俺たちは仮想の世界で本物を見つける   作:暁英琉

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この人を守りたい

 マチが寝静まったのを確認してそっと身体を起こす。レベル6に上がった時に取った【隠蔽】スキルを使って気付かれないように宿を抜け出した。毎晩使っているせいなのか、ひょっとしたら現実世界での要素もこのゲームでは影響するのか、やけにこのスキルの伸びがいい。ステルスヒッキーがまさかゲームで再現できるなんて……いや、普通は逆な気がするけれど。

 デスゲームが始まってから、俺はあまり眠れていない。いや、眠ることが怖かった。これはきっと死の恐怖だ。小町と一色、二人を絶対に現実に返すと誓った。けれど、人の命を預かるなんてことが俺に、俺なんかにできるだろうか。瞼を閉じると二人がポリゴンとなって砕け散る姿が映ってしまいそうで、毎晩疲れ果てるまで一人で狩りを続けていた。

 拠点にしている村を駆け抜けて、高効率の狩り場に向かう。『アーマーハウンド』は非常に戦いやすい。どんなに速くても、律儀に皮防具の繋ぎ目に使われた金属部分を狙ってくるのだから、そこを迎え撃てばいい。

 ポップした三体の内、一体が地を強く蹴って即座に距離を詰めてこようとする。避ける必要は――ない。飛びかかってくる奴の軌道に合わせるように持っていたメイスを力任せに振りきった。

 

 

 ――ガッ!

 

 

 インパクトの瞬間押し返されそうになったが、俺の攻撃を脳天に食らったハウンドは「キャインッ」といかにも犬っころのような情けない声を上げて吹き飛んだ。レベル9まで上がっている俺なら、ソードスキルを使わなくてもかなりのダメージを与えられるようになっていて、起きあがったハウンドのHPゲージはイエローゾーンに差し掛かろうとしていた。

 本当に戦いやすい。とりあえず顔面を殴ってくる脳筋の不良みたいなものだ。獲物もあるし、四人の不良を病院送りにしたあの時に比べれば――

 

「うぐっ!?」

 

 キィンッと突如訪れた耳鳴りに視界が眩む。歪んだ視界が結ぶのはあの二人の、あの表情。落胆したような、拒絶するような……そんな顔。

 やめろよ、雪ノ下。そんな目で俺を見るなよ、由比ヶ浜。そんな表情にさせたかったわけじゃないんだ……俺は、俺は……。

 

「ガウッ!」

 

「っ……チッ!」

 

 鋭い吠声に意識を引き戻された。目の焦点が合うと大口を開けたハウンドがすぐ目の前まで迫っていて、咄嗟にメイスを盾にしてガードする。武器と生き物が衝突エフェクトを散らして、受けきれなかった衝撃が肌を引きつらせた。衝撃の余波で微量ではあるが、HPゲージが削れた。

 

「シッ!」

 

 ガードに使ったメイスを素早く持ちかえて、攻撃モーションを終えて地に足をつけようとしていたハウンドの腹に叩きこんだ。現実と違って利き腕でなくても同程度の威力が出るので、さっきと同じくらいHPゲージが削れた。勢いで吹き飛ぶ敵を追いかけるように前方へ飛び出す。

 

「おらっ!」

 

 群れのど真ん中に入ったタイミングで範囲技である『パワー・ストライク』を叩きこんだ。通常攻撃の数倍の威力を持つソードスキルによりアーマーハウンドは三体同時にHPを削りきられ、ポリゴンとなって砕け散った。

 リザルト画面を一瞥して全体を見渡すと、少し先にまたモンスターがポップした。メイスを構え直して神経を研ぎ澄ませ、AGI全開で駆けだす。ステータス補正で現実の何倍も速く動く身体が仮想の風を切るのを感じながら、余計な思考が削がれて何も考えずに眠れるようになるまで、俺は今日も戦い続けた。

 

 

     ***

 

 

 震える指を慎重に操作して、出ているウインドウをタッチする。確認のYES・NOウインドウを三回ほど確認してからそっとYESを押すと、チャリンという軽快なサウンドと共に購入が完了した。インベントリを開くと、ちゃんと目当てのものが表示されていてほっと息をつく。

 

「買っちゃった……」

 

