ではどうぞ。
「最近、足繁く病院に行ってるみたいだね」
自室でゴロゴロしていたら諏訪子と神奈子がやってきた。いつも思うのだが、この神様たちにプライバシーを守るとかそういう気持ちは無いのだろうか。おちおち気が抜けない。
「何か用ですか、諏訪子さま、神奈子さま」
「少しアンタに話をしておこうと思ってね」
こちらの了解を得ず諏訪子は座布団に腰を下ろした。
「あの母親は今日もえっちらおっちらとやって来てはお賽銭を投げ込んで行ったよ」
「それはいつものことじゃないですか。変わったお願いでもされたんですか?」
最近は賽銭箱の中身を確認していない。しかし、いつものように一万円が入れられているに違いない。
「なあ早苗……おまえ最近、あの人間の小娘で思う所があるんじゃないか?」
神奈子に問いかけられ、早苗は内心ギョッとする。しかし早苗は努めて冷静に答えた。
「いえ、特には。いつものようにおしゃべりな子ですよ」
早苗は病院から帰って来て諏訪子や神奈子に少女のコトを事細かく伝えている。半分くらいはカップルかよと思うくらいのノロケだが。
諏訪子と神奈子はどちらからともなく顔を見合わせ、小さなため息をついていた。
「……早苗、おまえに言わなくちゃいけないことがある」
口火を切ったのは諏訪子だった。
「なんですか?」
「もうあの小娘に会うな」
諏訪子に言っている意味が分からず、早苗はポカンとしていた。諏訪子はそのまま説明を続ける。
「おまえは守矢神社の正統後継者だ。神社の主たるものの、一人の人間に執着してはいけない。救いを求めて来る人間に平等に接しなくちゃいけない」
神に仕える者の責務として、博愛主義を押し付けられている。早苗はそう思った。
「おまえはまだ子どもだからと思って見逃して来たけど、そうもいかなくなってきたんだよ。信者の中の数人が『最近、早苗さまは一人の子どもに傾倒している。儂らのことは放っておきが多くなってきた』と思ってきている」
「私たち『神』は信仰の下に存在している。信仰が少なくなれば存在を保てなくなる。それは分かるな?」
諏訪子や神奈子と言った、祀られている神は人々の信仰の下に存在を保っている。信仰が無くなると言うことは二柱の消滅を意味している。
「そうならないためにも、おまえはしばらく神社に居ろ」
「お言葉ですが諏訪子さま、神奈子さま」
早苗は姿勢を正し、ハッキリと告げる。
「お飾りでしかない今の私に救いを求められても困ります」
ぴくり、と諏訪子と神奈子の眉が動いた。
「……理由を聞こう」
「……私は以前まではその他の人間を見下ろし、自分の性を隠していました」
「性?」
「異能しか取り柄の無い半端者の意地です」
早苗は『奇跡を起こす』異能を宿している。しかし、それ以外についてはどれもパッとしないモノばかりだ。
「信仰とは、何なのでしょうか?」
早苗は二柱に問いかけた。
「読んで字のごとく、信じ仰ぐモノだよ」
諏訪子はそう解釈する。
「信じる者は救われる。信じる者が救いを求める。おまえはその期待に応えなくちゃいけないんだ」
「それを押し付けと言うんです」
諏訪子の表情が険しくなる。早苗は怖気づくことなく諏訪子を見据えた。
「私も最初はそう思っていました。守矢を信仰する者に『奇跡』を見せ、救いの道を示す。それを示せるだけのチカラを私は持っている。そのチカラを誇りに、そのチカラを魅せつけ導く……。それが正しいと思っていました」
自分を求める少女を思い出し、それが間違いだと気付かされた。
「あの子は『奇跡』ではなく『東風谷早苗』を求めているんです」
早苗が『奇跡』を見せると、大概の者は「もう一度私たちに『奇跡』を」と言って『奇跡』を見たがる。それは『東風谷早苗』の一部でしかない。表面しか見ていない。
それをどれだけ空しいと思ったことか。
自分を通して『奇跡』を見る人間が、どれだけ浅ましく滑稽に見えたことか。
幼くしてそう思った早苗は他人を見下ろすことにした。
所詮貴様らは『私』に用は無いのだろう?
