スリザリン生の優雅な生活   作:モンコ

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長いです。


番外編

愛やら恋やらは嫌いだ。

 

そのいかにも素晴らしいという風にみんなが語る恐ろしい病は、確実にさまざまの人の心を蝕んでいく。

臆病になり、疑い深くなり、怒りやすくなり、人格は狂い、まったくの別人になってしまう。

 

最も恐ろしいのは、それがいかに恐ろしいかをみんなが軽視していることだ。

 

若いうちにはよくあること?

なんだそれは。

だから早く治療が必要なんだ。

かといってその治療法も治療薬もない。

だがらこそ、もう少し慎重になってもいいのに、とは思う。

 

恋も愛も結局は欲から来ている。

性欲、保護欲、独占欲、支配欲、所有欲、

そんな汚い快感と優越感の入り混じった欲からなる恋愛感情が、美しいものであるはずはない。

 

聞いたところによれば、そんな汚いくだらない恐ろしい病に侵されたまま一生を終える人間もいるとか。

可哀想に。

別に同情してやる義理もないが、あたしはいつもそう思ってしまう。

 

あぁ怖い。

春夏秋冬、この世は汚いものばかりだ。

どろどろに汚れきった世の中で、誰もが下心丸出しで生きている。

そんな目でこちらを見るな。

別に何もやらんし貰わんぞ。

 

真に美しいのは友情だ。

何も見返りを求めない自己犠牲、同性同士の純粋な感情。

なんて素晴らしい。

問題はあたしに友達がいないということだ。

それは仕方ないと思う。

あんな、こちらに石を投げてくるような、猿のような糞餓鬼共と馴れ合いたくはない。

あたしまで猿だと思われるのは御免だし。

 

かといって、ホグワーツならもう少しマシなのがいるかというと、そうは思えない。

なにせ、あんな尻軽の上に頭まで軽い母親と、根暗で気色の悪いストーカー親父のいたところだ。

果たしてあたしに友達はできるのだろうか。

こんな偏屈な、厨二病全開のチビのそばに居てくれるようなお人好し。

 

そんなお人好しが、一体どこの世界にいるというのだろう――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぅおうっ」

 

いつも通りの時刻に目が覚める。

時計をチラ見。

四時だった。

低血圧なので、早めに体を起こしておかないといけないのだ。

 

ラーニャはまだすやすやと寝息を立てている。

 

そう、あたしこと、

ロザリオ・アルナティアの友人である。

 

お人好しの権化のような人物だ。

 

顔を洗って、一足早く制服に着替える。

自分の細い腕やら足やらを他人に見せるのは嫌いだ。

よわっちさがますます目立つから。

菓子を大量に口に詰めこみながら、カバンを漁る。

えーと、今日の時間割は………。

ぐおぉお!

すねーぷの授業が一時間目から………!

……仮病で休んでやろうか。

いや、それをするとラーニャに叱られてしまう。

しかし、なぜ朝っぱらからあんな奴の顔を見なくちゃいけないんだ?

吐き気がする。

頭がズキズキしてきた。

いかん、なんてことだ、本当に気分が悪くなってきたぞ。

さすがすねーぷ、次から授業を休みたいときはあいつの顔を思い出すとしよう。

 

「ん………」

「………? ごめん、ラーニャ、起きた?」

「ろざりー、べんきょうしなさい……」

「…………」

 

寝言だった。

なんてことだ、寝言で叱られてしまうとは。

そうまでされては仕方ない、勉強をするとしよう。

 

魔法薬学の予習は却下だな。

吐き気がするし。

 

えっと、たしか歴史の課題をまだやっていなかったはず………。

 

しばらく課題をしていると、ラーニャがもそもそと起き上ってきた。

 

「おはよ、ロザリー………。ふぁ」

「おはよう。よく寝れた?」

「うん、まぁまぁね。あれ、ロザリー、それ………」

「歴史の課題を、ちょっとねー」

「!! 偉いわ!!」

 

目をらんらんとさせ、ラーニャがあたしの手を取る。

凄い喜びようだった。

 

「どうしたの!? ロザリー、貴女いつもは提出日になってからやるのに!!」

「あいやー……。そうだっけ?」

「そうよ!」

「アタシはイツモ真面目アルよー……」

 

理由を聞きだすのはやめたようだが、ラーニャはずっと「偉いわ」と繰り返していた。

 

「ねぇロザリー、一時間目はなんだったかしら?」

「一時間目はね、魔法やくがk……うぇっうぇ」

「ロザリー!?」

 

危うく吐くところだった。

 

「どうしたの? 医務室に行って、マダム・ポンフリーに……」

「へーきへーき。だいじょーぶい」

 

よく考えたら、朝、寮監であるすねーぷとは毎日会うはずなのだが、あたしはいったいどこを見ていたのだろう?

あんな、真っ黒い巨大コウモリ……おぇーう、もといすねーぷがバサバサ動いてたら、気づくだろうに。

 

「はやくメシ喰いにいこー、ラーニャ」

「そうね。……ねぇ、本当に平気?」

「うん、ほんとだってば」

 

あー、らあにゃんには癒されるなぁ。

可愛いなぁ、優しいなぁ。

嫌なこと、全部わすれられちゃうよ……。

 

すねーぷ?

