火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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33話「不安」

年頃は14、5歳。

月の光のような美しい銀髪を、腰まで伸ばしている。

肌は、陶磁器のように白く。

黄金に輝く瞳は、力強い光に満ちていた。

 

「私の名は、マリア・アルカードだ。尊敬の念を込めて、アルカード様と呼ぶ事を許してやろう」

 

尊大な態度で胸を張る美しい少女は、武志の命の恩人であり、これからは家族の一員として暮らすことになる。

 

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武哉side

 

行方不明になっていた武志の奴が、無事に帰って来た。

それ自体は、非常に喜ばしいことだが、またもや女を連れて帰って来やがった。

紅羽に続いて2人目だぞ。

しかも、紅羽とはまた違うタイプの美少女だ。

これから一つ屋根の下で、一緒に暮らすことになるという。

 

「参ったな。彼女まで俺に惚れちまったら困るんだがな」

 

俺には、静という結婚の約束をした女性がいるが、一緒に暮らす紅羽が俺に惚れてしまっている。

親元を離れ一人で寂しいだろうと、色々と気遣う内に、紅羽の視線に熱いものが混じり出した事には、けっこう早い段階で気付いていた。

彼女がいる身としては、彼女の想いに応えることは出来ない。だからといって冷たくする訳にもいかない。

俺は、少しジレンマを感じながらも、彼女に優しくし続ける。

この時の俺は、彼女も此処での暮らしになれて、心に余裕ができれば、俺みたいな年上よりも、同じ年頃の男の子に目がいくだろうーーそんな安易な気持ちを抱いていた。

 

「もう、武哉さん。着替え中ですよ」

 

この家に紅羽が来てからは、彼女が少しでも早くこの家に慣れるようにと、俺は毎朝、彼女の部屋へ挨拶に行くようにしていた。

彼女への朝の挨拶が日課になった頃に、ふと気付いた事がある。

最初の頃は、偶然だと思っていた。

紅羽の部屋へ行く度に、彼女は着替え中なのだ。

 

「紅羽、おは…と、すまない」

 

紅羽の部屋の扉を開けると、彼女は白い肌を露わにして、驚いた顔で俺を見る。

当然、俺は年下の彼女に邪な気持ちなど抱かないが、多少は動揺してしまう。

そんな俺を見て、彼女は微笑みながらやんわりと嗜める。

俺の気のせいかもしれないが、その時の彼女は、どこか楽しんでいる様に思えた。

 

紅羽の部屋へ行く時間をずらしてみても、扉を開けると彼女は半裸で俺を出迎える。

そして、その度に彼女は優しい声で俺を嗜める。

 

俺は紅羽に誘惑されているのだろうか…

彼女は、出会った頃から中学生とは思えないほどに大人びていた。

高校生になってからは、可憐さと妖艶さを合わせもつ不思議な魅力を発するようになっていた。

 

今では、紅羽の視線から感じる熱は、もう見間違える事が出来ないほどのレベルになっている。

 

「モテるってのも考えものだな」

 

紅羽は、美人だし気遣いも出来る良い子だけど、俺には静がいる。

どうしたって、紅羽には辛い思いをさせてしまうだろう。

 

俺は、紅羽に恨まれるのを覚悟の上で、彼女の思いを拒絶するしかないと考えていた。

しかし、その覚悟を決める前に、新たな女の子が現れてしまった。

新たな女の子ーーマリアもまた、俺を意識しているようなのだ。

 

「ほう、そなたは武志の兄なのか。では特別に私を名で呼ぶ事を許してやろう」

 

「武哉よ、ケーキとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、チョコレートパフェとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、アイスとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、シュークリームとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

マリアは、俺が家にいると必ずといっていいほど、一緒に出掛けたがる。

彼女は、傲岸不遜な物言いをするが、俺が断ると、泣きそうな顔になってしまうから断れなかった。

そして、一緒に街に遊びに行き、目的のお店に入ると、彼女は満面の笑顔で甘い物を食べる姿を見せてくれる。

彼女は、食べ終わると決まって言うセリフがあった。

 

