オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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事件の終結

 

 たっち・みーが血の付着した剣を振って血を払うのと、遠くで強い光が迸るのはほぼ同時だった。

 それがモモンガが向かった方向だと知ると、たっち・みーはかすかに眉を潜める。モモンガが何かをやったのだとは悟ったが、何をやったかまではこの距離ではわからない。

「まさか超位魔法を撃ったわけではないと思うが……あの規模の魔法が必要な事態だったのか?」

 様子を観に行こうかとたっち・みーが剣を鞘に納め、霊廟方向に向かおうとしたところ、周囲に警告をするように言っていたハムスケが、なぜかモモンガのいるはずの方向から走ってきた。

「と、との~! 大変でござるよ!」

「どうしたハムスケ?」

 ハムスケが対処できないレベルの冒険者がやってきたのかと思い、警戒を強める。ハムスケは大急ぎでたっち・みーの元まで来ると、その背中に隠れるようにたっち・みーの背後に回り込む。

「全然冒険者が来ないし、すごい爆発みたいなのが起きたから見に行ってみたら、向こうになんかすごい骨の化け物がいたでござるよ!」

 たっち・みーは一瞬ハムスケが怯えるほどのアンデッドが召喚されたのかと思ったが、『すごい骨』という言葉から、それがモモンガ本人であろうことに気づいた。右手の指で頬を掻く。

「あー、うん。まあ、たぶん問題ないだろう」

「だ、大丈夫でござるか……? って、こっちに来たでござるよー!」

 たっち・みーがその言葉に反応して霊廟方面を見ると、たっち・みーの予想通りの人物がそちらから歩いてきていた。

 大きな体を丸めて、たっち・みーの背後で震えるハムスケ。丸々とした体勢がボールかクッションのように見えて、たっち・みーは思わず和む。

(いや……ハムスケは本気で怯えているのに和むのは可哀想か)

 ハムスケを安心させるため、優しく体を撫でてやりながら教える。

「大丈夫だ、ハムスケ。あれはモモンガさんだ」

「どうされました?」

 歩いてきた、ハムスケ曰く凄い骨の化け物――モモンガは不思議そうに首を傾げた。

「いえ、ハムスケがあなたの姿に怯えただけです」

「ああ、そういえばハムスケには私の姿を見せていませんでしたね」

「ひ、姫……なのでござるか?」

 ハムスケが恐る恐る、という様子でたっち・みーの背中から覗き込むようにしてモモンガを見る。無論、体が大きいので一切隠れていないのだが。

 モモンガはまたも姫呼ばわりされたことにむっとしたようだが、自分の真の姿を誇るように胸を張った。

「その呼び方をやめろといっていた理由がこれでわかっただろう? こっちが私の真の姿だ。あの姿は擬態なのだよ」

 それを明らかにすることで、モモンガはもう「姫」呼ばわりされないと考えていた。

 だが。

「な、なるほど……にわかには信じられない話でござるが……殿と姫なら不思議ではないでござるな!」

 得心が言ったという様子で頷くハムスケに、モモンガが黒いオーラを滲ませる。

「やめろというのに……この畜生めが」

「ひいいいい! 申し訳ないでござるよ!」

 全身の毛を逆立たせて、ハムスケがますます小さくなってたっち・みーの背中に隠れる。隠れてないが。

「まあまあ、モモンガさん。落ち着いて」

 たっち・みーは宥めに掛かる。

 それでも少し苛立ちを滲ませていたが、モモンガはひとまず怒りを治めた。

「全く……賢王なら少しは学習してくれよ」

 モモンガはぶつぶつ言いながら幻術を展開し、装備を変更してナーベラルの姿に戻った。

 この姿を最初に目にしたのだから、ハムスケが認識を中々改められないのもわかる気がするたっち・みーだった。そもそもハムスケとはこれからも冒険者として行動するときは一緒にいるのだから、下手に「殿」呼びになるよりは、いまのままの方が周囲に対する擬態としてはいい気もしていたが、ひとまずそれは言わずに置いた。

