつまり、身体に関係ある病気だと言うことが推察できるだろう。あの年代の子どもならもう少しふくよかでも良いような気がするのだが、少女からは真逆の印象を受けた。
「現代医療でも未だ治療法が確立していない病……。諏訪子さまが言っていた難病と言うヤツでしょうか?」
「十中八九そうだと思う……。早苗、これだけは言っておくよ」
妙に真剣なトーンで諏訪子がこちらを見ながら言った。
「おまえの『奇跡』は『本物の奇跡』には程遠いものだ。くれぐれも、バカな考えはするんじゃないよ」
何を言っているんだろう、と言うのが正直な感想だった。自分は『奇跡』を起こせる神通力を持った少女だ。自分が起こした超常現象はすべて『奇跡』に他ならない。『本物の奇跡』と言われると自分のは『偽物の奇跡』のように言われているような感じがした。
「大丈夫ですよ、諏訪子さま。この東風谷早苗、自分の領分は弁えているつもりです」
話を半分も聞いていない早苗は妙な自信を持って答えていた。
諏訪子も神奈子も、そんな早苗の態度に頭を悩ませた。
学校から帰ってきた早苗は境内にいる二人組に気が付いた。
「あれは……」
昨日の親子だろう。お百度参りをすると言っていたし、時間から見ても仕事が終わった頃なのだろう。
参拝が終わったのか、車椅子を反転させてこちらに近づいていた。
「あら、こんにちは」
「こんにちわー」
親子に挨拶をされ、早苗も「こんにちは」と頭を下げた。
「今が学校からの帰りなんですか?」
「ええ。そちらはお仕事が終わったのですか?」
「いえ、まだ終わっていないのですが……」
ちらり、と少女へ視線を移した。
「この子がアナタに会いたいと言ってきかなくて……」
「え?」
早苗は車椅子に座っている少女を見下ろした。
「どうやらアナタの事を心底気に入ってしまったようで……」
にぱーっ、と少女は笑みを浮かべていた。対して早苗は引き攣った笑みを浮かべていた。
それもそうだろう。会って一日しか経っていないのに気に入られてしまうとか、どんだけこの子は気が多いのだろうか。ある意味では奇跡に近い。
「そ、そうですか……。でも、学校のお友達とかが居るでしょう?」
早苗が問いかけると、母親は苦しそうな表情を浮かべていた。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。この変な空気を打破するためにアレコレ考えていたが、母親は観念するかのように呟いた。
「この子は一度も学校に行ったことがありません」
衝撃の一言に早苗は言葉を失った。早苗の見立てでは少女は小学校高学年くらいだ。その年になって未だに学校に行っていないとはどういうことなのだろうか。まさか、『存在しない子』なのだろうか、などと変な考えが脳裏をよぎる。
「この子は先天性の遺伝子疾患を抱えているんです」
「先天性の、遺伝子……疾患?」
遺伝子が変容を起こし、生まれながらにして疾患を持っているということだ。先天性の疾患として例を挙げれば喘息などがあるが、それは薬などで抑えることが出来る。しかし、遺伝子疾患となれば話が別だ。
人は遺伝子の中にあるゲノムまで解析することに成功した種族であるが、『遺伝子』そのモノを解明したワケではない。遺伝子には様々な謎が遺されており、遺伝子一つの欠損で重大な害を被る。
それが、この少女にあると言うのだろうか。
「生まれて間もなくして、様子がおかしいことに気が付いた私たち親は病院に精密検査を依頼して調べてもらいました。そして……お医者さまに、そう言われました」
母親は少女の頭を撫でながら、悲しそうな表情を浮かべていた。
それも仕方ないことだろう。胎を痛めて産んだ我が子がまさかの遺伝子疾患を抱えていようとは想像だにしていなかったはずだ。きっとその時は取り乱したに違いない。そしてこの世の理不尽を責めただろう。なぜ我が子がこんな目に。なぜ我が子なのか。この世界にいるかもしれない『カミサマ』を酷く糾弾しただろう。
そう考えると、早苗の出生は真逆の反応だった。『奇跡を起こす』能力を宿した少女が神社の子として生まれたのだ。本来であれば、異能を宿した子どもは悪魔憑きや鬼の子として扱われても仕方ない。しかし、早苗は祝福された。なぜなら『奇跡』を起こせるからだ。早苗は生まれながらにして現人神と讃えられ、丁重に扱われて育ってきた。『カミサマ』に愛された子として、今の今まで育ってきた。
早苗と少女は、いわば『神に愛された側』と『神に見捨てられた側』なのだ。
そう思うと、流石の早苗でも心苦しいものがあった。
「それは……心中お察しします」
早苗はまぶたを下ろしてそう言った。
「それでもアナタは、神に祈るのですか?」
早苗はそう問いかける。
自分の子に病を与えた神を。自分の子に試練を与えた神を。
母親は口を閉ざしていたが、それは僅かな間だけだった。
「日本には八百万の神がいます。捨てる神あれば拾う神あり、とも言います。我が子の命が助かるのであれば、相手が神であろうと仏であろうと、悪魔であろうと構いません」
母親は力強く答える。しかし、すぐに悲しそうな声色となる。
「でも……もう、時間切れなんです。もっと早くこの神社に来ていればよかったと……思わずには居られません」