「…また、私の供をしてくれるか?」

 

はにかんだような、不安そうな、そんな何ともいえない顔で俺に尋ねてくる。

 

「勿論だよ。いつでも誘ってくれよ」

 

マリアは、俺の返事を聞くと安心したかのように、再び傲岸不遜な態度に戻る。

 

「うむ。では、私の供をする栄誉を与えやろう。楽しみにしておくがよいぞ」

 

そんなマリアの姿を見て、俺は誰にも聞こえない小さな声で呟く。

 

「まずいな、マリアまで俺に惚れちまったかな」

 

まったく、モテすぎるのも困っちまうぜ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志side

 

「マリちゃん、どうかなこの術式は?」

 

僕は、紅羽姉さんが探り出してくれた、怪しい魔術師がこの地に刻んだ術式を、マリちゃんに見てもらっていた。

 

「ほう、人間にしては凝った術式だな」

 

そう言って、マリちゃんは何もない空間を興味深そうに見つめている。

僕には何も見えないけど、現実の空間からほんの僅かだけ位相をズラした場所に、魔法陣が組まれているらしい。

 

「優れた風術師ならば空間の歪みを捉えられるだろうが、炎術師の武志では難しいだろうな。しかも、この一箇所だけではなく、この街を取り囲むように設置されておるわ」

 

マリちゃんが言うには、この術式は、魔法陣一つでも効果はあるけど、街を取り囲むように設置することにより、相互に干渉しあい効果を増幅して、街全体を影響下に収めているらしい。

 

「対象になった人に害はないのかな?」

 

僕の言葉にマリちゃんは、術式の構造を複写して、それをさらに分解してまで術式の確認をしてくれた。

マリちゃんの魔術師としての実力は、人間とは比較にならないレベルみたいだった。

僕も多少は魔術は学んだけど、僕のレベルでは空間の歪みすら見つけられなかっただろう。

 

「そうだな。この術式なら時間はかかるが、後遺症なしで力を移動させることが可能だろう」

 

「変な仕掛けはされていないかな?」

 

「怪しいところはないが…ただ、この術式だと、力の移動先に設定されている人間の許容量などは全く考慮されておらんな」

 

「そうか、紅羽姉さんが聞いた通りって事だね」

 

「それでどうする。この術式を消すか?」

 

「マリちゃんだったら、この術式を消した後に、風牙衆の中にある神の力を消せるかな?」

 

「分からんな」

 

「分からない?」

 

マリちゃんが言うには、既に風牙衆から力の移動が始まっているから、途中で止めた場合の影響がどうなるか分からないそうだ。異物として魂の中に存在している神の力が、今以上に、魂と複雑に混じり合う可能性があり、その場合、マリちゃんでも神の力を除去できるかは、試してみないと分からないらしい。

 

「それなら、このままでいくよ。マリちゃんには、不測の事態が起こらないかを見張っててほしいんだけど」

 

「まあ、その程度の事は構わんが…力が流れ込む先の人間は、諦めるのか?」

 

「風巻流也…彼の願いは風牙衆の繁栄だよ。ここで術式を消してしまって、風牙衆が永遠に風術師として成長出来ない呪いを受けてしまったら、きっと彼は自分自身を許せないだろうね。僕だって、そんな事は許せないよ。それなら答えはひとつだよ、命を賭けた彼の挑戦を受ける。正々堂々と真正面から流也の挑戦を受けて、 僕が彼の目を覚まさせてやるさ」

 

僕が熱く語ると、マリちゃんが胡乱げな目で見てきた。

 

「それで、本音は何だ?」

 

「綾や沙知達が成長するチャンスを潰すわけにはいかないよね。暴走した流也の事より、そっちの方が重要だよ」

 

「ククク、やはりそうか。急に武志がヒーローっぽい事を言い出すから、何か悪いモノでも拾い食いしたのかと思ったぞ」

 

「拾い食いって、僕は、マリちゃんみたいに食い意地は張ってないよ」

 

「私だって食い意地は張っとらん」

 

「そんな事いって、武哉兄さんが休みの度に連れ出して、甘いモノを奢らせてるよね」

 

