オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
森の賢王――たっち・みーやモモンガからすればどう見ても巨大なジャンガリアンハムスターでしかないそれは、唯一それがただのハムスターではないことを示す、長く強力な破壊力を持つ尻尾を鋭く振る。
「それがしは同族に会ったことがござらん。ゆえに、種族名がそのジャンガリアンハムスターであるかという質問にも答えかねるが……もしや、そなたはそれがしの種族のことを知っているのでござるか?」
「知っている、と言っていいのかどうかは疑問だが」
たっち・みーはちらりとモモンガを窺い、モモンガは頷く。
「かつての仲間にお前によく似た種族を飼っている人がいた」
そのハムスターの話は、ことあるごとにされていて、専用のケージや高級な餌などを買い込んで、かなり入れ込んでいた様子だった。寿命でそのハムスターが死んだときは、この世の終わりのような泣き声を残してログアウトし、その後しばらくインしなかったせいで、ギルドメンバーの中で一時「後追い自殺したのではないか」と騒ぎになったことさえあったほどだ。
同じ仲間のことを思い出していたのか、モモンガが懐かしそうに眼を細めている。
ビシッ、と森の賢王の尻尾が地面を叩く音が響いた。
「なんと! それがしに似たものとは! その話は詳しく聞かせて欲しいのでござる。それがし、同族に会いたいでござるよ。同族がいるのであれば、種族を維持するという責任があるのでござる。子孫を作らねば生物として失格でござるゆえ」
(野生動物としては正しい責任感とはいえるが……しかしこれは……)
たっち・みーは少しがっかりした気持ちだった。確かにその責任感は立派なものだとは思うが、想像していた『賢王』の方向性とは少し違うように感じたのだ。しかし元々がたっち・みーの勝手な願望であったがゆえに、その気持ちは押し殺す。
「……私はもうアンデッドだし……生物じゃないし……」
ついでに、後ろで何かブツブツ言っているモモンガのことも黙殺した。
「詳しく教えられることは教えるが、残念だがお前が喜ぶような内容じゃないな。そもそも、私たちの知るそのハムスターは大きくても掌の上に乗る程度でしかないし、お前のように喋ったりもしない。あくまで全体の姿形が似ているだけなんだ。期待させたようですまない」
たっち・みー自身、森の賢王に期待して裏切られた口であるため、期待してしまったが故の落胆は想像に難くない。自分たちに関しては人が勝手に森の賢王などとこのハムスターのことを呼んでいたがために生じたいわば賢王自身も迷惑な形の裏切られ方だが、相手が裏切られたのはこちらが口にした「似た種族」という言葉に対してだ。
単純に「似た種族」といえば、それは自分の同族だと勘違いするのも仕方ない。「似た姿をしたもの」だと言えばまだ期待値も低かったかもしれないのに。
案の定、森の賢王はしょんぼりと髭を力なく垂らした。
「それはちょっと、さすがに無理でござるなぁ……。では、やはりそれがしは一人なのでござるかなぁ……」
「……そうか。お前は孤独なんだな。下手な慰めは余計なお世話だろうからしないが、同族以外に仲間を求めてみるのはどうだ? 案外、悪くないし、下手な同族より強固な絆が築けるぞ?」
たっち・みーの優しい声を、森の賢王は困惑しながらも素直に受け止めた。
「……むぅ……それは……同族がいないとわかったら考えるでござるよ。お気遣い感謝するでござる」
「いや、感謝の言葉は必要ないさ。ところで、残念ながら実にはならなかったが、そちらの要望に応えたんだ。こちらからも質問をしていいか?」
その真摯な言葉に森の賢王はますます戸惑いつつも、鷹揚な態度で頷く。
「構わないでござるよ」
「ありがとう。聞きたいことなんだが、お前は森の賢王という名前だが、この世界に対する造詣どれほど深い? たとえば、この世界の他に、まったく別の法則で動く異世界がある……というような知識はあるか?」
森の賢王はその可愛らしい顔を大きく傾げた。
「……何を言っているでござる? 異世界とはどういう意味でござる?」
(……ハズレか……まあ、わかってはいたが)
たっち・みーは大きくため息を吐く。そもそも質問の意図が伝わっていない時点で、見込みはなさそうだった。
(いや! まだ諦めるのは早すぎる!)
