オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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エ・ランテルへの凱旋

 その日、エ・ランテルはどよめきに支配されていた。

 

 それらは驚きと称賛、そしてかすかな恐怖に彩られたもので、道行く者のほとんどがその光景について噂をしていた。

 どよめきはそれが移動するたびに湧き、それにつられて集まってきた人々がさらに大きなどよめきを生み出す。

 その流れの中心となっているたっち・みーは、さすがに少々気恥ずかしい思いで、その人々の視線や注目を受け止めていた。注目を浴びることになるのは元々承知のことではあったが、まさかここまで注目を浴びることになるとは思っていなかった。その原因となっている存在に視線を落とす。

 現在、たっち・みーは森の賢王の背に騎乗していた。

 森の賢王に騎乗、というと格好もつくが、実際は巨大ジャンガリアンハムスターの背の上だ。アウラやマーレのような少年少女なら夢のあるファンシーな光景に見えるだろうが、全身鎧を身に纏った屈強な戦士であるたっち・みーが乗るとそれはもはやギャグの領域である。

 せめて、前衛職の身体能力をフルに活用して、猫背にならないように胸を張っていた。

 馬に騎乗するイメージで無理やり姿勢を正しているから、バランスは最悪だ。しかし、そうでもしないと大股開きな上、尻を突き出して猫背になってしまう。跳び箱を飛ぶような姿勢はさすがに恥ずかしかったため、超級の身体能力を用いて、強引にその姿勢を維持していた。

(まさか身体能力をフルに使う初めての機会が、戦闘ではなくこれとはな……) 

 見目的には、たっち・みーたちの認識におけるギリギリの水準を保てたが、精神的なダメージは地味に効いていた。

 ただ、それを態度に出すわけにはいかない。あくまでも「なんのことはない平気なことです」という態度を保つ。それは功を奏しているようで、道行く市民たちはたっち・みーたちにひどく純粋な憧れに満ちた眼差しを向けていた。

 それはいうならば、英雄の凱旋。

 ニニャが提案し、他の四人も賛同したため、たっち・みーは森の賢王に騎乗して街に入るという案を採用することになった。名声を高めるというのはたっち・みーたちの目的に合致するため、採用することになったが、確かに効果はあるようだ。

 ただ、その提案を採用するまでの騒動は、ちょっとしたものだった。その原因となった存在を、たっち・みーは肩越しに振り返って確認する。

「……モモさん、あなたは降りてもいいんですよ?」

「ッ……ダメです。タツさんだけにこんな苦痛を味あわせるわけには……っ」

 そういうモモンガの声は羞恥に震えている。さっきから何度か冷静になってはそうなっている辺り、よほどの羞恥を感じているのだろう。

 たっち・みーはそこまで無理をしなくてもと思うが、確かにモモンガがいることによって、罰ゲームのようなこの光景の苦痛が和らいでいるところもあり、正直助かっていて、無理に降ろすことはできなかった。いわゆる赤信号皆で渡れば怖くない状態である。

 現在、森の賢王に騎乗しているのはたっち・みーだけではなく、モモンガもだった。

 モモンガはたっち・みーのすぐ背後に、横向きに腰掛け、たっち・みーの体に掴まるようにして騎乗している。さすがにナーベラルの姿で大股開きはないだろうということで採用された乗り方だが、案外様になっていた。ナーベラルの外見だからこそではあるが。

 美女の外見であるがゆえに、その存在は大きい。いうなればメリーゴーランドに恋人同士で乗るような話である。いい歳をしたおっさんが一人でメリーゴーランドに乗るのと、家族や恋人と乗るのとでは周囲から見える印象も、乗っている本人たちの心境も天と地ほどに違う。

 そもそも、森の賢王に騎乗するという話が出た時、ハムスターにまたがるたっち・みーの姿を見たくないとモモンガは強硬に反対した。最終的には周囲に与える影響や噂になる可能性を冷静に考慮して採用されたが、モモンガはどうしてもたっち・みー単独で森の賢王に騎乗することは受け入れられなかったらしい。

 結果として、せめて羞恥を分かち合う目的で、二人で乗ることになったのだ。

(モモンガさんには申し訳ないが、正直助かったな……それに、周りに対する効果としてもなかなか良いようだ)

 現在モモンガが周囲に見せている外見はナーベラルのものであり、その美しさはルクルットが一目ぼれしたように極めてレベルの高いものだ。

 そんな美女と共に強大な魔獣に騎乗している戦士。その噂はエ・ランテル中を駆け巡ることだろう。

 この調子で名声を高めていけば、目的の情報を得ることにも繋がるはずだ。そのためになら多少の羞恥には耐えられる。

 たっち・みーはそう考えてよりよく見えるように背筋を伸ばし、自信満々の態度で見上げてくる子供たちに向かって手を振ることさえしてみせるのだった。

 

 多少(・・)有名になればいい。

 たっち・みーはそう思っていたが、この凱旋は予想外の結果をもたらすことになった。

 それは、あまりにもたっち・みーとモモンガの姿が様になりすぎていたために、たっち・みーは亡国の王として、モモンガはその王妃、あるいは愛人のような存在であると噂されるようになったのだ。

