火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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30話「旅立ち」

和麻兄さんが、風術師の大家として有名な凰家に修行のために旅立った。

旅立つ前日に、僕は呼び出されて告げられた。

 

「俺は必ず頼りになる男になって、ここに帰ってくるよ」

 

和麻兄さんは、気持ち悪いほど決意に満ちた目をしていた。

 

「無理はしないでね。僕は和麻兄さんが無事にコントラクターレベルになって帰ってきたくれたら、それだけでいいんだからね」

 

「ハハ……き、期待が…重すぎる」

 

気負いすぎている和麻兄さんを気遣う僕に、和麻兄さんも引きつったように見える爽やかな笑みで応えてくれた。

 

「武志、俺が帰ってくるまでは、お前に任せるからな。みんなを守ってやってくれ」

 

「安心してよ。今の神凪宗家は、千年の歴史上でも最強時代だよ。なんたってコントラクターレベルの神炎使いが3人もいるんだからね。宗主なんて神凪史上最強とまでいわれてるぐらいだよ」

 

「そ、そうだった。紅い悪魔はコントラクターレベルなんだ。なら俺もコントラクターレベルに…いやっ、コントラクターになってみせるぞ!そして俺は、皆んなを連れて逃げられるだけの力を得てやる!!」

 

和麻兄さんが声高に吼える。

でも、前向きなんだか後ろ向きなんだか、よく分かんないセリフだよね。

 

「ところで紅い悪魔って、綾乃姉さんのことだよね。まだ、力に目覚めた時に焦がされたことを根に持っているの?」

 

「いや、別に焦がされたこと自体はいいんだよ。紅い悪魔が暴風ごと燃やしてくれなきゃ大惨事だったからな」

 

あれ、意外と冷静に判断しているんだ。それならどうして綾乃姉さんの事を、紅い悪魔だなんて呼ぶんだろう?

 

「でもな、俺は見たんだ。あいつの本性を。あいつの隠された本質を。あいつが狂笑を繰り返し、地獄の業火を身に纏い、狂気を振り撒き、血に飢えた目で俺を見つめて…ニタリと邪悪でおぞましい笑いの形に顔を歪めると、俺を…俺の事を生贄にしようと迫り来る姿を見たんだよぉおおおお!!」

 

うん、全然冷静じゃなかったね。

僕が間違えていたよ。

 

「あのね、和麻兄さん。きっとそれは目の錯覚とかだよ。僕が見たときの綾乃姉さんは、太陽のように綺麗な紅炎(プロミネンス)を纏っていて凄く綺麗だったよ。笑い声だって、普通の女の子の笑い声で可愛かったと思うよ」

 

「くそっ!紅い悪魔は、幻覚や認識阻害の力まで持ってやがるのかっ!きっと俺は、風術師としての感知能力が高いから紅い悪魔の力が通じなかったんだな!」

 

ダメだ。完全にトラウマになっちゃって、聞く耳を持ってくれないや。

でも、これだけは聞いておかないとね。

 

「それで、和麻兄さんは紅い悪魔をどうしたいの?やっぱり倒したいのかな」

 

「…いいや。あいつは悪魔だけど、きっと人間に生まれ変わって一生懸命に生きているんだと思うんだ。あの時、あいつが本性を出している時に、俺がタイミング悪く居合わせたりしなかったら、きっとあの紅い悪魔は、死ぬまで正体を明かさなかったと思うんだよ。それに…」

 

和麻兄さんは、少し悲しそうな顔になる。

 

「生まれた持った宿命のせいで、人に疎まれる辛さは俺が一番よく分かるからさ、あいつを倒そうとかまでは、とてもじゃないけど思えないよ。ただ、あいつが万が一、悪魔としての衝動を抑えきれなくなった時に、防げる力が欲しいだけなんだよ。正気に戻った時に、あいつが苦しまなくてもいいようにさ」

 

「和麻兄さん…」

 

いい事言ってるように聞こえるけど、これって、勘違いしたトラウマを拗らせてるだけだよね。

でもまあ、特に害はないみたいだし、ほっとけばいいか。関わるのも面倒くさそうだしね。

 

翌日、和麻兄さんは皆んなに見送られて笑顔で旅立っていった。ちなみに綾乃姉さんに対しては、怯えた目を向けていた。

 

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紅羽side

 

神凪宗家に生れながら、火の精霊の声が聞こえなかった和麻が、なんの因果か、風術師として目覚め、そして風術師として一人前になるために旅立った。

 

かつて、私と同じ苦しみを味わった人。

そして、私と同じように武志に救われた人。

今は、私と武志が2人っきりになれる筈の登校時に現れるお邪魔虫。

 