誰だっけ?

 

「あー、朝飯ウマ~。甘いもん食うと目が覚めるよねぇー」

「さっきも食べてたじゃない」

 

軽くラーニャが笑う。

女神のような笑みだった。

天使というべきかもしれないが。

普段は少し冷たい印象を与えがちな容姿も、笑うととても無邪気に見えた。

長い睫で縁取られた翡翠色の眼は三日月形になり、健康的な赤味が頬にさし、薄桜色の唇が可愛らしい言を紡ぐ。

つまり言いたいのはらあにゃん万歳。

 

「そろそろ教室に行こう?」

「うぎゅ? もうそんな時間?」

 

地下牢へと移動。

グリフィンドールの双子がラーニャに向かって手を振った。

 

うっぜぇ、色目使ってんじゃねぇよ。

鏡貸してやるからそれ見ろや。

 

「アルナティア」

「ごっおぅ!?」

 

見上げると巨大コウモリがいた。

 

あれ?

なぜに?

 

「授業中によそ見とは……どうした? なにか重要な発見でもあったかね?」

「え、ぅおう、はい。いや、いいえ」

 

いつのまに授業が始まったんだ?

おかしいな……。

 

「ほら、黒板に説明があるから」

「あ、ラーニャありがとー」

「もう……」

 

すねーぷが教室中を移動する。

効果音をつけるなら……。

そうだな、バサーッかもしれない。

 

「ぅああっ」

「あっ」

 

大量のネズミの脾臓が鍋の中へダイブした。

 

黒板には、《ネズミの脾臓は一つまみ》と赤字で強調して書いてある。

 

「チッ、いいんだもん………かまわねぇよ、多少は……」

「その思い上がりが貴様の成績の悪さを裏づけしている。これはこれは……ひどいな。

黒板の字がよめないか? 赤が目立たないなら、我輩は何色を使えばいい?」

「ぎにぃいーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

「やかましいぞ、アルナティア。罰則だ」

 

あたしが魔法薬学の授業で叫ぶのはよくあることなので、誰もこっちを見ていなかった。

例外として、ラーニャだけは心配そうにこちらを見てくれている。

 

「む……ギルティクは素晴らしいな」

「ありがとうございます、先生」

「皆もこちらに来て、よく見るように。……まぁ、すぐ隣のものがあれだから、見たところでよくなるとは思えんが」

 

ふん、と笑われた。

 

畜生……。

卒業したらその記念に、頭を食いちぎってやる。

いや喉笛をかみ切るか?

 

唯一、ラーニャをお気に入りにしているところだけは評価してやるが……。

 

と思っていると、チャイムが鳴った。

 

「宿題、先ほど配ったプリント集を明日の授業で提出。では終了」

 

ようやく済んだか。

 

「アルナティア、罰則として五時に我輩の研究室に来るように。薬棚の整理をしてもらおう」

 

ぐぁっ!

 

「ロザリー、次はルーン語だよ。行こう」

「うぅー」

 

ルーン語と言えば、確かメグもいたはず。

 

メグなぁ……。

いい人なんだけど、やたらラーニャにすり寄るんだよなぁ。

ラーニャは気にしてないみたいだけど、あたしは気になる。

 

「………おはよ」

「あら、おはようメグ。具合悪そうだけど、平気?」

「いつものこと……」

 

メグは常にアタマが痛そうだ。

多分、偏頭痛もちなのだろう。

銀縁眼鏡の奥の灰色の眼が、虚ろにラーニャを見ていた。

 

 

 

ルーン語の授業中、メグはラーニャにずっとくっついていた。

座るにしたってそんなに密着しなくていいでしょとか、教科書忘れたっつってそれ絶対わざとだろとか、色々言いたかったが黙った。

アタシえらい。

 

その後は歴史があって、変身術の授業があって、いつも通りだった。

 

「いやー、おわったおわったぁ……」

「ロザリー、罰則は?」

「ぐぬっ」

 

忘れてた。

 

「ちゃんと行かなきゃダメよ。また増やされるだけなんだから」

「はぁーい……」

 

くっそー、嫌だなぁ。

 

すねーぷの研究室ってそもそもどこだっけか?

 

「案内してやろうか、ロザリーちゃん?」

「てめぇピーブス、なんでこんな時だけ親切なんだよ」

「そりゃ、オレは生徒のみんなが大好きだからねぇ」

 

にやにやと笑いながら、ピーブスは浮遊している。

 

「ついたぜ子猫ちゃん。ゆっくり楽しむといい」

「死ねよ」

「もう死んでる♪」

 

イライラしながら、研究室のドアを乱暴にたたいた。

いや殴った。

 

「せんせー、アルナティアでぇえーす。罰則のためにきましたあああ」

「よろしい、入れ」

 

いつ来ても気味の悪い部屋だった。

暗いし、じめじめしてるし。

 

すねーぷの巣にはぴったりだ。

 

「その棚を整理して、それから瓶を磨け。割ったりせんように」

「はぁい」

 

次の瞬間から、すねーぷのねちねち攻撃が始まった!