そう言う侮蔑の視線を向けながら得意げに『奇跡』を披露してきた。
「自分は特別だと嘯き、現人神だと祀られることで良い気になっていました。でも、あの子と触れ合って、そんな自分が……己がどれだけ小さいかを、知らされました」
早苗は両手を天に掲げた。無責任な喝采を浴び、褒め称えられ、驕りに驕っていた。
本当はこんなにも小さな自分だと言うことも気づかずに。
ふと、早苗はある答えに辿り着いた。
「ああ……そうか……そう言うことなんですか……」
じわり、と早苗の目尻に涙が浮かんだ。突然泣き出したので諏訪子も神奈子も慌てた。
「なんて私は愚かなんでしょう……今の今まで……気がつかなかっただなんて……」
少女の声。少女の体温。少女の『ココロ』。少女の全て。
それらをなぜ愛おしいと思ったか。なぜここまで少女に関わろうと思ったか。
そしてなぜ、名を呼ばれてあんなにも嬉しかったのか。
「私は……」
つぅー、と早苗の頬を涙が伝った。
「認めて、欲しかったんだ……」
偶像的な『奇跡』や『現人神』としての自分ではなく。
ただの『東風谷早苗』を認めて欲しかったのだ。
少女は自分を認めてくれたから、あんなにも嬉しかったのだ。
自覚した思いに早苗は涙を流す。おろおろする諏訪子と神奈子だが、早苗が「大丈夫です」と言って安心させる。
「すみません、お見苦しい姿を……」
「いや、それは構わないんだが……そうか、おまえはそう思っていたのか。いや、だからこそだね。早苗……もうあの子に関わるな。これ以上かかわればおまえの為にならない」
諏訪子は頑なに少女と関わるなと強要する。流石に黙って居られないので早苗は食ってかかる。
「なぜそんな事を言われなければならないんですか? 納得のいく理由を説明してください」
意地になって早苗は理由を求める。諏訪子も神奈子も渋い表情を浮かべていたが、諏訪子は意を決して言った。
「あの子の病が予想より早く進行しているらしい」
早苗の時間が、
止まった。
「……なぜ?」
「……昨日、小娘の母親がやって来て一心不乱に、それこそ切羽詰まった様子で願って来たんだ。『娘の病が予想よりも早く進行している。どうかあの子を助けて欲しい』って」
「な、ん……で」
ブツ切れの言葉を聞いて、諏訪子は一瞬だけ何かを躊躇う様子を見せた。しかし、小さく頭を振ると毅然とした態度を取った。
「早苗……おまえの異能は何もプラスに働くわけではない。マイナスの奇跡だってこの世界にはあるんだ」
「まい、なす……?」
頭の中がごちゃごちゃになる。確かに、早苗が面会した翌日、少女に会うと、少女は僅かだが力が弱くなっている時があった。しかしそれは病の所為であって、早苗は一切関係の無いはずだ。
「人間は予想外の良い出来事に遇うとそれを『奇跡』と呼称する。奇跡的な生還とか、奇跡的な運命だとかな……。でも、その反対は? 人間は予想外の悪い出来事に遭うとそれを『衝撃的』や『ハプニング』と呼称する。でもな、それは総じてマイナス方向の奇跡なんだ」
いきなりガス管が爆発する映像。飼育員が動物に襲われる。世の中には衝撃的という表現で片付けてしまっているが、それはマイナスの奇跡だと、神奈子は言う。
「そして今回……予想外のスピードで病が進行している。これをマイナスの奇跡と呼ばず、何と呼べばいい?」
「そ、ん……な……」
早苗は頭を抱えた。
「じゃあ……あの子は……私の所為で……?」
早苗はまだ、自分の異能を完璧にコントロールしていない。多少は扱えてはいるのだが、それは風を操る程度の小さな『奇跡』だ。完璧ではないから、諏訪子や神奈子が扱い方を教えようとしていた。しかし、早苗は少女への見舞いを理由にそれをサボっていた。悪意があってサボっていたワケではない。睡眠時間を削るなりすれば修練の為の時間は取れたはずだ。だが、早苗はそれをしてこなかった。過程がどうであれ、サボった事には変わりはない。
その結果、早苗の未成熟な異能が発動し、『マイナスの奇跡』という形となって悪い方向へと流れている。
「私の所為で、死ぬ?」
ドクン、ドクン、と心臓の音がやけにうるさい。
