オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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カジット・デイル・バダンテール

 カジット・デイル・バダンテールは、自分の計画が最終段階に来ていることを実感し、ほくそ笑んでいた。

 

 目の前には広い地下空間に用意された魔法陣の上で、呆然と立ち尽くす少年がいる。

 その額に輝くマジックアイテム〈叡者の額冠〉は彼から自我を奪い、その身を高位のマジックアイテムを吐き出させるものに変容させていた。これからさらに準備を整え、〈死者の軍勢〉を発動させれば、いよいよ死の祭典が始められる。

 それはカジットにとって自身の悲願の成就――それに近づくことを告げるものだ。

(三十年、か)

 彼の目的は、かつて失われた母親を蘇らせることにあった。そのためだけにカジットは幾年も研鑽を詰み、復活させることに全力を注いできた。

 三十年。すでに彼の母親が死んでからそれほどの時間が経過していたが、それでも彼の中からその執念が消えることはなく、ひたすらに復活させるだけのものを求め続けてきた。

 通常の復活の手段では生命力に乏しい母親を蘇らせることが不可能だということはすでにわかっている。それを覆すため、カジットは新しい蘇生魔法を開発しようとしていた。

 今回、エ・ランテルで行うつもりの計画は、それを開発するための時間を確保するため、自分自身がアンデッドになるためのもの。道のりでいえば半ばも半ばに過ぎない。

 ゆえにカジットにとって、こんな計画はさっさとこなされるべきことだった。

 一つの街の人間を丸ごとアンデッドに変え、そこで生まれた負のエネルギーを使って自分をアンデッドへと昇華させる。

 そのための準備だけで五年もの時間を浪費してしまった。

 クレマンティーヌという狂人ながらも強力な助力がなければもっと時間がかかっていたはずだ。

(ふん……まあ、感謝してやらんこともないが、あの殺人衝動さえなければな)

 実際に殺されかけたこともあるカジットは、クレマンティーヌという狂った女のことを考えるのをやめた。

 そんなことに時間を使ってはいられない。クレマンティーヌが情報を漏らしてしまった冒険者が、今頃は衛兵や他の冒険者にこのことを話しているかもしれない。

 銀のプレート程度の冒険者に転移して逃げられるなど、予想していなかったとはいえ、失策は失策だ。

 苛立ちを息に込めて吐き出す。

「さて……それでは始めるとするか」

 カジットは懐からあるマジックアイテムを取り出した。

 死の宝珠と呼ばれるそれを用れば、生み出された数千のアンデッドを誘導することができる程度の力を得ることが出来るだろう。

 この死の宝珠があったからこそ、カジットは死の螺旋を行おうという気になったのだ。

「さあ、死の宝珠よ! 始めるとしよう」

 そう呟き、カジットは死の宝珠の力を引き出そうとする。

 いつもなら、かざすと同時に死の宝珠が光り輝いたはずだった。しかし、死の宝珠は全く反応しない。

「なに……? どういうことだ?」

 こんなことはいままでなかった。

 もう一度発動させようとしたカジット。その頭の中で、聞いたことのない声が響く。

『――――――』

 カジットはその声がなんなのか、考えることができなかった。

 ただ、その声に言われるまま、体が動く。

(ん、なっ、なん、なんだ、これは!)

 辛うじて意識の一部が驚愕することしかできない。

 カジットの体はふらふらと前方に向かって進み、叡者の額冠を装着した少年の目の前までたどり着く。

 少年の手が、動く。自意識を封じられているはずの彼の手が、カジットが差し出した死の宝珠を受け取る。

 

 そしてカジットの手から、死の宝珠が離れた。

 

 その瞬間、カジットは急に体の自由を取り戻し、そして、同時に自由な意思(・・・・・)も取り戻した。

 死の宝珠を手に入れた時から(・・・・・・・・・・・・・)ずっと彼の頭の中で蠢いていたものから、解放されたのだ。

 自分の体と意志を取り戻したカジットは、呆然とその場で膝を突いた。

「そうだ……儂は……いや……僕は……なぜ、こんなことを……」

 信仰系魔法を追及していた頃、判明している第五位階の蘇生魔法では母親の復活が敵わないとしった時、確かにカジットは絶望した。新しい蘇生魔法が必要だと考えてのも事実だ。

 しかし、それで自分をアンデッドにしてまで、時間を稼ごうとしたのはなぜだったか。そもそも、魔法にはさらなる上位が存在すると言われることもある。生命力をそれほど減じない復活魔法もあるかもしれない。そちらの追及に生を燃やすこともできたはずだ。

 だが、すべてはあるものを手に入れたことによって変わってしまった。

 死の宝珠。それをほんの些細なきっかけで手に入れたカジットは、それまで突き詰めていた信仰系魔法の道を捨て、魔力系魔法によって自身をアンデッドにする道を選んだ。

 それは死の宝珠の強大な力に魅入られて、可能性をそこに見たからだ。その道を選ぶことを決めたのは、自分自身の意思のつもりだった。

 しかし、違ったのだ。

 死の宝珠が、カジットという男の意志を捻じ曲げ、より多くの死を撒き散らすための道具としていたにすぎない。カジットは母親を蘇らせるという目的を利用され、操られていたにすぎなかった。

(そうだ……あの『声』……頭に直接響く……『声』は……!)

