オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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※オリジナル要素が大量に含まれています。閲覧には十分ご注意ください。


第二部 純銀の騎士
現れた“純銀の騎士”


 

 エ・ランテルは三重の城壁に囲まれた、城壁都市だ。その城壁を二つ潜ったところのエリアは、市民のためのエリアであり、様々な立場の住民が日々の営みを行いつつ過ごしていた。その区画に点在する広場の中に、中央広場と呼ばれるもっとも大きな広場があった。エ・ランテルでもっとも活気が集まり、それが流れている場所である。

 その広場に隣接する建物から出てきた、とある二人組が周囲の注目を集めていた。

 二人組の一人は女性だ。お淑やかな雰囲気を感じさせる美貌は、黒いフード付きローブを身に着け、フードを目深にかぶっていても隠し切れるものではない。すれ違う男性たちはその女性の美貌に釘付けになり、魂を抜かれたような表情で見惚れている者も多く存在した。それほどまでにその女性の顔立ちは整っており、美女という形容とはこの女性のためにあったのではないかと思うほどだ。

 普段ならばそんな美女とお近づきになろうと、軟派な態度の若者が声をかけてもおかしくはなかったが、そうしようとする猛者は一人もいない。遠巻きに見つめるのがせいぜいだ。

 それは、彼女の連れ合いに原因があった。

 

 その存在を一言で言い表すのであれば、『純銀の鎧』だった。

 

 恐ろしいまでに白く輝くその全身鎧は、清廉潔白を体で表すかのように、曇り一つなく光っていた。胸の中央に輝く宝石のような石がどれほどの価値を持つ物なのか、普通なら気になるのだろうが、それはただ美しい輝きだけを周囲に振りまき、価値を考えるような下種な想像すらさせてくれないほどの神々しさを放っている。その目の前にたてば思わず居住まいを正さざるを得ないような、そんな不思議な威光を感じさせるものだった。

 広場にいた誰かが「純銀の騎士」と呟く。

 世間一般的にいう騎士を示す証は何一つ確認できなかったにも関わらず、その誰かはその鎧を着た存在のことを「騎士」と呼んでいた。そしてそれはその場に居合わせた誰もが賛同することであった。その存在がただ武器を振り回す戦士ではなく、なんらかの固い誓いを胸に刻んだ騎士であろうということが見るだけでわかるのだ。それはその人物自体が放つオーラのようなものが、何の心得も持たない一般人にさえ、感じさせるほどのものであることの証左に他ならない。

 鎧と一体化している深紅のマントが非常によく似合っていて、王者の如き威厳を醸し出している。左手に持った盾と、腰に提げた剣はいずれも相当な一品であることが明らかだ。

 全身鎧も含めて、どれほどの重量があるのかわからないが、それを着こなしていることから、その人物が相当屈強な存在であることは想像に難くない。

 誰もが飛びつきたくなるような美女がいて、誰も近づかないのはその存在が理由だった。粗暴な者は屈強な存在に恐れをなし、軽薄なものはそのあまりに神々しい輝きに萎縮してしまっている。

 純銀の鎧を身に着けた神聖なる存在の連れ合いに話しかけようとする剛の者は、その場には存在しなかった。

 建物から出てきた二人は周囲を見渡すと、なにやら小声でやりとりをした後、並んで歩きだす。その二人が向かおうとした先は自然と人波が割れ、まるで聖者の行進のようだ。

 やがて二人の後姿が広場から見えなくなった頃、目撃者たちは口々に二人組について噂をし始めた。目立つ色をした鎧を着る者は珍しい。しかしその場にいた誰もその純銀の鎧を着た存在に覚えがなかった。

 つまり新しくこの町にやってきた存在であることは間違いがなく、その力量については不明だ。二人が出てきた建物は「冒険者組合」と呼ばれる、モンスター退治を専門に行う者たちの斡旋所であり、鎧が飾り物ではない可能性を示唆している。英雄級の存在がこの町に来てくれたのなら、一般庶民の彼らの生活はとても楽になるはずだ。