うふふ、やっといなくなったわ。

 

「武志、紅羽お姉ちゃんと手を繋ぎましょう」

 

「僕も10歳だから、そろそろ手を繋いでの登校は恥ずかしいかな、紅羽姉さんも人目もあるし恥ずかしいよね」

 

「私なら大丈夫よ。たとえショタコンと罵られても平気だもの」

 

「そこは平気になったらダメじゃないかな?」

 

「武志は人にシスコンと言われたら、操や私のことを嫌いになっちゃうのかしら」

 

「はっ!?ごめん、紅羽姉さん。僕が間違っていたよ」

 

「分かってもらえて嬉しいわ。それじゃ、手を繋ぎましょうね」

 

「うん、紅羽姉さん!」

 

私は、繋がれた手から伝わってくる温もりを感じながら、この幸せな時間に感謝した。

 

(和麻…旅立ってくれて、本当にありがとう)

 

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煉side

 

最近、気付いた事がある。

和麻兄さんが居なくなっていたのだ。

屋敷では、居住している場所が離れているため、滅多に顔を合わせなかった。

学校でも中学校と小学校で別れている。

だから気付くのに遅れてしまった。

居ないことに気付けたのも、母様が小さく呟いた言葉が切っ掛けだった。

 

「和麻は、元気にしているかしら」

 

「兄さんがどうかしたの?」

 

「慣れない異国の地で修行をしているのよ、いくら凰家とは親交があるとはいえ、親としては心配だわ」

 

「凰家……家出ですか?」

 

「うふふ、煉が兄のことで冗談をいうなんて初めてね」

 

母様が言っている意味が分からなかったが、幸せそうな雰囲気だったので曖昧に笑っておいた。

 

「武志兄様ー!!」

 

「48の必殺技の一つ、身代わりの術!」

 

「武志!?師匠を盾に…ぐわぁっ!?」

 

僕が、武志兄様の胸に飛び込もうとしたら、師匠(武志兄様の師匠なので僕も師匠と呼んでいる。兄様とお揃いだね)が何故か間に割り込んできた。

僕の頭が、うまい具合に鳩尾にめり込んでしまい師匠は悶絶してしまった。

 

「煉、どうしたんだい?修行中に来るなんて珍しいよね」

 

「ごめんなさい。武志兄様の邪魔をしたくなかったのですが、お聞きしたい事が出来てしまって」

 

「謝らなくてもいいよ。珍しいなと思っただけだからね。煉だったらいつでもウエルカムだよ。殺人タックルは勘弁してほしいけどね」

 

武志兄様は、爽やかな笑顔で見せてくれた。僕の小さな胸は、鼓動を早める。

 

「それで、聞きたい事って何かな?」

 

「実は和麻兄さんを最近見ないと思ったら、凰家で修行中らしくて。それで何か事情をご存知ないかと思いまして」

 

「えっと、和麻兄さんの送別会には、煉も出ていたよね」

 

「送別会ですか?」

 

「ほら、先月に宗家でやっただろ」

 

「先月……ああ、綾乃姉さんが神炎使いになったとかの挨拶をしてたパーティーの事ですか?」

 

「確かに一緒にしたけど、和麻兄さんも旅立ちの挨拶をしてたよね」

 

「そういえば、綾乃姉さんの後で和麻兄さんが壇上に立ってたような?」

 

「相変わらず淡白な兄弟だよね。僕のところの仲良し姉弟とは大違いだよ」

 

「武志兄様は、自分のお兄さんとも仲良しなんですか?」

 

「たとえ兄でも、男同士はライバルなのさ!」

 

「僕は武志兄様のライバルじゃないですよ!」

 

「あはは、煉とは義兄弟みたいなもんだからね。ライバルじゃなくて仲間だね」

 

「はい、武志兄様の背中は任せて下さいね!」

 

武志兄様の言葉に、僕の体温が高くなる。

僕は、武志兄様の背中を守れる男になる為、今よりも修行に励もうと心に誓いながら、家路につく。

 

あ、和麻兄さんのこと詳しく聞くの忘れてた。

 

まあ、別にいいや。

 

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綾&沙知side

 

「和麻様には、過去には色々と思う所はありましたが、将来は風牙の宗主となられる方なので、無事に修行を終えられるのをお祈りしていますわ」

 

「武志が、風牙衆の名前はなくなりそうだって言ってたよね」

 

「そうね。私も風牙衆の名は捨ててしまった方が未来の為にはいいと思うわ。でも、和麻様は《神凪和麻》ですけど、神凪一族を名乗ると色々と混乱しますよね」

 

