オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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ナザリック地下大墳墓③

 

 たっち・みーの自室に呼ばれたセバスは、言うならばこのタイミングしかないというところで、主人に発言の許可を求めた。

「……許す」

 聞く者に重厚な威圧感を自然と与える声で、たっち・みーが許可を出す。

 セバスが忠誠を誓う至高なる存在は、『主人の言葉を遮る』という不敬を行った自分に対しても、寛大に発言の許可を与えてくれた。

 本来であるならば、主の言葉を遮るなど許されざることだったが、それでもセバスにはその原則を曲げてでも、絶対に最初に言っておくべきことが、言わなければならないことがあったのだ。

 許可を受けたセバスは、片膝を突き、そして、もう片方の膝も床につけた。

 そして、両手をも床について、床に額がつくほど頭を下げ――土下座の姿勢で深く、深く謝罪した。

「たっち・みー様。闘技場にて無様な姿を晒してしまったこと、深くお詫び申し上げます」

 その言葉に、たっち・みーの言葉はなかった。それはセバスにとって当然だった。

 あの時、たっち・みーの存在を認識したとき、セバスはあまりの衝撃により、完全に自分の職務を忘れてしまっていた。モモンガというナザリックの絶対的支配者に対する礼も忘れ、ただ感動に打ち震えていた。それはこの上ない不敬であり、失態だ。

 さらには、たっち・みーから「ご苦労」と労いの言葉をかけられたときは、セバスは自分の造物主が帰ってきた確かな実感と、その絶対の存在に自身の働きを認められるという喜びのあまり、感動のあまり咽び泣きそうになってしまった。全精神力と、物理的に血が流れるほど拳を握りしめることでそれはなんとか堪えたが、たっち・みーに対する返答は語尾の潰れる無様なものとなってしまった。

 たっち・みーには、自分の創造した存在がそんな醜態を連続で晒すところを見せてしまったのだ。

 本来なら、あの場で首をはねられていてもおかしくはない。そうしなかったのはたっち・みーが恩情溢れる存在であるからにすぎない。

「私のような職務を全うできずに無様な醜態を晒した執事を、たっち・みー様はその際限なき恩情にてお許しくださいました。しかし、それでは他の者に対して示しがつきません。どうか、厳罰に処していただきたく思います」

 そういってセバスはただ頭を下げ続けた。どのような罰でも受け入れる覚悟はできている。たとえこの場で命を絶てと命じられても、即座に実行に移すつもりだ。

 セバスはたっち・みーの沙汰を待つ。

 

 

 

 

 闘技場で忠誠の義と、現状確認、暫定的な命令伝達が済んだ後。

 至高の存在二人が転移してその場からいなくなった後、その場に平伏していた守護者たちはかなりの時間が経ってからようやく動き始め、立ち上がった。

「す、すごくこわかったね、おねえちゃん」

 マーレが震えて若干舌が回っていない様子で、アウラに声をかける。アウラも同感だったらしく、頷いてみせた。

「ほんと。押しつぶされちゃうかと思った……モモンガ様って、あんなに怖かったんだ」

「私達守護者にすら効果を発揮するなんて……」

「我々ヨリ強イノハ知ッテイタガ……マサカコレホドトハ」

「あれが支配者たるモモンガ様の姿なのね……」

 口々にモモンガの印象を言いあう守護者たち。

 ひとしきりモモンガに対する評価を言い終わった後で、マーレが少し言いにくそうに口を開いた。

「たっち・みー様もすごかった、よね」

「……そう、ね」

「……少ナクトモ、モモンガ様ノオーラニハ全ク動ジテイナカッタナ」

 どこか歯切れの悪い言葉は、彼らの心情を如実に表していた。

 彼らはモモンガから受けたほどの威圧感を、たっち・みーからは感じていなかったのだ。無論、至高の存在らしい重圧感はあったが、それはモモンガが発したそれと比べるとあまりに印象に乏しい。モモンガの存在が大きかったゆえの印象の差と言ってしまえばそれまでで、たっち・みーのみと向き合えば十分な重圧は感じていたのだろうが。

 たっち・みーを軽んじる気持ちは誰にもなかったが、それでもやはりあのモモンガと比べると……という気持ちは拭えない。それを口に出すのは躊躇われるが、そう感じたのも事実。

 そんな微妙な雰囲気を、かすかな笑い声が破る。

「……? アルベド? デミウルゴス? どうしたの?」

 アウラがそう問いかける先で、アルベドとデミウルゴスが声を殺して笑っていた。

「いえ、貴方たちがあまりにも見当違いのことを考えているものだから……」

「少しおかしくなってしまってね」

「ドウイウ意味ダ?」

 コキュートスが尋ねると、デミウルゴスはやれやれ、と口で言いそうなほどあからさまな身振りで首を振る。

「単純に考えてみたまえ。たっち・みー様は至高の41人の中でも最強と呼ばれた御方。そんな御方が放つオーラが、あの程度であるはずがないだろう?」

 顔を見合わせる一同。

「じゃあ、たっち・みー様は実力を隠していらっしゃるってわけ?」

「な、なんで、でしょうか?」

「あら、その答えはさっきアウラが言っていたじゃない」

 アルベトがそう言ってアウラを示す。

「あたしが……? ……あっ!?」

 水を向けられたアウラが、ようやく得心のいった声をあげる。遅れて他の者も理解した。アルベドとデミウルゴスは課題に悩んでいた生徒がようやく答えを見つけた時の教師のような笑みを浮かべて、頷く。