「モモンガさん、そちらは無事片付きましたか?」

 聞くまでもないことだとは思ったが、たっち・みーはモモンガに聞く。モモンガは頷いた。

「ええ。ンフィーレアを操っていた死の宝珠というアイテムも破壊しました。彼の身柄は無事確保して、いまはエイトエッジアサシンと共に霊廟内にいるはずです」

「わかりました。こちらも無事片付きましたので、霊廟内に向かいましょうか」

「そちらも特に問題なく?」

「ええ。あの通りです」

 そこには血だまりの中に倒れている女、クレマンティーヌの姿があった。その様子を見て、モモンガは幻影の眉を潜めた。

「たっちさん、トドメは刺してないんですか?」

 かすかにだがまだ息があることをモモンガは気づいていた。たっち・みーは生かしている理由を説明する。

「情報源として必要ですからね。首謀者として事の経緯の説明をしてもらわないと、最悪ンフィーレアが疑われてしまうかもしれません。……まあ、特殊技術を使ったとはいえ、あれだけ深く斬っても死なないのは驚きましたが」

 相手のHPを1まで削る特殊技術〈峰打ち〉。それによってクレマンティーヌは生かされていた。しかしHPが1というのは、ゲームでならそれでも行動可能だが、現実でいうならば瀕死の重傷だ。もはや動ける状態ではない。

 モモンガはたっち・みーの説明に納得した素振りを見せる。

「なるほど……監視はするとして、あとの処遇は確かにこの世界の人間たちに任せた方がいいかもしれませんね」

「拘束した後、ある程度回復させてから引き渡しましょう。拘束魔法などお願いできますか? モモンガさん」

「それは問題ないですが、記憶操作は必要ですか?」

「いえ、特に知られて困るような情報は見せてないので大丈夫です」

 そんなやり取りを交わし、クレマンティーヌに処置を施してから、二人は霊廟へと向かう。

 

 

 霊廟内では、跪くエイトエッジアサシンたちと、茫洋とした様子で立っているンフィーレアが待っていた。

 ンフィーレアの意志を奪っているのが、その額に輝いているアイテムだと、モモンガが魔法で解明する。

「叡者の額冠……無理に外すと発狂する……か。ユグドラシルにはないアイテムですし、どうせならこのままナザリックに持ち帰りたいという気持ちがないわけではないですが……」

「安全に取り外すことはできないんですか?」

「うーん。難しいですね。破壊するくらいしか方法がなさそうです。……しまったな。これなら死の宝珠を残しておいて、ンフィーレア自身にアイテムを……待てよ?」

 モモンガは「ンフィーレアがアイテムの条件を無視してアイテムを行使できる」ことを元に、ンフィーレア自身にアイテムを外させる手段を試みることを提案した。

「うまくいけばンフィーレアは無事に済みますし、試す価値はあると思います。それで発狂してしまった場合は仕方ありません。少々勿体ないですが〈星に願いを〉で回復させましょう」

「……わかりました。確かにレアアイテムの確保は大事ですしね」

「上手くいけばいいのですが……」

 モモンガはそう言いつつ、ンフィーレアを魔法で操り、叡者の額冠を自ら外させた。

 瞬間、ンフィーレアの体が崩れ落ち、叡者の額冠が地面に落ちる。備えていたたっち・みーがンフィーレアの体を優しく受け止めた。

「これで精神が無事なら何の問題もないんですが……」

 たっち・みーは状態異常を回復させるポーションをンフィーレアに与える。ほどなくして、ンフィーレアがゆっくりと目を空けた。自分が置かれている状況を把握しようとしているのか、目が意思を持った動きを見せる。

