オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
粗末な扉を閉め、念のため鍵をかける。
正直そんな鍵が何の意味があるのかというような薄い部屋の扉だったが、それでもかけていないよりはマシだろう。鍵をかけているのに入ってくるような奴には相応の扱いをするという意思表示にもなる。
部屋の中を見回していたモモンガが、その顔を軽く歪める。
「いかにも場末の宿場って感じですね。趣がないわけではありませんが……」
もしこの場に配下のものがいたら、「有名になるまでは身分相応にあった生活も悪くない」とでも言ったかもしれないが、ここにいるのはたっち・みーとモモンガだけだ。素直に思ったことを吐露するモモンガに、たっち・みーはかすかに笑みを浮かべながら慰めるように言う。
「このいかにもな簡素な感じがいいと思いますよ。それに、ナザリックの自室はもちろん好きなんですが、たまに豪華すぎて落ち着かないこともありますしね。今日だけのことですし、このぼろさを楽しむとしましょう」
ベッドに腰を下ろすと、鎧の重さもあってミシミシと不穏な音を立てた。下手をすれば壊れるかと思ったが、幸い最低限の重さを支える役割は果たしてくれたようだ。そのたっち・みーに向かい合うような位置に、モモンガも腰を下ろす。ナーベラルに扮している分、重さも大したことがないのか、ベッドは小さく軋んだだけで収まる。
「しかし、冒険者というのは存外夢のない仕事でしたね。あれじゃあモンスター退治専門業者ですよ」
道を求め、世界を冒険する者。ユグドラシルでもそう言った楽しみ方を追求した上位ギルドが存在したが、現実になれば冒険者という職業もつまらない堅実なものになっていた。
冒険者という言葉に相応の夢を抱いていたのであろうモモンガは、不満そうに唇を尖らせる。ここのところ骸骨の姿で意図しなくても表情が出なかったために、表情の調節の仕方を忘れているのだろう。そんなモモンガにたっち・みーは指摘するべきか迷ったが、結局それをしないことにした。その方がナザリック地下大墳墓の絶対なる支配者モモンガと冒険者モモを結びつけられることはなさそうだと判断したからだ。
「まあまあ。リアルに生活がかかるようになっては、多少夢がなくなるのも仕方ありません。漫画家や小説家が、目指しているときと、そうあろうとするときが違うようなものです。私達だと、声優の方がイメージしやすいでしょうかね?」
「……ぶくぶく茶釜さんですね。懐かしいなぁ」
売れっ子声優に成長したギルドメンバーのことを思い出す。生活のために割のいいエロゲの声当てをしていて、弟のペロロンチーノを嘆かせていた光景を思い出し、モモンガは笑った。
「確かに。それを思えば、モンスター退治というファンタジーらしいことをしている分、冒険者の方がまだ夢はあると言えるかもしれませんね」
「実際、私達がイメージするようなこともしないわけじゃないみたいですしね。二百年前に出現した魔神に滅ぼされた国の遺跡にお宝さがしとか。いずれ行ってみませんか?」
「いいですね! まあ、ナザリックの至宝の数々には勝てないとは思いますが……この世界における価値のあるものがどんなものなのかは興味があります」
宿屋の件で下降気味だったモモンガの機嫌が上昇に向かっていることを感じ、たっち・みーは自分も嬉しくなりながら、すかさず組合で購入したエ・ランテルの地図を広げる。
「さて、とりあえずこれからの行動ですが……この町を見学し、知識を得ましょう。金銭に関してはガゼフからの報酬で困っていませんし、まずは色々物色したいものですね」
初めて訪れる町の地図というのはどうしてこうもワクワクさせてくれるのか。
たっち・みーがウキウキしながら地図を見回していると、モモンガも興味津々な様子で地図を覗き込む。
「となると……まずは市場などでしょうか。一番その街のことがわかりやすいのはそこですよね」
「ええ。ついでに興味を惹かれるものがあれば購入しましょう。この世界特有のマジックアイテムなどがあればいいんですが」
一枚の地図を二人して覗き込み、どこに行こうかを相談する。
冒険者というよりは観光客みたいな行為だったが、それでも楽しいことには違いない。
「巨大な墓地なんかもあるんですよね。……アンデッドとしては行っておかなければならない気がしますね?」
「ははは。そこまで自分の種族に引っ張られなくても」
無論、互いに冗談とわかった上でのやり取りだ。そんなやり取りが気軽にできるという事実にか、モモンガは非常に楽しそうに笑う。
地図を畳んで懐に入れながら、たっち・みーが立ちあがった。
「それでは早速街に繰り出しますか。……と、その前に。〈伝言〉」
そういってたっち・みーがいずこかへ連絡を取る。数秒後、部屋の中にエイトエッジ・アサシンの一匹が入ってきた。床に伏し、頭を下げる。
「エイトエッジ・アサシン、参りました」
