オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
エ・ランテルの市場には様々な道具が集まっていた。露天が所せましと並んでいて、この世界では日常的な光景なのだろうが、元の世界の街並みが当然であるたっち・みーにとっては過去の記録で知る祭りの光景だ。
現在この市場に並んでいる物品の大半はたっち・みーやモモンガにとってガラクタにも等しい効果や価値しかないものだったが、それでも様々な物品が所せましと並んでいる光景は、買い物や物色が少しでも好きならば心躍る光景だ。
「タツさん、タツさん。これとかどうですか?」
そういってモモンガが手にしたのは、無骨な首飾りのようなものだった。ジャングルの奥地にいる原住民が身に着けていると言われても納得してしまいそうな、そんな荒々しい作りである。
たっち・みーはそれを見て難しい顔をした。
「うーん……さすがにお土産にするにはちょっと作りが荒すぎますね……コキュートスなら似合いそうではありますし、喜んで受け取ってくれるとは思いますけど」
ナザリックの者たちは至高の存在からの贈り物なら、たとえ道端に落ちている石ころであろうとも全力で喜ぶであろうが、二人ともそこまで彼らの価値観を把握できてはいなかった。
「相手はコキュートスですし……武器に関わる物の方がいいでしょうか」
「そうですね。剣の柄につける飾り紐とかないでしょうか。……邪魔になるだけかなぁ」
「鞘に巻き付ける紐ならいいんじゃないですか?」
二人はコキュートスにあげるためのお土産を真剣に選んでいた。
というのも、モモンガがアルベドに定時連絡を行った際、モモンガが用意したお土産をアルベドがひどく喜んでいたためだ。実はあの段階でコキュートスへのお土産はたっち・みーが用意するということだけが決まっていて、何を渡すかは決めていなかった。
たっち・みーとしては軽いお土産感覚だったのだが、アルベドの反応からすると相当喜んでくれるようだったので、下手なものを用意することはできなかった。かといって、アルベドのお土産と極端に価値が違うものを渡すのも都合が悪い。平等に扱わなければ、無意味な争いや不満を誘発してしまうからだ。
(子沢山の家主というのはこんな気持ちなのかもな……)
ナザリックの守護者たちを子供と同列に語るのはどうかとも思うのだが、ついそういう認識になってしまう。
(子供……か)
リアルのことを思い出し、思わずナイーブな気持ちになってしまうたっち・みーだった。
(……っと。いけないいけない)
いまはどうしようもないことで雰囲気を暗くしても仕方ない。たっち・みーは気持ちを切り替え、改めてお土産の物色に戻ることにした。
「……あれ? モモさん?」
さっきまで隣にいたはずのモモンガがいないことに気づいた。
他の露店でも覗いているのかと思い、周囲を見渡したたっち・みーは――
「惚れました! 一目ぼれです! 付き合ってください!」
隣の露店で金髪の男にナンパ――というには声が妙に真剣な響きを有していたが――されているモモンガの姿を見た。
モモンガは真剣に商品を物色していた。
コキュートスに対するお土産は、たっち・みーが用意することになっているとはいえ、モモンガがアルベドに用意した髪飾りのお土産は元はたっち・みーが薦めてくれたものだ。最終的に決めるのはそれぞれでも、それまでに提案するのは自由。ならば、お土産が少しでもいいものになるように、品物を物色するのは当然と言えた。
(たっちさんのお土産になるのだから……完璧なものを選ばなければならんだろう)
下手なものを選んで、『たっち・みーにはセンスがない』なんてことになれば一大事だ。しかしモモンガは自分のセンスに自信があるわけではない。ゆえに、せめて真剣に、全力で選ぶことに意識を注いでいた。
そうしているうちに、たっち・みーから離れて隣の露店にまで到達してしまったのだが、真剣に物色を続けるモモンガは気づかない。さらに、品物の方に集中していたから、進行方向に別の客が立っていることに気づくのが遅れた。
「あ、っ」
ぶつかる寸前で気付いたモモンガは、慌てて体を引いた。魔法職とはいえ、レベル100にもなればそれだけで相当な身体能力を発揮することができる。無意識とはいえ――無意識だからこそ、下手にぶつかれば相手が吹っ飛んでしまいかねない。
だからぶつかる前に強引に体を引いたのだが、そのせいで体勢が大きく崩れ、尻餅をついて転んでしまった。モモンガは物理的なものでダメージを受けない身であるため、打ち付けた衝撃はあっても痛くはないが、衝撃につい目を閉じてしまう。
「おっと、すみません! 大丈夫です……か……」
ぶつかりそうになった相手は、自分がモモンガを突き飛ばしたのだと思ったのだろう。慌てて声をかけてきていたのが、急に尻萎みになって消えた。
モモンガはそれを不思議に思いつつ、瞼をあける。本来のモモンガの体には瞼はないはずだったが、不思議と同じような感覚で視界を閉じたり、開けたりすることはできるのだ。
その開いた視界には、金髪の男が映った。皮鎧を身に纏っているところをみると、冒険者のようだ。戦士のような重装備ではなく、体つきも決して屈強とは言えなかったが、無駄なものをそぎ落とした専門職の雰囲気は感じる。どこか剽軽な雰囲気を持った男で、さぞパーティ内ではムードメーカーになっているのだろうと察することができる。アインズ・ウール・ゴウンにも似たような雰囲気を持ったメンバーがいた。
男はモモンガの方を見て、ものすごく驚いた表情をしていた。なぜそんな顔をしているのか、モモンガは一瞬わからなかったが、やけに視界が広いことに気づき、その理由を悟る。
(あ、フードが……!)
