火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第46話「富士の魔獣」

神凪家と石蕗家の会談は、警視庁特殊資料整理室の橘警視が手配したホテルの一室にて行われることになった。

 

これは公平を期すために両家の合意の元にとられた処置だ。ちなみに仲介を強要された橘警視の頰は引き攣っていた。

 

「状況は分かりました。石蕗家としては亜由美さんの返還を神凪家に求めているのですね」

 

場所の提供だけではなく、司会進行までやらされている橘警視は痛む胃を抑えながらも、なんとか穏便に会合を終わらせようと試みる。

 

「亜由美さんの事情は一個人としては深く同情の念を感じますが、ことは富士の封印に関わることです。石蕗家のこれまでの犠牲、それに真由美さんのことを考慮すれば、残酷な様ですがホムンクルスである亜由美さ『橘警視、よいかな』なんでしょう?」

 

石蕗家よりの発言をする橘警視の言葉を“神凪 重悟”が強引に遮る。

 

「細かな事情などは我らにはどうでもよいことだ。我らは亜由美を保護した。ならば最後まで守り抜くだけの話だ。此度の会談は石蕗家への謝罪を求めるものだ」

 

「神凪殿! 謝罪を求めるとはどういった了見だ! むしろそちらが謝罪と共に亜由美を返すべきだろう!」

 

重悟の一方的な言葉に“石蕗 巌”が声を荒げる。

 

「何を言っとるんだ? 貴様らは煉を…神凪本家の人間である“神凪 煉”に対して危害を加えようとしただろうが。それは石蕗家からの神凪家への宣戦布告として受け取るぞ。そして謝罪なき場合には、この会談終了と同時に神凪は石蕗を敵対勢力として認識する」

 

重悟はニヤリと獰猛に笑う。それは獲物を見つけた肉食獣を想起させるものだった。

 

巌はゴクリと喉を鳴らす。そして、神凪家の脳筋っぷりを思い出す。普通の思考形態なら富士の封印を担う石蕗家と争うことはしない。

 

なにしろ石蕗家は代々、本家の者の命を対価として富士の封印を守ってきたのだ。石蕗家に敬意を払えど敵対など考える者などいるはずがなかった。

 

だが、しかし、神凪家は違うかもしれない。と巌は思う。

 

日本最強の炎術師などと呼ばれているが、同時に同業者からは日本最悪の炎術師とも呼ばれている。

 

妖魔に対しては絶対なる破邪の力で殲滅をする。敵対する組織に対しても強大な炎術師としての力で殲滅する。その際にどれほどの被害を周囲に撒き散らそうとも一切気にしない。しかも配下の風術師達を使い、逃げ出した者達も世界の果てまで追いかけて殲滅すると恐れられている。

 

はっきり言って此奴らは逮捕した方がいいんじゃないか? という意見も以前に持ち上がったぐらいだ。

 

もちろん、その意見を出した奴は、所属する組織ごと殲滅されてしまった。

 

巌としてはそんな神凪家と争うことは考えていない。家格としては同等だからこそ、話し合いで決着が着くと思いこの会談に出席したのだ。

 

いかにも戦いたそうにしている重悟の視線から逃れるように、巌はソッと顔を背ける。

 

そして仲介をする橘警視に『この脳筋野郎を何とかしろ!』という意思を込めて睨みつける。

 

睨まれた橘警視は胃に穴が開きそうな痛みに耐えながら思考を巡らす。

 

“石蕗家は富士の封印のために必要な一族よね。そして神凪家は私のお仕事で必要な一族だわ。うん、私は神凪家と険悪な関係になるわけにはいかない”

 

「では、最初に石蕗家が神凪家に謝罪をして下さい。交渉はそれからですね」

 

「なんじゃとーっ!?」

 

「うむ。まずは謝罪だな」

 

巌は驚きの叫びを上げるが、重悟は当然とばかりに頷く。

 

まさかの裏切りに巌は橘警視を睨むが、橘警視は知らん顔のままだった。彼女としては巌の味方をしても個人的なメリットは少ない。ただ自分に被害さえこなければいいのだ。

 

「うぐぐ、す、すまなんだ。この通り謝罪する」

 

橘警視の態度に味方がいないことを自覚した巌は歯を食いしばりながらも謝罪する。

 

その姿を物陰から撮影する紅羽。口元は嘲るように弧を描いている。

 

ちなみにこの会談は両家のトップによる会談だが、神凪家の方は厳馬、綾乃、紅羽の三人が隠れて様子を伺っていた。

 

もちろんこれは、石蕗家と交渉決裂になった場合、この場で巌を確実に討ち取るためだ。

操は神凪一族の精鋭達を率いて、石蕗一族の拠点近くに潜んでいた。

 