しかし、すぐに切り替えた。
「異世界云々は一端忘れてくれ。じゃあ、そこにいたはずの者が急に遠い場所に行ってしまうとか、そういう話ならどうだ?」
異世界転移という概念を言い表す言葉を持っていないのではないか、という一縷の希望にかけてみた。しかし、やはり森の賢王は首をひねるばかりだ。
今度こそ、たっち・みーは落胆の思いを隠しきれなかった。
(ダメか……せめて何かのヒントくらい……と思ったんだけどな……)
そう言って俯くたっち・みーに対し、森の賢王が戦闘態勢を整える。
「さて、そろそろ無駄な話は止して、命の奪い合いをするのでござる! それがしの支配する領地に侵入せし者よ! それがしの糧と――ひいいいいいいいいいい!」
低い声で朗々と声をあげていた森の賢王から、高い悲鳴があがった。
「え?」
たっち・みーが思わず顔をあげた先で、森の賢王はひっくり返って無防備な腹を見せていた。
「こ、降参でござる……! それがしの負けでござるよ!」
「へ?」
変な声をあげてしまったたっち・みーが背後を振り返ると、思いっきり視線を逸らしたモモンガがいた。その体から黒いオーラのようなものがにじみ出ている。
「……すみません、タツさん。あなたとそれが真剣に対峙する光景に我慢できそうになくて」
「ああ……なるほど」
相手は巨大とはいえ愛くるしい姿のハムスター。それに対し、たっち・みーという超級の戦士が正面から対峙しているという光景は、確かに客観的にみた場合はちょっと情けない光景かもしれない。特にモモンガはたっち・みーを特別視していることもあって、余計に我慢ならなかったのだろう。そのため、〈絶望のオーラ〉を放って手っ取り早く降伏させたというわけだ。
たっち・みーは森の賢王の傍まで歩み寄り、その無防備な腹部を見下ろす。
「さて……どうしたものかな」
「色々と活用法は考えられますね。ユグドラシルにはいなかったモンスターですし、アンデッド化させた場合、どんなアンデッドになるかは非常に気になるところです」
隣に並んだモモンガが、森の賢王にとってはとてつもなく不吉なことを口にする。森の賢王は自分の尻尾を抱きかかえ、ガタガタと震えるのみだ。
「殺しちゃうんですか?」
そこにアウラもやってきて、殺すのなら皮を剥がさせて欲しいと言い出し、森の賢王はもはや強大な手でシェイクされているかのような震えっぷりだ。
たっち・みーはさすがに哀れに思い、二人を抑える。
「こいつは生かして連れていきましょう。姿が少々可愛らしいとはいえ、森の賢王と呼ばれるほど強大な魔獣であるのは事実。ならば、それを御して従えているという事実は格好の噂になります」
「……そう、ですね。たっちさんがそうおっしゃるのであれば……元々そういう案もありましたしね。問題はこれが森の賢王だと信じてもらえるかどうかですか」
「まあ、そこは臨機応変で。では、森の賢王。私の真の名はたっち・みー。こちらはモモンガという。私たちに仕えるのであれば、お前を生かして連れていこうと思うが?」
「あ、ありがとうでござるよ! 命を助けてくれたこの恩、絶対の忠義でお返しするでござる!」
飛び起きて忠誠を誓いつつ、体を擦り付けてくる森の賢王を、たっち・みーは複雑な気持ちで受け止めていた。
森から出て、先に逃げていた漆黒の剣やンフィーレアと合流する。
五人はたっち・みーとモモンガが連れてきた森の賢王に驚き、警戒していたが、その森の賢王自身がたっち・みーとモモンガに忠誠を誓う様子を見せたことで、安心したように警戒を解く。
「これが森の賢王か……なんというか……まあ……」
ルクルットが歯切れの悪い様子で口を開く。無理もない、とたっち・みーとモモンガは内心自嘲していた。森の賢王というには、あまりにもかけ離れた外見だったからだ。
しかし、彼らの反応は、二人の予想を斜め上にぶっちぎる意外なものだった。
「なんて立派な魔獣なんだ!」
ニニャが驚愕に満ちた声を上げ、ダインがそれに重々しく頷いて同意する。
「こうして傍に立っているだけで、強大な力を感じるのである! 森の賢王という名は伊達ではないであるな!」
(え……? 強大な、力?)
