オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
※若干、目的や着地点が違う程度です。
翌日、カルネ村に到着した一行は村に入る際、エンリが小鬼将軍の角笛で召喚したゴブリンに警戒されるというハプニングがあった以外は、順調に村に入れていた。
「まさか、エンリとンフィーレアが友人だったとは思いませんでしたね。モモさん」
ンフィーレアが彼女に抱いている感情は友達に対するそれとは違うようだったが、いまの関係性は紛れもなく単なる友人同士だ。ならば友人という言い表し方があっているだろう。
モモンガはたっち・みーの言葉に同意して頷く。
「二人を見張っているエイトエッジ・アサシンからの情報によると、どうやらンフィーレアは我々がこの村を助けた『たっち・みーとモモンガ』であることに気づいたようですね」
たっち・みーとモモンガは村を見下ろせる丘に立って村の様子を眺めていた。漆黒の剣たちは別の場所で休んでいる。
「まあ、元々無理に隠すつもりはないですからね。モモさんの方が大きく姿を変えているとはいえ、魔法という存在がある世界ですし、結び付けて考える方が自然でしょう」
たっち・みーはそう呟いた。名前を変えて冒険者として活動しているのは偽造身分を作り出すという目的もないわけではないが、いずれはタツとモモがアインズ・ウール・ゴウンのたっち・みーとモモンガと同一の存在であるということを喧伝するつもりだった。
その時のためになるべく人々に受け入れられる存在として振る舞うことにしているのだ。
もっとも、たっち・みーは何も言わなくてもそういう行動をするだろうとモモンガには思われているのだが。
「お、どうやらンフィーレアがこちらに向かっているようですよ」
「さて、彼は私たちに対し、どういう立ち位置を取るのでしょうね」
まだ関わって日が浅い相手ではあるが、ンフィーレアがまっすぐな性根を持つ少年であることはたっち・みーにも伝わっている。これから彼がどういう立ち位置を取ろうとするかで評価は変わるが、きっと悪い方向にはならないだろうという確信がたっち・みーにはあった。
「こういうとタツさんはいい気分じゃないかもしれませんが……この村を、エンリを助けたことはンフィーレアに大きな貸しを作れたという意味で、ファインプレーでしたね」
「……まあ、そうですね。いまの状況なら、よっぽどのことがない限り、ンフィーレアが私達に対して不利益になるような行動を取ることはないと確信できるのはいいことです」
そうたっち・みーが言うのと、ンフィーレアが急ぎ足で駆けてくるのが見えたのはほぼ同時だった。
その後のンフィーレアとのやり取りは、ほぼたっち・みーとモモンガの思惑通りに進んだ。
ンフィーレアはエンリを救ってくれたお礼を二人に言ったのち、ポーションの秘密を求めて接触してきたことを正直に告げた。それに対し、たっち・みーとモモンガは寛大な対応で受け入れ、いまの段階ではまだタツとモモがアインズ・ウール・ゴウンの二人であるということは周りに伏せておくようにお願いした。
その途中、二人の寛大な対応にンフィーレアが感動し、憧憬の視線を向けて来た。
モモンガは自分もかつて弱かった頃はたっち・みーや仲間に同じような感情を向けた覚えがあったため、感情抑制が生じる程度に照れくさく感じ、たっち・みーは昔のモモンガのことを思い出して微笑ましく思った。
ンフィーレアとのコネクションの構築は、おおむね二人の考えた通りの、良好な形に落ち着いたと言えた。
ンフィーレアの依頼は、裏にたっち・みーとモモンガとの繋がりを持ち、ポーションの入手経路や製造の秘密を探ることがあったが、薬草の採取という表の目的もしなければならないことだ。
森に入っての薬草採取は、モンスターと遭遇する可能性が高まり、かなり危険な行為である。そのための護衛として雇われたたっち・みーたちは、念入りに準備をしていた。
「ではこれから森に入りますので、僕の警護をお願いします」
「まあ、タツさんたちがいれば大丈夫でしょう」
漆黒の剣のリーダーであるぺテルが言うと他力本願にすぎる言葉に聞こえるが、たっち・みーとモモンガの実力は十分以上に示しているので、その反応も当然といえた。