和麻達は色々と問題があるため、今回は参加を見送られた。

 

そして、煉と亜由美は呑気に遊園地で青春を謳歌している。

 

「うむ。どうも誠意を感じぬ謝罪だのう。お主、もしや我らを舐めておるのか?」

 

重悟は謝罪の仕方が気に食わぬと、巌を威圧するように殺気を放つ。

 

「グゥ…い、いや、そのような事はない。この通り謝罪する」

 

石蕗最強の巌をもってしても、神凪の歴史上最強と謳われし重悟の圧力には敵わない。

 

巌は屈辱に顔を歪めながらも深々と頭を下げる。

 

もちろん、その姿を楽しそうに最高画質で録画する紅羽。そんな紅羽の姿を綾乃は暖かく見守っていた。綾乃は紅羽から石蕗にいた頃の巌達の冷たい仕打ちを聞いていたため、全面的に紅羽の味方だった。

 

「頭の下げ方がなっとらんが、私は寛大ゆえ許してやろう。有り難く思えよ」

 

その言葉に巌はホッと息をつく。これでやっと交渉に入れると思い、言葉を発しようとしたとき、重悟がその機先を制するように再び口を開く。

 

「では次は、賠償の話をするとしよう」

 

「賠償だと!?」

 

思いもしない単語に巌は目を丸くする。

 

「当然だろう。煉を害そうとした賠償だ。そちらは非を認めたのだ。賠償をするのは当たり前だ」

 

無理矢理に謝罪させられた上に賠償まで強要された巌は、橘警視に勢いよく目を向ける。

 

「いえ、警察は民事不介入ですから」

 

シレッとした態度のまま、橘警視は愛想なく答える。

 

「ウググググ……それで、何を要求するのだ!?」

 

警察が当てにならないと理解した巌は、金で済む話ならさっさと終わらせようと要求内容を尋ねる。

 

「うむ、そうだな。それでは真由美殿の身柄を一週間ほど預からせてもらおう」

 

「真由美をだと!? 真由美をどうするつもりだ!!」

 

巌は、目に入れても痛くないほど可愛い娘である真由美を要求されて激怒する。

 

だが、重悟の反応は巌が思ってもいなかったものだった。

 

「実はな、うちの綾乃なんだが……友達がいないようなのだ」

 

隠れていた綾乃が絶句するが、もちろん重悟は気付かずに話を続ける。

 

「そちらの真由美殿とは年が近いからのう。一週間ほど共に暮らせば友達になれるかも知れんと思ったのだが、どうだろう?」

 

重悟が娘を思う気持ちに巌の心は激しく揺さぶられる。

 

「う、うちの真由美にも友達がおらんのだ! 前から気にはなっていたのだが、こればかりはどうしようもなく心配じゃった! そのような話ならこちらからお願いしたい程だ! 是非ともボッチで寂しい真由美の友達になってやってくれ!!」

 

「おおっ! それはちょうど良かった! これで綾乃にも友達が出来る! 良かった良かった」

 

親父二人は肩を組み、ワッハッハと笑い合っている。

 

物陰では綾乃がブツブツと文句を言っている。

 

「私にも友達ぐらいいるわよ。武志に綾それに沙知は友達よ。紅羽と操だって友達よね」

 

紅羽は、それは友達というよりも親戚や仕事仲間よね。と思ったが、それを口に出さない程度の優しさは持っていた。

 

ちなみに綾乃の友達云々は真由美の細胞を手に入れるための方便だが、重悟は本気で娘のボッチを心配していたため真剣に話をしていた。

 

 

***

 

 

僕達は目的地である富士の魔獣が封印されている場所に来ていた。

 

「なるほど、精霊に近い意思のようなものを感じるね」

 

「うん、それに普通の精霊と違って明確な方向性をもっているみたいだね」

 

「その通りね。しかもタチの悪いことに攻撃的な意思だわ」

 

「二人とも、あまり“ソレ”に意識を向けたら危険だよ。属性が違っても心を飲まれるかも知れないからね」

 

僕の言葉に沙知と綾は探知を止める。

 

「うわー、随分と精霊の多い場所だねー!」

 

赤カブトの毛皮から顔だけを出したティアナが、感嘆するように叫ぶ。

 

「武志は封印されている魔獣を倒すつもりなの?」

 

「もしかして、前に伺ったあの呪具を使用されるのですか?」

 

綾が言っている呪具とは、風牙衆の神を滅ぼした呪具のことだ。確かに神をも滅ぼしたあの呪具なら、富士の魔獣を滅ぼすだけの力はあるだろう。

 

だけど、今回は使うことが出来ない。あのとき神を滅ぼせたのは、神が完全に封印されていたからだ。

 