目深に被っていたフードが、転んだ時の衝撃で外れてしまっていた。そのせいで顔が曝け出されてしまい、男はそれを見て固まっているのだ。
(まずい。ナーベラルの容姿は明らかに異国のものだ。もしやそれがなにか問題なのか……?)
他に硬直するほど衝撃を与える理由が思い浮かばず、モモンガはそう思う。
組合でもここまでの道のりでも、珍しそうな顔をされることはあったし、相応に注目されてはいたが、特に問題のある視線や態度は向けられなかった。いま目の前にいる男のように、硬直する反応は初めてで、モモンガはそれが異国の者に対する警戒心や敵対心から来る者ではないかと予想した。とっさに考え付いた理由がそのくらいだったのだ。
慌ててフードを元のように被りつつ、モモンガは立ち上がる。軽く服の裾を叩いて汚れを払った。
「し、失礼します」
短く詫びて、早く離れようとしたのだが。
「待った!」
その男が止める。いきなり手首を掴まれて、モモンガは焦った。
(ちょっ! あぶなっ!)
モモンガは分厚めの手袋をしており、それによって触れられた時の触覚を多少誤魔化している。ばれはしないはずだったが、それでも気づかれるのではないか、という一抹の不安はあるのだ。
大きな動揺は一気に沈静化されるため、大きな声をあげることは避けられた。冷静になったモモンガはとりあえず穏便に手を離すように言おうとして。
「惚れました! 一目ぼれです! 付き合ってください!」
動揺が一気に最高点に達し、今度はモモンガが硬直する。
超真剣な眼差しと態度の男。そして周りの注目。白昼堂々、喧噪のなかで突然生じた告白劇に、何とも言えない空気が周囲を漂っている。困惑が強かった気配は、事態を理解した者から興味や関心というものに代わっていく。
モモンガは流れもしない汗が、全身から流れているような気分だった。
(な、な、なにを言っているんだこいつは!? は? 付き合ってってなんだ? 買い物にでも付き合えばいいのか? いや、そんなわけないだろ落ち着け俺)
精神の鎮静化は変わらず作用している。しかし、たっち・みーと一緒にいたために最近のモモンガの精神は、常に精神の鎮静化ギリギリの位置まで高揚し、安定していた。
それゆえか、いまのモモンガは精神の振れ幅が大きくなっていた。一定を超えた動揺が沈静化されても、またすぐに感情が湧き上がってしまう。意図して落ち着こうとしなければならないほどに、モモンガは焦っていた。
そもそも元の世界も含めて告白された経験など皆無なモモンガには、突然の告白に対する反応の引き出しがなかった。どう応えるのが正解なのかわからないため、何か言うことが躊躇われるのだ。
その間にも、その男の攻勢は続く。
「俺はルクルット・ボルブ。『漆黒の剣』という冒険者のパーティで野伏を務めてます。それなりの技術は持っているし、食うに困らせないくらいの甲斐性はあるつもりです!」
聞いてねえよ。
モモンガはそういってしまいたかったが、それを口に出すのは憚られる。営業スマイルで乗り切ってしまおうか、それとも今後のことも考えて冷たくあしらう方がいいのか、迷うモモンガは困っていることだけが明らかな、曖昧な表情を浮かべる。
「えー、と。その、私はそういうのは……」
とりあえず断ろうと口を開きかけたが、それを制するようにルクルットがずずい、と前に出て来て、思わずモモンガは口を閉ざす。ルクルットはモモンガの手を両手で握りしめた。
(いや、近すぎだって! 目が怖い! っていうか手を握るな! ばれる!)