「和麻が、誰かと結婚したら相手の姓を名乗ったらいいじゃん」

 

「なるほど、でも和麻様が結婚出来るかしら?」

 

「あはは、和麻ってばモテないもんねー」

 

「以前はそれなりでしたけど、綾乃様恐怖症になられてからは、評価が下落しましたからね」

 

「小学生の美少女に、本気で怯える中学生を好きになる女の子はいないよー」

 

「いっその事、異国の地でパートナーを見つけてもらいたいですね」

 

「異国の地で出会う運命の人、ロマンチックだねー」

 

「うふふ、旅先での開放感からくる勘違いの恋で、激しくやり合っちゃって《できちゃった婚》になれば面白いわよね。きっと皆んなから激怒されますよ」

 

「綾ってば、今でも和麻のこと嫌いなんでしょ」

 

「てへ」

 

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綾乃side

 

「和麻?………ああ、そういえば再従兄弟にそういう人いたわね。凰家に養子に出されたんだっけ?」

 

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兵衛side

 

神凪宗家にある鍛錬場が消失した数日後に突然、神凪和麻殿から会談の申し入れがあった。

 

神凪一族には、言葉に出来ぬ程の憎しみがある。神凪への復讐の為だけに、恥辱に耐えておる者もいる。

我らの力の源である《神》を封印されて300年、風牙衆は踏みにじられ続けてきた。

儂は、長年の極秘の調査の結果、封印されし我らの《神》の所在を知る事ができた。

《神》を復活させて、神凪への復讐を果たす為の計画も練りこんだ。

非道ともいえる計画だが、神凪への復讐と風牙衆の未来の為には、躊躇などせぬつもりだった。

そして、10年以上かかるであろう計画の第一歩を踏み出そうとしたとき、あの小僧が……あの馬鹿が現れおった。

 

神凪一族の子が、風牙衆の子と友達として交友を持っている。そんな報告が儂の元に届いた。

最初は、幼いゆえの気まぐれ程度にしか思わなんだ。

すぐに裏切られるであろう、我が一族の子に憐れみを感じた。

 

その報告を受ける少し前に起こった、大規模討伐での神凪一族の仕打ちを、儂は忘れられんかった。

命をかけて尽くしておる儂らを簡単に切り捨てる。行方不明になった男には、奥方と娘がおったというのに。

 

儂は、長として奥方に真実を話した。せめて、その恨みを受け止めるつもりだった。

だが、奥方は一言も恨み言も言わずに気丈に振る舞っておられた。

ただ、娘のすすり泣く声が儂の心を深く切り裂いた。

 

その事を思い出しながら報告を聞いておると、その風牙衆の子とはあの娘だった。

儂には理解できなかった。なぜ、父親を奪ったともいえる神凪一族の子と、友達になどになれるのかが。

儂が、その神凪の子…《大神武志》という小僧に関心を抱いた瞬間だった。

 

そして、その僅か数日後の事だった。あの小僧が、神凪宗主の胸倉を掴み、声高に風牙衆を擁護するという前代未聞の事件が起きたのは。

儂は事の一部始終を聞いた後も、開いた口が塞がらんかった。

あの小僧は、一体何を考えてお……いや、あの小僧自身が語ったのだったな。

 

『友達を助けるのに理由なんていらないよね』

 

こんな馬鹿な理由で、神凪の小僧が、風牙の娘の為に宗主の胸倉を掴み怒鳴りつける。

とんでもない馬鹿な小僧だ。

馬鹿すぎて、儂は腹から込み上げてくる笑いを堪えきれんかった。

思えば儂は、この時からこの小僧に期待し始めていたのかもしれん。

何故なら、計画の開始を少し遅らせる気になったのだからな。

 

馬鹿な小僧は、成長しても馬鹿のままだった。

成長すれば変わってしまうのではないか、内心で危惧していたのが、それこそ馬鹿みたいに思えるほどに、小僧の馬鹿さ加減は安定しておった。

小僧は、風牙の子達を守るために活動を始めた。普通の小学生なら体を張って止めるのだろう。

だが、小僧は普通などではない。とんでもない馬鹿なのだ。

友達を助けるという目的の為にとった手段は、完全に悪党の手段なのだ。

もちろん普通に説得も行ってたが、それ以上に褒められぬ手段を多用しておった。

儂の立場でも、それはダメだろ。と思う程の汚い手を躊躇なく使い続けた。

 