 二人にとって森の賢王はただの大きなハムスターだが、周りにとっては伝説の魔獣であるということもその噂に歯止めがかからない一因となった。

 のちに自分達に対する噂を耳にした二人は『開いた口が塞がらない』という言葉を、身をもって体験することになるのだが……それはしばらく先の話である。

 

「さて、それではタツさんとモモさんはこれから組合で森の賢王の登録ですね。私たちはンフィーレアさんを手伝って荷降ろしをしてきます」

 ンフィーレアの馬車には山のように薬草や触媒が積まれている。ぺテルたち漆黒の剣の面々はこれからンフィーレアの店に言って、その荷卸しを手伝うことになっていた。

「よろしくお願いします。皆さん」

 恐縮しながらも、多額の追記報酬を約束してもおつりの来るレベルの量の薬草類を前に、ンフィーレアはご機嫌だった。

 ぺテルは森の賢王の上にいる二人を見上げる。

「オーガを倒した報酬については明日もらえることになりますから、ンフィーレアさんの依頼を受けたときと同じくらいの時間帯に組合に来ていただけますか?」

「ああ、わかった。また明日会おう」

 たっち・みーはそういって漆黒の剣と別れて、森の賢王の登録をしに冒険者組合へと向かう。

 その道中、騒ぎを聞きつけてきたのか、よりたくさんの市民が集まってきていた。

(これは、中々……大変な騒ぎになってしまったな。しかしこれはこれで好都合だ)

 名声を高める一助にもなるだろうし、万が一、プレイヤーやそれに類する何かが紛れ込んでいた場合、その特別な反応を見ることができるかもしれない。

 たっち・みーはそう思いつつ、その場に集まっている者たちをざっと見回した。いまのところは特に怪しげな気配は感じ取れない。近くの建物の上などにはエイトエッジアサシンの気配もある。なにげなくその彼らの気配を辿っていたたっち・みーは、少し疑問に思った。

(ん……? 数が多いな。連れてきたアサシンのほとんど全員いるんじゃないか?)

 その疑問についての答えは、背後のモモンガから飛んできた。

『たっちさん。エイトエッジアサシンたちが集まっている人々を一人ひとりチェックしています。何か妙な反応をしている人物いれれば、彼らが動いて反応を確かめます。さすがに数が多いので、いま街に来ている全員を動員しているようです。少し前に街を出たブリタとかいう女冒険者を監視しているアサシンは別ですが』

 その報告にたっち・みーは納得して頷く。

 現時点で要監視対象となっているのはブリタくらいのものだ。この雑踏に紛れて危険な存在が近づいているということはありえるため、彼らが自分たちの警備を重視するのは当然だろう。

『……ちなみに、エイトエッジアサシンたちには私たちの姿はどう見えているとか、聞きました?』

 何気なく聞いたたっち・みーの言葉に、モモンガは少し沈黙した後、ぽつりと答えた。

『強大かつ勇壮な魔獣を従え、その背に跨る様はまさにナザリックの支配者たるに相応しい御姿かと、だそうですよ……』

 たっち・みーはその認識に愕然とする。

『エイトエッジアサシンたちまで……私達の美的感覚がおかしいのでしょうか……?』

『い、いえ、お世辞という可能性もありますし……』

 二人して陰鬱な雰囲気を身に纏っていると、森の賢王が不思議そうに問いかけてきた。

「先ほどから無言でござるが、どうかしたのでござるか? 殿? 姫?」

 その問いかけ方に、空気が別の意味で凍った。

「……ハムスケ。私を姫と呼ぶのはやめろ」

 じわり、とモモンガの体から殺気が昇る。

「す、すまぬでござるよ! モモ殿! このハムスケ、決して悪気があったわけではないでござる!」

「……はあ。まあ、この姿じゃそう捉えても無理はないがな……少しは違和感を持つとか、何か賢王らしいところを見せてくれよ……」

 モモンガはそうため息を吐く。

 たっち・みーはなんというべきか答えが見えなかったため、黙っていた。

 ちなみにハムスケというのは、モモンガが森の賢王につけた名前だ。ハムスターだからハムスケ、とはなんとも安直なネーミングといえるが、セバスにセバス・チャンという名前を付けたたっち・みーが言えるセリフではない。

 この二人、何気にネーミングセンスは似通っていた。

 なお、のちに森の賢王――ハムスケはメスであることが判明し、モモンガは別の意味で頭を抱えることになるのだが、それもまた先の話である。

 

 

 

 

 薬草を山と積んだ馬車が、ンフィーレアの住む家の裏手に停まる。

「よし、じゃあさっさと運び込んじゃいますか!」

 ルクルットが張り切って腕を回す。妙に張り切っているルクルットの様子に、ニニャは不思議そうな顔をする。

「ルクルット、どうしたんですか? なんだか妙に張り切っているように見えますけど……」

「いや、さっきのタツさんの姿見ただろ? モモちゃん侍らせて、めちゃくちゃ格好良かったじゃねえか。悔しいが、いまの俺にはあんなことはできねえ。それなら、色々鍛えて、あれを目指したいと思ってな!」

