精霊の制御量の増加
それは、神凪一族にとっては不可能とされていたことだった。
だが、僕はその不可能を打ち破ったのだ!
「制御量を増やすには、まず心を落ち着かせて精霊をゆっくりと自分の中に導いていきます。限界まで精霊を集めましたら、その限界の状態を維持し続けることを根気よく、毎日続けるんです。そうすることで、少しずつ制御量が増えていきます」
地味だった。
修行方法を聞いてみれば、何のことはない、体力を増強するのと同じような方法だった。
「でも、神凪一族では出ない発想かもね」
何しろ火の精霊は苛烈さを好む。修行中は精神を高揚させることが基本になり、そして火という圧倒的なエネルギーを内包した力を、瞬間的に爆発させることを極意とするのだ。
例えるなら、短距離ランナーのように瞬発力を重視する選手が、その瞬発力を鍛えようとトレーニング方法を考えてるときに、長距離走に必要なスタミナを鍛えるトレーニング方法が頭に浮かばないようなものだ。
自分で言ってても、よく分からない例えだな。
「とにかく、地味な訓練は得意だから問題ないよ」
「はい。武志さんでしたらきっと、神凪宗家にも匹敵するほどの制御量を持てますわ」
「うんうん。武志みたいに偏執的に修行をすれば、あっという間に制御量も増えちゃうよ」
僕の評価が高いのか、それとも低いのか、判断に迷う言葉を2人からもらえた。
それからは、毎日修行を続けているお陰で、少しずつ制御量が増えてる実感があった。とはいっても、愛する姉さんの制御量には、まだまだ追いつけていないけどね。
「武志に相談があるんだ」
ある日の放課後、僕は和麻兄さんに相談を持ちかけられた。
「お金なら200円までなら用意できるよ」
「小学二年に金の無心をするわけねえだろ。ていうか、200円って少なくねえか?」
「女の子の為なら父上を脅してでも1億ぐらい用意するけど、男なら自分で何とかしてほしいもん」
「もんって…はぁ、口調は可愛いかもしれねえけど、言ってることは可愛くねえな」
「男らしいよね」
「確かに、ある意味男らしいな」
僕たちはニヤリと笑いあうと、修行に戻ることにした。
「修行に戻るなよっ!?俺の相談が終わってないだろっ!」
「あれ、オチがついたと思ったのに、まだこのパートが続くの?」
「不思議な顔をすんじゃねぇよ!パートって何のことだ!?」
「はぁ、仕方ないなぁ、それで相談って何なの?」
「なんだか俺の扱いが雑なんだか…まあいい、相談っていうのはな…」
和麻兄さんの相談は、意外と重いものだった。
「俺は炎術師を諦めようと思っているんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「え、いや、お前、反応が軽すぎないか!?」
「だって、和麻兄さんは他の才能はともかく、炎術師の才能って皆無だから、遅かれ早かれ炎術師を諦めるしかないじゃん」
「いや、まあ、そうなんだけど、もうちょっとなんというか、雰囲気を大事にしたいというか、重大な決断をした俺への気配りを求めたいというか」
「そういうのは綾が得意だから呼んで来ようか?僕が頭を下げて頼めば、和麻兄さん相手でも迫真の演技で対応してくれるよ」
「絶対に断わる!」
僕の好意は、和麻兄さんに通じなかったみたいだ。まあ、綾は和麻兄さんを毛嫌いしてるから仕方ないかな。
「それなら沙知に頼んでもいいよ。沙知は演技は下手だけど、僕が土下座して頼めば、和麻兄さん相手でも歯を食いしばって我慢しながら対応してくれると思うよ」
「俺の為に土下座までしようというお前の気持ちは、本来は感激するべき処だと思うが、何故か悪意しか感じない俺は可笑しいのかな」
またもや僕の好意は、和麻兄さんに通じなかったみたいだ。まあ、沙知は和麻兄さんを蛇蝎のように忌み嫌っているから仕方ないかな。
「というか、俺を嫌っている奴を呼び出そうとしないでくれっ!」
「それなんだけど、風牙衆が神凪一族を嫌うのは分かるんだけど、和麻兄さんがあの2人に嫌われる理由がよく分からないんだよね」
「そ、それは…」
神凪一族が、風牙衆を冷遇して道具のように扱っているせいで、風牙衆の神凪一族への感情は最悪だけど、僕の力が届く小学校では、神凪一族の子供達は、風牙衆の子供達に手を出すことはない。
「和麻兄さんは中学生だし、そもそも接点がなかったよね」
「あ、ああ…そうだな」
和麻兄さんが風牙衆に対して何かするとも思えないけど、前に彼女達に聞いたときはニッコリ笑うだけで答えてくれなかった。
「もしかして和麻兄さん…」
「な、なんだよ」
「彼女達を欲情の目で見たりしてる?」
「小学二年相手に欲情するかっ!」
「和麻兄さんの性癖は、詳しく知らないからなぁ」
「お前も小学二年だろっ!?性癖って言葉が何故に普通に出てくるんだっ!?」
「あはは、和麻兄さんは面白いなぁ」
「うぅ…俺はもう、疲れたよ」
「それで、和麻兄さんは彼女達に何を言ったんだい?」
「た、武志…」
「彼女達は最初から和麻兄さんを嫌っていたわけじゃなかったよね。僕が気付いたのは3ヶ月ぐらい前だよ」
「そうか、武志は気付いていたのか」
「当然だよ。彼女達は僕の大切な友達だからね。様子が変になれば直ぐに気付くよ」
僕の言葉に、和麻兄さんは覚悟を決めた顔になった。
「実は彼女達に…」
「彼女達に」
「武志が…」
「僕が?」
「実の姉と結婚しようと考えている重度のシスコンだと口を滑らせてしまったんだ」
「それで?」
「へっ?」
「いや、だからそれで?」
「えっと…それだけ、だよ」
「和麻兄さん、僕は彼女達が兄さんを嫌っている理由を聞いているんだよ?」
「そ、そうだな」
「それで、僕の姉さんに対する純粋な想いが何の関係があるんだよ?」
「な、なんだと…こいつ、本物だ…」
結局、彼女達が和麻兄さんを嫌っている本当の理由は教えてもらえなかった。
「武志さんがシスコンなどと汚名を着せようとするとは…あの男は処分対象ですね」
「武志は、あたし達全員を自分の嫁にしようと画策してるんだから、その邪魔になりそうな口の軽い屑は抹殺しなきゃ!」
まあ、僕にとっては彼女達も和麻兄さんも大切な存在に変わりないし、気にしないようにするかな。
あれ、和麻兄さんの相談はどうなったんだろう?