「そう。モモンガ様おひとりでさえ、私達は相当な重圧を感じていた。そこにさらにたっち・みー様の重圧が加わったら? たっち・みー様はおそらくそれを危惧されていたのだろう。わざわざ本来の鎧ではない鎧を身に着けてまで、そのご威光を少しでも抑えようとしてくださっていたのだよ」

「な、なるほどぉ……やっぱり、すっごくお優しい御方ですね」

「我ラノ身ヲ案ジテクダサッタトイウコトカ……絶対的強者デアリナガラ、弱者ノ我々ニ配慮シテクダサルトハ……感服イタシマシタ」

「全くその通り。私たちの気持ちを汲んで絶対的支配者たる振る舞いを取ってくださったモモンガ様。私たちの身を案じてあえてその絶対的強者のオーラを抑えてくださったたっち・みー様。……いずれも至高の存在と呼ぶに相応しい、輝ける存在。流石は我らの造物主」

 陶然としたアルベドの言葉に、守護者全員が同意の表情を浮かべる。

 ひとしきり余韻に浸ったあと、アルベドがふと怪訝な表情になった。

「セバス? どうしたの?」

 その言葉に合わせ、全員の視線がセバスに向く。セバスは跪いた姿勢のまま、微動だにしていなかった。デミウルゴスが眼鏡の位置を直しながら、口を開く。

「そうそう、セバス。先ほどの君の態度は、いささか問題ではないかね? 気持ちはわからなくもないが、モモンガ様への挨拶を中断するなど、許されることでは……」

 そのまま嫌味兼小言を続けようとしたのであろうデミウルゴスだったが、立ち上がったセバスが身にまとう雰囲気を感じ、思わず口を閉ざした。

 セバスと反りが合わず、嗜虐趣味を持つデミウルゴスをして、いまの彼が纏うオーラは悲痛かつ絶望に満ちていて、追撃が躊躇われるほどの物だったからだ。いまのセバスに対してさらに追撃を加えるのは、ナザリックで共に働く者として責められるべきことだと感じたのだ。

 無論、ナザリックに属するもの以外がそんなオーラを纏っていようものなら、デミウルゴスは傷口に塩ではなく劇薬を塗り込むために嬉々として追撃をかけたであろうが。

「なんたる失態……払拭……払拭せねば……」

 ブツブツと呟くセバスは、普段のセバスが決してそんな態度を見せないこともあって、一層異常に感じた。

 辛うじて一部の理性が残っていたのか、セバスは守護者たちに向かって礼をし、その場を去る。

 セバスが去った後には、居心地の悪い沈黙が残された。

「……大丈夫かな、セバス」

「あんまり、大丈夫じゃない、かも?」

「……まあ、本人がどうにかする問題ではあるし、いずれにせよ、セバスに対する処罰は至高の御方々に……直接の造物主たるたっち・みー様にお任せしよう」

 そうデミウルゴスは言ったが、恐らくそこまで問題にはならないであろうと感じていた。

 セバスを作った存在だけあって、その性質はかなり善寄りであり、その至高なる戦闘力に似合わぬほど、たっち・みーは穏やかな気質を有している。そんな御方がセバスの失態を気にしているとは思えないからだ。

 ある意味セバスよりも客観的に事態を見れているデミウルゴスはそう結論付け、いまだ跪いているシャルティアを見た。

「どうかしましたか? シャルティア?」

 その質問を皮切りに、シャルティアとアルベドとの間で正妻の座を巡っての口論が勃発したり、デミウルゴスとコキュートスが至高の存在の後継が生まれる可能性に夢を馳せたり、マーレの格好についての誤解が広まったりしたのだった。

 その後、きちんと各階層守護者とその統括に相応しく、今後の計画について話し合いを行い、彼らはモモンガたちに命じられたことを果たすためにナザリックの各部へと散らばっていったのだった。

 

 

 

 

 どんな沙汰がいつ下されてもいいように、土下座の姿勢を一切崩さず待つこと数十秒。

 セバスはその鋭敏な聴力で、自らの主人が深く大きく息を吐き出すのを聞いた。そこに失望の感情が籠っているように感じてしまい、思わず体が震える。

 至高の41人に想像された存在にとって、最大の恐怖は失望されることだ。至高の存在の役に立つために作り出されたことを認識する彼らは、役に立つことを喜びとしている。それなのに自分の力が及ばないことが理由で至高の41人に失望されてしまったら。