 ああぁぁぁああ、もう口元が緩んじゃって仕方がないです。ついに、ついに買っちゃいました。

 インベントリには『アイアンシールド』が表示されている。今付けている胸当ての実に二倍の値段。コツコツお金を貯めてようやく目標金額に達して購入に踏み切ったのだ。本当はもっと早くに貯まるはずだったし、たぶんせんぱい達に頼めばアニールブレードの売却代とかを出してくれたと思うけれど、あんまり頼るのも申し訳ないし、インナーや普段着の購入とかで出費がかさんでしまった。SAOでは汗もかかないからこういう着替えが必要ないのも理解はしているけれど……うん、やっぱりゲームでも何日も着替えないなんて精神的にムリ。

 というか、お風呂にも一週間以上入ってないんだよな~。考えるんじゃなかった……身体中ぞわぞわしてきちゃう。

 コホン……その話は忘れるとして、私はタンク? として必須である“盾”を買いに来たのだ。ちなみに今は早朝で、私は一人。SAOの目覚ましって自分にしか聞こえないし、聞こえたら確実に意識が覚醒するからすごい。そこから二度寝もできるけれど、基本的に寝過ごしがないのだ。この目覚ましが現実にあったら遅刻なくなりそう。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 それにしても、まさかこんないかにも男の子なアイテムを手に入れてニヤニヤしてしまう日が来てしまうとは……。昨日買ったピンクのフードのおかげで周りからは女の子って分からないと思うけれど……いや、それだと逆に不審者度上がっているかもしれないですね。なにそれ超辛くないですか!?

 デスゲームが始まって一週間以上経った今、プレイヤーの中に少し余裕が出てきたのか、ナンパみたいなことをする人もチラホラ出てきた。今のアインクラッドはほとんどが男の人だし、癒しとか紅一点とかそういうのが欲しいんだろうけれど、現実が見れていないなって思っちゃう。一昨日いやらしい目つきで私とマチちゃんをクエストに誘ってきた二人組とか、そんな覚悟で前線に来て大丈夫なのだろうか。

 私はせんぱいの傍にいるために前線に来ているのだ。せんぱい以外の男の人とパーティを組むつもりなんて微塵もない。今まで私がりよ……仲良くしてきた男の子達と似たような眼をした人とパーティを組むところを想像しただけで、酷い吐き気が沸き上がってきてしまい、二人して次の日に道具屋に駆けこんだ。マチちゃんはオレンジのフードを被っている。

 早速盾を装備して戦ってみたいけれど、もうちょっとこの独占的な気分に浸っていたい。しばらくは一人でこっそり練習しようかな? レベル12に上がって【盾装備】スキルを取らないと本領発揮はできないってアルゴさんも言っていたし……ぐぬぬ、ここにきて【料理】スキルの圧迫が……。

 

「あ、いっけない!」

 

 時間を確認すると、宿を抜け出してからだいぶ時間が経っていた。そろそろ皆起き出してくるだろうから、早く戻って朝食の準備をしないと!

 

 

 

「この村で受注できるクエストはこれが最後だナ。まア、もう先行組が何度もやっているけれド、報酬の回復ポーションはあるに越したことないからナ。確認がてら行くとしよウ」

 

 アルゴさんの指示に従って私たちもクエストを受注する。最初はプログラムで動くキャラクターに話しかけるのに違和感というか照れくささがあったけれど、最近では手慣れたものだ。慣れって怖い。

 今回のクエストは特定モンスターを目標数倒すというシンプルなもので、出現ポイントもここ数日何度も行ったところだ。特に出現モンスターの変更点も、レアモンスター出現情報もないみたいだから、あくまでクエスト報酬と確認のためみたい。

 

「さっ、行きましょ! ……せんぱい?」

 

 せんぱいの手でも引っ張ってみようかなと思って振る返って見たその表情は、どこか上の空だった。目の前で手を振っても実際に手を繋いでみても無反応。むむぅ、むむむむぅ……。

 

「んぉっ? ……何やってんの?」

 

「いや、せんぱいが全然反応しないのが悪いんじゃないですか……」

 

 背伸びをしてせんぱいの頬をぐにぃと引っ張ると、ようやく反応してくれた。ぷくっと頬を膨らませて抗議すると、せんぱいは微妙な顔をしながら「ちょっと考え事してたんだよ」と先に行ってしまった。

 マチちゃんやアルゴさんと話をしながら歩くせんぱいの後姿はやっぱりいつもと違う気がする。どこか足元がおぼついていないし……。

 

