火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第48話「魔獣の最後」

「魔獣が消えているだと!?」

 

テレビではアナウンサーが富士山の鎮火を伝えていた。巌がその言葉にテレビの映像に目を向けると、先ほどまで吼えていたはずの魔獣の姿が消えていた。

 

「どういう事だ、まさか移動したとでもいうのか?」

 

値段交渉をしていた橘警視と重悟も魔獣が消えたことに気付く。

 

「ほう、魔獣の奴め。我らを恐れて姿を眩ませたか」

 

「まさか、龍脈を伝って他の地域に移動したの!?」

 

あれほどの魔獣が日本中で猛威を振るえば、一体どれほどの損害になるのか。

 

橘警視は一瞬で損得勘定を終わらせると、重悟に依頼を発する。

 

「警視庁特殊資料整理室の最重要案件として依頼をします。神凪一族の総力を持って魔獣の討伐をお願いします!」

 

「よかろう。神凪の名に懸けて、富士の魔獣を屠ってくれよう」

 

警視庁特殊資料整理室の最重要案件とは、緊急性、重大性が著しく高いものを示す。その為の予算は特別枠のため、討伐に掛かる経費には上限がない。そのことを明言した橘警視に重悟は安心させるように笑みを向ける。

 

「ひいっ!?」

 

もちろん、獰猛な肉食獣ですら怯える重悟の笑みを向けられた橘警視は悲鳴を漏らす。

 

「ほう、鏖殺令が出させるとは久しぶりだな。これは楽しみだ」

 

「すぐに富士にいる操に連絡するわね。こうなったら石蕗なんて雑魚を相手にする暇なんかないわ」

 

「風牙衆にも連絡を入れるわね。全ての人員を動員してでもクソ魔獣の居場所を特定してもらうわ」

 

神凪の宗主が、神凪の名に懸けて敵を屠ると断言した。それは日本最強と謳われる神凪一族が、その持てる全戦力による鏖殺を意味する。

 

「くはははははっ!! 血が滾るわぁあああっ!!」

 

そんな脳筋共を巌は呆然と見つめるだけだった。

 

 

***

 

 

“大神 武志”という少年は炎術師としては、一流と呼ばれる程度の術者だった。

 

決して凡庸ではないが、超一流には手が届かない程度の才能しかなかった。

 

それは弟ラブの操から見ても否定できない現実だった。

 

ただ、彼は早熟だった。同世代の子供達よりも早くその才能を開花させた。もちろんその為に子供とは思えないような厳しい修行を自分に課していた。

 

彼はその力を有効に行使した。そう、自分が親しくしていた風牙衆の友達の境遇を良くするために“非常に有効に”行使していった。

 

もちろん、操もそんな弟の手助けを行なった。

 

少しでも弟の力になるために、操は炎術師としての修行にも励んだ。

 

そして操には超一流に至れるだけの才能があった。

 

操の才能は鍛えられ錬磨されていった。そして、超一流の世界に手が届いた。

 

彼女は分家でありながら“黄金”に達した。

 

それに比べて武志は、所詮は唯の一流でしかなかった。

 

確かに、その戦略や戦術には眼を見張るものがあるだろう。目的の為なら手段を選ばない非情さもあるだろう。

 

だが、炎術師としての彼は、超一流達の世界には手が届かない術者でしかなかった。

 

それゆえ、今回の石蕗 巌との戦闘も想定された交渉には武志の席は用意されなかった。

 

確かに彼の頭脳は神凪一族の中でも突出しているが、術者としての力量が低すぎた。

 

そして、操が率いる現地の実行部隊にも武志の居場所はなかった。もちろん、実行部隊を構成する術者達と比べれば、武志の力量は群を抜いているといえるが、武志の年齢が若すぎるためメンバーからは除外された。

 

そして富士の地で待機していた操は、この場に愛する弟がいない事に安心していた。

 

「アンギャー!!」

 

「まさか、魔獣が解放されるだなんてね。私だけだと流石に荷が重いわね」

 

魔獣の姿を認めた操は、即座に率いていた術者達を避難させる。神凪の精鋭達といえど、魔獣を相手するにはレベルが違いすぎたためだ。

 

操の見立てでは、少なくとも自分クラス以上でなければ、魔獣の前に立つことすらできないと判断した。

 

つまり彼女が愛する弟では、全く歯が立たない相手だということだ。

 

「でも私がいたら武志は逃げてくれないから、ここにいなくて良かったわ」

 

姉思いの弟は、たとえ敵わないと分かっていても自分を残して逃げることはしないだろう。それが分かっている操は、ここに弟がいない事に胸を撫で下ろす。

 

「ふふ、でも武志ならあの魔獣相手でも、何とかしちゃいそうな気がするわね」

 

普段から無茶ばかりするが、いつも最後には帳尻を合わせてしまう愛する弟のことを思いながらも、操は魔獣の監視を行っていた。

 

「あら、魔獣の頭の上に何か……え?」

 

操の目が捉えたのは、富士の天辺で吼えまくる魔獣の頭上に立っている――愛する弟の姿だった。

 

“ダッ!”