 それを期待する声もあれば、単なる金持ちの道楽なのではないかという声もある。実際、どこから流れてきたにしては二人は軽装すぎた。旅に必要なものを何一つ持っていなかったようにも見えたのだ。だとすると逆に不快感が溢れてくるものだ。

 目敏い者は、二人組が胴のプレートを首からさげていたことに気づいて失望していたが、ほとんどの者は初めて見る冒険者の存在に興味を惹かれている様子だった。

 

 

 二人組について広場で勝手な噂が拡大しつつある中。

 噂の本人である二人組は、さほど広くない通りを楽しげに進んでいた。

 全身鎧に身を包んだ方は当然頭部も鎧に隠れているため、どんな表情を浮かべているかは外目からはわからなかったが、美女の方はとても楽しそうな笑顔で歩いていた。二人が漂わせている雰囲気は旅を楽しむ観光客のようなものであり、実際、周囲を見回しながら歩く様子は、それに非常に近い様子だった。

 周囲に人がいないことを確認すると、女性は隣を歩く全身鎧を着た人物に話しかける。

「昨夜降った雨のせいで若干足下が悪いのが残念ですね。歩きづらくはありませんが……ゲームなら町中は全面石畳なのに。リアルにしようとすると、すべての道に張るのは難しい……ということなんでしょうかね? タツさん」

 涼やかな女性の声でタツ、と呼ばれた全身鎧の人物は、軽く頷いて応じた。

「この手の物は、維持費用が馬鹿になりませんからね。煉瓦畳が有名な観光地では、上を歩く人が多すぎて、頻繁に修繕をしないと追いつかないという話を聞きますし……ここは観光地ではなさそうですし、ゲームの街みたいに全面綺麗な石畳……とはいかないんでしょう。モモさん」

 モモ、と呼ばれた女性は、なんとも複雑な顔をする。

「……うーん。全くの偽名にした方が良かったでしょうか。なんとなくそう呼ばれると変な気分です。たっちさん」

「わかる人には伝わる方がいい、というのは話し合いで決めたことですし、どっちに転んでもよしとなるようにがんばりましょう。モモンガさん」

 そういうタツ――たっち・みーの言葉に、モモ――モモンガは渋々頷いた。そんなモモンガを慰めるように、あるいはフォローするようにたっち・みーは続ける。

「それに、その姿になら『モモ』という偽名は似合っていると思いますよ」

「……覚悟はしてましたが、ネカマプレイをしている気分ですよ」

 そういってモモンガは苦笑を浮かべる。

 戦闘メイド・プレアデスが一人、ナーベラル・ガンマ。

 モモンガは都市で活動するに当たって、その声や外見を借りていた。魔法による幻術で外見を変えるのはもちろん、その腕には体のサイズを任意で変えることのできるお洒落アイテムが嵌っており、それでナーベラルと同じくらいの身長に調整していた。ゲーム的な恩恵はなにもなく、サイズを変更するとリーチなどの関係でアバターが動かし辛くなってしまうという、純粋な意味でのお洒落アイテムだ。他にも様々なマジックアイテムをナーベラルに扮するために用意している。

 これはカルネ村でモモンガを名乗った魔法使いの姿から著しく外見を変えることで、少しでも人の眼を誤魔化すためという理由と、冒険者として注目を集める象徴をたっち・みーの方に集中させるという目的があった。

 無論、コンビとして活動するのだから、モモンガの方も注目は集めることになるだろうが、わかりやすい象徴としては前衛職で戦う機会も多いであろうたっち・みーの方が相応しい。ゆえにモモンガは目立たないように努めている。もっとも、その容姿の段階で目立たないことは不可能であることを失念していたのだが。