「私たちはこれから街を散策……いや、見学しに出る。部屋に侵入する者があれば即座に私たちに連絡せよ。いまのところボロは出していないはずだが、万が一ということもあり得るからな」
「承知しました」
「あと……さっき、下の酒場で私たちに絡んできた冒険者と、ポーションを渡した冒険者のことは把握しているか?」
「はっ。すでに監視対象として同行を把握しております」
その言葉に、たっち・みーは満足そうに頷く。
「そうか。絡んできた方は逆恨みをされていないかどうか探るだけでいい。ポーションを渡した方の冒険者は今後の動向に十分注意しておいてくれ」
「畏まりました。不敬にも御身に絡んだ泥酔者は、すっかり意気消沈した様子で水を飲んでおりましたので問題ないかと思います」
エイトエッジ・アサシンのいい返事を聞き、たっち・みーは心配いらないことを確信した。自分が命じる前に、きちんと動いてくれている。
「そうか、ありがとう。……では行きましょうか、モモさん」
そう言ってたっち・みーはモモンガを伴い、部屋の外に出る。モモンガが不思議そうに聞いてきた。
「なぜポーションを渡した冒険者の動向について調べるように言ったんですか?」
「ああ、モモさんの位置だと聞こえなかったんですね。いえ、大したことじゃないんですが、私がポーションを渡した時、あの冒険者『ひとまずはこれでいい』みたいなことを言っていたんですよ。それが気になって」
それを聞いたモモンガはたっち・みーがなぜそれを気にしているのか理解したようだった。
「ああ、ひょっとすると渡したポーションが価値として不足していたかもしれない、と?」
「ええ。ポーションの相場がわからなかったので物々交換を持ちかけましたが、考えてみればそれも相場がわからない以上、ちゃんと同価値の物を渡せていたのか、後から不安になりまして」
あの場では大人しく引き下がってくれたものの、実はポーションの価値が釣り合っていなくて、不満を持たれていたとしたら、たっち・みー的には大事である。
「場合によっては追加で何か配慮するべきかとも思います。こんなことで冒険者タツとモモの評判に傷がついてはつまらないですから」
「……相手も納得して受け取ったんですし、たかだか一冒険者にそこまで気を回さなくても、と思いますよ?」
でも貴方らしいです、とモモンガは苦笑気味に呟くのだった。
結果として、その行動が想わぬ事態を察知することに繋がるのだが、それはまだ先の話だ。
宿から出て、道を歩きながら二人は会話を続ける。
「貴方らしいといえば、あの足を突き出して来た男や、酔っ払いに対する対応もタツさんらしかったですね。私だったら、わざと蹴り払っていたでしょうし、絡んでくるようならぶん投げるくらいしていたと思います。手っ取り早く実力を見せつけられるでしょうし」
「新人に対する通過儀礼みたいなものでしょうから、それでもよかったんですが……実は上手く加減する自身がなかったんですよ。私の身体能力で『軽く投げる』と宿屋の壁ぐらい貫通させそうで。殺しちゃうとさすがにまずいですからね。……あと、酔っ払いへの対処は職業柄慣れてますから」
そんな風に笑いながら、二人は街中を歩くのだった。
主人が不在のナザリック地下大墳墓。
その管理を任されたアルベドは、モモンガの執務室で、座るものがいない椅子の傍に立っていた。すでに今日の分の伝達事項や仕事は終わっている。何か不測の事態があれば即座に連絡が入ることになっているため、アルベドはその場所にやってきていた。
「モモンガ様……」
百年離れた恋人を思うように、椅子の手すりを指先で撫でる。次にその視線は、その椅子の隣に配置されたそこそこ豪華な椅子に向かった。
「たっち・みー様……」
モモンガと作戦を考えるとき、たっち・みーが座るための椅子だ。自分とデミウルゴスの椅子も用意されているが、必要ないときは片づけているのでその場にはない。すでに何度か行ったことではあるが、作戦会議の光景を思い出すと、勝手に頬が緩んでしまう。
至高の二人と共にナザリックの未来のことを考えるあの時間は、アルベドにとって最高に至福の時間だった。その時間がすでに恋しい。
「……やっぱり、無理を言ってでも付いていくべきだったかしら……せめて誰かつけるべきだったかしらね」
至高の二人が決めて提案してきたこととはいえ、作戦立案に関してはアルベドとデミウルゴスはたっち・みーと同等の権限を与えられている。だから、本当の本気でアルベドやデミウルゴスが供をつけるように進言すれば、二人もそれを受け入れてくれていたはずだ。
それをしなかったのは、デミウルゴスが早々と折衷案を出してきたということもあるが、二人の意志が固かったからである。下手な配下をつけるよりはよほど二人だけの方が安全と言われると、それはそれで納得のいく話だ。
