火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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原作3巻に突入です。



42話「運命の出逢い」

「煉くん、帰りお茶していこ?」

 

放課後、帰り支度を始めた煉に声をかけたのは可憐な容姿を持つ美少女“鈴原 花音”だった。

 

煉は花音を一瞥するが、直ぐに興味を失ったかのように帰り支度を再開する。

 

「もう、煉くんってば、少しぐらい相手をしてくれてもバチは当たらないと思うよ」

 

煉に素っ気ない態度を取られても花音には微塵も堪えた様子がない。

むしろ、燃料を与えられたかのようにますます煉に纏わりつく。

 

「鈴原さん、背中におぶさってこられたら迷惑だよ」

 

煉の背中に膨らみかけた胸をわざと当てて、煉の気を引こうとしていた花音の目論見は全く相手にされない。

 

だが、それでも花音は全く堪えた様子もなく煉に纏わり続ける。

 

「今日も鈴原の奴、頑張ってるな」

 

「いい加減、諦めりゃいいのにな」

 

花音の煉へのアピールは、すでにクラスではお馴染みの光景となっていた。

 

「あんな無愛想な奴のどこがいいんだろ?」

 

「そうだよな、鈴原は可愛い顔をしてんのに男の趣味は悪いよな」

 

煉への嫉妬混じりの悪口に、花音は内心では気分が悪くなるが、この程度で怒りを表すほど幼くはなかった。

また、興味のない男子の相手をするほど花音には余裕もなかった。

 

(煉くんがどんなに凄い人なのかも分からない人達を相手する暇なんかないのよ。何とかして煉くんの視界に入らないと勝負にもならないわ)

 

毎日のように煉へのアピールを続ける花音だったが、自分が煉にとってはその他大勢に過ぎない事を理解していた。

おそらくは友達とすら思われていないと察している。

 

中学に進学すればライバルは増えるだろう。

それまでに同じ小学校出身としてのアドバンテージを稼がなければ自分に勝機はない。花音は客観的にそう思っていた。

 

「それじゃあ、途中まで一緒に帰っていい?」

 

押しすぎても逆効果にしかならない事を知っている花音は、煉が本気で不機嫌になる前に妥協案を出す。

 

「……ああ、いいよ」

 

花音の予想通りに、煉は渋々とだが了承してくれる。

花音としては焦れったいが、こうして少しずつ距離を詰めるしか今は打つ手がない。

 

しかし花音は決して諦めようとは思わなかった。

なぜなら煉の事を想うと、花音は自分の下腹部が疼くのに気付いていたからだ。

 

(私の女の本能が煉くんを求めるのよ!)

 

“鈴原 花音”は、ちょっぴりおませな女の子だった。

 

 

 

 

日課となっている鍛錬を終わらせた煉は、気の向くままに散歩をしていた。

 

“休養をとることも鍛錬の内だよ”

 

これは以前、無理をし過ぎて倒れた時に、彼が敬愛する兄に言われた言葉だった。

それ以来、煉は決して無理をし過ぎないようにしていた。

もっとも、その“無理をし過ぎない”という鍛錬が、彼の兄がみれば間違いなく無理をしていると叱る内容だとは煉は気付いてはいなかった。

 

そんな鍛錬中毒とも言える煉の数少ない趣味が散歩だった。

特に目的があるわけではない。

ただ、気の向くままに歩く。それが何故か煉にとっては貴重な時間に思えた。

 

しばらく散歩を続けていると公園が見えてきた。煉がよく立ち寄る公園だった。

 

日が落ちかけた公園から耳慣れない歌声が聞こえてくる。

普段なら人がいる公園には立ち寄らない煉だったが、その歌声に誘われるように自然と公園へと向かった。

 

 

 

 

彼女はジャングルジムの天辺に立っていた。不安定な足元にも関わらず、そこで彼女は堂々と歌っていた。

 

特別上手いわけではなかった。歌そのものは年相応と思えるレベルでしかなかった。

 

けれど、煉はその歌声に強く惹かれた。

その歌声に込められた彼女の強い想いに、煉の魂は揺さぶられたのだ。

 