 モモンガは先ほどの広場で注目を集めていたことを思い出す。

「転移してから2週間……ずっと彼らと顔を合わせてたから、どうにも麻痺してましたけど、ナザリックの者たちはこんなに注目を集めやすかったんですね。まさかフードを被っていても注目されるとは思いませんでしたよ」

「元がゲームなのですから当然かもしれませんが、美男美女揃いなんですよね……コキュートスのように明らかな異形種がどう認識されているのかわかりませんが、同種族にとってはものすごくイケメンなのかもしれません」

 そんな話をしつつ、二人は道を歩く。

 彼らは現在、エ・ランテルで「タツ」と「モモ」という二人組の冒険者として、名声を高めるべく活動を始めていた。

 

 ナザリック地下大墳墓の長であるモモンガと至高の41人最強のたっち・みーが、二人で未知なる世界に向かうという提案は、当初はアルベドをはじめとした守護者たちから猛反対を受けた。いくら至高の41人最強のたっち・みーがついているとはいえ――否、ナザリックに属する者からすれば、たっち・みーに関しても同様である――至高の41人が二人して供もつけずに外に出ることに、反対意見が出ないはずもなかった。

 しかし、『配下からもたらされる情報だけで正しい判断をすることは難しいため、自分たちで直接異世界の様子をみるべき』と、熟慮した結果出した結論であったことと、『二人で異世界を冒険をする』というのはたっち・みーとモモンガの大きな目的の内のひとつであったため、いかにNPCたちの意志を尊重していても、そこを譲るわけにはいかなかった。NPCたちのことを邪魔に感じているわけではなかったが、彼らがついていると上位者としての態度を崩すのは難しい。二人としてはもっと気楽に冒険をしてみたかったのだ。単なる自分たちの我儘といえたが、それでもそれを譲るつもりは少なくともモモンガにはなかった。

 モモンガとアルベドの話し合いは、ナザリックでのたっち・みーとモモンガの立場を明確化するときの話し合いのように――五時間では収まらなかったが――長時間に及んだ。

 最終的にはモモンガの説得が通じたのか、デミウルゴスが出した『不可視のエイトエッジ・アサシンを最低限の護衛としてつける』という折衷案を採用することを条件に、アルベドも二人の提案を許してくれた。たっち・みーとモモンガを見る目は、やんちゃな兄弟を見守る母親のようだったが。

 かくして、二人はエ・ランテルにやってきて、冒険者の登録を済ませたのだった。

 

 守護者たちの名前が出たことで、いまのナザリックのことを思い出したのか、モモンガが遠い目をする。

「私たちが不在で、ナザリックは大丈夫でしょうか。アルベドやデミウルゴスが上手くやってくれているとは思いますが……」

 そんなモモンガの不安を、たっち・みーは軽く流す。

「組織運営については大丈夫でしょう。そういう経験が実質皆無な私達よりは、あの二人の方がよくわかっていますし。任せられるところは任せるべきだと思います。モモンガさんが言ったことですよ?」

 普通のサラリーマンであったモモンガと、ただの公務員だったたっち・みー。どちらも組織運営に慣れているわけもなく、それゆえにそのあたりのことはアルベドやデミウルゴスに任せてしまった方が都合がよかった。

 モモンガは自分で言ったことをたっち・みーに指摘され、少し気恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。

「……そうですね。すみません、つい気になってしまって。無茶をしてまでこうしているんですし、それはおいておいて楽しまないと損ですね!」

 そういってモモンガは楽しげにニコリと笑った。普段の骸骨の姿であれば表情はないが、現在モモンガが幻術で取っているのは、外見的にはただの人間の顔だ。ゆえに、その心情を如実に表している。たっち・みーは鎧の中でかすかに笑った。元々人が身に纏うオーラを感じることが出来、大体の感情を読み取ることのできたたっち・みーだが、現在のモモンガの感情表現はそれに頼るまでもなく明らかなものだった。