今回のように魔獣の意思が残っていたら抵抗されてしまうだろう。

 

「じゃあ、武志はどうするつもりなの?」

 

「まさか本当に沙知が言うように魔獣を倒そうと考えているのですか?」

 

綾は真剣な顔で問いかけてくる。たぶん、僕が頷いたら止めるつもりなのだろう。

 

「いいえ、止めませんよ。その時は武志さんと共に戦い果てるだけです」

 

僕の考えを察したように綾は答える。沙知は少し驚いたように綾を見る。

 

「へえ、綾は止めると思っていたけど、あたしと同じ考えだったんだ」

 

「うふふ、この間も言いましたが、私は武志さんの望みを叶えるために動くだけですわ。武志さんがそれを承知の上で決められた事なら全力を尽くすのみです」

 

もちろん、武志さんの害となる女に関する事以外ですけどね。と綾は微笑む。

 

「なるほどね。それで結局、武志は何をする気なの?」

 

沙知は僕が本当に戦うわけがないと分かっているように問いかける。

 

「あはは、武志が戦う気なら、ここにマリアさん達がいないわけないじゃん」

 

まあ、その通りだね。僕よりも強い人達が大勢いるのだから、本気で富士の魔獣を倒すつもりなら全員連れてくるよ。

 

でも、正面から魔獣と戦えば尋常ではない被害が出るだろう。

 

「それなら別の手を考えるしかないよね」

 

僕はクスリと笑う。

 

 

***

 

 

一時は意気投合した親父二人だったが、巌が要求した亜由美の引き渡しを、重悟が完全に拒否したため再び険悪になっていた。

 

「掌中に飛び込んで来た小鳥を投げ捨てるほど、この神凪は薄情ではないぞ」

 

「亜由美など、たかがホムンクルスではないか! 真由美の代わりに死ねるならアレも本望だろう!」

 

巌の傲慢な言葉に重悟は顔を顰める。

 

巌の他者を貶める態度に、かつての神凪一族と風牙衆の関係が思い出された所為だ。

 

重悟が悩み苦慮をしていた風牙衆の問題は、武志を筆頭に若者達が殆どを払拭してくれたが、本来はそれは宗主である自分の役目だったのだ。その思いが重悟を苛む。

 

中心となった武志が、どれほどの苦労をしたのかを重悟は全てではないが知っていた。

 

自分が背負うべき苦労を押し付けてしまった武志には、いつか報わねばならぬと重悟は考えていた。

 

“そうだな。綾乃も彼奴のことは気に入っておる。思い出してみれば昔から仲良くしておったからな。どこぞの馬の骨に綾乃を奪われるぐらいなら彼奴を婿に迎える方がマシかもしれぬ。超可愛い綾タンの婿になれるならこれ以上の褒美はないし、彼奴が婿なら綾タンも姑問題とかで苦労はしないだろう。グフフ、いい考えかも知れぬな。ちと本気で考えてみるかな”

 

「ええいっ、何を黙っておるのだ!」

 

思考の海に溺れている重悟は、巌の言葉には全く反応しなかった。しかしこれで彼を責めるのは酷だろう。なんといっても彼にとって一番大事なのは綾タンなのだから。

 

トゥルルルル…

 

その時だった。

 

携帯電話の着信音が聞こえた。

 

マナーモードぐらいにはしておけ! と睨む巌の視線を受けながら橘警視は慌てて携帯電話にでる。

 

「もしもし、今は重要な『大変です! 富士山が噴火しました!』何ですって!?」

 

橘警視は慌ててテレビの電源を入れる。

 

そこには噴火する富士山が映し出されていた。

 

だが、霊視の出来る橘警視の目には、富士山の天辺で『アンギャー!!』と吼えている巨大な魔獣の姿がハッキリと写っていた。

 

 

 

 

 




武志「ほらほら、今回はセリフ付きだよ」
綾乃「ただのチョイ役じゃない!それに私はボッチじゃないわよ!」
武志「そういえば原作だと高校では親友がいるんだよね」
綾乃「うーん、あの二人は私をからかう事が多いのよねえ。特に片方は武志とは気が合いそうだけど、私への被害が大きくなりそうだから出番なしでもいいかも?」
武志「あはは、親友相手に酷いなあ」
綾乃「ちょうど綾と沙知の二人がいるから親友枠はそれでいいんじゃない?」
武志「まあ、登場人物が増えたら各々の出番が減るだろうからそれでもいいのかな?」
綾乃「そうよ、私の出番がこれ以上減ったら大変じゃない。それに由香里ファンなんかいないだろうから大丈夫よ」
武志「……意外と綾乃姉さんよりファンが多かったりして?」

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