煉は溢れてくる感情の高まりに堪えきれずに涙を流した。

 

 

 

 

 

歌い終わった時、彼女の耳に拍手が聞こえてきた。誰もいないと思っていた彼女は慌てて拍手の聞こえる方へと目を向けた。

 

そこにいたのは彼女と同年代らしい少年だった。

 

「拍手をしてくれるのは嬉しいけど、黙って聞いているなんていい趣味じゃないと思うわよ」

 

彼女は歌声を聞かれた恥ずかしさを誤魔化すために、つい憎まれ口を叩いてしまった。

次の瞬間には後悔したが、口にしてしまった言葉を戻す事は出来ない。

 

彼女は、初めて友好的に接してくれた相手だったのにと残念に思う。

きっと彼は怒ってこの場を去ってしまうだろうと、諦めながらも頑張って話を続けてみる。

 

「それで、あなたは誰なのかしら?」

 

よく見ると驚くほど綺麗な少年だった。

少年が優しい眼差しを自分に向けているのに気付き、少女は少し頬を赤く染める。

 

少年に気付かれないかと心配になるが、少年の顔も夕日に照らされて真っ赤に染まっているのを見て少女は安心した。

 

「声も掛けずに勝手に聞いててゴメン。君の歌声につい聞き惚れてしまったんだ。そうだ、僕の名前は煉というんだけど、よかったら君の名前を教えてはもらえないかな?」

 

普段の煉を知っている者が、今の彼を見れば驚くだろう。

彼が身内以外の他人に対して、優しく微笑みながら話しかける姿など誰も見た事がなかった。

 

「私は亜由美よ、よろしくね。あとね、さっきはあんなこと言っちゃったけど、公園で歌っていたんだから聞かれて怒る方が悪いわ。ゴメンね、煉くん」

 

少年は優しい気質のようで、亜由美の失言を気にするどころか逆に謝ってくれた。

亜由美は内心慌てながらも、優しい少年に嬉しくなり自然と笑みが溢れてしまう。

 

「あ…」

 

亜由美のその笑みを見た煉は言葉をなくす。

元より早くなっていた鼓動がさらに早まることに戸惑いながらも、亜由美とずっと一緒に居たいと考えている自分に気付いた。

 

 

 

 

数時間後、二人は海を見に来ていた。

 

公園で出会った二人は、他愛ないお喋りをしながら驚くほど短時間で仲良くなった。

 

特に煉は普段とは別人のような饒舌さで、亜由美の気をひくために話題を振り続けた。

 

もしもこの時の様子を同級生達が見たなら、煉の中身が花音と入れ替わったのかと疑うほどだろう。

 

それほどまでに煉は亜由美に対して積極的になっていた。

それは、会話の中で亜由美が海を見た事がないと聞くと、亜由美が煉に“自分を海に連れて行って欲しい”と頼んでみようかと考える前に、煉の方から“一緒に海に行こう”と誘うほどだった。と聞けば納得して貰えるだろう。

 

 

 

「うわあ、これが本物の海なのね」

 

海を見た亜由美が瞳を輝かすだけで煉は途轍もないほどの達成感に包まれた。

 

そしてさらに亜由美を喜ばせたいと考え始めている自分に気付きながらも、そんな自分が誇らしいと考える程度には、既に煉は亜由美の事を大事に想っていた。

 

「でも、せっかくの海なのに暗くてよく見えないね」

 

少し残念そうな顔になる亜由美。

 

その顔を煉が見た瞬間、暗い夜の海が黄金色に眩しく照らされた。

 

驚いた亜由美の目に飛び込んできたのは、広大な海を包み込むほどに広範囲に広がる、オーロラに似た黄金の炎に照らされている海の姿だった。

 

「すごく綺麗! これって煉くんがしているの?」

 

超常現象といえる事態を普通に受け入れる亜由美に、煉の僅かに残されていた冷静な部分が疑問を感じるが、既に煉の大半を占める部分が亜由美の言葉に喜ぶことで夢中で、その疑問は無視されてしまう。

