火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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34話「頑張るお姉ちゃん」

「ここが依頼の場所ね」

 

私は、とある町外れにある工場跡に来ていた。

 

「分家とはいえ、神凪の者が手も足も出ずに逃げ帰るだなんて情けないわね」

 

私たち神凪一族は、火の精霊王の加護により、破邪の力をその身に宿している。

破邪の力は、妖魔に対して圧倒的なアドバンテージになるけど、妖魔の中には耐性を持つものも存在している。

それこそ、分家程度の破邪の力が通じない妖魔など、掃いて捨てる程いるだろう。

 

「破邪の力に頼った力押ししか出来ないだなんて、神凪は黄昏の時代を迎えているのかしら?」

 

私がここに足を運んだ理由を思い出しながら、神凪の凋落ぶりに苦笑してしまう。

宗家こそ、強力な力を維持しているけど、宗家を支えるべき存在の分家達は、明らかにその力が低下していた。

 

私がここに来たのも、ある分家の術者が工場跡に出没する妖魔討伐の依頼を受けたはいいけど、いざ討伐に出向いてみれば、

討伐対象の妖魔が、炎に対して強い耐性を持ち、なおかつ妖魔でありながら自然の精霊に近い性質を持つため、破邪の力にも耐性がある“炎虎"だったため、炎弾が全く効かず、なす術もなく逃げ帰ったからだ。

 

依頼は失敗だけど、そんな事を依頼主に言うわけにはいかない。

最強を謳う神凪一族が、『妖魔に勝てませんでした』などと、口が裂けても言えるわけがない。

 

このような場合、分家の手に負えないなら宗家が出張るしかないのだけど、それもまた分家の術者としては言えなかった。

 

『依頼を受けて討伐に向かったのですが、まるで敵わなかったので助けて下さい』

 

このような事を言ってしまえば、たとえどの様に言い繕うとも、失敗した術者の一族内での立場は無くなるだろう。

だからこそ、その術者は大神家を頼ってきた。いえ、正確には私を…大神操を頼ってきた。

 

「今回で、依頼の代行をするのは何回目かしら?」

 

最初は、中学の頃に友人が暗い顔をしていることに気付いた事がきっかけだった。

友人が心配で、事情を無理に聞き出してみたら、友人の父親が妖魔討伐に失敗して大怪我を負ってしまったという。

だけど、妖魔討伐に失敗したなどと報告すれば、一族内での立場は低下してしまう。下手をすれば、婚約をしている姉の結婚話が破談になるかもしれないと、友人は泣いてしまった。

 

私としては、そんな事で破談にするような相手など、それこそお断りだと思ってしまうが、残念ながら神凪一族では普通の考え方のため仕方ないだろう。

泣きじゃくる友人を放っとく訳にもいかず、仕方なく討伐の代行をしてあげると言ってしまった。

 

友人は最初、私の叔父である“大神雅人”に頼んでくれると思っていたみたいだった。

確かに、分家最強と謳われる叔父様だったら安心だろう。

でも、このような事を独断で受けて、実際の代行を叔父様に頼むなどという、恥知らずな真似など出来るわけがなかった。

それに、討伐対象の妖魔の情報を聞いてみれば、私でも十分に討伐可能だと思えた。

 

そして実際に現場に向かった私は、妖魔を討伐する事に成功した。

私が一人で討伐した事を、友人とその家族に告げたときには驚かれたけど、最終的には、流石は大神家の一員だと凄く感心されてしまった。

 

私は、これ以上の厄介事に巻き込まれたくなかったので、友人とその家族には、今回の事は絶対に他言無用だと念押しをおこなった。

だというのに、友人の父親は、彼の親友が同じように討伐に失敗したときに、その親友を助けるために私の事を話してしまったのだ。

そして、二人並んで私に頭を下げて助けを求めてきた。

 

「あの時は思わず、お二人の頭を握り潰したくなりましたわ」

 

私は、容易く約束を破る人間など信用出来なかった。

第一、私は自分の友人の為に力を貸しただけなのに、この人達は何を勘違いしているのだろう。

赤の他人に頭を下げられただけで、私が他人のために命をかけて戦うと本気で思っているのだろうか?

 

私は頭を下げている二人を追い返そうと思ったとき、ふと思い出した。

 

私の可愛い弟が…世界一大事に思っている武志が、一族内での影響力を強めようとしていることを。

 

もちろんハッキリと聞いたわけではない。

私の可愛い武志は、私に良い子としての顔しかみせてくれないから、そういう事は教えてくれない。

でも、地元の中学に通っていた友人達から武志の話はよく聞いていた。

 

武志が小学校で風牙衆の子供達を傘下に収め、神凪一族の子供達まで傘下に加えようと悪逆非道な真似をしている。そして、中学にもその魔の手を伸ばそうとしているから諌めて欲しいと。

 

私は、子供の世界のことに口出しする気など起きなかったから適当に笑っておいた。

中学の話は、それこそ小学生の武志相手に何を言ってるの?と思い、気にもしなかった。

 

そんなある日、武志がボロボロになって帰ってきた。

私は驚いて、武志に何があったのかを問い詰めてしまった。

最初は話すことを嫌がっていたけど、私が涙目になると慌てて話をしてくれた。

 

「小学校で、最後まで僕と対立していた神凪のガキ大将をタイマンで負かしてきただけだよ」

 

その日の夕食は、武志の小学校制覇のお祝いで、お赤飯を炊いてあげた。

 