「いや、こいつはすげえや。言葉がでねえ。そりゃ、モモちゃんを連れ回すだけの力はあるわなぁ」
悔しそうなルクルット。
「これほどの魔獣に私達だけで相対したら、皆殺しにされていましたね。さすがはタツさん、モモさん。お見事です」
最後にぺテルが感服したとばかりにまとめる。
(まあ、最後の判断に関しては間違ってはいない。こいつがぺテルたちを全滅させることができるレベルであることは間違いないが……)
たっち・みーとモモンガは顔を見合わせた。そして同時にほぼ同じことを思う。
(この世界、ちょっと変だ)
このモンスターが森の賢王であることの説得方法を色々と考えていた二人にとって、この事実は意外すぎて予想もしていないことだった。
二人が自分たちの認識がおかしいのか悩んでいると、ンフィーレアが不安そうに声をあげる。
「あの……森の賢王がいなくなったことで、カルネ村にモンスターが襲うようになりませんか?」
「どうなんだ? 森の賢王」
「村というのは、あれでござるな? 現在、森の勢力はそのバランスを大きく崩しているのでござる。もはやそれがしがあの地を治めていても、あの村が安全とは言えないでござろうな。それがしも自分の縄張りを通過するだけの者すべては止められないし、縄張りに住みつこうとでもしない限りは放っておくものでござる」
「そ、そんな……」
ショックを受けている様子のンフィーレア。カルネ村が、というよりはそこに住むエンリが危険だと考えているのであろう。
それに対し、たっち・みーが何かを言ってやろうとすると、モモンガから待ったが入った。
『待ってください、たっちさん。森の賢王が期待外れだった分、ここで利益を生みましょう。足がかり的な意味で価値が高いカルネ村を守るのはいずれにしても決まっていることです。なら、そこにンフィーレアからの依頼も上乗せして、恩を売りましょう。彼への貸しはいくつあっても困らないはずです』
『……確かに、そうですね』
たっち・みーとしてはそんな打算など関係なく助けてやりたい気持ちはないわけではなかったが、ンフィーレアに恩を売るという行為は、たっち・みー的にも大事なことだ。もしかしたら制約が厳しくて自分たちには使えない『異世界を渡るためのマジックアイテム』を、ンフィーレアに使ってもらう時が来るかもしれない。可能性の段階ではあるが、モモンガがわざと貸しを作ろうとしているのは、それを見越してのことでもあるはずなのだ。
だから、たっち・みーは口を閉ざす。ちらちらと葛藤が覗く様子で言おうか言うまいか悩んでいるンフィーレアの様子に、やきもきしながら、彼の方から「村を救ってほしい」というのを待つ。
(いざ必要となったときに貸しを返してもらうだけだから……彼にとっても決して損な取引ではないはず。早く口に出してくれ)
たっち・みーの想いが通じたのか、ンフィーレアが意を決したように口を開いた。
「タツさん。モモさん」
「わか……ごほん。なんだ?」
思わず「わかった」と言いそうになったのをごまかし、たっち・みーは問いかける。
ンフィーレアはまっすぐにたっち・みーとモモンガを向いて、言葉を放つ。
「僕を、お二人のチームに入れてください!」
カルネ村を守ってほしい、というお願いがされるものと考えていたたっち・みーとモモンガは完全に思考が停止する。その間にも、ンフィーレアはチーム入りを望む理由を告げていた。
曰く、カルネ村を守りたい。
しかし、そのためには力が足りない。
そのために、たっち・みーとモモンガのチームに入って強くなりたい。
ンフィーレは終始真剣で、少し頼りない感じの少年だった彼の眼は、やるべきことを見つけた男のものになっていた。
一人の男の純粋な想い――それが、とても心地よい。
この少年はきっと「村を守ってほしい」と強い自分たちに願うと思い込んでいて、打算でそれを受け入れるつもりだった二人の大人は、自分たちの滑稽さも含めて湧き上がる感情を抑えられなかった。
「っ……はははははは!」
たっち・みーとモモンガは楽しげに笑った。それは決して、ンフィーレアを馬鹿にした笑いではない。楽しくて心地よくて仕方ない、といった様子の笑い声。
ひとしきり笑った二人は、顔を見合わせると、たっち・みーはヘルムを取り、モモンガはフードを外した。そして、二人してンフィーレアに深々と頭を下げる。
「……笑ったりして申し訳なかった。君の決意を笑ったわけではない」
「ええ。とてもいい決意を聞かせてもらいました」
「その上で残念だが、君を私たちのチームに入れることはできない。二つほど条件があってね。君の場合は片方しかクリアしていないんだ」
「とても残念ですけど、ね。でも、君の気持ちは十分にわかりました。私たちのチームに参加したいといった君のことは覚えておきます」
「それと、この村を守るということだが、少しばかり力を貸すとしよう。その時は君の協力も――」
「なんでもやらせていただきます!」
ンフィーレアのいい返事に、たっち・みーとモモンガは満足して数度頷く。
モモンガが話を変えるように、一歩前に出た。
「さて、ひとまずその話は後回しです。その前にちょっと魅力的な話があるんですよ。タツさんが森の賢王を服従させたことによって、ですね」
それは森の賢王の縄張り内に再び入って、貴重な薬草や木の実などを回収することだった。いまの状態だと、森の中に脅威は何もない。それは自由に森の中を闊歩し、普段は取れないような薬草を取れるということである。
「なるほど! それならすごく貴重な薬草や、ポーション作成に必要な触媒を大量に手に入れられますね! 追加報酬もお約束できますよ!」
そのンフィーレアの言葉に喜ばない冒険者はいない。漆黒の剣たちも乗り気だった。
たっち・みーとモモンガは資金的には困っていないものの、臨時収入という言葉は誰だって嬉しいものだ。
全員乗り気になって再度採集に行く計画を立てていた時、ふとニニャがいいことを思いついた、とばかりに提案する。
「そうだ! せっかく森の賢王という強大かつ素晴らしい魔獣を屈服させたのですから、凱旋してはいかがですか? タツさん」
「凱旋?」
たっち・みーはニニャの提案の意味が掴めず、軽く首を傾げるのだった。