 それは、彼らにとって死よりも辛いことだった。

「なるほど、な。お前が外の探索に率先して出たのは……それが理由か」

 たっち・みーの平坦な声が響く。セバスは血を吐く思いで、それに応えた。

「はっ。せめて最低限の務めを果たしてからでなければ、たっち・みー様の御前に出る資格すらないと判断いたしました」

「……そうか」

 セバスはただ頭を下げ続けることしかできない。かすかな物音でたっち・みーが立ち上がり近づいてくるのを感じても、一ミリたりとも動かなかった。たとえそのまま頭を踏みつぶされたとしても文句などあろうはずもない。

 果たして、足音はセバスのすぐ傍で止まった。セバスはそのあまりに強い重圧が全身に押し寄せるのを感じた。それだけで押しつぶされてしまいそうなほどだ。

「セバス。顔をあげろ」

「……はっ」

 セバスは言われるまま、顔をあげた。その目が大きく見開かれる。

 たっち・みーはセバスのすぐ傍に両膝を突き、そしてセバスに向けて頭を下げていたのだ。土下座ではないにせよ、深い謝罪の念が感じられる体勢。セバスはどうして自らの主人がそんな体勢を取っているのかがわからなかった。

「すまない、セバス。私はお前の忠義を疑った。てっきり、お前はナザリックからいなくなった私のことを恨んでいるのだと思っていた……」

 その声は、ワールドチャンピオンであり、至高の41人最強の存在であるたっち・みーのものとは思えないほど、弱々しい声だった。

 深い後悔と謝意が感じられる声。

「そんな……そんなことは! 顔をお上げくださいたっち・みー様! 貴方様がお謝りになることなど、なにもございません!」

 セバスは体裁を取り繕う余裕もなく、這うようにしてたっち・みーに近づくと、その体を起こすように促した。

 しかしたっち・みーは頭を下げたまま動かない。いくらセバスが近接戦闘に特化していると言っても、たっち・みーの本気を覆すほどの膂力は持たなかった。

「いいや、謝罪するべきことだ。もっと早く、お前とちゃんと話すべきだった。きちんと会話すればすぐにでも行き違いに気づけただろうに、私はあろうことかそれから目を逸らしたのだから」

「いまこうして話す機会を与えてくださったではありませんか! 一晩や二晩程度の行き違いに何の問題がありましょうか!」

「それでも、即座に解決しなかったのは私の落ち度だ。考えてみれば、私はお前が外の探索を買って出た理由をモモンガさんに確認していなかった。自分の中で勝手に完結していたんだ。モモンガさんは何か言おうとしてくれていたのにな……タイミングが悪かった……いや、これは言い訳か」

 自嘲気味に笑ったたっち・みーは、ここでようやく顔を上げた。そのまっすぐな視線がセバスを射抜く。

「セバス。私はお前の働きに感謝している。私がいない間、ナザリックを、モモンガさんを守ってくれたこと、ナザリックを長く空け続けた私をいまだに主として扱ってくれること。数え上げればキリがないが、お前は私がそうであれと創造した通りに、立派に職務を全うしてくれている。私には勿体ない執事だな」

 そんなお前に罰など与えられるわけがないだろうが、とたっち・みーは苦笑気味に言った。

「たっち・みー様……っ!」

 身に余るほどの望外の高評価に、セバスは全身を喜びが満たしていくのを感じていた。それほどまでにたっち・みーの言葉は真摯で裏がなく、ただ純粋に歓喜のみをセバスに与える。とめどもなく溢れる涙を、セバスは堪えることができなかった。

 そんなセバスを優しく見つめたたっち・みーは、ゆっくりと立ち上がる。凛とした立ち姿は、セバスが仕える至高の存在に相応しい、威風堂々としたものだった。

「主として、その忠義に応えなければな。セバス、私に力を貸してくれるか?」

 たっち・みーの言葉を受け、セバスは急いで涙を手の甲で拭った。この素晴らしい主人の前で、これ以上情けない顔を晒してはいられない。

 そして、片膝をついた完璧な臣下の礼を取り、宣誓する。

「このセバス。至高なる御身のために尽くします。いかようにでも御使い下さい」

 そのセバスの応えを聞き、たっち・みーは微笑んだ。

「ありがとう、セバス」

 たっち・みーは再び椅子に移動すると、そこに腰掛けた。

「早速だがセバス。今後、お前にやってもらいたいことがある。まあ、正式にはモモンガさんと一緒に命じることになるんだが……先に私から伝えておこう」

「はっ! いかなる命令も、必ずや不備不足なく完遂してお見せします」

 心の底からのセバスの返事に、たっち・みーは満足そうに頷き、今後のセバスの仕事について説明し始めるのだった。

 

 

 

 




セバスの土下座謝罪は、たぶんコキュートス経由の武人建御雷からの知識。

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