「ええ。楽しんでいきましょう。……さて、この辺りに組合で教えてもらった宿屋があるはずなんですが」

 たっち・みーは周囲を見回す。

 いくつもの店が立ち並ぶ通りだ。開いている店がいくつかあり、そこに荷物を運びこんでいる姿も見える。冒険者組合の建物があった中央広場の活気とは比べ物にならないが、そこにも確かに人の営みが存在しているようだった。場所としては中央広場から大きく外れたところにあるため、決していい雰囲気とはいえなかったが、そんなどこか人の営みを素直に表しているような光景は、たっち・みーやモモンガにとって新鮮だった。

「なんというか、ゲームでいうところの『情報が齎される裏通り』って感じですよね。その辺に乞食に扮した情報屋とかいたりして?」

「あー。実際、本当にいたりするかもしれませんね。冒険者組合が存在するような世界ですし。暇があったらそういう存在を探してみてもいいかもしれませんね」

 プレイヤー同士特有の気楽な会話をしつつ、目的の店を探す。ここにナザリックの配下が傍にいたら、少なくともこんな気楽な会話はできなかった。たっち・みーは目論見がちゃんと意味を成していることを実感していた。

 モモンガがどこまで自覚してこの二人の冒険に踏み切ったのかはわからないが、たっち・みーとしてはこれは『モモンガの息抜き』という側面が強かった。

 思慮深いモモンガはナザリックの者たちの前ではあらゆることを想定し、動いている優秀な絶対支配者であることを自身に義務付けている。そのために威厳のある言い回しや態度を取れるように練習していたりもする。寝る必要がないアンデッドとはいえ、寸暇を惜しんで絶対支配者として振る舞い続けるモモンガを、たっち・みーは心配していた。肉体的な疲労はなくても、精神的な疲労は溜まっているはずだ。

 それゆえに、たっち・みーは暇を見つけてはモモンガの元を訪れ、アロマや大墳墓内の散歩に誘うなどして彼の心身のリフレッシュに気を配っていたが、ナザリック内ではどこに行っても配下たちの目や耳がある。それがないところに連れ出す――それがたっち・みーのこの行動に隠された目的だった。

 目論見通りモモンガがのびのびと楽しんでいる実感を得つつ、たっち・みーは目的の場所を発見する。

「あ。どうやらあそこみたいですね」

 各店の入り口の近くに吊り下げられている絵の描かれた看板を指差した。それは組合で教えられた宿屋を表す絵だった。たっち・みーもモモンガもこの国の文字が読めないため、それを目印に探していたのだ。

(暇を見つけて、この国の文字を学んだ方がいいかもしれないな)

 たっち・みーはそう思いつつ、モモンガを伴ってその宿屋の建物に入る。宿屋の1階は酒場になっているようで、かなり広い室内に何卓もおかれたテーブルにはちらほらと客の姿が見られる。いずれも荒事になれていそうな屈強な者たちであり、ほとんどは男だ。

 その視線が、たっち・みーたちに一斉に向けられた。

 

 

 




※オリジナル要素について※

1.体のサイズを変えるマジックアイテム。
 実際のユグドラシルにあるかどうかはわかりませんが、大柄なアバターでゲームを開始したプレイヤーなどが、ゲームの途中で入手したり、追加されたりした衣装が似合う小柄なアバターにしたいと考えた時などに使われる趣味アイテムです。
 キャラクタークリエイトは最初しかできない、というのが今時のゲームでは普通ではありますが、気軽にアバターの着せ替えを楽しみたい層向けに、体のサイズ程度が帰られるのはあったんじゃないかなー、という願望。
 実在する某ネトゲみたいに、気楽にガラッとアバターの外見を変えられることもありますけどね。

2.声を変えるマジックアイテム
 これも、まあ、あるんじゃないかな。的な。
 簡単に手に入ると、便利アイテムすぎるので、多分課金アイテムか貴重なマジックアイテムなのだと思います。
 とはいえ、ユグドラシル時代には誰かの声をコピーできるようなものじゃなかったと思いますが。

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