血走っていてもおかしくないほど真剣な眼差しでルクルットは続ける。
「必ず! 必ず幸せにしますから!」
人間の女なら思わずときめいていたかもしれない。
しかし、ルクルットが求婚しているのは、外見は美女でも、中身は男だし、その上アンデッドだ。厄介な相手につかまったという認識しか、モモンガにはなかった。
鎮静化と湧き上がる困惑に翻弄され続ける。
そこに、救いの手が差し伸べられた。
「きみ、ちょっと落ち着こうか?」
その静かながら凄まじい威圧感を放つ声の主は、両腕を組んでモモンガとルクルットの真横に立っていた。その声の主――たっち・みーとは、ルクルットでさえ、見上げなければならない身長差がある。しかも彼が着ている全身鎧は、価値を誤認させる魔法を経てもなお、この上ない至宝に等しいもの。そんな鎧を着こなすたっち・みーから発せられるオーラは、オーラを認識できる特殊技術など不要なほどに、強大で偉大なものだった。
ルクルットがその威光に呑み込まれて硬直している間に、モモンガはその手を逃れ、素早くたっち・みーの背後に隠れる。人の影に隠れるなど、男として情けないが、男だからこそ、告白してくる男から逃げたいという気持ちが勝った。
「あ、ありがとうございます。タツさん」
助けに来てくれたたっち・みーに短くお礼を言う。
たっち・みーは何の問題もない、と言わんばかりに頷き、改めてルクルットに向き直った。
たっち・みーはひとまずモモンガを男から引き離せたことで安心する。
(あの様子だとモモンガさんがアンデッドであることに気づいてはいないようだが……まさかこういうパターンがあるとは)
この世界の常識を知らなかったから仕方ないとはいえ、まさかいきなり求婚されるようなことがあるとは思わなかった。そういう世界だと知っていたなら、相応の対策を取っていたというのに。
(やはり情報は必要だな……常識知らずでは今後の活動に支障をきたす)
街で暮らすことを決めたのは、単純にこの世界の者として名声を高めることと、こういった一般常識を学ぶ、という目的があったからだ。
そういう意味では、突然告白するような者がいるという情報を得たことは成果の一つだ。今後、ナザリックのNPCたちを街中で活動させる際には、いらぬ騒動を巻き起こさないような工夫が必要ということなのだから。
(別行動させてるセバスたちは大丈夫かな? まあ、セバスなら上手く捌けるか……)
あとで連絡しておくべきかもしれない。
そうたっち・みーは思いつつ、ルクルットに意識を戻す。
「彼女は私の連れなんだ。申し訳ないが、手を出さないでもらいたい」
たっち・みーの存在感に硬直していたルクルットは、その言葉を聞くと生気を取り戻したように復活し、訪ねてくる。
「恋人、なのか?」
「いや、違う。仲間だ」
いっそ恋人と偽った方が面倒がないかもしれなかったが、嘘をつくのはたっち・みーの得意分野ではないし、いまの姿だから違和感がないとはいえ、本性はふたりとも異形種で男同士だ。下手な嘘をついて変な演技をしなければならなくなることを考えれば、虚偽のことを言うのにはリスクが高すぎる。相手は冒険者で、今後ひょっとしたら何度も関わるかもしれない相手だからなおさらだ。
恋人ではない、という言葉を聞いたルクルットは、気丈にも不満げな様子を隠そうともせず、たっち・みーに食って掛かる。
「それなら――」
「人の恋路に口を出すのは私としても極力したくはないんだがな」
ルクルットの言葉に先んじて、たっち・みーは続ける。
「大事な仲間のことだ。その仲間が困っている以上、守るのが当たり前だろう?」
どうしてもというならちゃんと段階を踏め、とたっち・みーは告げる。
「ここから先は実力で排除するぞ」
拳を打ち合わせ、たっち・みーは宣告する。
本気のたっち・みーに対し、ルクルットはごくりと喉を鳴らす。だが諦めている様子はない。たっち・みーに立ち向かえるくらいの気概は持っているようだと、たっち・みーは内心こっそり感心する。
(ただのナンパ男ではないようだな。なかなかいい目をしている)
そう判断するたっち・みーに、ルクルットは何かを言おうとして――その後頭部を何者かにどつかれた。相当痛かったのか、悶絶してその場にうずくまるルクルットの背後に、肘を打ち込んだ精悍な男と、その仲間と思われる二人の冒険者が立っていた。
肘を打ち込んだリーダーらしき男が、たっち・みーとモモンガに深々と頭を下げる。
「仲間がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
そういって深々と頭を下げる男のおかげで、ようやく騒動が収まりそうだった。たっち・みーは密かに緊張させていた部分の力を抜き、ほっと息を吐く。
これが、彼ら『漆黒の剣』との出会いだった。