オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
パチパチ、と薪が燃える音がしていた。
たき火を囲んで各々が好きな場所に腰掛けている。漆黒の剣は漆黒の剣で並んでいるし、たっち・みーとモモンガも隣にいるが、それは親しさを考えれば自然の席取りだろう。たっち・みーのもう片方の隣にはンフィーレアが座り、モモンガの隣にはちゃっかりルクルットが座っている。相変わらずアピールを忘れないルクルットに、たっち・みーは苦笑せざるを得なかったが。
(さて……どうするべきか)
そう考えながら見下ろした手の中には、暖かなシチューがあった。ニニャがとりわけてくれたものだ。決して豪勢なものではないにせよ、その素朴ながらも美味しそうなものを口にすることに躊躇うことはない。たっち・みーの種族は飲食不要ではないし、その気になればいくらでも食べられる。元々心配していないが、アイテムによって無効化しているため、毒などを警戒する必要もない。
問題は、モモンガが飲食不要の体であることだった。幻術をかけてナーベラルの姿を取っていようと、食べられないことに変わりはない。どうやって誤魔化すべきか考えていた。
「あー……モモちゃん、何か苦手なものが入ってた?」
ルクルットがそうモモンガに問いかける。モモンガは少し考えたのち、こう答えた。
「いえ、そういうわけではないです。ただ、宗教的な事情でして。命を奪った日の食事は4人以上で食べてはいけないというものがあるんです」
「ほう……変わった教えを信じておられるのだな。モモ女史は。もしや、タツ氏もであるか?」
宗教がらみということにしてしまうのは、確かに上手い手だ。辺境の地で信じられているものとしてしまえば、調べられようがない。
「ああ。実はそうなんだ。お前たちからすれば変な教えだろう?」
「いやぁ、世界は広い。そう言った教えもあって不思議ではないのである」
宗教がらみだからとわかったからか、漆黒の剣やンフィーレアの不思議そうな様子が納得した者のそれに代わる。現実の世界でもそうだったが、この世界でも宗教がらみの問題は微妙なものであるようだ。たっち・みーとモモンガにとっては都合がいい。
「そういえば、皆さんは漆黒の剣というチーム名ですけど、漆黒の剣を使ってはいないようですが……」
モモンガが話を変えるためにそんな話を振って、漆黒の剣たちも応じる。
漆黒の剣の由来から通じる様々な話を通して情報を集めながら、たっち・みーとモモンガは上手く会話に乗っかっていた。
もしこれがモモンガかたっち・みーの一人だけがこの中に混ざったなら、こうは上手くはいかなかっただろう。世界知識は不足しているが、そこはたっち・みーが上手く誤魔化しつつ、時に堂々と「なんだそれは?」と聞くことでむしろ世界知識を増やしている。
たっち・みーがいずれ大英雄となる浮世離れした存在であると認識している漆黒の剣やンフィーレアは、多少常識的なことを知らないのも英雄らしいとでも解釈したのか、快く教えてくれる。
たっち・みーは強者であることを実に上手く活用していた。
『……さすがはたっちさん。人間関係の構築はお手のものですね。私だとこうはいかなかったでしょう』
『え? そんなことはないと思いますが……それにしても、仲の良いチームですね』
漆黒の剣は命を預けあった者特有の馴染んだ空気を纏っている。それはたっち・みーやモモンガにとっては過去のギルドを思い返させるもので、ンフィーレアにとっても羨みを感じるものらしい。
楽しげに歓談する漆黒の剣にンフィーレアが問いかける。
「皆さん、本当に仲が良いですね。冒険者のチームって、皆こんなに仲がいいんですか?」
「ある程度はそうでしょうね。命を預け合う関係なわけですし。お互いに拘るところとか、譲れないところをわかっていないと、いつも喧嘩になってしまいます」
「相互理解が大事なのである。まあ、冒険者のチームにも様々なものがあるゆえ、仲が良くないチームがいることも事実ではあるが」
「あと、うちのチームには異性がいないからなぁ。いると色々なところで揉めたりするって聞くぜ」
「……そう、ですね。いたらまずルクルットが問題を起こしそうですしね」
