神凪一族の落ちこぼれ
それが、神凪和麻への周囲の評価だった。でも、僕は知っている。彼が炎術以外では天才といえる能力を持っていることを。
炎術のみを至上のものと考える神凪一族にとっては、他の術は全て下術にすぎなかった。そのため、退魔師として最低限の知識を得ることはするが、自分で身につけようと修行をする者など皆無に等しかった。
だが、神凪和麻は違った。彼は死に物狂いであらゆる術を独学で身につけていった。何故なら、彼は神凪宗家として生まれたはずなのに火の精霊の声が全く聞こえなかったからだ。
「独学で他の術を習得できるなんて、和麻兄さんは間違いなく天才ですよ」
「…そんなことはない」
「僕はですね、炎術に頼り切るのではなく、あらゆる局面に対応できる応用力が必要だと思うんですよ。和麻兄さんのように独学で習得できる自信は全くありませんけどね」
「…そんなことはないだろう」
「そんなことあるんですよ!」
「そ、そうか」
本来なら神凪宗家の人間に教えを請うなど無理だったろうけど、一族からハブられ気味の彼だけは別だった。
僕に術を教えて下さい。と頭を下げた当初こそ怪しまれたが、真摯に術を学ぶ僕の姿に徐々にだが、態度を軟化させてくれた。
もしかしたら、炎術を使えない彼は、炎術を使える僕に指導することを拒否するかもと、心配していたが杞憂に終わったようだ。まあ、色々と内心は複雑かもしれないけどね。
「しかし、本当に変わった奴だな、わざわざ俺に術を学ぼうだなんて」
「和麻兄さんほどの適任者はいませんよ。他の一族の人達は、みんな脳筋ばかりで役に立ちませんからね」
「そ、そうか。だが、そんな風に言って大丈夫なのか?」
「脳筋に脳筋といっても文句なんか出ませんよ。だいたい僕の師匠である叔父上が脳筋の筆頭ですからね!」
えっへんと胸を張る僕に彼は…和麻兄さんは呆れたようにため息をつく。
「まあ、あまり過激な事を言って、敵を作りすぎるなよ」
「何を言っているんですか、僕は大神家の人間ですよ。僕に擦り寄る奴はいても敵対する奴はいませんよ」
何といっても大神家は分家の中では、最も有力な家の一つだから表立って僕に敵対をする奴はいない。
「それに、多少過激な方が神凪一族では歓迎されますからね」
「そう、だったな」
これは事実だった。神凪一族が司る火の精霊は、穏やかな人間よりも苛烈な人間を好むため、力を持つ者は自然と過激な者が多くなる。このため、神凪宗家の和麻兄さんを虐めるという、分家の人間にあるまじき暴挙にでる馬鹿達がいても問題にされなかった。
「考えてみたら変な一族ですよね。脳筋の方が好まれるって、僕みたいに知性派で、物静かな人間には暮らしにくいですよ」
「はあっ!?そ、そうか、そうだな。自分の性格は自分では分からないっていうもんな。うん、そうだったな。うんうん」
「…和麻兄さんも変ですね」
突然、訳のわからないことを言い出す和麻兄さん、もしかしたら虐めのストレスが残っているのかもしれないな。
「和麻兄さん。もう一度、虐めをした奴らをボコって、鬱憤ばらしをしますか?」
「いやっ!もう俺は十分だからっ!もうあいつらを恨んじゃいないから!お前は何もしないでやってくれっ!」
「和麻兄さんって、本当に優しいですね」
和麻兄さんの優しすぎる性格が、火の精霊の声が聞こえない理由なのかもしれないな。
「…火の精霊の制御を奪ったアイツらを、俺に半殺しにさせて喜んでたお前も相当な脳筋だと思うんだけどな」
和麻兄さんが、何か疲れたように呟いていたが僕には聞こえなかった。
「やっぱり、ボコりますか?」
「止めてくれっ!」
和麻兄さんのトラウマが軽減されたかな?