夏休みも終わりに差し掛かったある日、ぼくは思わぬ事故(人災?)で入院した。
退院後は大事をとって大神家の避暑地で1週間の療養をすることになった。
夏休みは終わっていたが、過保護な姉のお陰でしばらくはのんびりできそうだ。
修行はこっそりと続けているけどね。
「で、綾乃姉さんはどうしてここにいるの?」
何故か当たり前の顔をして、大神家の別荘についてきている綾乃姉さん。
「そんなの当たり前じゃない。可愛い弟分に怪我をさせた責任を感じての付き添いよ」
綾乃姉さんはニコニコと楽しそうに笑っている。とてもじゃないけど責任を感じているように見えなかった。
ちなみに僕は1ヶ月入院したけど、綾乃姉さんは3日で退院していた。
「付き添いって、身の回りの世話をしてくれるの?」
「武志と私の世話は操がしてくれるわよ。私は武志が退屈しないように遊び相手をしてあげるわね」
綾乃姉さんはニコニコと楽しそうにしている。遊び盛りの綾乃姉さんの気持ちは分かるけど、何となく釈然としない僕の気持ちも分かってもらいたい。
「とりあえず今日は山登りをしましょう」
「あの、僕は怪我の療養に来ているんですけど」
僕の訴えは当然のように無視された。
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富士へと続く道を歩んでいた綾乃姉さん。霊視が出来る人には、莫大な火の精霊を従える魔人に見えることだろう。
だから、僕ら2人を取り囲んでいる富士の鎮守を司る彼女らは悪くないだろう。
彼女…闇よりも黒く、艶やかで真っ直ぐな髪を持つ。どこか影を感じさせる年上の女性。
もしかしたら原作に登場した人物かもしれない。そう感じさせるほどの存在感があった。
僕の原作知識は印象的だった1巻以外は殆ど薄れてしまっていた。
「どこの魔人が紛れ込んできたかと思えば神凪の御子でしたか。今日はどうのようなご用向きで富士に地に参られたのでしょうか」
外見通りの昏い声だった。
「ただの観光よ。何か文句があるのかしら」
「文句などとんでもありません。ですが神凪の御子が富士に立ちいれば、その強力な火の精霊の影響で富士が活性化する危険性がございます。ですのでこれ以上の立ち入りはご容赦下さいますよう伏してお願い致します」
彼女の言う通りだろう。綾乃姉さんの強力すぎる力は富士山のマグマにも影響を与えかねない。
綾乃姉さんは不満気だったが、何とか説得して登山は諦めてもらった。
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その日の夕方、僕は1人で散歩をしていた。綾乃姉さんは昼間にはしゃぎ過ぎて眠ってしまっていた。
「あら、貴方は神凪の御子と一緒におられた方ですね」
そんな僕に声をかけてきたのは昼間の女性だった。
僕は彼女を散歩に誘ってみる事にした。
「紅羽さんは石蕗宗家の方だったんですね」
「土の精霊の声も聞こえない落ちこぼれだけどね」
少しお茶目な感じで彼女は言う。昼間感じた昏い雰囲気は薄くなっていた。
多分、神凪宗家の和麻兄さんの事を世間話の中でポロリとこぼしてしまったからだろう。
火の精霊の声が聞こえない和麻兄さんと仲が良いと話した僕に、彼女も土の精霊の声が聞こえない事を教えてくれた。
和麻兄さんありがとう。
「紅羽さんに提案があるんですけど」
「提案?」
僕は和麻兄さんと同じ状況にある紅羽さんに同情した。同情だなんていうと上から目線で嫌だけど、彼女の境遇は辛いと思ったら我慢が出来なかった。
「神凪に…いえ、大神家に来ませんか?両家の親交を深める名目で何とか押し通しますから」
僕の強引な提案に紅羽さんは目を丸くする。
幾ら何でも唐突過ぎたかな。
「本気で言ってるのかしら?」
「もちろん本気だよ。幸い僕には神凪宗家の綾乃姉さんという強い味方がいるから何とかなると思う」
「武志って、他力本願なのね」
「うん、使える者は親でも使えっていうからね」
僕の言葉に紅羽さんは微笑む。
「武志って面白いわね。私なんかを気にしてくれたのは武志が初めてよ」
そう言う紅羽さんの目には涙が溜まっていた。
「年下の貴方の言葉に甘えても良いかしら?」
「年上の女性に甘えてもらえるなんて、男冥利に尽きるよね」
僕の返事に紅羽さんは堪え切れずに笑い声を立てる。
「うふふ、武志は年上殺しね」
笑っている紅羽さんは、途轍もなく可愛かった。
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石蕗一族との交渉は驚くほどスムーズに進んだ。
まるで、良い厄介払いが出来たと言わんばかりの対応だった。
「武志が気にする必要はないわよ」
紅羽さんは優し気にそう言ってくれるけど、僕はやるせない気持ちになる。
「ところで私の事は姉さんって呼んでくれないのかしら?」
紅羽さんは茶目っ気溢れる仕草で僕に要求する。
「えっと、紅羽姉さん。これでいいかな」
僕の言葉に答えてくれたのは、富士の地で出会った昏い雰囲気を持つ女性ではなく、
太陽のような満面の笑顔を浮かべる女性だった。
「これからよろしくね。武志」
綾乃「話の展開が早いわね」
紅羽「石蕗の話はさっさと終わらせてもらって正解ですわ」
綾乃「富士の問題は解決してないわよ」
紅羽「先送りで十分ですわ」