放課後の教室に沙知と綾の楽しげな声が響く。
「それじゃあ、週末は富士山でハイキングだね」
「お弁当は私が準備しますね」
煉の初恋を実らせるため、僕は富士山への強行偵察を行うことにした。決してハイキングではない。
もちろん危険はあるだろう。
だけど、あの煉がやっと女の子に目覚めたんだ。この初恋を実らせてあげるのが、兄貴分としての僕の役割だろう。
「そんなこと言って、武志は煉くんから解放されたいだけだよね?」
「うふふ、煉さんの武志さんに向ける視線の熱は年々、強くなっていましたからね。そろそろ一線を超えてしまうかもと心配でした」
も、もちろん、一人で富士山に行こうとは思っていない。
なんだかんだいっても僕は炎術師だから探索には不向きだ。もちろん、並みの炎術師と比べれば僕の探知能力は群を抜いているだろう。
でも、僕よりも遥かに探索が得意な仲間がいるんだからここは素直に力を貸して貰えばいい。
仲間とは助け合うものだからね。
「たしかマリアさんには断られたんだよね。週末は武哉さんと高級スイーツ巡りに行くとかで」
「流也さんにも、週末は姉の買い物に誘われたから絶対に断ると言われたそうですよ」
…姉に負けたのは当然だと思うけど、スイーツに負けたのは納得いかない。
まあ、それは置いとくとしよう。
僕には頼りになる幼馴染達がいるんだ。風術師としてメキメキと実力を上げている二人がいれば、探索は捗るだろう。
「もちろん、武志に頼まれたら喜んで力を貸すけど、結局のところ富士山でなにを調べるの?」
「そうですね。一通り事情は伺いましたが、富士の探索よりも石蕗家との交渉の方が重要だと思うのですけど?」
今週末に神凪家と石蕗家との交渉は行われる予定だ。この交渉が上手くいけば問題はない。
でも、上手くいくわけがないよね?
神凪家は亜由美ちゃんの身柄と、新しい身体を作るために真由美の細胞を要求する。
石蕗家は富士の儀式のために亜由美ちゃんが必要だ。亜由美ちゃんがいないと、真由美が致死率100%の儀式を行わなければならない。
どちらかの望みを叶えたら、もう片方は死ぬしかない。これでは交渉なんか上手くいくわけがない。
「それじゃあ、どうして和麻さんは交渉を提案したのよ?」
「何か思惑があったという事かしら?」
「思惑……はっ!? もしかして!」
どうやら沙知は気付いたみたいだ。
でも意外だな。僕はてっきり綾の方が先に気付くと思ったんだけど。沙知も成長しているということだね。
「和麻さんは石蕗一族を誘き出して皆殺しにするつもりなんだね! 流石は悪名高き“殺戮のサイクロン”!!」
「いや、違うからね!?」
和麻兄さんの評判は今や最悪を通り越している。
全てを裏切って、世界中で暴れ狂う悪魔として裏の世界では有名だ。
もちろん和麻兄さんから事情を聞いた今なら誤解だったと分かるけど、事情を知る前は僕も多少は和麻兄さんを恨んでいた。
「いやいや、あれは多少じゃないよね」
「そうですわね。あの頃は、武志さんの計画を全て狂わせた和麻さんを呪い殺さんばかりに恨んでいましたわ。……少し怖かったぐらいです」
ぼ、僕も若かったってことだよね。
「えへへ、でも、あたしは嬉しかったよ。こう言ったらあれだけど、それだけあたし達のことを本気で考えてくれていたんだって感じたからね」
「そうね、確かにその気持ちは分かりますわ。それにあの後、武志さんが必死になって…それこそ本当に手段を問わずに風牙衆の独立のために手を尽くしてくれたこと……私は決して忘れません」
「そうだね。武志はあたし達のヒーローだよ。映画の中のヒーローみたいに万能で颯爽と何でも出来るわけじゃないけど、あたし達のために手を汚すことも厭わずに戦ってくれる武志は……あたしのヒーローだよ」
……コホン。
話を戻そう。和麻兄さんは石蕗一族を抹殺しようなどとは考えていない。