 

煉は亜由美に黙って手を差し出す。

 

「煉くん?」

 

何も言わない煉に亜由美は首をかしげるが、取り敢えずは彼の手を取る。

 

「亜由美ちゃん、君の為にだったら夜の海を昼間よりも明るく照らす。そして、君の為にだったらどんな困難でも絶対に乗り越えてみせる」

 

煉の突然の言葉に亜由美は困惑するが、黄金に輝く海という舞台と、相手が美少年の煉だという事で亜由美も徐々にその気になる。

 

「煉くん、その気持ちはとても嬉しいよ。でも、ダメだよ。軽々しくそんなこと言ったりしちゃ、女の子なんて単純なんだから本気にしちゃうからね」

 

メッと人差し指を立てる亜由美。

 

その姿に見惚れる煉だが、もちろんそんな事は顔に出さない。

 

「軽々しくなんかないよ。僕にとってこれは一世一代の告白だから、だから亜由美ちゃん…」

 

煉は一旦言葉を止めると亜由美を見つめる。

 

煉の真剣な眼差しに見つめられて亜由美の頬が徐々に赤く染まっていく。

 

「亜由美ちゃん、僕と一緒に生きていこう」

 

いきなりの愛の告白だった。

 

 

 

 

夜の海に響く急ブレーキの音。同時に慌しく複数の男達が車から降りてくる。

降りてきた男達は、暴力を生業とした者特有の荒々しい雰囲気を纏っていた。

 

「小娘がいたぞっ、さっさと確保して屋敷に戻るぞ!」

 

男達の一人が亜由美に乱暴に手を伸ばす。

 

だが次の瞬間、その男の顎を煉の蹴りが打ち抜く。顎を粉微塵に砕かれながら吹き飛ばされた男は、ビクンビクンと嫌な感じで痙攣したまま起きる気配はなかった。

 

「なっ!?何をしや…グワアッ!?」

 

続いて喚く男を問答無用で叩き伏せる煉に男達は一斉に懐の銃を抜いた。

 

「「「ぎゃああああああっ!!!!」」」

 

銃を抜いた瞬間、男達の両手の爪が全て燃え上がった。火を消そうと暴れる男達だが、不思議と火は消えないことがない。

 

痛みのあまり悶絶する男達など眼中にない煉は亜由美を心配する。

 

「亜由美ちゃん、大丈夫? この時期は変質者が多いから僕から離れちゃダメだよ」

 

ちゃっかりと亜由美の手を握ってからその場を離れようとする煉に、亜由美は混乱をしながらも素直に着いて行こうとする。

 

「お待ちなさいっ!!」

 

停められていた車から女の子が出てきた。

 

煉は無視して行こうと思ったが、女の子の顔を見て足を止めた。

 

「もしかして亜由美ちゃんのお姉さんかな?」

 

その女の子は亜由美に瓜二つだった。正確に言えば亜由美より多少年上に見えたが、数年後の亜由美は彼女と同じ姿になると素直に思えるほどに似ていた。

 

「いえ、あの方は…」

 

「そんなモノと姉妹な訳ないでしょう!」

 

亜由美の言葉を遮るように、亜由美に似た少女が吐き捨てるように叫ぶ。

その言葉と同時に煉は行動した。

 

「なっ!?」

 

少女を囲むように現れた黄金の火の玉が、ユラユラと揺れる。

 

「亜由美ちゃんのお姉さんじゃないのなら君は亜由美ちゃんに暴力を振るおうとした男達の同類だね。ならここで消えろ」

 

煉のその言葉と同時に火の玉が少女に向かって高速で放たれる。

 

「なめないでっ!!」

 

少女を守るように土のドームが形成され火の玉が防がれる。

その様子に煉はほんの少しだけ少女の正体に興味が湧いた。

 

「今の炎を防ぐのか。どうやら唯の馬の骨じゃないみたいだね」

 

煉の挑発に少女のこめかみに青筋が浮かぶ。

だが怒気を発しようとした少女をいつの間にか現れた青年が諌める。

 