だってそんなことありえないあのこはさっきまでげんきにわらっていたじゃないかそうだそれはきっとまちがいにちがいないげんだいいりょうでもちりょうほうがかくりつ死ていないなんびょうなんだからけいきのはかりまちがいかも死れないかくたる死ょうこはないのにわた死はいったいなぜこんなにもあわてているんだそうだこれはなにかのまちがいだあ死たになればそれはあやまりだったとははおやがいってくるかも死れないそうだそうにきまっているあのこはまだ死なないだってあのこはわた死にとってゆいいつの――
ハッ、ハッ、と短い呼吸を繰り返しているうちに視界がぼやけてきた。ぐらり、と身体が傾き早苗はその場に倒れる。諏訪子と神奈子が慌てて早苗に近づく。
「早苗! どうしたんだ早苗!?」
「過呼吸だ! 早苗、落ち着け、ゆっくり息を吸うんだ!」
諏訪子と神奈子が何か言っているが、早苗には聞き取れなかった。
「わ、たし…………の………………」
尋常ではない汗を掻きながら早苗の意識は仄暗い闇の中へと埋もれていった。
「ん……」
早苗が目を覚ますと辺りは夕焼け色に染まっていた。
「あれ……私……」
ムクリと起き上がり、カレンダーへ視線を送る。どうやら殆ど丸一日眠っていたらしい。頭がガンガンと痛むので薬を飲もうと居間へと向かう。
頭痛薬を飲み、しばらくした後、早苗はハッと思い出す。
「……いかなくちゃ」
あの子が待ってる。そう思った瞬間、昨日の出来事を思い出し早苗は口に手を当てた。
「ぅぐ……っ」
急いでトイレに駆け込み、胃の中のモノを吐きだした。当然、何も入っていないので吐きだすのは酸っぱい胃酸なのだが。
「はぁー……はぁー……はぁー……」
洗面台へ向かい、口の中に僅かに残った胃酸を洗い流す。
胸がモヤモヤする。出来る事ならこのまま誰にも会いたくない。諏訪子や神奈子は現れるかもしれないが、空気を読んでそっとしておいてくれるかもしれない。
「……風に、当たってこよう……」
早苗は気分転換をしようと表に出ることにした。
「「あ……」」
何と運の悪いことだろう。いや、『マイナスの奇跡』と言うべきか。
あの少女の母親がお参りに来ていた。
ズキン、と早苗の胸に痛みが走る。母親は恭しく頭を下げた。
「……どこか気分でも悪いんですか? 少しやつれている様な……」
早苗は視線を逸らした。
「娘が『さなえちゃん、今日は来てない』と言っていたので……。体調不良であれば仕方ありませんね」
母親は小さく微笑んだ。早苗は彼女を正視することが出来ず、視線を背けっぱなしだった。礼儀に欠けた行為だが、こうでもしていないと発狂しそうなのだ。
「……娘さんの、ご容体は?」
喉に強い渇きを覚え、掠れながらもやっとのことで質問するとが出来た。母親は僅かに肩をすくませたが、小さく息を吐くと細々と答えた。
「お医者さまの診断よりも若干ですが早く病が進行しているようで……あの子はもう、身体を起き上がらせることが出来なくなり、自分で呼吸すらも出来なくなり……生命維持装置で、何とか命を繋いでいる状況です」
ズキン、と先ほどとは比べ物にならないくらい胸が痛んだ。
「それでも娘は笑っています。まだ辛うじて声が出せるくらいで……ですが、それも時間の問題でしょう……。あの子はいずれ声を発することも出来なくなり、静かに息を引き取ることでしょう」
母親は静かにまぶたを下ろす。
「……娘さんは」
震えた声で早苗は問いかける。
「私なんかと会えて……良かったと、思えるでしょうか……?」
会わなければもう少し生き延びることが出来たかもしれない。会わなければ父と母から愛された時間が延びたかもしれない。こんな半端者と出会わなければ、もっと……。
「私があの子にしてあげられたのはほんの些細なことで、他の誰でもできるような取るに足らないことばかりです……。ただ話して、遊んで……。時々お菓子を食べるくらいで、特別なことは何も……。あの子にとって、私は害悪だったのではないでしょうか?」
「そんなこと――」
「だって!」
母親のセリフを遮って早苗は叫んだ。
「私と出会ってからなんでしょう!? あの子の容体が悪くなっていったのは!?」
そのセリフに母親は目を見開いた。早苗は両手で頭を掻きむしりながらその場に膝を着いた。
「私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ! 私が関わった所為で、あの子に害をもたらしてしまった! 何が『神通力を持った少女』ですか! 何が『現人神』ですか! 私はただ害をもたらす『疫病神』でしかないじゃないですか!」
己の未熟を呪う。己の失態を嘆く。己の傲慢さを、責める。
