流也は神凪本邸の座敷牢にて謹慎させられていた。不自由な生活ではあったが、特に不満は感じていなかった。
本来であれば、神凪一族に反旗を翻したからには極刑は免れない事を理解していたからだ。
けれど今回の件は、大神家以外の神凪一族には詳細が伝わっていなかったため、流也に
とはいっても無罪放免にするほど武志も甘くはない。
流也が二度と不穏な考えに取り憑かれないように武志は
三日三晩に渡る
何だそれは!?と思うだろうが、その通りである。それは流也の父である兵衛でさえ腰を抜かすほどの珍事であった。
流也は後に父に語る。
「神凪一族は今でも憎いが武志は別だ。俺は武志を信じてついて行くことに決めた。それが風牙衆にとって最良の未来を選択することだと思うからだ」
流也は信頼を込めた声でそう語ったあと、誇らしげに胸を張りながら続けた。
「それにあいつとは
*
謹慎していた流也は、自分が神の力を失っていることに気付いた。
しかし流也はその事については逆に安堵した。強すぎる力が急激に肉体を蝕んでいた為だ。
座敷牢(罰で一週間の謹慎中)で流也は軽くなった身体を早く動かしたいと、ウズウズしながら過ごしていた。
そんなある日だった。
流也の前に天使(?)が現れた。
「こんな座敷牢に閉じ込められるなんて、酷い扱いを受けているんだね」
「怪しい奴めっ!!」
「ぶけりゃ!?」
流也のハイキックが天使(?)に決まった。
「ふう、久しぶりに身体を動かしてスッキリしたぜ」
爽やかな笑顔を浮かべなから流也は突然現れた天使(?)に目を向ける。
「おい、貴様何者だ。ガキみてえな姿してやがるが、その禍々しい力から察すると見かけ通りの歳じゃねえだろう」
流也は風術師としての感知能力で、目の前の者が魔に属するものだと一目で見抜いていた。
「な、なにを言っているんだい? 僕は君の現状に心を痛め…『あんた、本当はいい歳したオッサンなんだろう? それが子供みたい喋り方すんなよ。正直、痛いぞ』っ!?」
天使(オッサン)は涙目になると転移した。
*
「ちくしょう!僕は永遠の少年なんだ!断じてオッサンなんかじゃない!これだから野蛮な黄色い猿は嫌いなんだよ!」
この天使(オッサン)は、極東の島国でブイブイいわしている神凪一族が、なにやら混乱していると聞きつけて、わざわざ海を渡ってまで掻き回すために来日してきた傍迷惑な自称少年(ホントはオッサン)だった。
「だいたい何が神凪一族が混乱しているだ。宗家の奴らが家族旅行で留守だから命令系統が乱れただけの話じゃないか、下らなすぎるわ!」
この少年(オッサン)は中途半端に優秀なため、物事の真実を程々に見抜くのに長けていた。
「せっかく軟禁されている奴を見つけたから、煽って騒動を起こしてやろうと思ったのに話も聞かない猿だとはな。よし、こうなったら意地でも騒動を起こしてやる」
少年(オッサン)は新たな獲物を探して移動を始めた。
*
「旅行は楽しいけど、やっぱり家が一番ね」
次に少年(オッサン)が見つけたのは、修業先の神器を盗んで女と失踪した息子の身を案じている母親だった。
「息子のことが心配かい?」
少年(オッサン)は表層心理を読んで、母親の心配事を見抜く。
「あら、迷子かしら? どうしたの僕、こんな所にいたら煉に…私の息子に殺されちゃうわよ」
その不穏な言葉に慌てて母親の表層心理の続きを読んだ少年(オッサン)は、読んだ次の瞬間に、その場から逃げ出そうとしたが既に“死の天使”に捕捉されていた。
いつの間にか彼はそこにいた。
美しい少年だった。
だが、決して近付きたいとは思えない少年だった。
彼は酷薄な笑みを浮かべながら苛烈なまでの殺意を発していた。
「君は下劣な目をしているね。見るに耐えないよ」
次の瞬間、美しい少年の姿が消えた。
「あべばっ!?」
気がつくと少年(オッサン)は壁にめり込んでいた。
なんとか視線を上げると、美しい少年が蹴りを放った体勢のまま自分をゾッとするような目で見つめていることに気付いた。
「なるほど。今ので生きてるって事は、ただの子供じゃないんだね」
少年(オッサン)は戦慄する。
この美しい少年は自分の正体を看過して攻撃を加えたのではなく、ただの子供だと思ったまま攻撃したことに気付いたからだ。
「神凪宗家の屋敷に忍びこめる怪しい生き物なら、多少は歯応えがありそうだね」
美しい少年は
ただし、その目からは殺意しか感じられなかった。
少年(オッサン)は怯えた表情で転移した。
*
「何なんだっ、あの小僧は!?あんな馬鹿の相手など出来るか!次だ、次っ!」
少年(オッサン)は自分が恐怖を感じた事をそのプライドの高さ故に認められなかった。
「でもまあ、心に問題を抱えてる奴が多そうだな。これなら付け込めそうな奴はすぐに見つかりそうだ」
少年(オッサン)はニタリと悪魔のように笑うと次の獲物を探しに行く。
*
「もうっ、最悪だわ。なにが病気療養よ、ただの仮病じゃない!」
父親の看病だと騙されて、山奥の温泉旅館に押し込まれた少女は大層ご立腹だった。
