火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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27話「神凪の姫」

登校中の雑多な生徒達の中に、何故か目を引く生徒がいる。

その生徒が歩を進めると、他の生徒達が自然と割れていく。

 

その不思議な光景の中、その生徒は何かに気付くと優雅な仕草で微笑んだ。

周囲の生徒達が、その天使のような微笑みに魅了される中、ただ一人逃げ出そうとする少年がいた。

その少年こそが、天使の微笑みを向けられた相手なのだと気付いた者は、たった一人しかいなかった。

その一人とは、何を隠そう少年自身である。つまり、この僕のことだ!

 

「そういうわけで、緊急離脱ダッシュ!」

 

僕は全力でこの場から離れようとするが、相手の方が上手だった。

 

「武志兄さまー!おはようございますー!」

 

僕の48の必殺技の一つ、緊急離脱ダッシュを上回る加速力でトップスピードに乗ったその生徒は、その勢いのままこの僕に殺人タックルをかましてくる。

 

「ゲフォ!?」

 

何とか吹っ飛ばさるのを堪えるが、衝撃までは逃がしきれずにダメージを負ってしまう。

 

「武志兄様はどうしていつも逃げようとするんですか、ひどいですよ」

 

酷いのはお前だ。という言葉は鳩尾に受けたダメージのせいで声にならなかった。

 

僕に多大なダメージを日夜与え続けるコイツこそが《殺人タックル天使》の二つ名で恐れられている、神凪宗家の最凶兵器『神凪煉」だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「というわけで、和麻兄さんに慰謝料を請求します」

 

僕は、殺人タックルの被害請求を煉の兄である和麻兄さんに求めた。

 

「いや、俺に請求されても困るんだが」

 

「和麻兄さんは煉の実の兄ですよね。弟の代わりに責任を果たして下さい」

 

「確かに兄ではあるけど、そこまで責任なんて持てねえよ。普段、滅多に顔さえ合わせないんだぜ」

 

「それはデカい屋敷に住んでいるという自慢だよね。自慢するなら金をくれ!」

 

「お前ん家も金持ちだろうが!」

 

「僕の小遣いは少ないから関係ないよ」

 

「月にいくら貰っているんだよ」

 

「10万円だよ」

 

「多すぎるわ!俺なんか3000円だぞ!」

 

「もちろん10万円は冗談だよ。そっか、和麻兄さんは月3000円か……それなら慰謝料1000円ぐらいなら払えるよね?」

 

「お前は鬼かっ!」

 

「やだなぁ、褒めないでよ」

 

和麻兄さんの言葉に僕は照れてしまう。

 

「いや、褒めてないし。あれ、お前本気で照れてるのか?」

 

「だって、鬼って憧れるよね」

 

「憧れるって…いや、言ってる意味が分からんのだが」

 

「だって、鬼だよ鬼!たとえどんな悪事を働いても『この、鬼めっ!』『うん。鬼だよ』の一言で済んじゃうんだよ、最高だよね!」

 

「…すまん。俺にはお前を理解してやることが出来ないみたいだ。未熟な俺を許してくれ」

 

「大丈夫だよ。和麻兄さんが未熟な事は分かっているよ。和麻兄さんが出来ることといえば、僕と操姉さんの結婚式の親族代表スピーチで、受け狙いの下ネタトークを得意気にやってしまって、皆んなからヒンシュクを買い、二次会で挽回をしようと裸踊りをしたら、女子達から総スカンを喰らうことぐらいだって分かっているからね。安心していいよ」

 

「…俺は、武志が自分の結婚式に親族代表で俺を選んでくれる事に感動すればいいのか、それとも俺の事を結婚式のスピーチで下ネタトークをかました挙句、二次会で裸踊りをするような奴だと思われている事に悲しんだらいいのか分からないよ」

 

「人生は分からないからこそ、きっと楽しいんだと思うよ。それに心配しなくても大丈夫だよ。きっと下ネタ好きな女の子もいるはずだからね」

 

「そんな心配してねえよっ!ていうか、俺を下ネタ好きだと決めつける発言をするな!」

 

「怒りっぽいなぁ、そんなんだから女子達から家柄一流、顔二流、性格三流って言われるんだよ」

 

「そんな噂があるのか!?」

 

「ううん、今考えてみたんだけどどうかな?」

 

「考えた悪口の意見を本人に聞いてどうする……はぁ、お前と話してると頭が痛くなってくるんだが……人が人を理解する事がどんなに難しい事なのかが、お前と話してるとよく分かるよ」

 

「やだなぁ、さっきから褒めすぎだよ」

 

「だから褒めてねえよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

煉side

 

僕は世界が嫌いだった。

 

父は、僕たち神凪一族は、妖魔の脅威から世界を守る正義の存在だという。

でも僕は知っていた。

その正義の一族が、自分たちに仕える風牙衆をいじめている事を。

 

宗主は、僕たち神凪一族は、精霊の友だという。

でも僕は知っていた。

友である精霊を道具としか思っていない人が多い事を。

 

両親は、僕に最強の炎術師になることだけを期待する。

滅多に会えない兄は、昏い目で僕を見る。

一族の大人達は、子供の僕のご機嫌を取る。

一族の子供たちは、僕から距離を置く。

 

僕にとって世界は、暗闇と同じだった。

 

ある日、火の御子と呼ばれる宗主の子供の演武会が開かれた。

少し前から宗主の子供とは、近々顔合わせをすると言われていた。

演武会の後に会うらしい。

僕は興味がなかったけど。

 