「お待ち下さい、お嬢様。あのような者をお嬢様が相手にする必要は御座いません。後は私にお任せ下さい」

 

「……いいでしょう。勇志、貴方に任せますわ」

 

お嬢様と呼ばれた少女は、怒りに眉を吊り上げながらも、青年に任せて後ろに下がる。

それを見て満足そうに頷いた後、青年は煉に向かって言葉を発する。

 

「私が察するところ、貴方は神凪一族に連なる者とお見受け致しますが相違ありませんか?」

 

青年は問いかける口調ではあったが、半ば確信している口振りだった。

 

「ここは神凪のお膝元ですよ。そこにいる炎術師が神凪に関わり合いがあるのは当然でしょう。そんな事も確認しなければ分からない程の田舎者は、サッサと辺境の地へと帰ることをお勧めしますよ」

 

「あたしん家はそんな辺境じゃないもん!」

 

煉の言葉がお嬢様の中の何かに触れたようだった。青年が止める間もなく煉に食ってかかる。

 

「あたしだって田舎者じゃないもの!空気が綺麗な場所に住んでるだけで、街にだってしょっちゅう出かけてるんだからね!」

 

「東京の地下鉄には一人で乗れる?」

 

「…………勇志、後は任せますわ」

 

「はい。お嬢様」

 

一言で黙らされたお嬢様は、青年の影にコソコソと隠れる。

 

「これを見なさい」

 

青年が取り出したのは見たことのないタブレット端末だった。

 

「これは?」

 

煉の疑問に満足そうに頷く青年。

 

「これこそはお嬢様が都会で迷子にならない様にと、石蕗一族の総力を挙げて開発した万能ナビゲーションシステムです!」

 

言葉をなくす煉に青年は勝ち誇った顔で、その機能を声も高らかに語っていく。

その後ろでお嬢様が顔を真っ赤に染めていることには全く気付いていなかった。

 

「これは自動車ナビ、歩行ナビ、そして電車乗換案内は当然として、今までの市販ナビでは不可能だった建物内のナビすらも可能とした奇跡のナビなのですよ!もちろん東京の地下鉄も完全に網羅しております。これさえあればどんなド田舎生まれの方向音痴だとしても、この日本という国で迷子になる事など二度とあり得ません!」

 

「…………ちょっと待て、勇志」

 

「はい? これからが良いところなのですが、何しろこのお嬢様専用万能ナビはなんとっ!お嬢様のバイオリズムを自動的に取得することにより、もう二度とお嬢様が電車内で眠り込んで車庫入りするという悲劇を繰り返さないようにアラームで起こ…げぇふうっ!?!!??!!!」

 

お嬢様の内側に抉りこむようなパンチが青年の鳩尾にめり込んだ。

 

 

 

 

「こ、小僧、私達は石蕗一族の者だ。そしてそこの娘は我々、石蕗一族の所有物なのだよ。その正統な所有権は我々にある返してもらうぞ」

 

脂汗を流し、鳩尾を抑えながらも青年――勇志は無慈悲な言葉を煉に告げる。

 

亜由美は絶望を感じながらも最後に煉にみせるのは笑顔でありたいと、必死にその顔に笑みを浮かべようとする。

 

「無理に笑わないで良いよ、亜由美ちゃん。もちろん亜由美ちゃんの笑顔は大好きだけど、亜由美ちゃんの泣き顔も、亜由美ちゃんの怒った顔も、僕は全部、全部好きになるから、僕の前では無理をしなくて良いよ」

 

煉は、優しい手つきで亜由美の頭を撫でながら穏やかな声で語る。

その言葉に亜由美は堪えきれずに涙を流してしまう。

 

「れ、煉くん。そんな優しいことを女の子に言っちゃダメだよ。お、女の子なんて単純なんだからね。本当に本気にしちゃうんだからね」

 

メッと人差し指を立てる亜由美。

 

煉はその人差し指に優しく触れながら亜由美を見つめる。

 

「もう一度言わせてもらうよ。ううん、何度だって言わせてもらう」

 