「森の中は森の賢王というモンスターの縄張りです。他のモンスターには出くわさないと思いますが……もし出くわすとしたらその伝説の魔獣ですから……」
「安心しろ。そいつは私達がなんとかする」
たっち・みーは断言する。
「もし遭遇したら、念のためぺテルたちはンフィーレアを連れて離れてくれ。私とやり合えるような魔獣だった場合、さすがに皆を巻き込まずに戦える自信はないからな」
それほど強力な魔獣だった時の戦いの激しさを想像したのだろう。ンフィーレアやぺテルたちはごくりと喉を鳴らした
「わ、わかりました。その際はンフィーレアさんを守って逃げさせていただきます」
「そうしてくれ」
「まあ、タツさんが本気を出す必要があるような魔獣だったら、どこまで逃げても安全な場所なんてないでしょうけどね」
さらりとモモンガが呟き、五人が戦慄する。
たっち・みーは苦笑しながらモモンガの言葉を否定した。
「さすがにそこまで広範囲を薙ぎ払いはしませんよ、モモさん」
やろうと思えば本気で森ひとつくらいは吹き飛ばせるのだが、それは言わないでおいた。
「あの……タツさん……」
ンフィーレアが何かを言おうとして一瞬言い淀んだが、決心して口を開いた。
「森の賢王は殺さないでくれませんか?」
「ん? 縄張りの問題か?」
たっち・みーはそう応じた。そのモンスターがいることによって他のモンスターが出ないという話はカルネ村までの道中にも聞いた。
カルネ村にはエンリがいる。いくらゴブリンたちの協力で村の防備などが整いつつあるとはいえ、モンスターが流れ込めばひとたまりもないだろう。それを森の賢王というモンスターが抑制しているとすれば、そのモンスターを倒してしまうのは具合が悪いという理屈だ。
「はい。伝説の魔獣に対し、困難なことをお願いしているのはわかっているつもりなのですけど……」
「わかった。森の賢王は追い払う程度にしておく」
あっさりとたっち・みーはンフィーレアの提案を受け入れた。漆黒の剣の面々がどよめく。
「相手は何百年も生きている伝説にも関わらず……この自信……」
「絶対的強者に許された態度であるな……」
「これが油断や慢心じゃなく、確かな実力に裏付けされた自信というのですから……」
漆黒の剣の面々から向けられる称賛や賛美の視線を、たっち・みーは自然体で受け取る。
隣にいるモモンガの方がなぜか得意げだった。
たっち・みーは話を進めることにする。
「さて。森の賢王に対しては私達が何とかするから……出発するか?」
「そうですね。そうしましょう。早速ですが……」
ンフィーレアが薬草を取り出してそれを皆に示す。それが今回採集する対象の薬草のようだ。
たっち・みーは門外漢なため、とりあえず耳に入れる程度に聞いていたが、そこにモモンガから〈伝言〉による声がかかった。
『たっちさん。アウラから了承の返事がきました。彼女が森の賢王を追い立ててきてくれます』
『ありがとうございます。モモンガさん』
ここでたっち・みーとモモンガには森の賢王と支配下に置くという目的があった。
森の賢王がどれほどの叡智と強さを持っているか不明の段階ではあるが、大森林を調査するように命じていたアウラから報告があがっていないことから、自分たちを超える力を持っているとは考えにくい。そのため、必要なのはそれが持つ知識の方だ。
下手な敵対行動は臍を曲げてこちらの質問に対して答えなくなる恐れもあったが、賢王と言われていようが魔獣は魔獣。最初に強さを見せつければ、自分たちにとって都合のいい状態に落ち着けることもできるだろう。
(もしかすると、現実の世界と繋がる方法のヒントが得られるかもしれないのだしな……)
相手があまりにも聞き分けがなかった時は、非道な聞き出し方も考慮に入れていた。
そうならないことを祈りつつ、そうなった際は自分が容赦しないことを自覚して、たっち・みーは顔を顰めるのだった。
森の中で薬草を採取している最中。
最初に異変に気づいたのはルクルットだった。
「やべえな……なんか近づいてくるぜ」
森がざわめいている。
明らかに空気が変わっていた。
「でかいものがこっちに向かってやがる。蛇行しているっぽいのは気になるが……ほどなく遭遇するぞ、これ」
「森の賢王か?」
「それはわからないが……なんにしてもこれはまずいなぁ」
「撤収だ。……ではタツさん。打ち合わせ通り、しんがりをお願いします」