ただ、時間を稼ごうとしてくれただけだよ。
「時間を稼ぐ。ですか?」
「時間を稼いで何か意味があるの?」
もちろんあるよ。とても重要な意味がね。
「それを伺ってもよろしいのでしょうか?」
「そうだね、あたしも気になるよ」
綾と沙知は興味深そうな顔になって聞いてくる。
「それは僕が欲深いってことだよ」
「武志さんが…」
「欲深い…?」
綾と沙知は意味が分からないと首を傾ける。
「あはは、小心者という方が正解かもね。僕は僕の目の前で、人が不幸になるのが嫌なんだ。その顔が絶望に歪むのが怖いんだ」
僕は、綾と沙知の頰に触れる。
「富士の魔獣は、大勢の絶望を生んできた。これからも大勢の絶望を生むだろう。僕はそれが我慢できない」
「武志さん…」「武志…」
「今回のことは僕の気持ちに気付いてくれた和馬兄さんが時間をくれたんだ。この状況が気に食わないのなら自分で何とかしてみせろってね」
「でもそんなの武志さん一人の力でどうにかなるものじゃないわ」
「そうだよ、いくら武志でも出来ないことはあるよ」
二人の言葉は正しいね。僕の力なんて弱いものだ。
伝説に謳われし吸血鬼の真祖。
炎術師の極限に位置する神炎使い。
始まりの祖、強大な力を持つ風術師。
同じく始まりの祖の強大な水術師。
神器を継承せし風の神子。
強大な地術師にして異能の術師。
黄金に至った分家最強の術師。
僕の周りは強い人達ばかりだ。そんな人達でも不可能はある。例えば今回のことだ。
亜由美ちゃんと真由美のどちらか片方だけを助けるだけなら簡単だろう。
でも、両方とも助けるのは不可能だ。
たとえここに伝説のコントラクターがいたとしても不可能だろう。
選べるのは一方だけだ。
選ばれなかった方は確実に死ぬだろう。
「でも、武志さんは両方を選ぶのですね」
「あはは、たしかに武志は欲張りだもんね。なんたって、あたし達を二人を自分の女にするぐらいだもん」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! 僕はそんなことしてないよね!?」
まったく、タチの悪い冗談はやめて欲しいよ。ただでさえ僕の評判は良くないんだから、これ以上の悪評を立てられるのは困るんだよね。
「えへへ、ごめんね。でも、あたし達ならいつでも二股オッケーだから安心してね」
「何を安心すればいいの!?」
まったく、沙知の冗談も思春期のせいか質は変わってきたと思う。
「では武志さんには、この状況を変えるための打開策があるのですね」
「ああ、可能性は低いけど試す価値はあると思っているよ」
「わかりました。では私と沙知の力をご存分にお使い下さい」
綾は詳しいことは何も聞かずに穏やかな笑みを浮かべると、力を貸してくれることを了承してくれる。沙知も綾の隣で優しく笑っていた。
「えっと、僕の考えていることを詳しく聞かなくてもいいのかな?」
「はい、私達は武志さんを信じていますから」
「いやいや、僕の考えを無条件に信じられても困るんだけど!? それに綾達の意見も聞いてみたいからね」
僕の言葉に綾は困ったような顔になる。どうしたんだろう?
「もうっ、武志ってば、そんな事を言われてもあたし達の方が困るよ!」
沙知は怒ったように言う。
「どういうことかな? 僕としては色々な意見を聞いて参考にしたいんだけど?」
「あはは、あたし達の意見は参考にならないよ。だって、あたし達にとっては武志の言葉がいつでも一番だもん。たとえ武志の考えが間違っていても反対することなんて……女関係以外はないよ」
「そうですわ。私達は武志さんの望みを叶えるために全力を尽くすのみです。もちろん、武志さんの害悪になるような女に関することは例外になりますけどね」
か、彼女達の冗談は置いておくとして、これは信頼されていると思っておこう。
うん、そうしよう。
さあ、煉のために週末は頑張るぞ!!