 死の宝珠はずっと前から囁いてきていた。カジットが自分にとって都合のいい道を選ぶように、慎重に、じっくりと、毒を回すように、カジットが自ら堕ちていくように、囁き続けていた。

 カジットはそのことを、死の宝珠を手放したことで、理解した。理解して憤怒に囚われ、その原因となった死の宝珠を睨みつけようとして。

 その目玉を抉られた。

「っ、ぎゃあああああああっっ!!!!??」

 一瞬何が起きたのかカジットにはわからなかった。もしその場に別の誰かが見ていたならば、虫も殺さないような穏やかな笑みを浮かべた少年が、カジットの目に向かって指を突出し、目玉をえぐり取るという光景を目撃しただろう。

「カジット・デイル・バダンテール。おぬしはもう用済みだ」

 冷ややかな少年の声が、カジットの暗闇に閉ざされた視界に響く。

 その声に抑揚はなく、何かによって『言わされている』ものだった。

「儂を扱うのにおぬしは力不足だった。所詮は妄執に取りつかれた、ただの人間だからな。しかし、この小僧は素晴らしい。この小僧に使われる限り、儂はその秘められていた力がすべて使える」

 カジットの悲鳴を聞きつけ、部下の男たちが部屋に入ってくる。

「カジット様!? 一体何が……! ひぃっ!」

 その彼らの足元から、無数の手が突き出され、その体を掴み潰していく。

 部屋の中に悲鳴が充満する中、ンフィーレアという少年を操る死の宝珠は、カジットに向けて指を突き付ける。

「おぬしは利用しがいのあるバカだった。ゆえに、せめても慈悲として、苦しみのない死をくれてやろう」

 その言葉と共に、地の底から巨大な何かが突きあがってきた。カジットはそれの正体を知っていた。

「あ、あれの支配権は僕が――」

「元から儂のだ。戯け」

 カジットは地面から突き出された巨大な爪に自分の体が貫かれるのを感じた。

 大切な何かが体から零れ落ちていくのを感じながら、カジットの視界だけではく、すべてが暗闇に落ちた。

 

 

 クレマンティーヌが騒ぎを聞きつけて降りて来たとき、そこに生きている者の姿は一つしかなかった。

 彼女は地面にカジットの死体が転がっているのを見て、眉を潜める。

「カジッちゃん……? どうなってるの、これ」

 さすがに普段の態度は身を潜め、最大限に警戒している様子で、クレマンティーヌが部屋に足を踏み入れる。

 そこに、部屋の中心に立っていた少年が声をかけた。

「ずいぶんと、来るのが遅かったじゃないか、クレマンティーヌ。また誰かを殺していたのか? ならいいんだが」

 話しかけられたこと自体もそうだが、その内容にクレマンティーヌは怪訝な顔をする。

「きみ……いや、その子じゃないか。なんなの? あんた」

「儂は死の宝珠だ。そこのゴミが自慢げに見せていなかったか?」

「……ああ、なるほどね。知性ある道具(インテリジェンス・アイテム)ってわけ?」

「ご明察だ。……面白くないな。おぬしならもっとはしゃぐか面白がるかだと思っていたんだが」

「うるさいっての。……それで? 死の宝珠ってことは納得してもいいけどさ。ちゃんと計画はするの? してくれないと私は困るんだけど」

「当然だ。元よりあれは儂の計画だからな。この世に死をばらまくことが目的なのだよ。儂は」

「へー。そりゃすごいねー。それで? 攻撃してこないってことは、私に何かしてほしいの?」

「協力する相手が違うだけで、おぬしはいつも通りに動いてくれればいいさ」

「ん。わかった。……ところでさ。叡者の額冠って、両目を潰して特定の格好をしないと効果を発揮出来ないタイプのアイテムだったと思うんだけど?」

 ンフィーレアの体は、攫われた時の状態のままだった。目も、それを用いて外界を認識しているわけではないらしく、クレマンティーヌの方は向けられていなかったが、無傷で存在している。

 そのことを問うたクレマンティーヌに対し、ンフィーレアの声帯を使って死の宝珠が応える。

「それがこの体の……正確にはこの体の持つ生まれながらの異能の素晴らしいところだ。『目を潰す』『特定の衣服を身に着ける』という前提条件を丸ごと無視して、叡者の額冠の力を引き出している」