「あ、あれ……? 僕……」

 ンフィーレアが正気を保っていることを知り、たっち・みーの口から思わず安堵の吐息が零れる。

「もう大丈夫だ。安心して眠っているといい」

 そのたっち・みーの言葉に合わせ、モモンガがこっそり眠りの魔法を唱える。当然それに抵抗できるわけもなく、ンフィーレアの意識は再び眠りについた。

 ンフィーレアを地面に寝かせ、たっち・みーは立ちあがった。

「無事に済んでよかった。……モモンガさん。叡者の額冠は?」

「大丈夫です。壊れていません。……しかし、本当に破格だなンフィーレアの能力は」

「操られた状態でも発動するというのが厄介ですね。今後ンフィーレアは最高レベルの監視対象として扱うべきでしょう。敵の手に彼の身柄が渡ることを考えたら恐ろしいですよ」

 たっち・みーはそう言って眠るンフィーレアを眺めた。今回は幸い自分たちが対処可能なレベルだったが、これがもし手の付けられないレベルのアイテムを扱ったときのことを考えると、楽観視はできない。

「いっそカルネ村に移住してもらった方がいいかもしれませんね。あそこなら私たちのシモベを配置できますし、近づいてくる不審者にも対処が容易です」

「それなら、リイジーに移住を提案してみましょうか。ポーションを提供して、それの研究をしてもらうという体で……」

「ああ、それなら確かに穏便に事が進むかもしれませんね」

 細かなことを打ち合わせつつ、たっち・みーとモモンガは戦後処理を続けていく。

 その途中、モモンガは自分が倒したアンデッドの証拠品がないことに気づいた。

「あ……しまった。砂にしちゃった……仕方ない。自分で召喚して、それを倒したことにするか……」

 単に特殊技術だけを用いた召喚だと時間経過で消えてしまうため、その際の死体は霊廟内に残されていた死体のうち、クレマンティーヌとカジットの部下と思われる者の死体を用いることになった。

 その際、アンデッドを生み出す死の宝珠がなぜそれらの死体を活用しなかったのか二人は疑問に思ったが、その理由は後に行われたクレマンティーヌに対する取り調べで判明する。

 彼らの死体は、負のエネルギーを十分に集めてから、より強いアンデッドを召喚するための触媒とするために残されていたのだ。たっち・みーやモモンガの対処が早かったため、死体をアンデッド召喚に用いる前に事件が解決してしまったというわけだ。

 そういった事情は知らない二人だったが、使えるものは使わせてもらうことにした。

 モモンガはどの程度の戦力を倒したことにするか、真剣に考える。

「全部10人……か。2人ほどは残すとして……何を召喚しようかな。骨の竜は1体確定として……いや、たっちさんがいるんだから……3体くらい……」

「モモンガさん、あんまり極端な数出しちゃだめですよ?」

 聞こえてきた呟きに少し不穏なものを感じたたっち・みーはそう釘を刺す。

 モモンガは任せてくれと頷いた。

「実際に扱われていた死の騎士1体、骨の竜1体は出します。あとは中位アンデッドの中でも弱いのにしておきますね」

 いくつか挙げられたアンデッドの名前に、たっち・みーはそれならいいかと納得した。しかし、この時二人は死の騎士レベルが伝説のアンデッド扱いされる水準だということも知らなかった。

 そのため、彼らの基準では非常に弱いはずのアンデッドが、この世界では単体でもミスリルクラスの冒険者がチームでかかってやっと倒せる水準のものなっていることを自覚していなかった。

 無知とは怖いものである。

 これでいいと召喚したアンデッドをたっち・みーが倒し、残骸を程よい感覚で霊廟の周りに配置する。

「さて、これでよしと」

「では……たっちさん、行きましょうか」

「ええ。行きましょう」

 そして、二人は霊廟を後にした。

 

 この騒動の後、二人は尊敬と感謝と、そして畏怖の感情を持ってこう呼ばれることとなる。

 “純銀の騎士”タツ、“漆黒の美姫”モモ。

 ふたりの冒険者の名前はエ・ランテルに留まらず、王国中に――そして、周辺国家に響き渡ることになる。

 

 

 

 


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