そこで僕は、あの人と出会った。

いや、出会ったというのは語弊があると思う。僕はずっと前からあの人の事を知っていたのだから。

でも言い訳をさせてほしい。

以前から知っていたあの人は、印象の薄い人だった。神凪一族にしては静かな人で他の子供みたいに乱暴な事はしない人だった。

 

初めは演武会でも同じだった。

そこにいても誰も気にも留めない、といった感じだった。

僕があの人に気付けたのは、偶然にも席が演武場を挟んで対面だったからだ。

 

普段は静かなあの人が、子供らしく顔を赤らめて火の御子を見つめていた。

僕は無関心にただそれを眺めていた。

 

そして、火の御子の演武が始まった。

 

『汝、聖霊の加護を受けし者よ。その力は誰がために?』

 

下らない。力なんか皆んな自分の為に使っている。

 

『我が力は護るために。精霊の協力者として世の歪みたる妖魔を討ち、理を護るが我らの務め。しかして人たることも忘れず』

 

妖魔討伐など金のためだ。人の方がよっぽど世の歪みの原因だ。

 

『大切な者を護るために!』

 

大切な者などいない。こんな世界など興味もない。

そして、不満を思うだけで何も変えようとしない自分が……1番嫌いだった。

 

あの人から目が離れ、次に視線を向けたときには……あの人はあの人になっていた。

その変化は劇的だった。

子供っぽい表情など一瞬で消え去っていた。

その瞳には強い光が宿っていた。

そして不敵な笑みを浮かべている。

全身から感じられるのは、磁力にも似た覇気のようなもの。

僕は一瞬であの人に惹かれていた。

 

その後、何故かあの人が、火の御子に黄色い声援を送り出したのには驚いたけど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからの、あの人の活躍ぶりは正に英雄のようだった。

 

小学校で、神凪の子供達に虐げられていた風牙衆の子供達を瞬く間に配下に収めたと思ったら、神凪の子供達も説得、話し合い、泣き落とし、誉め殺し、大神家の権力、暴力、甘言、恫喝、脅迫、あらゆる手段を使って、その支配下に置いた。

その手腕には純粋に脱帽して尊敬するしかなかった。

僕がしたくても出来なかった事を、あの人はやり遂げていく。

あの人のお陰で、僕の世界に光が差し込む。

 

あの人のお陰で、小学校は非常に過ごしやすい場所に変貌していった。

それでも逆らう奴はいた。

それまでの神凪の子供達のリーダー的存在で、神凪の横暴さを体現したような奴だった。

アイツはあの人よりも年上で身体も大きく強かった。

僕は、あの人が配下に収めた子供達とで取り囲んでボコボコにして、スカッと勝ってくれるもんだと期待したけど、あの人は何故かタイマンを選んだ。

僕は我慢出来なくてあの人に質問した。

何故そんな危険な真似をするのかと…

 

『アイツが間違っているとはいえ、意地を張り通す男だからだよ。男として意地を張り通されたら、こっちも男の意地を見せなきゃ格好つかないよね』

 

そう言うと、あの人は僕に背を向けてタイマンに向かう。

 

すごく格好よかった。

 

そのタイマンは壮絶だった。

正に意地と意地とのぶつかり合いだった。

あの人が、もの凄い修行をしている事をストーキングをして知っていたけど、アイツは年上で身体も大きかったから、あの人よりも純粋な意味では強かった。

でも、あの人は一歩も引かなかった。

殴られたら殴り返し、投げられては投げ返した。

何度も何度も倒れた。

その度に起き上がって再び立ち向かう。

そして遂に決着がついた。

あの人は、倒れ伏したアイツの頭を踏みつけたまま、拳を握りしめ勢いよく天に突き上げる。

 

『うぉおおおおおおおおおお!!』

 

僕たちは、あの人と同じように拳を握りしめ天に突き上げると、勝利の雄叫びを力の限り上げ続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕は世界が嫌いだった。

 

でもそれは昔の話だ。

今は世界に感謝している。

僕の英雄に巡り合わせてくれたことに感謝している。

 

父にも感謝している。僕を鍛えてくれることに感謝している。

力ある神凪宗家に生まれたことに感謝している。

あの人は、誰よりも心が強くて、美しくて、格好よくて、魅力的だけど、えっと力はそのあれだから…

 

あの人に、力が必要なら僕が強くなればいい。

あの人に、天を砕く程の力が必要だというのなら、僕が天をも砕く力を手に入れてやる。

たとえ世界を煉獄の地獄と化してでも、僕はあの人の望みを叶えよう。

 

だから……僕が貴方の胸に飛び込む事を許してほしい。

 

「武志兄さまー!おはようございますー!」

 

 

 

 

 




和麻「いや、ちょっと待ってくれ」
武志「どうしたの、和麻兄さん」
和麻「今回の話は、なんか途中からおかしくないか?」
武志「そうだね。僕も気になっていたんだよ」
和麻「武志も気付いていたか!」
武志「もちろんだよ。和麻兄さんから貰う慰謝料が有耶無耶になっちゃったんだよね。だからちょうだい」
和麻「それじゃねえよ!今回の場合、俺と煉との絆を直すのが常識的な流れだろ!」
武志「男なら自分で何とかしてほしいよね」
和麻「しまったー!こいつ男には厳しいんだった!」

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