「あの子はもっと生きる時間を得るはずだった! でも、私なんかが側に居た所為でそれを削り取ってしまったッ。まるで死神じゃないですか! 疫病神じゃないですか!」
少女の怨嗟の声が聞こえてきそうだった。
さなえちゃんのせいだ。さなえちゃんが私から『生』を奪った。さなえちゃんが私から『命』を奪っているんだ。
「私の存在が『悪』なんだ……。私は存在してはいけなかったんだ……。私の存在が他人を不幸に陥れ――」
ぎゅっ、と。
抱きしめられた。
抱きしめてきたのは言うまでもなく少女の母親だった。
「そんなこと……言わないで……?」
母親の声は震えていた。
「娘はアナタのことを、本当に気に入っています……。病室に行く度にあの子はアナタの話をするんですよ? 今日はアニメの話をした、一緒にお勉強をした、あやとりをした……。本当に些細なことを、あの子は嬉しそうに語るんです」
母親は早苗の頬を伝う涙を優しく拭いとった。
「アナタに会うまで、あの子は全く笑わない子でした。私たちがどれだけおもちゃを与えても、漫画やアニメを見せても……全然表情を変えないんです。でも、あの日あの時……アナタが『奇跡』を見せた時から……あの子に、笑顔が戻ったんです」
私たちがそれをどれだけ待ち望んだか。母親は涙ながらに語った。
「生きることに絶望し、ただの人形のように扱われることに、あの子は嫌気がさしていたんでしょう……。しかし、アナタと話すようになってから、あの子に精気が戻った。アナタが、居てくれたから……ッ」
母親は早苗の肩を強く握りしめる。女性の、しかもデスクワークを主にしている人間の握力など多寡が知れている。だが、その『母親』の力は凄まじかった。
「アナタがいてくれたから、あの子は生きようと……生きたいと、願ったんです! あの子はもう先が長くない、それは自分でも分かっているハズ……でも、でも! アナタと居る時こそが、あの子にとっての絶頂期、あの子の黄金期……あの子の、最も輝いている時なんです! 娘にとって、アナタは救世主なんです! そんなアナタが、弱気なことを言わないで!」
呆然としながら、早苗は涙を流しながら叫ぶ母親を見つめていた。
「お願いだからそんな事を言わないでッ! アナタは娘の……最愛の娘の、たった一人の、友達なんですから……」
母親はもう一度、強く早苗を抱きしめた。トクントクン、と優しい鼓動を感じる。
「『奇跡』なんてどうでも良い……。あの子が笑って逝けるなら……それだけで、良い……」
幸せの渦中で息を引き取る。この母親はそれを願っているのだ。
母親は涙を拭い、カバンから一つの髪飾りを取り出した。
それは蛙の髪飾りだった。
「これは……」
「娘の手がまだ動いている時に作った髪飾りです……。あの子、蛙が好きなんですよ」
変わってるでしょう? と母親は困った笑顔を浮かべる。
「娘はこれをアナタにあげるつもりだったんです。なんで蛙なのって聞いたら『あの神社には蛙みたいな小さな女の子がいたから』と言っていたんですけど……」
早苗の知っている人物の中でただ一人、見当のつく人物がいた。
洩矢諏訪子。この神社に祀られていた元の神。もしかするとあの少女、諏訪子のことが見えていたのだろうか。
「それと『私はあの神社をずっと信仰してるから』と言っていました」
「それ、は……若い信者は、大歓迎ですよ」
やっと、早苗の顔に笑顔が戻った。
早苗は髪飾りを受け取り、自分の頭に付けた。
「似合ってます?」
「とっても」
早苗と母親は互いに笑みをこぼす。
「……そろそろ、お暇させてもらいます」
母親は小さく頭を下げた。
「また明日……娘に会いに来て下さい」
「ええ、必ず」
「では」
母親はもう一度頭を下げ、こちらに背を向けて去って行った。
早苗の顔に影は無かった。諏訪子や神奈子が止めるだろうが、早苗は見舞いに行く。あの娘を、笑顔にする。
「笑顔で逝けるよう……か」
早苗は小さく呟く。自分の頭にある蛙の髪飾りを一度だけ撫で、小さく笑みをこぼす。
「明日は、必ず」
そう意気込み、早苗は諏訪子と神奈子の下へ向かう。少しでも自分の力をコントロールできるようにならなくてはいけない。
「諏訪子さまー、神奈子さまー」
この力をコントロールし、『奇跡』を起こしてあの少女を元気にしてみせる。
そう誓った。
そのチカラが向かう先は?
ではまた。