なぜなら、いくら盾となるために配下がついていこうと、たっち・みーの性格を考えれば、それをよしとするわけもないからだ。ついていた配下がかえって足手まといになってたっち・みーを危険に晒すということも十二分にありうる。
「たっち・みー様……貴方はお優しすぎますわ……」
自分たちを大事に思って、そう扱ってくれるのは、この上ない喜びではある。しかし、もしそれでたっち・みーが傷つくようなことになれば、自分たちはどれほど苦しむだろうか。想像することも出来ない。
ぶるり、と体を震わせたアルベドは両手で自分の体を抱きしめる。
「……どうか御無事で。お二人が無傷でナザリックに帰還する時を、私どもは心待ちにしております」
神に祈りをささげる純粋無垢な信仰者のように、アルベドはそう願う。
そこに(伝言)が届いた。
アルベドは即座に陰鬱なものになっていた空気を払って、(伝言)に応じる。
「はいっ! モモンガ様でございますか?」
『ああ、アルベド。定時連絡だ』
威厳の籠った絶対支配者の声に、アルベドの気持ちは天にも昇り、蕩けそうなほどの多幸感に包まれる。声を聴くだけで意識を失ってしまいそうになるほど、アルベドは感じ入っていた。
かといって気をやってしまうわけにはいかない。彼女の主人は情報の共有のために連絡をしてきているのだから、一字一句聞き逃すわけにはいかなかった。無論、モモンガの言葉であればどんな状態にあっても脳内再生できる程度には記憶するのだが。
『――以上だ。いまのところ、特筆するような強者にも重要な物品も目にしていない』
「畏まりました。ご連絡ありがとうございます。ナザリックのことは私どもにお任せください。お二人がお戻りになられるまで、一切の侵入も許すことはありません」
『うむ、そうか。信頼しているぞ』
さらりと付け加えられた言葉に、アルベドは思わず興奮の叫びが漏れるのを止められなかった。
「く、くふー! ……失礼しました。勿体ないお言葉です!」
『そうそう。都市の見学中、露天でよい髪飾りを見つけたから、お前への土産として持ち帰るつもりだ。まあ、ただの安物なのだが……』
それはまるで隕石が直撃したレベルの、唐突な幸福の飛来だった。
「ふえぁ!? そ、そんな、土産など!」
畏れ多さのあまり、変な奇声をあげてしまった。
『不要か? 私たちの不在中、ナザリックを守ってくれているお前に何かしら労いを与えたかったのだが……要らないのなら――』
「不要だなんてとんでもない! ぜひ、ぜひいただきたいです!」
アルベドは主人に対する遠慮などかなぐり捨て、そう懇願する。これで「じゃあ他の者に」とか言われた日には、何日泣き暮らせばいいのかわからなくなる。
『そ、そうか。では、戻ったときに渡すから楽しみに……いや、ほんとに安物だからな。ナザリックにあるどんな安物よりもおそらくは価値がないぞ? あまり期待してくれるなよ?』
「モモンガ様からいただけるということに価値があるのです!」
思わずそう叫んでしまったアルベドだが、ナザリックに属する者であれば全員がそう思うはずだ。いわば、常識の類である。
しかし、モモンガはなぜか若干引いているようにも感じる声をしていた。
『そ、そうか……わかった。ああ、ちなみにコキュートスにはたっちさんの方から土産を渡す。留守中ナザリックを守っている者に対する労いゆえ、コキュートスには遠慮せず受け取るように伝えておけ。固辞する方が失礼に当たる、とな』
「はっ! 承知しました!」
『ではまだ見学して回るところがあるため、これで〈伝言〉を切る。何かあればそちらから〈伝言〉を使え』
「畏まりました!」
アルベドは〈伝言〉が切れたことを確認すると、あふれ出る喜びのあまり両拳を突き上げ、翼を広げて全身で喜びを表す。
留守番していてよかった。そんな気持ちが駄々漏れなアルベドの様子を見た者は幸いにしていなかった。
「くふ、くふふっ! モモンガ様ったら……髪飾りだなんて……! なんて罪作りな方!」
たっち・みーからのお土産をもらえないのは残念だが、そこまで望んでは同じようにナザリックを守っている仲間に対して申し訳ないし、モモンガのお土産だけで満足していないようで不敬だろうと雑念を払う。
ほとんどスキップするほど、ご機嫌な様子でアルベドは早速コキュートスに天から降って来た朗報を伝えるべく、移動し始める。
アルベドから事の次第を聞いたコキュートスが、四つの拳を天に向かって突き上げるのは、それからしばらく経ってからのことだった。
アルベドたちへのお土産を提案したのはたっちさんです。
気配り上手であることは、人間関係を築く上でとても大事なことですよね。
原作でもアインズ様が働きに応じてNPCたちに褒美を与えていますが、このたっちさんはもうちょっと気楽な感じです。
ぶっちゃけ真面目に「留守番してる子供にお菓子を買って帰ろう」のレベルw
それでもNPCたちからすると、それはもう感涙するほどのことなんですが、そこにはまだ気づいていない様子です。