煉は亜由美を抱きしめるとその想いの全てを込めた言葉を発する。

 

「亜由美ちゃん、僕と一緒に生きていこう」

 

 

 

 

「ふん、生まれたばかりでもう男を誑し込むとはな。ホムンクルスの分際で」

 

勇志の嫌悪を滲ませた言葉に亜由美は幸せな夢から醒める。

 

煉には知られたくなかった真実を知られてしまった。

結ばれることなど無いと分かっていた。

ただ、少しばかりの夢を胸に抱いて逝きたかっただけだ。

自分のような人間の成りそこないを想ってくれる人がいる。それだけで亜由美は生まれてきた意味があったと思えたから。

 

絶望に囚われながら亜由美は、煉に抱かれたまま震えていた。

 

あれ、離されない?

 

ホムンクルスだとバレたら普通の人間なら恋愛対象になど思えないだろう。

突き飛ばされることは優しい煉はしないだろうと予想できるけど、そっと抱かれた腕を解かれると考えていた亜由美はいつまで経っても離されない腕に疑問を感じた。

 

亜由美はソーと煉の様子を窺ってみる。

 

そこには幸せそうに亜由美の髪の匂いをクンカクンカと嗅いでいる煉の姿があった。

 

亜由美は見なかった事にした。

 

「おいっ、小僧! 私の話を聞いていたのか!?その娘はホムンクルスなんだぞ!」

 

勇志は反応の無い煉に焦れ、声を荒げて詰め寄った。

 

「それがどうかしたのか? 亜由美ちゃんが人間じゃなくてホムンクルスだとしても…いいや、たとえ超能力者や未来人、ましてや宇宙人だったとしても、僕にとって大事な人だという事に変わりはない」

 

聞きようによってはただの節操なしだが、美少年の煉が口にすれば凄く格好良く聞こえた。

 

特に亜由美にとっては今の台詞で煉への好感度は上限突破してしまった。

世間知らずの女の子がコロリと男に惚れさせられた瞬間だった。

 

今の亜由美ならクンカクンカしている煉にすら見惚れるだろう。

 

「なんだと!?ホムンクルスも有りだと言うのか!?そ、それなら私も…」

 

「何が“それなら”なの、教えて貰えるかしら、勇志?」

 

氷のように冷たいその声に、勇志は迷わず土下座をした。

 

 

 

 

「こ、小僧よ。お前の性癖の事はどうでもいい。その娘の所有権は我々にあると言っている。これ以上の抵抗は石蕗一族と神凪一族の問題に発展する事になるぞ」

 

勇志はこれ以上無いと言える脅し文句を口にする。この小僧が個人的にどれほどこのホムンクルスを想っていようと一族の事が絡めば諦めるだろう。勇志はお嬢様に踏みつけられた後頭部をさすりながらそう思った。

 

「もう、いいわ。煉くんの気持ちは凄く嬉しかった。私はこの気持ちを貰えただけで幸せな人生だったと笑って逝けるもの」

 

亜由美は柔らかい笑みを浮かべる。無理などしていない心からの笑みだった。

 

煉は携帯電話を取り出すと何も言わずに電話をかける。

 

「父上、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなので勘当していただけませんか?」

 

あまりの内容にその場の全員の動きが止まる。

 

静まり返った中で煉の父の返答が携帯から漏れて聞こえてくる。

 

『煉よ、男が惚れた女を守る戦いの前に下らぬ計算をするな。逆に父として言わせてもらうぞ。惚れた女も守れぬような軟弱者は俺の息子の資格は無い。その娘を連れてくるまで帰ってくるな』

 

そして煉の返事も待たずに通話が切られた。

 

誰も言葉が発せれない雰囲気の中、煉は続けて電話をかけた。

 

「宗主、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなので一族から追放していただけませんか?」

 

その電話で、煉が神凪一族の宗主へ直接連絡ができる立場にいる人間だと気付いた勇志は息を飲む。

 

そして宗主の返答が漏れ聞こえてくる。

 