「どうしたイロハ? 早く行くぞ」

 

「あっ、待ってくださいよ~!」

 

 考えることを中断して、私はせんぱい達を追いかけた。

 

 

     ***

 

 

「フッ!」

 

 せんぱいの一振りでモンスターが光の粒になって砕け散る。それを確認すると飛びかかってきた別のモンスターのお腹にメイスの先をめり込ませる。体勢を立て直した敵が行ってきた突進攻撃をかわして、その背中に向かってソードスキルを叩きこんだ。HPがゼロになったモンスターはあっけなくポリゴン片になってしまった。

「すごいナ……とてもVRゲームを始めて一週間と少しとは思えない動きダ」

 私の隣に来ていたアルゴさんもフードの奥から驚愕の瞳を向けていた。おそらく私たちの中で飛び抜けてレベルが高いと思うせんぱいは、けれどもあくまでVRゲーム初心者。それなのに、せんぱいは元βテスターで情報屋のアルゴさんすら唸らせる適応能力を発揮しているのだ。

 

「そういえば、せんぱいってリアルだと結構喧嘩強いみたいですよ? そのせいですかね?」

 

「いヤ、SAOのアクションはどうしてもステータスに流されるかラ、現実の能力はあまり関係ないと言われているガ……。もしハチの強さになにか要因があるとすれバ……環境への適応能力の高さカ?」

 

 たしかにSAOのアバターは、ステータスのせいもあって現実よりも動かないこともあれば、現実以上に動いて驚くことも多い。大抵のことはそつなくこなすせんぱいのことだ、そういった現実とのギャップにも即座に対応したのかもしれない。

 それに、皮肉なことに今のせんぱいは周りのことに執着がない。最優先はあくまで私と小町ちゃんで、自分のことですら客観的に見ている節があった。そんなせんぱいだから、デスゲームを認識したことからくるはずの恐怖に足がすくまなかったのかも知れないし、そのせんぱいについてきた私たちもパニックにならずに済んだのかもしれない。

 

「二人ともー! こっち手伝ってくださいー!」

 

 どうやら話しているうちにマチちゃんの方にモンスターが集まっていたようだ。「今行くゾー」とアルゴさんが地を蹴ったのを見て、そっちは彼女に任せてせんぱいの様子を再度確認する。三体の敵を相手していたせんぱいはその一体を危なげなくポリゴンに変えて――

 

「……ぇ?」

 

 ガクンと膝をついた。

 ぞわっとした寒気が身体全体を駆け廻って、気がつくと彼の元に走り出していた。だって、特にダメージを受けている様子もない。パーティメンバーのHP表示でもHachiのHPはほとんど減っていない。それが逆に、私の不安を何倍にも膨れ上がらせた。

 相手をしていた二体のモンスターは膝をついたせんぱいも、駆けよる私のことも待ってくれない。プログラムに従って機械的にせんぱいに襲いかかる。私の敏捷値の速度では……追いつけない。

 

「せんぱい!」

 

 私はただ声を上げることしかできなかった。

 

「っ……!」

 

 けれど、まるで私の声に応えるようにせんぱいはメイスを構える。ソードスキルの眩い光が武器から放たれて、システムアシストで振るわれた範囲攻撃によって二体の敵は四散した。

 

「せんぱいっ、大丈夫……ですか?」

 

「ああ、すまん。ちょっと足を取られてな」

 

 嘘だ、すぐに分かった。足を取られた倒れ方じゃなかったし、当然ダメージを受けたわけでも状態異常を受けたわけでもない。そんな事は分かっていた。分かっていたけれど……。

 

「……そうですか、気をつけてくださいよ~」

 

 私は、何も言うことができなかった。

 

 

 

 部屋の窓辺に腰掛けてオブジェクト化した盾を眺めながら、声を発することもなくひたすら考えを巡らせる。考えるのは、もちろんせんぱいのことだ。

 今のせんぱいは明らかにオーバーワークをしている。SAOでは事実上睡眠は必要ないらしいけれど、あまりに睡眠を取らないと頭痛や眩暈、酷い時には意識が途切れたりするらしい。きっと今のせんぱいがまさにそれだ。リアルだろうがデスゲームだろうが、せんぱいに無理はしてほしくない。

 けれど、せんぱいのその無理は私たちのためにやってくれているもので、その姿にどう声をかければいいのかわからなかった。

 

「どうすれば……いいのかな……」

 