「任せろ。お前たちは早く行け」
たっち・みーは剣を抜き、盾を構えながら漆黒の剣とンフィーレアを促す。
「タツさん。モモさん。無理はしないでくださいね」
そういうンフィーレアの声には、二人に対する絶大の信頼があり、髪に隠された眼からは憧憬の感情が籠る視線が二人に向けられていた。
たっち・みーはそれを鷹揚に受け取ったが、そういった視線を向けられ慣れていないモモンガは、即時の撤退を勧める。
去って行った一行を見送り、たっち・みーとモモンガは改めて森の奥に向かって構える。
((殺意感知))
たっち・みーが特殊技術を用いると、すごい速度で近づいてくるものの存在を確かに感じた。それがもう少しでこちらに接触する――というところで急に止まる。
(おっと)
たっち・みーはモモンガの前に立って盾になる。その瞬間、森の奥から鋭い何かが飛来した。
それをたっち・みーは左手に構えた盾で軽く弾く。<
(いまのは……尻尾か。金属に匹敵する固さだったな。二十メートル以上は離れているというのにあの正確さ……ゴブリンやオーガじゃ近づくことも出来ずにやられるな)
強力な魔獣が遠隔攻撃に類する射程の攻撃方法を持っているというのは、それだけで脅威だ。無論、前衛職であり、それを極めたたっち・みーにとっては二十メートル程度は瞬き一つで詰められる距離でしかないが。
たとえばこれが漆黒の剣のぺテルやルクルットなら、成す術もない相手であるということは明らかだった。尻尾の一撃はたっち・みーだからこそ見極めて軽く弾くことも出来たが、普通なら盾を用いて真正面から受け止めるのが精一杯だろう。そして尻尾の威力と盾の耐久度、持ち手の膂力などを比べると、生半可な冒険者では耐え切ることはできないはずだ。
(伝説の魔獣というのはそれなりに妥当な評価かもな)
そうたっち・みーが考えていると、木々の後ろから深みのある声が響いた。森の賢王という呼び名に相応しい声だ。
「それがしの初撃を完璧に防ぐとは……天晴でござる」
しかしその内容……というか口調には首を捻らざるを得なかった。
「それがし……天晴……ござる……」
ふざけているようにも聞こえてしまう。
たっち・みーはそのことをどう判断したらよいのかわからなかったが、モモンガが後ろから声をかけてきた。
「タツさん。これは私たちの脳が翻訳したものですから」
「ああ、そうでしたね」
たっち・みーやモモンガが、森の賢王の喋り方はそれが一番近いと判断したわけだ。
決して相手がふざけているわけではないとわかり、たっち・みーは少し安心する。
「さて、それがしの縄張りに土足で侵入してきた者よ。いま退くのであれば、見事な防御に免じて追わずにおくでござるが……どうするでござる?」
その言葉を聞いたたっち・みーは、森の賢王が賢王らしい矜持と、敵に対してもその力を素直に称賛する度量を持っていることを理解し、その存在に期待を膨らませる。
「心遣いはありがたいが、悪いな。私たちはお前に用があって来たんだ。いくつか聞きたいことがあるからな。……とりあえず、姿を見せてくれないか?」
たっち・みーがそう言うと、森の賢王の笑い声が森に反響した。
「ふふふ……侵入者が、ずいぶんと偉そうな口を利くでござるな。……ならばそれがしの偉容に瞠目し、畏怖するがよいでござるよ!」
森の木々をかき分け、森の賢王が姿を現す。
その姿を見たたっち・みーとモモンガは目を見開く。それは予想外すぎる姿だった。
「ふふふ。驚いたでござろう。恐れることは恥ではないのでござる。それがしを見て恐れぬ者はこれまで一人もいなかったでござるよ」
「……いや、なんというか……ねえ、モモさん」
「あー、うん、そうですね。タツさん。これは……」
二人は形容しがたい表情を浮かべ、何とも言えない空気を醸し出す。さすがの森の賢王も、二人の間に生じている空気が恐れの類ではないことに気づいたようだった。
「どうしたのでござるか?」
その森の賢王が首を傾げる仕草を見て、二人の間である確信が強まる。
「ひとつ聞きたいんだが、お前の種族名は……」
たっち・みーは問いかける。
「ジャンガリアンハムスターとか言うんじゃないか?」
森の賢王――巨大なハムスターのつぶらな瞳が不思議そうに細められた。
長い尻尾と異様に大きな体躯を除けば、それは明らかにジャンガリアンハムスターの姿をしていた。