紅羽姉さんが大神家にやって来て一月が過ぎた。
最初は緊張していた様子だったけど、最近は笑顔も増えてきた。
学校は和麻兄さんと同じクラスになる事が出来たので気にかけてもらっている。
そう和麻兄さんと同じクラス。
つまり紅羽姉さんは中学生だったのだ!
外見は落ち着いた大人の女性なので、最初に聞いたときは冗談だと思ってしまった。
紅羽姉さんが中学生の格好をしたら通報されるんじゃないかと本気で心配したものだ。
実際には紅羽姉さんが中学の制服を着ても特に違和感もなく(多少は大人っぽいけど)馴染んでいた。
これが噂に聞く女体の神秘か…と何となく呟くと、それを聞いた操姉さんは、静かに微笑んでいるだけなのに異様な迫力を感じさせながら『うふふ、武志にそんな言葉を教えたのは誰かしら?』と問いかけてきた。
僕がその異様な迫力に逆らえずに『兄上が裸の女の人が載っている本を見ながら呟いてた』と、正直に言ったとしても仕方なかったことだろう。
うん。僕は悪くない!
操姉さんにアイアンクローを喰らいながら引きずられていく兄上には、とても同情するけど。
「紅羽姉さん、中学はどんな感じですか?誰かに意地悪とかされたら直ぐに和麻兄さんに言って下さいね」
「あの、それよりも武哉さんは大丈夫でしょうか?引きずられていった先の部屋から、まるでマウントポジションからのパンチの連打を浴びせられてるような音が聞こえてきますが」
「いやだなぁ。お淑やかな操姉さんがそんな事をするわけないじゃないですか、兄上にお説教してるだけですよ」
「で、でも先ほどのアイアンクローもガッチリと決まっていて武哉さんは必死にタップしてましたよ?」
「あはは、姉さんの細腕で本当に兄上を引きずれるわけないですよ。兄上はいつもああして姉さんに合わせて動いているんですよ」
あれも兄妹のコミニュケーションのひとつですね。と僕が続けて言うと紅羽姉さんも納得してくれたみたいだった。
「そ、そうだったの。操が片手で武哉さんの頭を掴んで、仰向けの状態のまま抵抗する武哉さんを無理矢理引きずっていったように見えたのは、武哉さんが上手く動きを合わせていたのね」
紅羽姉さんはヒクヒクしたような妙な顔になりながら続けて言う。
「きっと聞こえてくる打撃音や、武哉さんの悲鳴らしき声も兄妹の冗談みたいなものなのよね」
「兄妹ってそんなものですよ」
「た、武志も操とそういうコミニュケーションの取り方をするのかしら?」
紅羽姉さんは、恐る恐る聞いてくる。
「僕は操姉さんを本気で怒らせないから、兄上のようなコミニュケーションを取らなくても大丈夫なんです」
紅羽姉さんは、僕の返事に何かを察したかのように菩薩のような微笑みを浮かべた。
「神凪の女は強いのね」
「強くて優しいんですよ」
「うふふ、私も見習わないといけないわね」
「…ほどほどでお願いします」
僕の返事に紅羽姉さんは可笑しそうに笑った。
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紅羽姉さんが来てから大神家の食卓は賑やかになった。
今まで兄妹3人だけだと、操姉さんを取り合って、僕と愚兄が殺伐とした争いを操姉さんに気付かれないように繰り広げていた。
だけど、紅羽姉さんが加わってからは、2人の姉さん(愚兄にとっては妹)を取り合って、僕と愚兄が熾烈な争いを2人の姉さん(愚兄にとっては妹。このシスコンめ)に気付かれないように繰り広げるようになった。
「どうして武志と武哉さんは、食事前にいつもお箸でチャンバラをしているのかしら?行儀が悪いですよね」
「うふふ、あれはチャンバラに勝った方が食事中、私達に自分の話題を振る権利を得るみたいですね。随分と前から続けてますよ」
「男の子ってバカですね」
「でも可愛いでしょう?」
「……はい」
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操姉さんは、少し遠くの女子中に通っている。
共学は危険だと兄上が大反対したせいだ。
グッジョブ兄上!
紅羽姉さんも最初は、操姉さんと同じ女子中にする事を考えたが、女子中には女子中の難しさがあるらしいので、地元の共学にした。
ここは神凪一族と風牙衆の子供が多く通っているので、僕に友好的な人達に紅羽姉さんの事をお願いした。
もちろん和麻兄さんには、身体を張って守るようにお願いしている。
「今更お前に喧嘩売るような真似をする奴は、中学にいねぇよ」
僕は、紅羽姉さんと和麻兄さんの3人で登校していた。
和麻兄さんは、わざわざ遠回りをしてまで紅羽姉さんが慣れるまで付き合ってくれるそうだ。なんて優しい兄さんだろう。フェミニストという奴かな?