 思わず漏れた声は、システムに従って部屋の外には漏れない。アルゴさんが出かけていてよかった。ここまで私たちにいろいろ教えてくれたあの人に、いらぬ心配をさせるべきじゃない。

 一人でじっと考えても、答えは出ない。せんぱい達と手に入れたアニールブレードも、まだ一度も実践に使っていないアイアンシールドも教えてはくれない。当然だよね、武器がしゃべるわけないもん。

 

「だめだ、わかんないよ」

 

 大きくため息をついて窓の外を眺める。アインクラッドの夜空は星が多い。千葉ではこんな夜空はなかなか見れないなと眺めても、やっぱりそこにせんぱいの影がちらついて……。

 

「ん……?」

 

 だからだろうか、宿にしている民家の入口がゆっくり開いたことに気がついたのは。開いた扉から出ていく人は……いない? アルゴさんが帰って来たのかと思ったけれど、部屋に入ってくる様子もなかった。

 

「風で開くなんて現実的なことないはずだし……」

 

 そこまで口に出して思い至る。そういえば、スキルに【隠密】っていうのがあったはずだ。プレイヤーやモンスターから発見されないようにするスキル。もしせんぱいがそれを取っていたとしたら……昼間ですら今にも倒れそうだったのに……。

 

「……バカ!」

 

 片手剣を腰の鞘に納めて盾をインベントリに戻しながら、私は部屋を飛び出した。

 あまり振っていない敏捷補正でまっすぐに村を抜ける。この時間にせんぱいが一人で宿を抜け出す理由なんて一つだ。向かうのはこの周辺で一番経験値効率のいい、あの丘。

 やっぱり……。

 丘の上で、あの日と同じようにせんぱいは戦っていた。飛びかかってくる敵を筋力補正の限り殴り飛ばして、同時に襲いかかられたら範囲攻撃のソードスキルで粉砕。倒しきれなくてもスタン効果で固まった敵に追撃をしかける。戦略も何もない、たぶんせんぱいだからできるごり押し。圧倒的力量差だからこその作業だ。

 

「チッ……!」

 

 けれど、せんぱいの表情に余裕は全くない。常に歯を強く食いしばっていて、目つきは鋭く険しい。戦うことだけ考えているのか、すぐに動き出す。せんぱいの駆けだした先、まるで見計らったかのように数体の敵がポップした。その群れに向かって一分の動揺もなく距離を詰めようと足に力を込めたせんぱいは――まるで糸が切れたように倒れ込んだ。

 倒れたせんぱいは……動かない。正確には動こうともがいているけれど、全然身体が言うことを聞いてくれないようだ。けれど、モンスターは、プログラムはそんなことじゃ待ってくれはしない。せんぱいに気付いた『アーマーハウンド』達は今にも飛びかかろうと距離を詰めてきていた。

 このままじゃ……このままじゃ、せんぱいが……せんぱいが――!

 

「っ……!」

 

 気がつくと、私は思いっきり地を蹴っていた。低い敏捷値の限り速度を上げながら、ウインドウを見ずに操作する。

 どうすればいいか分からないなんて嘘だ。デスゲームが始まってからずっと、本当は怖くて怖くて仕方がなかった私は自分に嘘をついて、誤魔化そうとしていた。答えなんて最初から出ていたのに。

 左手に装備状態でオブジェクト化された盾を一瞥して、先輩とモンスター達の間に割って入る。飛びかかってくるハウンドの軌道上に盾を合わせ、足を開いて衝撃に備える。

 ――ッッ!

 

「くっ……」

 

 重たい……。盾に敵がぶつかってきた衝撃がビリビリと全身を伝わって、HPゲージが少し削れてしまう。やっぱり【盾装備】スキルがないと辛いな。早くレベル12にならないと……。

 

「ハアッ!」

 

 敵の攻撃を受けきって片手剣範囲技『ホリゾンタル』を放つ。せんぱいほどの筋力値を持たない私では一撃で倒すことはできず、モンスター達が再び襲いかかってくるけれど、その攻撃の全てを盾で防ぎきった。

 

「ここはっ、通さない!」

 

 再び放った『ホリゾンタル』によって、今度こそアーマーハウンド達はポリゴンになって消えた。そこでようやく息をつく。今回はなんとかなったけれど、こんな相手をソロで何時間もなんて私には無理だ。

 

「いっ……しき……?」

 