 

その姿を確認した次の瞬間、操は何も考えずに魔獣に向かって走っていた。

 

 

***

 

 

「次はあれに乗ろうよ、亜由美ちゃん!」

 

「うんっ、分かった。煉くん!」

 

若い二人は遊園地で楽しんでいた。

 

 

***

 

 

トゥルルルル…

 

操は富士の頂上に向かい走りながら、着信のあった携帯を半ば無意識のままにとる。

 

「操、現地で見ていて分かっているでしょうけど、魔獣が消えたわ。神凪がその名に懸けて見つけだして殲滅するわよ。あんたは魔獣がどこに行ったかを調べなさい。すぐに風牙衆も向かわせるからね」

 

「綾乃様、承知しましたわ」

 

操は、その電話によって魔獣が消えていることに気付くことが出来た。

 

そのため、冷静さを取り戻した操は、愛する弟の声が聞こえても飛び出さずに聞き耳を立てるだけの余裕を持てた。

 

「さてと、これでもう用事は全て終わったよ。後は誰にもバレないように地元に帰ろうか」

 

「そうだね。さすがに今回のことはバレたらマズイわね」

 

「そうですわね。周辺の被害的な意味でも、大事ですからバレない内に早く退散いたしましょう」

 

「あはは、でもこれで、めでたし、めでたしだ」

 

操の額に青筋が浮かぶ。

 

“何が『めでたし、めでたしだ』よ、私がどれほど心配したかを分かっているのかしら!”

 

操は心配した分だけ、いつもは可愛らしく見える愛する弟の能天気な笑顔が憎らしく思えた。

 

“それにお姉ちゃんにまで内緒にして、その娘達と何をしていたのよ!”

 

仲良さげな三人の姿に、操は普段は感じないジェラシーを感じてしまう。

 

「あらあら、何がバレたら不味いのかしら? 武志、お姉ちゃんに教えてほしいわ」

 

とはいっても、物分かりのいい優しい姉を自認している操は、自分の内に生じた暗い気持ちを振り払い、和かな笑みを浮かべながら武志達の前に進みでる。

 

「み、操姉さん。どうしてここに…?」

 

何故か頰が引き攣っている武志を見て、操は少しだけ胸の奥がスッとしたことを疑問に思ったが、特に気にしないことにした。

 

 

***

 

 

「はい、煉くん。アーン♡」

 

「うん、アーン♡」

 

若い二人は青春を謳歌していた。

 

 

***

 

 

僕は操姉さんに連行された。

 

どうせ僕に付き合わされただけだろうと、沙知と綾は無条件で解放された。いや、それは確かにそうなんだけど、なにか不条理なものを感じてしまう。

 

沙知と綾も異様な迫力を感じさせる操姉さんにビビっていたみたいで、愛想笑いを浮かべながら一目散に帰っていった。いやまあ、二人は操姉さんには前々から頭が上がらない感じだったから仕方ないんだけど、少しぐらい僕を弁護して欲しかった。

 

「そう、赤カブトのパワーアップの為に、お姉ちゃんに内緒で無茶なことをしたのね」

 

操姉さんが泊まっているホテルの部屋で、二人っきりで尋問を受けた僕は素直に全てを白状した。

 

だって、ここで下手に嘘を吐いたら操姉さんの逆鱗に触れることは間違いないと分かっていたからだ。

 

「それで、武志の身体の方は大丈夫なの?」

 

「うん、赤カブトから大地の気を分けてもらって、傷付いた部分の回復は出来たから心配はないよ」

 

今の僕は赤カブトから大地の気を分けてもらう事によって、地術師に近い回復力を発揮できる。

 

そのお陰で赤カブトと魔獣との戦いでボロボロになった身体も癒やすことが出来た。

 

「そう、それなら良かったわ。あまりお姉ちゃんに心配をかけないでね」

 

操姉さんは優しく僕を抱く締めてくれる。

 

「うん、ごめんね。反省はしているよ」

 

「ううん、ダメよ。反省が足らないわ」

 

「そ、そんな事ないよ。海よりも深く、山よりも高く反省をしているよ」

 

「ううん、ダメよ。反省が足らないわ」

 

「いやいや、もう二度とこんな事はしないから、許して下さい!」

 