「お嬢さん、父親が疎ましいようだね」
「あんた誰よ?」
「心配しなくても大丈夫だよ。僕は怪しい奴じゃないからね」
その言葉を聞いた瞬間、少女の脳裏に稲妻が走った。
かつて年下の幼馴染が言った言葉が脳内に再生される。
「自分で怪しい奴じゃないって言う奴ほど怪しい者はいないからね。綾乃姉さんはお人好しだから騙されそうで心配だよ。だからね、そんな事を言う奴がいたら死なない程度に燃やしてから僕を呼んでね。ちゃんと僕が見定めて上げるからね」
少女は幼馴染の言葉を思い出すと納得した。目の前にいる自称“僕は怪しい奴じゃないよ”と、のたまう奴は非常に怪しかった。
「あんたなんか焦げちゃえ!」
綾乃は確かに手加減をしたつもりだった。
術師の中でも強力な精霊術師。
精霊術師中で最大の火力を誇る炎術師。
炎術師の最高峰である神凪一族。
神凪一族の中でも隔絶した力を持つ宗家。
神凪宗家でも数少ない神炎使い。
伝説のコントラクターに匹敵すると謳われた神炎使いの手加減が少年(オッサン)に炸裂する。
「グギャアァァァアアアアァァアアアアッ!?!!??!!!」
神凪邸の一角が灰燼と化した。
*
「ハァ、ハァ、何なんだ、あの化け物は?」
少年(オッサン)は生きていた。
半身は焦げて香ばしい匂いを発していたが、意外と元気そうであった。
ここで帰ればいいものを少年(オッサン)の無駄に高いプライドがそれを許さなかった。
「こ、こうなったら誰でもいいからブチ殺してやるっ!!」
激昂する少年(オッサン)はズルズルを身体を引き摺りながら獲物を探しにいく。
*
最近の操は機嫌が良かった。
何故なら操にとって、唯一無二の可愛い弟が『人生最大の目的を達成したんだ!』と告げてきたと思ったら『これからは操お姉ちゃんといっぱい遊べるよ!』と続けた言葉通りに、この数日というもの武志は操の手を引っ張り、あちらこちらとデートに誘っていた。
操は武志が、この数年というもの常に何を思案していた事に気付いていた。
そして今では家族同然の紅羽やマリアと何か暗躍していた事も。
“どうして私には相談してくれないの”
その想いが操を苦しめていたが、全てが終わり事情を話してくれた今となってはどうでもよかった。
そんな事よりも、流也の一件を闇に葬るために自分を頼ってくれた事が嬉しかった。
既に神凪一族内では宗家以上の影響力を持つ操にとって、僅かな事情を知る関係者の口を閉ざさせる事など余りに容易いことだった。
こうして操は機嫌が良かった。
少し前まで、弟に避けられていると思い込んでいた操とは別人のように朗らかな女性になっていた。
あと少し武志に放って置かれたなら精神を病んで、闇落ちしてただろうとは思えない程だ。
「早く用事を済ませなきゃね」
今日も操は武志とデートの予定だが、宗家から呼び出しがあった為、神凪邸に向かっていた。
「面倒くさいけど仕方ないわね」
宗家が揃って家族旅行に出かけていたため、その間の上級妖魔討伐の依頼を操が一手に引き受けていた。
今日はそれを労わる為の呼び出しゆえ断るわけにはいかなかった。
「でも、労ってやるから来いって呼びつけるのも変な話よね」
操はブツブツと文句を言うが、やっぱり機嫌は良かった。
この後、武志もお祝いをしてくれると聞かさせていたからだ。
「今夜は二人っきりでホテルでディナーね」
もちろん食事が終わったら真っ直ぐ家に帰るが、普段とは違うイベントに操の心はウキウキだった。
きっと今なら兄のセクハラも腹パン一発で許せるだろう。ぐらいに機嫌が良かった。
「女ぁあああっ!!貴様は神凪一族だなっ、貴様には恨みはないが運が悪かっ『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!!!』」
だから神凪邸に入った途端、焦げた少年に襲われても笑顔のまま撃退できた。
操の拳から黄金の炎が消えた頃には、焦げた少年がいた痕跡は何処にも残されていなかった。
「うふふ、早く用事を済ませて待ち合わせ場所に行かなきゃね」
今日は一緒に家を出るのではなく、デートっぽく待ち合わせをしている操達であった。
武志「おかしいな?」
マリ「どうしたんじゃ」
武志「いや、操お姉ちゃんを狙う敵が現れないなぁって」
マリ「操を狙う命知らずなどそうそう居らんじゃろう?」
武志「うーん、確かにその通りなんだけどね」
マリ「そんな無駄な心配より、武志よ」
武志「なに?」
マリ「中学生になってまで操を“お姉ちゃん”と呼ぶのか?」
武志「うう、子供っぽいのは分かっているけど、操姉さんって呼んだら悲しそうな顔になるんだよね」
マリ「相変わらずのブラコンじゃな」
武志「少しは弟離れが必要だよね」
マリ「お主が言うのか!?ま、まあいい。そうじゃな、いっその事“操”と呼び捨てにしてはどうじゃ?」
武志「お姉ちゃんを“操”なんて呼び捨てになんか出来ないよ」
マリ「案外、喜ぶと思うぞ」
武志「まさかそんな事ないよ」
マリ「ククク、武志は女心は分からんようじゃな」
操「武志に呼び捨て……恥ずかしいけど、素敵だわ」