 そう言って死の宝珠は叡者の額冠を突いた。

「それは儂自身もそうだ。本来であるならば、カジットにやっていたように、その意思に則った形で多少選択や道筋を誘導する形でしか人間を操れなかった儂が、これほどまでに明確に、操り人形にするように人間を操ることができている。長年共にしたカジットでさえ、こいつに死の宝珠を渡すようにするのが精一杯だったというのにな。本当に破格の異能だ」

「へえ……そりゃすごいね。そんな生まれながらの異能持ちで、よくいままで平気だったね?」

 死の宝珠はそのクレマンティーヌの言葉を、鼻で笑った。

「所詮は一市民でしかないからな。触れられるマジックアイテムにも限界があるだろう。儂や叡者の額冠レベルのマジックアイテムに触れなければ、この生まれながらの異能の真の恐ろしさは理解できんだろうさ」

「なるほどねぇ。ま、私はなんだっていいや。とりあえず、計画を始めるなら早く始めた方がいいんじゃない? ここにも冒険者が来ちゃうかも。偽装工作はしたけどさ」

「ふん。まかせておけ。お前はアンデッドどもが勝てない強力な冒険者を適当に狩ってくれればいい。……その前にこの小僧の貧相な姿ではいまいちしまらんな」

 死の宝珠はそう言って、叡者の額冠を用いて魔法を使用する。

「〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 ばさり、と音を立て、漆黒のローブがンフィーレアの体を包む。

「ふむ。まあ、これで我慢するか」

「……そんなにほいほい魔法使って大丈夫なの?」

「心配するな。負のエネルギーは十分にあるし……なにより、カジットの体と違ってこの体ではスムーズな魔法の行使は難しい。備えられることは先に備えておいた方がいいのだ」

 死の宝珠に操られたンフィーレアの体が、ローブの裾をはためかせるようにして体を魔方陣に向き直させる。

「さて、それでは死の祭典……死の螺旋を始めるとしよう」

 死の宝珠を――自分自身を高く掲げさせ、呪文を唱える。

 

「〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉」

 

 周囲から無数の死者が這い出してきた。

 それらは現れると同時に、列を作って跪き、死の宝珠への絶対の忠誠を見せる。クレマンティーヌが目を見開いた。

「……ちょっとちょっと。動きを誘導するのが精一杯じゃなかったの?」

「ゴミと一緒にするな。儂の本来の力を発揮すればこの程度容易い。……まあ、この体が元より魔法詠唱者であることも、大きくないわけではないが。さすがにまったくの一般市民だったならばここまではできなかったろうさ」

「……きみ、ところどころ素直すぎるよね」

「う、うるさい。聞かれたから答えてやったのだろうが!」

 死の宝珠はそう吐き捨て、改めて召喚した死者の軍勢に向かって声を上げる。

「この街に住む全ての者に死を与えよ! そして仲間を増やし、より強いアンデッドを生み出し、この世界を死に満たすのだ!」

 現在召喚されているアンデッドたちは、いずれも声帯を持たない者達だ。

 ゆえに、そこに声はない。だが、アンデッドたちが一斉に拳を振り上げる様は、確かな死の熱狂が感じられた。

 

 そして、エ・ランテルに死者が溢れだす。

 

 

 




※独自解釈した点について

「死の宝珠が人の行動も操ることができる」点
・原作でも死の宝珠は「人間を支配し操る」と書かれていたため、捏造設定というわけではありません。ただ、ここまで操れるかどうかといえば不明です。
・今作中ではンフィーレアのタレントが強化されていることもあり、それとの相乗効果で、人間(ンフィーレアの身体)を操り人形のように操っています。

「カジットが道を踏み外したのは死の宝珠を手に入れたため」という点
・原作でカジットがいつ死の宝珠を手に入れたのかは(たぶん)判明していません。しかし、元々信仰系魔法を修めていて、第五位階の魔法では無理と言うことで、新しい蘇生魔法を生み出すための時間を得るために、魔力系魔法でアンデッド化しようとした……という流れは存在しています。
・時間を得るために、とはいえアンデッド化してまでしようとするのは、極端な気がしていたので(それがキャラの魅力でもあるとは思いますが)、今作中ではそこに死の宝珠が関わっている設定です。
・おそらく信仰系魔法をいくつか納めていたために、死の宝珠という物を浄化、あるいは対処する依頼か仕事を受けたのではないかと思います。その結果、むしろ死の宝珠によって操られて……と。


その他、細かな点で独自解釈やオリジナル設定を入れました。
どこまで補足をいれるべきか若干迷っていますので、気になった点があったら、コメントなどで教えてくださると幸いです。ここに追記します。



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