 そしてあわよくばモモちゃん並の美人を、と意気込むルクルット。

 あまりに不純な動機かつ無謀な目標であったが、彼は至極真剣でもあったため、ニニャは苦笑を浮かべるしかない。

「そ、そうですか……」

「実に無謀であるが、目指すのは自由である」

「ひでぇな、ダイン。お前にはそういうのないのかよ?」

 ダインは深く笑みを浮かべるだけで何も答えない。

 ぺテルが話に花を咲かせる三人に、叱咤の声を飛ばす。

「こら。遊んでないで手を動かしてくれよ」

 リーダーの声に従い、ンフィーレアの指示通りに薬草を保管庫に仕舞い込んでいく。

「ンフィーレア。こいつはどこだ?」

「あ、それはこっちの棚の上にお願いします。……ルクルットさんはもうモモさんは狙っていないんですか?」

 棚の上に薬草の入った壺を置きながら、ルクルットがンフィーレアを見る。

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「いえ、さっき『モモさん並の美人を』とおっしゃっていたので。モモさん本人じゃないんだなぁ、と……すみません。気になっただけなんですけど」

「あー。まあ、あそこまでラブラブっぷりを見せつけられちゃあなぁ……さすがの俺の心も折れるぜ。顔を真っ赤にしてしがみついちゃってさ……」

 巨大ハムスターの背に乗るという羞恥が主だったのだが、もちろんそんなことは彼らには通じない。

 ルクルットはしかし、明るい笑顔を浮かべていた。

「まあ、この三日間楽しかったし、幸せだったしな。俺は次の出会いを求めていくぜ」

「……すごいなぁ。ここ数日、タツさんやモモさんの強さやすごさに圧倒されてきましたけど、ルクルットさんのその生き方も十分すごいと思います」

「そうか? 褒められると照れちまうな」

 恥ずかしそうに頭を掻くルクルットに、ぺテルが軽く肘を入れる。

「いてっ!」

「ンフィーレアさん、あまりこいつを調子に乗せないでください。すぐ増長するんですから」

「なんだよぺテルー。いいじゃねえかたまには」

 仲のいいもの同士特有のじゃれ合いを見せるぺテルとルクルット。そんな二人をニニャは困り顔で、ダインは落ち着いた笑顔で見守っていた。

「タツ氏とモモ女史。あの二人と共に旅をしたことは、我々の中でかけがいのないものになったであるな。得難い経験だったのである」

「ええ。本当に。私としてはタツさんが姉さんの捜索に協力してくれるということが一番心強いことですね」

「……ニニャ。それに甘えては――」

「もちろんです、ダイン。私は私で姉さんと再び会うために頑張ります。けど、やっぱりタツさんのことは心強いですよ」

 朗らかに笑うニニャ。ダインはそれはそうだと思ったのか、それ以上何かいうことはなかった。いつもダインはそうやって一歩下がったところから皆のことを見ていて、時に道を踏み外しそうになったときにはその重く低い声で正してくれる。

 作業をする漆黒の剣のメンバーを見ながら、改めてニニャは自分が恵まれていると感じていた。

 

 リーダーのぺテルが皆を導き、ルクルットが盛り上げ、ニニャが知識を補足し、ダインが皆を支える。

 漆黒の剣とは、そういうチームだった。

 ニニャはこの世に神様というものがいるとは思っていない。いるのだとしたら、かつて貧しいながらも幸せに暮らしていた姉との暮らしを壊しはしなかっただろうから。

 けれど、魔法を扱う才能があり、それを補うような生まれながらの異能も授かっていて、このメンバーと出会えた。そして、タツとモモという凄腕の冒険者とも知り合えうことができた。

 姉を攫われたことを除けば、ニニャは十分恵まれた運命を歩んできている。

 そのことを誰に感謝すればいいのかはわからなかったが、ニニャは自分の恵まれた環境に感謝していた。

 

 すべての薬草があるべき場所にしまいこまれ、すべての作業が終了する。

「お疲れ様です。おかげさまで助かりました。よければ果実水でも飲んで、休んでいってください」

 作業で汗を滲ませたルクルットが、額に滲んだ汗を拭う。それはルクルットだけではなく、作業をしていた全員が多かれ少なかれ同じ状態だった。

「ごちそうになります」

 ぺテルが礼儀正しく言って、母屋に向かうンフィーレアに続いた。

 そして、ンフィーレアが開けようとした扉が、母屋側から開かれた。

 現れたのは、その場にいた誰も見たことがない人間の女性だった。

 艶めかしい体を覆う最低限の鎧と、身に纏うローブ。

 可愛らしい顔立ちではあったが、その瞳に爛々と宿る狂気の光に、漆黒の剣の警戒心が最大限に引き上げられる。思わず武器に手をかけた者もいた。

 そんな漆黒の剣の様子に一切構わず、女は嗤う。ンフィーレアを見据えて。

 

「はぁい。お帰りなさーい。待ってたよぉ? ンフィーレア・バレアレ君。ちょっと君に協力して欲しいことがあるんだぁ」

 

 

 

 


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