「それは違うぞ。あれは武哉が、是非ともお供をしたいと言うから仕方なく連れていってるだけだぞ」

 

「マリちゃんのお小遣いでは食べれないモノを奢ってもらっているんだよね」

 

「うむ。私では手の出ない高級スイーツも奢ってくれる良い奴だな」

 

「やっぱり、食い意地張ってるよね」

 

「いやいや、甘いモノは別腹というらしいぞ」

 

「別腹でも、甘いモノの食べすぎは体に悪いよ」

 

「真祖の我が健康に気をつけるのか!?」

 

「健康に気をつける真祖、斬新だよね!」

 

「斬新なのか?」

 

「マリちゃんが満月を背景に登場して『フハハハッ!我こそは真祖の吸血姫マリア・アルカード様だっ!おっと、夜更かしは健康に悪いからな、私は帰って寝るぞ』というのはどうかな?」

 

「確かに斬新だなっ!」

 

「吸血鬼界に新たなウエーブが巻き起こるかもしれないよ!」

 

「健康美に輝くマリア・アルカードの時代がやってくるのか!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで、結局は力を得た流也を倒すということか?」

 

「できるだけ話し合いで決着をつけたいけど」

 

「それは無理だろうな。流也とやらは己の命をかけておるのだろう?命をかけた人間の意思を変える事は、生半可な事では出来んぞ」

 

「うん…どうしても無理なら、僕の手で決着をつけるよ」

 

「神凪宗家の助けは借りんのか?」

 

「宗主には事情を説明する訳にはいかないからね」

 

「何故じゃ、宗主は案外と話の分かる奴だったと思うが、私の事も神凪宗家が責任を持つ事になっとるだろう」

 

「マリちゃんは、僕の命の恩人だし、理性的で吸血をする必要のない真祖を敵に回すより、友好関係を築いた方が利があると判断したんだと思うよ」

 

「まあ、そんなところだろうな」

 

「流也の場合は、風牙衆に対する疑念を持たれてしまうからね」

 

「疑念?今回の件は流也の暴走じゃないのか?」

 

「実際にはそうだとしても、風牙衆の中に流也と同じ考えの人間がいるんじゃないかと思われる可能性がある。神凪に対する叛意の可能性をね」

 

「考えすぎじゃないのか?あの宗主がそこまで穿って考えるとは思えんが」

 

「宗主が考えなくても、宗主の周りにいる神凪の長老達は考えるよ。そして長老達は風牙衆の独立に反対してるからね。流也の件が明るみに出れば、格好の反対材料にされてしまう。弱腰の宗主では、そうなった場合、長老達を抑えきれるとは思えないよ」

 

「武志は辛辣じゃな。だが、神凪の長老共か…確かにあやつ共は信用できん。最初に出会った時は、吸血鬼如き滅せよと吠えとったが、私が抑えとった妖気を解放したとたん掌を返しよったわ」

 

「長老達は、マリちゃんに怯えていたもんね。僕にくれぐれも大神家から出さないようにって、念押ししていたよ」

 

「だがそうだな。大神家で暮らしとると忘れてしまうが、人間はそういう生き物じゃったな」

 

「宗家の人間が動けば、どうしても目立つから、綾乃姉さんにも助けは求められないよ」

 

「まあ、構わんだろう。完成する神の模造品とやらが、どれほどの存在かは知らんが、所詮模造品如き、私の敵ではないわ」

 

「こちらの戦力は、僕とマリちゃんと紅羽姉さんの3人だね」

 

「武哉と操にも秘密にするのか?」

 

「もしも今回の件が明るみに出たら、危険を知っていて秘匿していた事の責任を追及されるかもしれない。その場合、最悪だと神凪にいられなくなるかもしれないから、巻き込みたくないんだ。それに、操姉さんは戦いに向いていないからね」

 

「操が戦いに向いていない……よく武哉をタコ殴りにしている姿を見るんじゃが、随分と好戦的だと思うぞ?」

 

「あはは、あれは兄妹のじゃれ合いだよ。武哉兄さんが、わざとポカポカと叩かれているだけだよ」

 

