守りたいんだ 作:未完
奴が私に気づいてゆっくりと寄ってくる。そのおぼつかない足取りとは比較にならない速度で私は相手に踏み込んで、その勢いを乗せたシャベルを振るった。狙うのは奴の首もと。ガキンと金属部が硬い所に当たる。首を飛ばすことはできなかったが、奴の一切の動きは止まった。これでいったいどれくらい倒したのだろうか。あれから今まででかなりの数始末したようで、大分服が返り血で汚れてしまった。血液による感染がないのは自分で確認済みなので、見た目の汚さを気にしなければ問題はないがさすがに着替えが欲しくなる。そんなことを考えながら亡骸を掴み、引きずってある教室へ向った。その教室の黒い染みのついたドアを私は開く。鼻をねじ曲げるような悪臭が漂ってくる。今この教室はいわゆる死体安置所として使われていた。土葬をするにも地上には降りれないし、火葬も当然焼却炉が外にあるので、当然できなかった。わたしはその教室に掴んでいた肢体を置いた。そのとき、おろした振動でその破けてボロボロなスカートのポケットから、何かが出てきた。私は何の気なしにそれを見た。それは、携帯電話、スマホではないピンク色のガラケーだった。今時珍しいな。そして、そこには女子高生らしく、プリクラが貼られていた。きっと彼氏と一緒にでも撮ったのだろうか、満面の笑みでそこには写っていた。
笑顔。
その言葉が頭のなかに響いた途端に私は教室から急いで出て、勢い良くドアを閉めた。
ちがう、あれはもう違うんだ…自分に言い聞かせるようそう唱えた。わかっていても割り切れないんだ。
「ワイヤー届けに行くか…」
胸が何かに突き上げられるような不快感が体を覆う。きっとこれは私の罪であり罰なのかもしれない。それでも今、私が潰れるわけにはいかなかった。
「そこ交互に、後その椅子はこっち側な。」
俺が出した指示に従い、先生と若狭と丈槍の三人が椅子と机を積み重ねていく。対する俺はさっきから指示をだしているだけだった。思わず何度目かのため息をつく。折れた腕で物を持ち上げることは出来ない。再び自分の役の立たなさに嫌気がさす。
「神崎先輩、気を落とさないで。くるみを助けるために怪我をしたって聞きましたよ。だったら仕方ないですよ。」
そんな俺を見かねてか若狭が声をかけてくれた。あれはまあ助けたとは言えた物じゃないが。そうか…仕方ない、か。
「そうですよ。それに元気にしてないと怪我、早くなおりませんよ。」
そういって若狭は微笑んだ。その朗らかな笑顔に、何というか、若狭は頼りがいのあるお母さんって感じだな、なんて結構どうでも良いことを思った。
「ゆきちゃん、その椅子持ってきて。」
「うん、わかった。りーさんここ置けばいい?」
名前で呼び会う2人の。どうやら女子達は仲良くなれたようだった。しかし、依然として丈槍の顔にはどこか暗さがあった。あれだけのことが有ったのだから仕方がない。それでも辛くても丈槍は懸命に作業をしてくれている。
「おーい、ワイヤー持ってきたぞ。」
もう一人の女子である、胡桃がワイヤーを持ってきた。彼女の制服にはいくらかの返り血が付いていた。最初の時はあまり無理をするな、と嗜めようとしたのだが一向に彼女は勢いを止めることはなかった。死体安置所の様子を見る限りかなりの数の奴らを始末している。そのおかげで予定より早く生活圏の確保が進んだので、それは悪いことではないのだが、それでもやっぱり胡桃一人に負担がかかるのは気がかりだった。
「胡桃お疲れ、…これ有刺鉄線じゃねえか。」
このワイヤーは机のバリケードを固定するためのものだ。しかし、胡桃が持っていたのはワイヤーではなかった。もっとデンジャーなもの、いわゆる泥棒避けとして塀とかに張られる奴。
「これ技術室にあったのか?」
「そうだけど、もしかして、これじゃなかったか?」
いや、いいんだけどさ。何でこんなのが学校に…
もとからこの学校は結構普通の学校とは離れているのだが。
「良いんじゃないかしら、普通のワイヤーより防げるわ。」
佐倉先生がそう言った。その意見はもっともだった。これでバリケードを強化することにしよう。
「皆、針で怪我しないようにな。前で交差させるように巻いてくれ。」
皆に指示を出す。今はこれくらいしか出来ない。が、もうその事について鬱になるのはやめよう。怪我を治すまでの辛抱だ。そう思い直し皆の作業の様子を眺めることに集中する。
(ん?)
途中で視線がある一人に止まった。それは今ここにいる人員の中一番頑張っているであろう彼女、胡桃だった。
「胡桃大丈夫か。顔色悪いぞ。」
さっきは気付かなかったが、(やはり慣れたとはいっても制服に気が取られてたのかもしれない)気分が悪そうに見えた。やっぱり負担が重すぎなのか。
「え、あ、うん大丈夫…」
「いや少し休んでくれ。」
私は大丈夫だと反発してきたが言いくるめて休ませることにした。ちょっとの休憩で解決できることでは無いのだが、それでも休んで欲しかった。…矛盾してるな。
先輩に休めと言われた私は屋上に来た。灰色の床についた黒い染みを手でなぞった。これはいつか雨にでも流されて消えてしまうのだろうか。私はその染みを一通りなぞる、忘れないように。時間的にはよくわからない間私は屈んでいたが、ふいに立ち上がってフェンスに肘をついて寄りかかった。そして、広いグラウンドを見渡す。そこには当然ながら人はいない。奴等は風で転がるボールの音につられて、のそりのそり歩き回っている。この光景にも慣れてしまった。まだ、あれからほんの数日しか経ってっていないのに異常が日常になってきている。
もしかして、ずっとこのままここで過ごして死ぬのかな、なんて考えが頭をよぎった。それとも、いつか奴等に食われるのかな、どうせ死ぬならいっそ今…
だめだ、逃げちゃダメなんだ。私が背負わないといけない。そして、もう私以外には背負わせない。足下に転がっていた小さいコンクリート片を拾い上げて、グラウンドに向けて思いっきり投げた。投げた小石はグラウンドに吸い込まれるように消えていった。そ
して石が消えていったあたりの奴らが石の落ちた音に誘われのそりと動き出す。そこに意識はない。そう、あれは人じゃない、ないんだ。
けれど、だからといって目を背けてはいけない。皆を守ることも、そして私の罪も。
私にはその責任があるのだから。
「恵比寿沢さん、もう大丈夫?」
「くるみちゃん、ご飯だって。」
由紀とめぐねぇが私に声をかけてきた。腕時計を見ると、時刻はお昼を少し過ぎていた。休憩を結構長くとってしまったようだ。
「わかった、今行く。」
フェンスから離れ出入り口に向かって歩き出す。その途中で少しだけあれに向かって振り返り、そして、すぐに前を向き直した。