『煉よ、あまり神凪を舐めるでない。お主が愛する者のために戦うのなら、石蕗一族だろうと相手をしてやろう。ただ一つだけ言わせてもらおう。戦うならば決して負けることは許さぬぞ』

 

誰もが思わぬ展開に動けない中、煉は最後の電話をかける。

 

「武志兄様、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなのですが、紅羽さんに謝罪させて下さい」

 

紅羽の名前が出た瞬間に勇志から血の気が引いた。紅羽が一族から姿を消して数年が経ち、迂闊にも神凪一族に身を寄せている事実を失念していたのだ。

 

紅羽の恐ろしさを知る勇志はいかに彼女を敵に回さずに済むか思考する。

そしてこの神凪の宗主に近い立場にいる少年が兄様と慕う武志とは何者なのかと疑問に思う。

 

『あのさ紅羽姉さん、煉に彼女が出来たらしいんだけど、それを石蕗一族が邪魔をしているんだって・・・うん、わかった。そう伝えるよ。煉、紅羽姉さんの伝言だよ。“石蕗 巌”を倒すのなら手伝ってあげる、他の雑魚は好きにしなさい。紅羽姉さんの妹の“石蕗 真由美”は色々事情があるから後で相談しましょう。だってさ。まあ、取り敢えず煉と彼女を呼ぶからさ、話の続きはそれからにしよう』

 

煉は武志の言葉に了承してから電話を切ると亜由美を抱き寄せる。

そして勇志に一礼すると別れの挨拶をする。

 

「そういう訳なので、この場は退散させていただきます」

 

「何を勝手な事を言っている! そんな事を許す訳ないだろう!」

 

怒りの声をあげる勇志だったが、煉は相手をする気がないらしく、黙ったまま時を待つ。

 

「何をしている?」

 

勇志は、この場を逃げ出すと宣言しておきながら行動を起こさない煉を不審に思う。

 

「いえ、待っているだけですよ。呼ばれるのを…ああ、呼ばれました。では、さようなら」

 

突然、煉と亜由美の二人を包むように無数の魔法陣が現れたと思うと、止める間もなく二人の姿が消えた。

 

「ま、まさか…転移したというのか!?」

 

勇志が知る限り転移できる精霊術師などいなかった。

精霊というのは移動するものであり、転移などする精霊はいないからだ。

煉の“呼ばれるのを待っている”という言葉から推測すれば、奴らは誰かに転移させられたのだろう。

 

「遠く離れた者を一瞬で転移させられる程の術師が神凪にいるという事か」

 

勇志は神凪一族を侮っていた事を後悔したが、直ぐに気を取り直すとホムンクルスを取り戻すべく行動を開始する。

 

慌ただしく行動し始める勇志とは裏腹に、お嬢様は――“石蕗 真由美”は呆然としていた。自分に似せた人形でしかないと思っていたホムンクルスが、自分と同じように泣いたり笑ったりする当たり前の一人の人間だったと気付いてしまったからだ。

 

「……あの子も恋をする普通の娘なのね」

 

転移する直前、亜由美がみせた驚きと困惑が混じった表情の中には、隠しようもない煉への恋慕があった。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「どうして私には電話してこないのよ!!」
マリ「我とお揃いじゃな」
綾乃「あんたは元から煉と接点が薄いじゃない!」
マリ「うむ、顔見知りという程度の関係でしかないぞ」
綾乃「でも私は煉とは兄弟同然の関係なのに」
マリ「忘れられとったんじゃないのか?」
綾乃「あうう、否定できない」
マリ「まあ、母親にも連絡しとらんからな。気にせんでもいいのではないか?」
綾乃「母親…なるほど、異性の家族には好きな女の子の話はしにくいのかもね!」
マリ「恋愛経験値の低いお主に相談しても意味が無さそうじゃしな」
綾乃「そ、そんな事ないわよ!」
マリ「ほう、ではお主の最も親しい異性は誰じゃ?」
綾乃「……武志かな?」
マリ「年下の親戚の男の子じゃな」
綾乃「言い方に悪意を感じるわ!?」


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