「お前が絶対に来いって言ったんだろうが『もし来なかったら、どうなるか分かっているよね』って完全に脅しだろ」
「たとえ兄と慕う相手でも、姉さんの為なら涙を飲んで鬼にもなる。僕ってやっぱり男らしいよね」
「鬼にならんと普通に頼め」
「僕が頼まなくても気を利かすのが兄というものだよ」
「自分で言うな」
「和麻兄さんもわざわざ僕に頼まれたって言わなくていいのに。紅羽姉さんの好感度を稼ぐチャンスなんだよ」
「好感度とか言うな。ここはゲームじゃないぞ。それに俺はそういうのに興味がねえよ」
「和麻兄さんの年で女の子に興味がない?ま、まさか僕を狙っているの?」
「んなわけあるか!」
「申し訳ありませんが、僕としましては和麻兄さんに対する好意は一切持ち合わせておりません。勿論、親戚としての親近感的な感情を、少しばかりは見つける事ができると期待して、僕の心の中を隈なく探し尽くせば、恐らくは一欠片ぐらい見つけ出せると、僕は己に思い込ませることはできるだろうと、人間の無限の可能性を期待したい所存です。ですが、こういう言い方をしてしまうと貴方に僅かにでも期待させてしまって、僕にちょっかいを出されてしまった場合、僕としましては我慢の限界に達してしまって、何をしでかしてしまうか自分でも自信が持てなく、少々怖くなるほどなので、決して勘違いされないようにご理解下さい」
「それはあの赤い悪魔のセリフだろうが!怖い事思い出させるんじゃねえよ!」
「僕だって怖かったんだよ。だからセリフが忘れられないんだ。どうしてくれるんだよ!」
「なあ、あの時に赤い悪魔に話を振ったのは確か…」
「紅羽姉さんは学校にはもう慣れた?」
「俺の話の途中だろ!?」
和麻兄さんと僕のいつもの会話を紅羽姉さんは、黙って聞いてくれている。
もちろん僕とは手を繋いでる。
「……」
ね、念のため言っておくけど変な意味じゃないよ。
僕は、自分で言うのもあれだけど、今では神凪一族と風牙衆の若い世代には、それなりの影響力があるから、僕と仲が良いことをアピールする事は紅羽姉さんを護ることに繋がるんだ。
神凪一族と並ぶ名門である石蕗一族なのに土の精霊の声が聞こえないという事を理由に紅羽姉さんに変な真似をする人間が出ないとも限らないからね。
「いや、俺のときに変な真似をしてた奴らの末路は知れ渡っているから絶対にそんな奴は出てこないと思うぞ」
「それは分からないよ。用心をするに越したことはないからね」
「武志は、慎重なのか大胆なのかよく分からんよな」
「あはは、ケースバイケースだね。僕も色々と迷いながら何とかしようとしてるだけだからね」
「ねえ、武志…」
それまで黙っていた紅羽姉さんが急に話し出した。
でも何だか様子がいつもと違うように感じる。
「どうしたの、紅羽姉さん。気分でも悪いの?」
紅羽姉さんは、どこか遠くを見ているような目をしている。
一体何があったんだろう。
「気分が悪いなら俺が救急車を呼ぶぞ。遠慮とかはいらないからな」
和麻兄さんが携帯電話を取り出して電話をしようとする。和麻兄さんも紅羽姉さんの状態が只事ではないと感じたようだ。
「ううん。違うの…気分が悪いんじゃなくて……聞こえるの」
「紅羽姉さん、何が聞こえるの?」
紅羽姉さんの目は普通に戻ったけど、今度は顔色がどんどん赤くなっていく。
「和麻兄さんは救急車を!僕は宗家にお願いして治療師の手配をしてもらう!」
「よし、任せろ!」
和麻兄さんに救急車の手配を任せて、僕は霊的攻撃の可能性も考え、治療師の手配のため宗家に電話しようとするが…
「聞こえる……これが…この優しい声が…土の精霊の声……なんだね」
紅羽姉さんの涙交じりの言葉が聞こえた。
綾乃「少し前のスローペースが嘘のような怒涛の急展開ね」
キャサリン「本当は、わたしの話があと10話ぐらい続く予定でしたのに。残念ですわ」
綾乃「多すぎるわよ。一体何の話をするつもりだったの?」
キャサリン「新しい力(守護精霊)に目覚めた武志とわたしがアメリカで妖魔の討伐を請け負うのよ。その戦いの中でわたしは武志の守護精霊での戦い方にヒントを得て、新しい守護精霊の発想を得る。マクドナルド家の劣等感を払拭してくれた武志。新しい守護精霊の可能性を教えてくれた武志。そして、わたしの気持ちに寄り添ってくれる武志。戦いと旅の道中のアクシデントを交えながら武志とわたしの絆はどんどん深まっていくわ。だけど、別れの時は必ずやってくる。でも、わたし達の絆は距離なんかじゃ切れたりしない。そして、最後の戦いの伏線が…」
綾乃「長いわよっ!」