最終的には、追い詰められた連中が徒党を組み、小僧は逆襲される事になった。

小僧は、その窮地に於いても馬鹿だった。

小僧自ら、連中に決闘を申し込んだのだ。

お互いに人数は無制限、負けた方が相手に無条件で従う、という約束でだ。

確かに小僧は、厳しい修行をこなしていた。年の割には実力は高かったが、これは余りにも無謀だった。

小僧の味方は、戦闘力など神凪一族の子に遠く及ばぬ風牙衆の子しか居なかったのだから。

遂に小僧も此処までかと諦めながらも、せめて最後まで見届けてやろうと出向いた決闘場には、十数人の神凪の子達と相対する小僧と《もう一人》がいた。

 

「こいつらが、武志を多勢に無勢で苛めようとしてる奴らね。大丈夫よ、私がこんな奴らコテンパンにやっつけてあげるからね!」

 

「うん!綾乃姉さんは、やっぱり頼りになるなー!」

 

「ふふん、当然よね!なんたって私は、武志よりお姉さんだもんね!」

 

あの馬鹿は、よりにもよって《火の御子》を助っ人に引っ張ってきた。

しかも、火の御子も何故かノリノリでやる気満々だった。

普通、火の御子は止める立場だろう?

 

「それじゃ、始めるわよ!あんたら覚悟しなさい!」

 

この後の結果を言えば、神凪の子達に初めて同情するほどの惨劇が、繰り広げられたとだけ述べておこう。

 

それからの小僧を止められる者などいなかった。

瞬く間に小学校を自らの支配下に収め、その影響力は中学にまで及ぶ程になった。

 

儂はそれを、立場を忘れて只々痛快な気持ちで眺めていた。

暗い顔の多かった風牙の子供達に笑顔が溢れ、神凪の子供達も少しずつ友好的に変わっていった。

もちろん、それは子供達の世界だけの話だ。大人の世界では、相変わらずの理不尽がまかり通っていた。

 

だが、儂は思ってしまう。

この小僧が大人になれば、神凪を変えてくれるのではないかと。

そんな甘い思いをどうしても捨てられぬ程に、小僧の手腕は見事だった。

儂の計画を実行すれば多くの犠牲が出るだろう。

小僧が神凪を変えてくれるなら犠牲の出る計画など…

 

今回の会談の相手である神凪和麻も、小僧に救われた人間だった。

此奴も風牙衆には、好意的に接している。

好意的といえば、驚くことに《火の御子》まで小僧の影響を受けて風牙衆に好意的になっている。

確かに未だ小僧の影響力は、子供の世界だけだ。

だが、子供もいずれは大人になる。

そして新しい世代が、これからの時代を作っていくだろう。

儂は思う。

 

「計画……止めようかな?」

 

神凪和麻との会談を明日に控えた、深夜でのことだった。

 

 

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流也side

 

親父が腑抜けやがった。

神凪のクソッタレ宗主の言うことを真に受けたに違いない。

数年後に神凪和麻を頭にして家を興し、風牙衆を分家扱いとして家門に加え、神凪一族と同格の家として扱い、対等な協力関係を築くと抜かしたそうだ。

巫山戯るな!

そんな話は信じねえ!

神凪一族の極悪さを皆んなは忘れちまったのか!?

いいやっ!たとえ真実だったとしても俺は受けた仕打ちを忘れねえぞ!

一族の皆んなはどうしちまったんだ!?

恨みを忘れちまったのか!?

子供を持つ奴らは、能天気に神凪を信じやがった!どうなってるんだ!?

俺ですら怖気が走るぐらいに恨みに濁った目をしてた老人共まで『孫の歩む道を光で照らす為、儂らの恨みは墓場に持っていこう』などと口を揃えて抜かしやがる!

今じゃ、復讐を望む方が少数派になっちまった!

俺は自分の身を犠牲にする覚悟までしたというのに!

俺たちの《神》の情報は親父だけが知っていて俺に教えちゃくれねえ!

計画にあった妖魔の憑依など、後を任せる相手がいなきゃ意味がねえ!

俺は必死になって代わりになる手段を探しまくったが見つからねえ!

 

そんな、理不尽な状況に荒れていた俺に手を差し伸べてくれる人が現れた。

運命に抗おうとする俺の姿に感銘を受けたらしい。

 

『私が手助けをしようじゃないか』

 

そう言って、優しげに約束をしてくれた人は、

 

《ヴェサリウス》

 

と名乗った。

 

 




武志「皆んなが和麻兄さんの事を気にしているんだよ」
和麻「どこがだよ!?気にしてくれてるのは、俺の母上だけじゃねえか!」
武志「皆んなは反面教師ってヤツだね」
和麻「意味不明だぞ!」
武志「反面教師という言葉の意味はね」
和麻「そういう意味での不明じゃねえよ!」

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