 

「まったく、ギルティクの趣味には呆れるな……自身が優秀だと、傍に欠点となるようなものを置いておきたくなるのか……?」

 

すねーぷはにやにやわらった!

 

コマンド▼

むしする

 

「おいおい、棚の整理すらロクにできんのか……スリザリンの面汚しだな」

 

コマンド▼

むしする

 

「お前がなぜギルティクに執着しているのかは知らんが……。大方、あやつが優秀だからだろう? 浅ましいお前はその恩恵にあやかろうというわけだ……、いやはや、なんとも……」

 

イラつきがピークに達していたが、とうとう、この一言でキレた。

 

「そういうアンタは、好きな奴いねーのかよ」

 

ぼそりと言った独り言なのだが、すねーぷの耳にはバッチリ聞こえただろう。

かまわない。

むしろ殴りかからなかったのを誉めてほしいくらいである。

 

「まぁ、仮にも“あの”スネイプ先生さまさまですしぃ? 恋愛とかはしたことないし、興味もないんでしょうね?」

 

すねーぷからの反応はない。

 

「だぁって、気持ち悪いですもんねー、ああいうの。狂うっつーか、イカれるっつーか。したら最後、みぃんなおかしくなっちゃってさぁ。どうかしてるぜ。そんなもんのために命賭けちゃうとか、マジで馬鹿みたいじゃねぇ? どう思いますぅ?」

「…………あぁ、我輩も同意見だ」

「それはそれは。クールでドライなご感想ですな」

 

瓶をせっせと磨きながら、すねーぷの方を窺う。

いつもとなんら変わらないが、なんだろう、少し台詞に違和感があった。

普段のすねーぷなら、もっと嫌味な返答をするはずだ。

それか言葉使いの乱れを指摘して、罰則を増やすとか……。

 

 

…………まぁ、いいか。

 

「とっとっと。すんませーん、もう全部終わりましたけどぉ」

「そうか。もういい、戻れ」

「はぁーい。おやすみなさい、先生」

 

なんか、やっぱりすねーぷがおとなしい。

昼にはいつも通りだったのに……。

夜は眠いんだろうか……。

 

え、でも巨大コウモリなのに?

 

「………先生、だいじょぶです?」

「なんだ、この程度の罰則では不満か」

「いやすいません寝ますごめんなさい」

 

気のせいだったかも。

うん、多分気のせいだ。

 

早くラーニャに会いたいなぁ。

 

シャワー室に寄ってから、着替えて、パジャマ姿で寮へと走った。

 

「合言葉……えと……そうだ、“誇り高き魔法族”!!」

 

普段滅多に走らないせいで足が痛くなってきたが、気にしない。

 

「ラーニャ、ただいまぁっ!」

「おかえり、ロザリー。罰則は済んだの?」

「うん、バッチリ。えへへ、ラーニャ、ラーニャっ」

「なぁに? きゃっ」

 

ベッドの上のラーニャに抱きつく。

ちょっと驚いていたが、ぽふぽふと頭を撫でてくれた。

………ラーニャなら、さっきの質問になんて答えるだろうか。

 

「………ね、ラーニャ」

「ん?」

「愛とか恋とか、そういうのってどう思う?」

「………いきなり難しい質問するなぁ」

 

苦笑しながらも、ちゃんと考えてくれるあたりがラーニャらしい。

一分ほどして、答えが返ってきた。

 

「やっぱり、楽しいものなんじゃない? よく分からないけれど……、そうでもなきゃ、こんなに流行らないと思うな」

「楽しい……?」

「そう。私は婚約者がいるから、恋愛禁止なんだけど。でも、うん、相手のために何かをするって使命感、背徳感とか……。相手が浮気をしたとかしないとか。疑心暗鬼で一喜一憂、みんな、楽しそうにしてるじゃない」

「………あたしには、よく分かんないな」

「私だって分からないよ。だけど、真に大切なのは理解じゃなくて和解だからね。分かり合えなくても許し合うの」

「ふぅーん……」

 

例えば、ストーカーに刺されたりだとか。

好きな女を刺して、自分も死んだりだとか。

妻が刺されたと聞いた瞬間、子供を慰めるわけでもなんでもなく自殺未遂をしたりだとか。

偶然見つけた引き出しには、妻の学生時代の隠し撮り写真が大量に保管されていたりだとか。

 

そういう、いわゆる『純愛』を、あたしも許せる日が来るんだろうか。

母さんや父さんと和解することなんて、無理なように思うけれど。

 

「ラーニャ、大好き」

「また唐突だね?」

 

あはは、と頭上から声がふってきた。

 

「私もロザリーのこと、好きだよ。親友だしね。また明日」

「うん、おやすみ」

 

ベッドに潜って、さっきの言葉を反芻する。

たっぷりと幸せな気持ちを味わって、あたしはいつものおまじないを唱えてから目を閉じた。

 

 

 

“今日もありがとう、明日もよろしく”

 


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