微妙な調子でニニャが笑う。それに対し、もっともだとルクルット以外の全員が思った。特に現在進行形で言い寄られているモモンガに至っては、絶対零度の視線をルクルットに送っているほどである。もっとも、当のルクルットは「モモちゃんの冷たい視線いただきました!」と言いながら悶え、全く懲りている様子はなかったが。
「それに……チームとしての目標がしっかりしているからではないでしょうか」
漆黒の剣の目的は、その名前の由来となった、伝説の剣を手に入れるということだ。
この辺りの目標についても、ただ「有名になる」とか「お金を得たい」というような俗物的な目標ではない点が、たっち・みーに彼らを好ましく思わせる要因にもなっている。
「……そうですね。皆の目標が一つに絞られているということは、とても大事ですね」
モモンガが思わず呟いたのを、ンフィーレアは聞き逃さなかった。
「モモさんも昔はチームを組んでいたんですか? あ、いえ。いまはチームというよりはコンビだと思ったので……」
それとなくンフィーレアが自分たちの素性について探りを入れてきていることにたっち・みーは気付いたが、モモンガは気づいていないようだった。
どうやら、仲間という言葉にギルドメンバーの記憶を刺激されてしまったようだ。モモンガは俯いて視線を落とし、そしてぽつりと話し始める。
「冒険者、ではなかったですけどね。私が弱かった頃、最初に救ってくれたのが……タツさんです。タツさんに案内されて、私は四人の仲間に出会ったんです」
思い出す。最初の記憶を。
「素晴らしい仲間たちでした。最高の、友人たちでした。幾多もの冒険を繰り返し、共に未知を踏破し……あの日々は忘れられません」
友人という存在を知ったのは、貴方の、そして彼らのおかげだ。
いつだったか、モモンガが真剣な声で話してくれたときのことを、たっち・みーは思い出す。
だからモモンガにとって友人たちというものは特別で、彼らが遺した「アインズ・ウール・ゴウン」のすべては命を懸けてでても守り抜きたい存在なのだ。
いまはそのメンバーのほとんどがいなくなってしまっていても。
モモンガは寂しそうに背中を丸めていた。小さくなって寂しさに耐えているようなその様子に、漆黒の剣も、ンフィーレアもなにも言えない。
たっち・みーはモモンガを慰めるように、その背中に手を置いた。
自分はここにいる、という意思を込めて。
モモンガは、はっとした様子でたっち・みーの方を見て、そして、安心したように微笑んだ。
「すみません……湿っぽい話になってしまいましたね」
そう言って頭を下げるモモンガの言葉を補足するように、たっち・みーが少し軽めの声でいう。
「ちなみに、いまのモモさんの話だとまるでその時の彼らが死んでしまったようだが、ちゃんと生きている。私達の目的は世界のどこかにいるはずの彼らとまた再会することでもあるんだ」
たっち・みーの言葉に、漆黒の剣とンフィーレアも少し安堵したような様子を見せた。
「なんだー。モモちゃんがすげえ暗い顔をしてるから、俺はてっきり……」
「こら、ルクルット!」
ルクルットがいつもの様子で騒ごうとするのを、ぺテルが素早くたしなめる。ダインが低い笑い声をあげ、ンフィーレアがつられて笑う。
ニニャがモモンガの方を向いて言葉をかけた。
「モモさん。いつの日か、きっとその素晴らしい方々と再会できますよ。私も姉と再会することを諦めていません。一緒に……というとモモさんレベルの人に対して失礼かも知れませんが、お互いにがんばりましょう!」
そのニニャの言葉に、モモンガは笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。ニニャさん」
朗らかな空気が戻ってきたのを感じたたっち・みーは、シチューの皿を持ったまま立ち上がる。
「さて。それではすまないが私たちはあちらで食べようと思う。冷めてしまってはもったいないからな」
「すみません。皆さん」
「いえいえ。宗教に関することでは仕方ありません。ごゆっくりどうぞ」
ぺテルがそう言って二人を送り出し、たっち・みーとモモンガは少し離れた位置に移動する。
「……必ず皆を見つけ出しましょうね。たっちさん」
清々しい決意を胸に宣言するモモンガに、たっち・みーは当然だと頷く。
「ええ、必ず。仮に来ていなかったとしても、またみんなが遊びに来れるようにしましょう」
いつかナザリックにすべてのギルドメンバーが揃うときを夢みて、たっち・みーとモモンガは昔話に花を咲かせるのだった。