「そ、そうか。うむ、何故か分からんが、これ以上は突っ込んではならん気がするな」

 

「でも、最悪の場合、マリちゃんを巻き込んじゃうけど…」

 

「私はこの地に執着なんぞ、ある訳ないから構わんが、紅羽はいいのか?」

 

「紅羽姉さんに、この件に関して無関係を装ってくれだなんて言ったら、逆に怒られちゃうよ」

 

「確かにな。では、こちらの戦力は、私と武志それに紅羽じゃな」

 

「後5年で、どれだけ僕の実力を上げられるか…頑張らなきゃね」

 

「武志は心配性じゃな。私と紅羽がいれば、宗主にだって余裕で勝てるぞ」

 

マリちゃんは呆れたように僕を見ているけど、僕の不安には根拠があった。

それは、僕の前世の記憶にある原作と、現実との相違点だ。

原作では、流也に憑依するのは、正体不明の妖魔。

現実では、神の力が流也に取り込まれる。

欠片とはいえ神の力が、妖魔に劣るだろうか?

安全にいくなら、今のうちに術式を破壊してしまえばいいのは分かっているけど。

風牙衆の皆んなの未来がかかっていると思うと、それは出来ない。

 

ヴェサリウスとかいう、怪しい魔術師が術式を起動させる前に潰しておけば、マリちゃんに安全な方法で風牙衆から神の力を抜いてもらえただろうけど、あの時点ではマリちゃんは居なかったし、ヴェサリウス以上の魔術師の存在も知らなかったから、ヴェサリウスを利用することが最善だと思った。

 

そして、原作と違い、コントラクターと神炎使いがこちらの戦力にいない。

つまり、強力な破邪の力を使えない。

僕が使える程度の破邪の力など、通用しないだろう。

 

風牙衆の…綾と沙知達の未来のためには、神凪側に流也の事を知られるわけにはいかない。

 

何だか色々とタイミングが悪い気がする。

原作より良くなっているはずなのに、嫌な感じがする。

僕は、欲張り過ぎているのかもしれない。

今までが順調すぎて、これからも上手くいくと安易に考えすぎているのかもしれない。

でも…

 

「ええいっ、武志は何を暗い顔をしておるのだ!武志にはこの、最強の吸血姫マリア・アルカードがついておるのだぞ!超大型豪華客船に乗ったつもりで笑っておれば良いわ!」

 

「あ……ごめん。そうだね、僕には最高の仲間達がいるんだから、困難があっても一緒に笑って乗り越えられるよね!」

 

「うむ。だが今日はもう日が暮れるからな、そろそろ帰るぞ。夜遊びは健康に悪いからな」

 

「あはは、そうだね。でも、帰る前にちょっとだけオヤツを食べに行こうよ」

 

「おおっ、それはいいな!よしっ、私のオススメのお店にしよう!」

 

「うわっ!?そんなに勢いよく引っ張らないでよ!」

 

マリちゃんに手を引っ張られながら、僕は駆け出した。

 

 

 

 

 

 




武哉「紅羽の熱い視線には参るよ」
操「殺意のこもった視線にしか見えませんが?」
武哉「マリアには甘えられているんだよな」
操「お財布君と陰で呼ばれていますよ」
武哉「操…」
操「現実が見えましたか、お兄様?」
武哉「ヤキモチを妬かなくても、お兄ちゃんは操が大好きだから安心していいよ」

操は握り締めた両手を口元に持っていくと、上半身を左右に揺らし出した。
左右の揺れは徐々に大きくなっていく。
独特のリズムで左右に揺れていた上半身は、気がつくと8の字を描くように大きくなっていた。
次の瞬間、左右の揺れを利用した操の右フックを喰らって吹き飛ぶ武哉。
だが、吹き飛んだ先には既に操の左フックが待ちうけていた。
武哉は、左右交互に繰り出される操のパンチによって、延々と殴られ続ける。
その姿は、正に暴風に翻弄される無力な小鳥のようだった。

武志「また操姉さんが武哉兄さんにじゃれついてるよ」

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