それは一体、どう言う意味なのだろう。怪訝に思った早苗の表情を見た母親は、娘の病気を答えた。
「娘が患っているのは筋ジストロフィーなんです」
筋ジストロフィーの正式名称は『進行性筋ジストロフィー』と言う。筋ジストロフィーとは、筋肉が徐々に委縮して筋力が低下し、運動障害が進行する遺伝性の疾患である。幼年期から若年期に発病することが多く、慢性で経過が長い病だ。
そしてこの病は治療法が確立されていない。ゆえに、発症者は必ず命を落としている。
それはつまり、近い将来、少女の死が確約されていると言うことを示している。
「……」
早苗は畳の上に大の字になりながら天井を眺めていた。
なぜあの少女は笑ったのだろうか。
人はいずれ死ぬ。それは早苗にも言えることだが、死はだいぶ先のことだ。予想外の事故に巻き込まれたりしない限りは天寿を全うできる。だが、あの少女は別だ。
明日とも知れぬ命なのに、なぜ少女は暗くならないのだろうか。
産まれて間もなくして発症したのだ。だとしたら、今ではかなり進行していると考えて良いかもしれない。
車椅子に座っていると言うことはつまり、もう足の筋力が無いと言うことかもしれない。筋力が衰え、痩せ細った身体を隠すためにわざとだぼだぼの衣服を着ているのだ。膝掛けはパジャマ越しでも分かるであろう細い脚を隠すためにやっているのだ。
「……」
早苗だったら耐えられないだろう。
いつ死ぬか分からない恐怖に怯えながら暮らすのはかなりのストレスになる。未来に絶望し、自ら命を絶つかもしれない。
「……病気と戦うって言っても」
負けが見えている戦いの為にお参りなんてするだろうか。意味の無いことをするより、今を精いっぱい生きるべきではないだろうか。
「アンタらしくもなく、今日は無気力だね」
ふと神奈子の声が聞こえた。視線をそちらにやると、いつの間にか神奈子が座っている。
「どうしたんだい、早苗。学校でいじめられてるのか?」
神奈子が冗談交じりで問いかけて来る。早苗はボケーッとし、ごろりと寝返りを打った。その反応をどう受け取ったのか分からないが、神奈子は「お、おい、早苗?」と妙に焦っている。
「本当にいじめられてるのか?」
「……(ごろーん)」
「答えてくれ早苗、本当にいじめられてるのか!?」
「ちっ」
あまりにうるさいので舌打ちをしてしまった。神奈子はわなわな震えながら
「早苗が……早苗が……早苗がグレた!?」
「ケロちゃんチョップ!」
「ごぶぅっ!?」
不意に現れた諏訪子が無防備な早苗の鳩尾に強烈なブローを叩きこんだ。
「アンタその態度は何様!? 神様にはちゃんと礼を尽くせって教えただろう!?」
「ごふっ、ごふっ……げはぁ……」
諏訪子はぷんすこ怒りながら悶え苦しむ早苗を叱る。
「何がどうあったか知らないけど、その態度はいただけないよ。おまえの両親ならまだしも、私たちに対してはやっちゃいけない行為だ」
「か、神様が……信徒を…………殴って、良いとも……思え、ないのですが……」
「躾だ」
そう言えば許されると思っているのだろうか。仕返しをしようと言う気持ちも無くはないが、所詮、自分は人間だ。神に勝てるワケが無い。早苗は怒りをグッとこらえて身体を起き上がらせた。
「私だって物思いに耽る時だってあります」
「ふぅーん。物思い……ねえ」
諏訪子はイマイチ納得いかなさそうな表情をしているが、特に深く追求はしてこなかった。
「話は変わるが、あの車椅子の少女……妙なお願いをして行ったぞ」
ふと思い出したかのように神奈子が口を開く。諏訪子や神奈子は神霊なので、余程の霊力を持った人間ではない限り見ることは出来ない。きっとそこら辺を漂っていた時に願いを聞いたのだろう。漂っていなかったとしても、お参りをした際に人の願いは神の下へと届く(らしい)ので、その時に知ったのかもしれない。
「妙なお願いですか?」
「ああ。友達が欲しい……だっけな?」
またこの神社にそぐわないことを、と早苗は思った。しかし、そこで思い出す。
あの少女は学校に行っていない。と言うことはつまり、同年代の友達が一人も居ないと言うことだ。
病院にだって同じ年頃の少年少女はいるに違いない。だが、それは僅かな期間だけだ。少女のように長期の入院をしている患者は老体か大きな手術をした人間くらいだろう。触れ合っているとしても二、三日の短い期間のはずだ。
「その境遇を思えば頷ける話だね。あの人間の娘は連れ添いが居なければ外出の許可が下りないそうだ。母親が仕事の合間を縫って外へ連れ出しているらしい。……最後に思い出を作ってやろうと言う親心だろう。だから羽振りが良いのかもしれないね」
もし『あと一週間で死ぬとしたら何をする?』という質問をされれば、大抵は好きなことをして過ごすと答えるだろう。捻くれた者がいれば犯罪をするなど、呆れを通り越して憐れに思う答えをするような輩がいるかもしれないが。
明日とも知れぬ命だ。その生涯を『楽しい』で過ごせれば、過ごさせたいと思うのであれば金に糸目はつけないのは頷ける。
「友達……ですか」
早苗は小さく呟く。
ぱたり、とそのまま倒れ天井を見上げる。そして天に向け手を伸ばした。
何かを掴むように、拳をぎゅっと握りしめた。
早苗さんは何を思ったのでしょうか。
神に近い人間の少女は、その力をどのように扱うのでしょうか。
ではまた。