それから暫くすると、神凪宗家の落ちこぼれと噂されていた神凪和麻さんが、中学校を統括するような立場になっていると小耳に挟んだ。

和麻さんには、好奇心旺盛な武志が色々な術を習っている関係で親しくしていたので、お祝いのケーキを焼いてプレゼントをすることにした。

 

「えっと、ケーキは嬉しいけど、中学校制覇のお祝いって?」

 

私は、小耳に挟んだ噂話を和麻さんに伝えた。

 

「いや、それは俺っていうか…武志の奴がやってるようなもんだから」

 

和麻さんが言うには、武志は神凪一族の若手達を自分の派閥に収めるために、中学生達の取り纏めを自分に任せているとの事だった。

 

「いや、そうじゃなくて、武志が皆んなの弱みを握って恐怖政治をしてるんだよ。俺はその防波堤役に無理矢理されてるっつうか……まあ、武志のお陰で神凪の奴らの横暴ぶりが抑えられているけどな」

 

神凪一族の横暴な行いは、確かに目に余るものがあった。

武志はそれを抑える為に、敢えて憎まれ役を買って出ているという。

そして、恐怖の対象となった武志を抑える役目を和麻さんに与える事によって、一族内の立場が弱かった和麻さんをも救っているというのだ。

 

「私の知らない所で、武志は立派になっていたのですね」

 

お姉ちゃんは感激しました。

 

「立派?いや、それはどうなんだ?確かに武志に救われている奴らは俺も含めているけど、武志のやり方は悪党のやり方だぞ。味方も多いけど敵も多いぞ」

 

「では、私が武志の敵を屠りましょう」

 

和麻さんの言葉に、武志のお姉ちゃんとして当然の返事を返しました。

 

「はぁ!?そ、そうじゃなくて、武志の奴にもう少し穏やかな手段をとるようにだな、おいっ、俺の話を聞いてるか!?」

 

お姉ちゃんは、武志の敵を屠る為に、誰よりも強くなる事を決意しました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、私の前で頭を下げる分家の者達を見て思う。

武志の敵を屠るだけでなく、武志の目的の為に私も協力しようと。

まだ小学生の武志では、大人の術者達を諌めることは難しいだろう。

ならば、私が大人の世界を受け持とう。

己の分を知らない愚かな術者達に貸しを作り、弱みを握り、力の差を思い知らせ、武志の望む世界を作る為の下地を作っておこう。

 

「仕方ありませんね。我が大神家は分家の頂点ともいえる家ですから、未熟な分家の術者達のフォローぐらいはしてあげますわ」

 

私は、私の言葉に喜んでいる2人に意識を向けると、彼達が制御下においている精霊達を力尽くで全て奪いとる。

もちろん、それだけではなく周囲の精霊達も集めていく。

 

「バ、バカな!?いくら大神家とはいえ、これほどの精霊を制御出来るのか!?」

 

「ウソだろ……俺達の何倍あるんだ……」

 

私の眼前で、馬鹿面を晒す愚か者達に私は言い放つ。

 

「分家最強の名は、“大神雅人”のみの物ではありませんよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昔の事に思いを馳せていると、周囲から複数の妖気が漂ってきた。

 

「あら、情報では一匹だけの筈だったけど……嵌められたかしら?」

 

元々、分家有数の名家であった大神家だけど、ここ数年間の私の活動で、大神家の影響力は分家随一と呼ばれるほどになっている。

その事は他の名家と呼ばれる者達にとっては面白くないだろう。

プライドだけは恐ろしく高い人達だから、この様な姑息な真似も珍しくなかった。

 

「同じ一族同士で足の引っ張り合いだなんて、本当に度し難い人達だわ」

 

今回の件を頼んできた術者が、何も知らずに利用されただけなのなら、大神家の傘下に加えましょう。でも他の家と組んで私を嵌めたのなら……家ごと潰しましょう。

 

私が今回の後始末を考えていたら、妖魔の集団が襲ってきた。

 

私の周囲の取り囲んでいた妖魔…炎虎達が一斉に飛びかかってくる。

 

私は和服のため、大きく動く事が出来ないので、摺り足で小さな円を描く様に動き、炎虎達を躱していく。

炎虎達は、常に死角から飛びかかってくるが、炎虎達は全身が燃え盛っているため、炎術師の私にはその動きが手に取るように分かる。

もっとも、炎虎達も炎術師の攻撃に高い耐性を持つため、通常ならお互いに手詰まりになる。

そして持久戦になると、人では妖魔に敵うわけがないため撤退するしかなくなってしまうーーそう、通常なら。

 

「うふふ、炎に対する高い耐性といっても無効化できる訳じゃないわ」

 

私は握りしめた両手に精霊達を集める。

 

他の術者達の様に炎弾などは作らない。拳に薄く…だけど密度の濃い炎を具現化する。

温度の高い炎ではなく、密度の濃い炎だ。

自然界ではあり得ない、理屈の分からない炎でも、炎術師なら実力さえあれば具現化できる。

 

そして…

 

弟を想い。

 

弟の敵を屠るために練り上げた炎が姿を現わす。

 

 

お姉ちゃんの拳が“黄金色”に輝いた。

 

 

 

 




武哉「この後はどうなったんだ?」
操「炎虎達をタコ殴りで倒しただけですよ」
武哉「操の拳は、硬くて重くて効くもんな」
操「嫌ですわ、所詮は女の細腕ですよ」
武哉「ところで、“黄金色”って…」
操「頑張って修行していたら炎の色が変わりました」
武哉「…俺も頑張っているんだけど」
操「そうですね…そうだわ!お兄様の耐久力は特筆するものがありますわ!」
武哉「……操のお陰だよ」

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