オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
死の宝珠は自身が感じた恐怖を誤魔化すように、骨の竜と死の騎士に命じる。
「骨の竜、奴を殺せ! 死の騎士は儂を守れ!」
骨の竜が咆哮を上げながら、モモンガに迫る。一気に寸前まで迫り、勢いよく前足を振りおろす。
凄まじい轟音が響き、衝撃で巻き起こった風によって砂塵が舞い上がる。死の宝珠はモモンガがぺしゃんこになったであろうことを確信した。
(避けるそぶりも、何か魔法を発動させたそぶりもなかった! ふん、所詮はブラフだったか)
くだらない時間を使った、とばかりに死の宝珠は踵を返そうとして。
骨の竜が戸惑う感覚が死の宝珠に伝わってきて、足を止めた。
「ん? どうした骨の竜? 念の為もう何度か叩き潰して……」
「――なあ。こんなものか?」
背筋が凍るという感覚を、ただの宝珠であるはずの死の宝珠ははっきりと感じた。
舞い上がった砂塵が落ち着いて視界が開けてくる。死の宝珠はそこに信じられない光景を見た。
「なんだと……? ば、馬鹿な!?」
砂塵の晴れた先、そこでは振り下ろされた骨の竜の前足を片手で受け止めているモモンガの姿があった。しかもその手は骨の竜の前足を掴んでおり、それだけで骨の竜は動けなくなっている。死の宝珠が持つ知識からすればありえないことだ。
「魔法詠唱者の膂力でそんなことが可能なわけがない! トリックだ! 死の騎士! 奴を殺せ!」
死の宝珠の前で盾を構えていた死の騎士が、この世のすべてを恨んでいるような咆哮をあげ、高速でモモンガに迫る。そしてその手にしていたフランベルジュを突き出した。
その一撃は見事にモモンガの正中線を貫いた。
「ふ、ふははは! これなら――」
「なんとかなると思ったのか?」
死の騎士の腕を、剣に貫かれているはずのモモンガの手が抑えていた。死の騎士が渾身の力をもって引きはがそうとしても、それは離れない。それどころか、モモンガはその腕を強引に引き、フランベルジュの柄から引きはがすと、死の騎士の巨体をぶん投げて骨の竜の頭部に激突させた。
悲鳴をあげながら崩れ落ちる骨の竜と死の騎士。何事もなかったようにフランベルジュを体から抜いたモモンガは、その剣を死の騎士の方に向けて放り捨てた。
あまりに圧倒的。魔法すら使わないで骨の竜と死の騎士を一蹴してみせたモモンガに、死の宝珠は気圧されて数歩後退する。
「あり……ありえん! 〈負の光線〉!」
倒れた骨の竜と死の騎士に死の宝珠が負のエネルギーを注ぎ込む。傷を負っていた二体は急速に回復したが、まるでモモンガを恐れているかのように距離を取った。
モモンガは実に自然体で一歩前に進む。それだけで死の宝珠も、骨の竜も死の騎士も圧倒されてしまう。
「どうした? 私はまだ魔法を使ってすらいないんだが……もう終わりか?」
「くっ……! なんなんだ貴様は!? 人間、なのか……!?」
「さて、な。別に人間であると言った覚えはないが……ん?」
不意にモモンガがこめかみに指をやった。この時、モモンガの視線は死の宝珠たちから外れていたが、その隙に攻め込むことはできなかった。
「なんだ? ……霊廟には死体と魔方陣しかない? なるほど。となるとンフィーレアを操っているのはやはりあの宝珠で決まりか。ああ、その魔方陣はこっちが片付くまでそのままにしておけ。アンデッドがすべて消滅してしまうと、逆に面倒になりかねないからな」
言うだけのことを言うと、モモンガはこめかみから手を離す。そして意外だ、と言いだけな顔で死の宝珠に向けて言う。
「せっかく時間をくれてやったのに、何もしていないのか?」
「……おのれっ!」
死の宝珠が可能な限りの支援魔法を骨の竜と死の騎士にかけていく。それをモモンガはただ見つめていた。