 それをこの人は、毎晩やっているのだと思うと、ばかだなぁと苦笑しそうになるし、少し悲しくもなる。私を見上げてくるその目は酷く弱々しくて、何かから必死に逃げようとしているようだった。

 私はこの強くて弱い人を守りたい、支えたい。この人のしがらみにはなりたくない。せんぱいと対等でありたい。

 

「全く、せんぱいはいっつも無茶ばっかりするんですから。これは私がちゃんと守ってあげないといけませんね!」

 

 私がここにいる意味は最初から変わらない。

 私は、せんぱいを守るためにここに立っているんだ。

 

 

     ***

 

 

 今いるのは宿に使っている民家の一階。この時間はおばちゃんNPCも自室に引っ込んでいて暖炉の火がゆらゆらと燃えているだけだ。本当は狩りを続けようとしたのだが、イロハが鬼のような剣幕で止めてきたので渋々帰ってきた。

 

「…………」

 

 暖炉の前で並んで座っているが、イロハは終始無言だ。その瞳は不規則に揺れる炎をじいっと見つめていて、どう声をかければいいのか分からない。

 

「あのなイロ……」

 

「私、怒ってるんですから」

 

 無言に耐えきれず発した声は、彼女の強い声色に掻き消されてしまい、思わず口をつぐむ。

 

「せんぱいが誰に対しても信頼も期待もしないのは分かっています。それはせんぱいの決めた道だから、私にそれを止める権利はないし、否定するつもりもありません」

 

 けど、と彼女は顔を向ける。その表情は酷く悲しげで、今にも泣きだしそうだった。

 

「それはせんぱいに無理してほしいわけじゃないんです! 私や小町ちゃんのために無理されたって……そんなの、全然嬉しくない。先輩が倒れた時、心臓が張り裂けそうだったんですから……」

 

「…………」

 

 何が正解なんて分からない。現実の選択肢なんてどれが最適解かなんて誰も知らないのだから。

 それでも、きっと俺はまた間違えたのだろう。守ろうとした彼女にこんな顔をさせてしまっているのだから。間違いも間違い、大間違いだ。

 けれど……。

 

「俺には……まだ俺には二人を守るだけの力が、自信がないんだ……」

 

 ぽつり、ぽつりと口から言葉が漏れだす。夢のこと、そのせいで眠れないこと、だから少しでも紛らわすために、自信をつけるために一人で戦っていたこと。堰を切ったように止まらない言葉を、彼女は静かに聞いてくれていた。

 

「だから、だから俺は少しでも強くならないと……っ!?」

 

 突然腕を引っ張られて体勢を崩してしまう。後頭部が柔らかいものの上に不時着するが、同時に目を手らしきものに覆われてしまった。前後から感じる仮想の温かさが、乱れていた心をゆっくりと落ち着かせてくる。

 

「さっきも言ったじゃないですか、『せんぱいは、私が守りますよ』」

 

 守る、守られる。相互守護とはなんて無責任で、確証がなくて、温かい言葉だろうか。今の俺は彼女の言葉に答える返事は用意できない。けれどいつか用意できれば、その言葉を受け止められれば、そう……少しだけ思えた気がした。

 

「くぁ……」

 

「ふふ、眠くなっちゃいました? いいですよ、ゆっくり休んでください」

 

 不意に訪れた眠気とイロハの声に身をゆだねる。今は彼女に何も返せない。ならばせめて、少しでも彼女の不安をなくすように努めよう。すぐには無理だけれど、少しずつ、少しずつでいいから、無理をなくしていこう。

 

「おやすみなさい、せんぱい」

 

 その日は不思議と、あの夢を見ることはなかった。

 




このシリーズではお久しぶりです。

他シリーズとか短編とかを書いていたら3ヶ月が経過していました。ヒエェ……。
というわけで久々の俺ガイル×SAOクロスの更新だったのですが、今回は一色メインのお話でした。

クエスト名とか考えるのめんどかったからちょっと手抜きしちゃったり……まあ、今回はそんなにクエストとか重要じゃないし問題ないよね!

クロスオーバーはなかなか精神力使います。毎回毎回俺ガイルとSAOの原作とにらめっこです。だからペース遅いのは許してくださいお願いしますなんでも(ry

というわけで、おそらくこれが今年最後の投稿です。来年ものんびりマイペースに頑張っていこうと思うのでよろしければ読んでいってください。ではでは~。

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