「ううん、問答無用よ。悪い子にはお仕置きをします。えい」

 

「ギャアアアアアアアアアッ!!!!」

 

操姉さんの可愛い掛け声とは裏腹に、操姉さんのサブミッションによるお仕置きは凄まじい威力だった。でも、武哉兄さんみたいにブン殴られたりはしない分だけマシだと思う。

 

 

***

 

 

「亜由美ちゃん、夕日が綺麗だね」

 

「うん、こんなに綺麗な夕日は初めてだよ」

 

若い二人は、思春期真っ盛りだった。

 

 

***

 

 

「赤カブトの件は宗主達には内緒にしましょう」

 

操は赤カブトのパワーアップを秘密にする事にした。操が宗主達を信用していないわけではないが、秘密は知る者が少ない方がいいとの判断だ。

 

「そうね、教えるのは紅羽とマリアだけにしましょう。武哉兄様には知らせる必要はないわ」

 

紅羽は武志を恩人としてだけではなく、家族としても大事に思っているから信頼できる。

 

マリアの場合は、むしろ武志がいるからこそ人間社会で生活しているわけだから、武志に不利益なことを起こすのは、逆に彼女が許さないだろう。

 

武哉は…まあ、放っておこう。

 

「それで、操姉さんは魔獣が消えたことはどう処理するつもりなの?」

 

武志としては、魔獣の件は完全に放置するつもりだった。魔獣は消えたまま消息不明となり、この件は迷宮入りで終わる事を狙っていた。

 

風牙衆に調査をさせるだろうけど、今や風牙衆は実質的に大神家、つまり武志の配下になっているため、調査結果を握り潰すのは簡単だった。

 

しかし、操に事情がバレてしまった現状で、知らんふりは出来ないだろう。

 

何かしらの決着を付けなければならない。と武志は考えている。

 

「そうね、今回の魔獣は大地の気が集まって生まれた自然の精霊のようなものよね。それならこうしましょう。魔獣は封印されていた影響で、内部の気のバランスが乱れていた。それなのに、復活直後に暴れたから一気にバランスが大きく崩れてしまい、魔獣の形を失い自然に返ってしまった。現場で直接見ていた私はそういう風に感じた。と報告するわ」

 

「うん、ちょっと無理矢理だけど、現実に魔獣は消えたわけだから強引に押し通せそうだね」

 

たとえ石蕗一族が調査しても魔獣が消えたことしか分からないだろう。何故なら封印を解いたのがティアナの魔法のため、その痕跡を見つけることは人間には不可能な為だ。武志達が関わったことが発覚する恐れはなかった。

 

「そうね、風牙衆にも同じ推測を報告させて、マリアにも同様のことを言ってもらえれば説得力が増すわね」

 

「うん、それじゃあ、僕は風牙衆に連絡するよ」

 

「ええ、私は紅羽とマリアに事情を説明するわ」

 

大神姉弟は仲良く謀略を張り巡らすのだった。

 

 

***

 

 

数日後、魔獣の消滅を公式に警視庁特殊資料整理室が認め、神凪への依頼は取り消された。

 

「暴れられんだと!? くそう、代わりの魔獣はいないのか!!」

 

「こんな事なら、操の代わりに現場にいれば現れた瞬間に殲滅できたものを…惜しい事をしたものだ」

 

「もうっ、私の紅炎(プロミネンス)の見せ場だったのに!!」

 

当然のように神凪の脳筋達は、暴れる場を失ったことに対して不満を露わにした。

 

「それでは、石蕗家との交渉を再開しませんか? 気晴らし程度にはなると思いますよ」

 

「「「それだ!!」」」

 

紅羽は、脳筋達の予想通りの反応にほくそ笑む。

 

「ふふ、石蕗の連中にはもう少し痛い目に合ってもらいましょう」

 

 

魔獣は消滅しても石蕗家の受難は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 




操「これで原作3巻もほぼ終わりですね」
紅羽「そうね、無事に私も生き残れたわ」
操「そういえば原作では、紅羽は真っ二つでしたね」
紅羽「ふふ、原作とは違って、この世界は平和でいいわね」
操「そうね、死亡率の低い平和な世界だわ。まるで日常系のお話みたいよね。そう、ほのぼのとした大神家のお話だわ」
紅羽「何気に操が一番、暴力的だけどね」
操「あら、私は優しいお姉ちゃんですよ?」
紅羽「実の兄をよくブン殴っているわよね」
操「いやだわ、可愛い妹がポコポコと逞しい兄に戯れているだけです」
紅羽「ポコポコ…そんな可愛らしいものだったかな? まあ、武哉のことなんかどうでもいいわね」


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