「これならどうだっ! いけ!」
骨の竜と死の騎士が突撃する。
「〈上位転移〉」
モモンガの姿が掻き消える。死の宝珠が唖然とした。
「ど、どこだ!?」
周囲の気配を探ろうとして、極々直近に強大な力を感じた。
ンフィーレアの背後に転移したモモンガが、死の宝珠をンフィーレアの手からもぎ取る。瞬間、ンフィーレアの体は動かなくなった。だが、モモンガの手に収まった死の宝珠は、これこそが好機という気配を見せた。
『儂の渾身の支配力を食らえぃ!』
死の宝珠が光り輝き、その身に溜め込んだすべての負のエネルギーを使い果たす勢いでモモンガを支配しようとする。
だが、当然「人間を操る」死の宝珠の力は、どれほど注ぎ込んでも、アンデッドのモモンガには利かない。
『……な、なにぃッ!? き、貴様、人間でないのか!』
「だから人間だと言った覚えはない。答え合わせと行こうか?」
モモンガはその幻術を解くと同時に、ローブを剥ぎ取り、装備を一新する。
そこにいたのは、
死の宝珠は至近距離から感じる濃厚な死の気配に愕然とする。
『ば、ばかな……き、さま……い、いや、あなたさまは……』
「自分が誰に喧嘩を売っていたか、理解したか?」
モモンガはここで初めて魔法を唱える。
「〈道具上位鑑定〉」
ユグドラシルではかけたアイテムの製作者や効果がわかる魔法だ。そしてそれはこの世界ではより詳しい情報がわかるものとして発揮された。しかし、モモンガは怪訝そうな様子になる。
「……お前、死の騎士を召喚していたが……それはお前の能力なのか?」
モモンガの問いに対し、死の宝珠はいままでとは打って変わった様子で慌てて応える。
『死の騎士の召喚は、私の真の能力のひとつです! 通常は何百年も共にし、魂まで侵食し尽くした使用者にしか使えないものなのですが、そこの少年はその生まれながらの異能にてその条件を無視して使えたのです!』
「ほう……なるほど。〈道具上位鑑定〉で判明しない使い道が存在するとはな……これは今後の活動方針に大きく関わってくるし、ンフィーレアの価値はさらに向上したとみるべきか。アイテムに触れさえすればすべての使用法を理解できるのか? それとも使って始めてすべての効果を理解できるのか。理解はせず、単に使えるだけなのか……色々と実験しなければならないな」
ぶつぶつと呟くモモンガに、恐る恐る死の宝珠が話しかける。
『は、発言をお許しいただけないでしょうか……偉大なる"死の王"よ』
「うん? なんだ?」
『これまでのご無礼をお許しください。まさか、あなた様がこれほどまでの絶対なる死の王だとは思いもしなかったのです。もし最初からあなた様のことを理解していたならば、私はあなた様にすべてを捧げていたことでしょう! ですから、なにとぞ慈悲を! 絶対なる忠誠を誓います!』
その態度を百八十度転換させ、死の宝珠は叫ぶ。
『私はこれまで、死を撒き散らすことこそが自分の存在意義だと思っておりました……しかしあなた様の気配を感じ、悟ったのです。あなた様に仕えるために私は存在していたのだと!』
「……ふむ。なるほど」
モモンガは少し考える。そして口を開いた。
「お前、異世界に転移する方法ないし、それに準ずる知識はあるか? あるいは、秘められた能力にそういったものは?」
唐突な問いだったが、死の宝珠は即座に応える。
『も、申し訳ありません。異世界に移動する方法というものは存じ上げません……役に立てぬ身をお許しください……』
恐縮したようにいう死の宝珠に対し、モモンガは鷹揚に頷く。
「構わないさ。一応聞いただけだ。死の宝珠というマジックアイテムがそういった能力を持っていないのは当然だろう」
モモンガはそう言って、エイトエッジアサシンを呼ぶ。
近くに潜んでいたのか、即座にそれは現れた。