***
僕達は石蕗一族が治める富士の地に潜入した。
本来なら派手な気配を持つ炎術師にとって、隠密行動は至難の技だ。
だけど僕は赤カブトに力の大半を注ぎ込んでいるから気配が薄くなっている。そして他の炎術師とは違い、隠形の術を習得していた。
赤カブトの場合は、その存在が自然の精霊に近いため、気配が自然に紛れてしまい感知は難しい。
綾と沙知は風術師だから、隠形の術は僕以上に得意だ。
赤カブトにくっ付いて離れない妖精のティアナの気配は、何故か人間では察知することは出来ない。マリちゃんでも難しいと言っていたから石蕗一族では不可能だろう。
そんな隠形に特化した僕達は、コッソリと富士の地下へと潜っている。
「富士の地下にこんな空洞があったんだ」
「ふふーんだ。私じゃなかったら気付かなかったわよー!」
「うん、そうだね。あたし達の風術だとこんな地下の空洞を発見するには難しかったと思うよ。流石は妖精の感知力は凄いよ」
沙知の素直な賞賛にティアナはニマニマとご満悦だ。確かに何の根拠もなくティアナは、「この下に空洞があるよー、なんだか怪しい雰囲気がするー」などとこの場所を見つけてしまった彼女は凄いな。
赤カブトの頭の上で“えっへん”と胸を張っている姿が頼もしく見える。さっきまではただのおバカな妖精だと思っていたけど認識を改めよう。
僕達は広い地下空間を慎重に固まって進む。本当は分かれて探索した方が効率的だけど、不測の事態を考えたらそれは出来ない。
「武志は心配性だよね」
「沙知、そんなことを言っても顔が笑っていますよ」
「えへへ、だって武志に大事にされているって思ったら嬉しいじゃん」
「うふふ、その気持ちは分かりますわ」
最近の彼女達はいつもこんな感じだな。好意を言葉にされるのは嬉しいけど、人前だと照れくさいから抑えてほしいな。
「止めて欲しいと言わないところが武志らしいよね」
「え、だって可愛い女の子に好意を示されるのは嬉しいからね」
「うふふ、可愛いだなんて武志さんは正直ですね」
「あたしが言われたのに、綾が答えないでよ!」
「あらあら、こういうことは早い者勝ちですよ 」
「このお、仕返しだ!」
「こ、こら、武志さんの前で胸を揉まないで!?」
きゃあきゃあとはしゃぐ女の子達――目の保養になるね!
そんな能天気な雰囲気の僕達とは違い、赤カブトは真剣に探索に集中してくれていた。
別に綾と沙知がやる気がないわけじゃなくて、地下に入った時点で風術師の彼女達の探索能力は極端に低下してしまったからだ。
地上に残ってもらおうかとも考えたけど、石蕗一族の土地で置いていく方が心配だから一緒に来てもらった。それに本人達も残るのは嫌がった。
ちなみにティアナは、いつもの様に赤カブトの毛皮に潜り込んでいる。赤カブトの毛はそんなに長いわけじゃないのにティアナは姿が見えないほど潜り込むんだよね。どうやっているんだろう?
「ガウ!」
そんな下らないことを考えていると赤カブトが僕の顔を見て吠えた。
どうやら目的の場所を見つけたようだ。
赤カブトは火の精霊に近い存在のせいか、精霊に関する感知能力に関しては風術師をも超える。
地下にいるせいで、僕達では周囲の気配と目的の気配の区別がつかなかったけど、赤カブトはちゃんと区別がつくみたいだな。
さてと、僕の試みが上手くいけばいいんだけどね。
赤カブトの先導に従い、僕達は目的の場所へと向かった。
綾乃「なんだか久しぶりね。作者が死んだのかと思っていたわ」
武志「あはは、それは酷いと思うよ?こうして新年早々、更新したわけだしね」
綾乃「あんたは主役だからいいわよね!」
武志「え!?なんの話かな?」
綾乃「更新しても、あたしの出番がないじゃない!!」
武志「あれ、綾乃姉さん出てなかったかな?綾の字は何回も目にした記憶があるけど?」
綾乃「それは綾乃の綾じゃなくて、ただの綾でしょうが!!」
武志「まあ、僕の兄さんよりは出番があるから良しとしてよ」
綾乃「あんたの兄さん?和麻のこと?」
武志「ううん、武哉兄さん」
綾乃「原作でもここでもモブの奴と比べんな!!」
武志「酷いなあ、武哉兄さんは名前だけなら結構、出ているんだよ」
綾乃「名前だけなんて嫌よ!!出番を寄越しなさいよ!!」