「ンフィーレアを連れて離れていろ」
「御意」
素早い動きでエイトエッジアサシンとンフィーレアがその場から消える。
モモンガは死の宝珠を掲げた。
「さて、死の宝珠よ。お前が私たちに楯突いた大罪は、不幸な遭遇だったということで許してやろう。実に不運だった。そしてお前から得られた情報は大きい。そのことに感謝し、慈悲をくれてやる」
『おお……ご寛大な処置、感謝いたします絶対なる死の王よ!』
死の宝珠の声に希望が宿る。モモンガはいっそ穏やかに聞こえる声で、宣告した。
「だから、お前のいう『絶対なる死』というものをその身で存分に味わって死ね――特殊技術、発動」
モモンガの背後に十二の時を示す時計が浮かび上がる。
それは、断罪までの時を測るための、時計。
不気味な特殊技術を展開した状態で、モモンガは広域即死魔法を放つ。
「〈嘆きの妖精の絶叫〉」
周囲に女の絶叫が響き渡る。聞く者を即死させる叫び声だが、現在近くに即死効果を受けるようなものは存在しない。骨の竜も死の騎士も、マジックアイテムで命を持たない死の宝珠も当然、そこに変わらず在り続けていた。
カチリ。
だが、時計の針が進む。
先の女の絶叫よりも明確に、その針が進む音から、死の宝珠は恐怖を感じていた。
『し、死の王よ!』
「悪いな、死の宝珠。私はとても我が儘でな」
『どうかご慈悲を! 私の持つすべての力を差し出します!』
「いらんよ。面白いアイテムであることは確かだが、私たちの最終目的に関わらないのであれば、この程度の力しか持たぬガラクタを大事に保管しておく理由はない」
カチリ。
再び針が天を指す。同時に、モモンガは死の宝珠を手のひらから落とした。
瞬間、世界は白い光に包まれた。骨の竜と死の騎士が一瞬で消滅する。
同じようにその光に呑み込まれた死の宝珠は、ただのマジックアイテムでしかない自身にすらもその力によって「死」が与えられようとしていることを悟った。
それこそ、まさに至高の死。
絶対的な死の支配者。
自分の行いがただの児戯であったことを理解し、究極の死の支配者に対して楯突いた自身の行いを死の宝珠は深く悔いた。
(おお……まさか……こんなことが……あなたさまこそ、絶対なる死の――)
死の宝珠の意識はそこで途絶えた。
死を司り、あらゆるものに対して死を与えることこそ自身の存在理由と思っていた宝珠は――その命亡き身に与えられた「死の力」を享受し、砂となって消え去った。
欠片すらも残さず死の宝珠が消えた後に残っているのは、モモンガだけだ。魔法の範囲内にあった大地が砂漠になっていることを見たモモンガはさすがに驚く。
「……ゴーレムにも有効だから使ったが……まさかここまで効果が変わっているとはな。ここで使っておいてよかったと思うとするか。組合には敵の切り札が暴発した、ということにしておくとしよう」
本来、ここで使うような特殊技術ではなかった。これはモモンガの切り札と言える特殊技術だからだ。
それでも、モモンガはそれを使うことを選んだ。死の宝珠、などと明らかに名前負けしている道具に、絶対の死を与えて、その矜持を粉々に打ち砕くために。
それはそれだけ、モモンガが今回の件を不愉快に思っていた証拠だ。
「あのアイテムを失うのは勿体ない、と言う気持ちはないわけじゃなかったんだがな……それをいうなら、あいつらとの繋がりも十分勿体無かった。それに手を出したのだから、仕方ない」
漆黒の剣の面々が楽しげに談笑していた光景を脳裏に浮かべ、らしくない感傷だとモモンガは頭を振ってその光景を脳裏から消す。
そして、霊廟を挟んで反対方向を見やった。
「さて……あちらはもう決着したのかな? たっちさんが手こずるはずもないが……」
暗闇の先からは静寂しか漂ってこない。
戦闘が続いているのか終わっているのか、それすらもわからない。