オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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死の超越者の激怒

 ニグン・グリッド・ルーインは困惑していた。

 先ほどまで、彼は任務の成功を強く確信し、あとは檻に追い込んだ獣にトドメを刺すだけのつもりだった。エリートで構成された陽光聖典の部下たちの包囲に穴はなかったし、何か問題があるようには感じなかった。ガゼフ・ストロノーフは要注意だが、万全な装備を持たない戦士のひとり如き、召喚した天使たちを用いた波状攻撃をかければ、楽に倒せるはずだった。いかに強力な戦士であろうと、所詮は魔法の射程には及ばない。一対一ならばともかく、たった一人の戦士が魔法使いの集団に勝てる道理などない。

 しかし、ここに来て、ニグンは困惑していた。

「……何者だ?」

 村からはまだ距離がある広い草原に差しかかった時、そこに現れた騎士。

 どこか浮世離れした雰囲気を放つその騎士は、盾と剣を構えていた。少なくとも敵対者であることは明らかである。

 ニグンの問いかけに対し、その騎士は不思議とよく通る低い声で応じる。

「はじめまして。スレイン法国の皆さん」

 そして、ニグンたちにしてみればありえないことを言う。

「ここから先に通すわけにはいかない。そして、残念だが逃がすわけにもいかない。しかし、お前たちが非道な行いを悔い、犠牲となった者たちに心からの謝罪をするのであれば、せめても慈悲として痛みなく終わらせてやろう」

 どうする、とばかりに告げる騎士。

 ニグンはその騎士は気が触れているとしか思えなかった。

「……貴様が何者かは知らんが、ずいぶんと大きな口を叩くものだな。一体何が目的だ?」

 この時、ニグンの心中では激しく警鐘が鳴り響いていた。目の前にいるただの騎士から、妙な圧力を感じる。

 しかし、エリート集団陽光聖典の隊長として、そして自身の能力に絶対の自信を持つ者として、引くわけにはいかなかった。

 騎士はニグンに言われ、名乗るのを忘れていたことに気づいたのだろう。少しだけ「しまった」という様子で、名乗りをあげる。

「私はアインズ・ウール・ゴウンの騎士。たっち・みー。この村に縁があってな。村を助けに来た」

 ニグンはその騎士の――たっち・みーの言葉を聞き、義侠心に踊らされた哀れな男であるという判断を下す。ガゼフと同じ、大局を見られず、愚かな行動をするものであると認識したのだ。

「ふん、村人の助命を懇願しにでも来たのか?」

「いや、頼む必要などない。村人のことは私の大切な友に任せてある。彼の守護の元にある村人を殺すことなどお前たちにはできないだろう」

「……本当に、大きな口を叩くものだな。騎士風情が。もういい。我々の任務を邪魔をするようなら、貴様ももろともに蹂躙するまでだ」

 ニグンは片手を挙げ、部下たちに攻撃の合図を出そうとする。

 明らかに濃密な殺気が満ちた空間。

「まあ、待て」

 そんな中で、たっち・みーは実に軽い調子でニグンに待ったをかけた。

 ニグンがそれに従ったわけではなかったが、たっち・みーは気にせず続けた。

「その前にひとつだけ聞かせてくれないか? スレイン法国という国は、確か人類繁栄のために活動している宗教国家だな? その認識に間違いはないか? 人目を避けて暗躍し、敵国を侵略する蛮族の国というわけではないのだろう?」

 その問いかけを無視することは、ニグンにはできなかった。騎士ひとりに何を言われようと関係はなかったが、しかしそれでも、蛮族呼ばわりをそのままにしておくのは、自らの信仰を捧げる神のことを馬鹿にされたまま放置するのと同じ、という想いがあった。たとえ相手が理解できなくとも、自分たちは崇高なる理念の元に基づいて動く者達であるということを主張しなければならない。

「……ああ、そうだ。多種多様に存在する亜人種に対抗するため、人類はひとつにまとまらなければならない。そのために我らは活動している」

「なら、なぜ虐殺行為をする? お前たちが殺した村人たちとて、守るべき人類だろうに」

 純粋に疑問なのか、たっち・みーは素直な声音で問う。

 ニグンはいよいよ目の前の騎士が愚かでどうしようもない者であると認識し始めた。

「大局も見れぬ愚か者に何を言っても無駄だろう。ここでガゼフ・ストロノーフという王国の切り札を抹殺することは、いずれ人類がひとつにまとまるために必要なことなのだ。それを確実に遂行するために、村人の犠牲は必要なものだ。それに、たかが辺境の人間がいくら死のうと、人類の繁栄には何の影響もない。我らは常に人類が歩みべき道の先を見ているのだ」

「……そうか」

 明らかに低くなった声。ニグンは義侠心に駆られているとしか思えないたっち・みーの言動を、鼻で笑う。

「ふん。あの村にどんな縁があるのか知らんが、村人風情を助けようというのだ。どうせ大した理由ではないのだろうが、聞いてやろう。理由如何では……そうだな、せめての情けに貴様自身の手で村人の介錯をすることを許そうではないか。せめての慈悲に、痛みなく殺してやるがいい。……で? 貴様が下らん人助けに走る理由とは何だ?」

 先ほどたっち・みーが行った言葉を、皮肉のように投げ返し、村を助ける理由を問うニグン。

 たっち・みーは迷いなく、端的に応じた。

 

「困っている者がいたら、助けるのは当たり前だろう」

 

 心の底からそう考えているとしか思えないたっち・みーの声。

 それを聞いたニグンは、頭痛を堪えるかのようにこめかみを指で押さえ、深々と呆れと侮蔑のこもったため息を吐いた。

「はぁ……驚いた。本当に驚いたぞ。まさかそこまでくだらない理由(・・・・・・・)で誰かを助けようとする愚か者がいるとは思わなかった。糞の役にも立たない者(・・・・・・・・・・)をそんな理由で助けようとする奴がいたとは、まったく驚きだ。そんな理由で助けられる者も、その程度の理由で生き延びるつまらない存在なのだろうな。崇高なる理念に基づいて動いている我らに対し、貴様はなんと愚かで下らない存在(・・・・・・・・・・・・・・・)か。――ああ、もう口も開いてくれるな。貴様のような者が存在することを認識したくもない。ここで何も成せないまま、惨めに死んでゆけ」

 ニグンは挙げた手を下ろし、部下に攻撃の指示を出す。

 それに応じて、二体の天使が、目にも留まらぬ速さで飛びだした。通常の人間であれば数十歩はかかる距離を、空を飛ぶ天使は羽ばたきひとつで零にする。

 天使はその速度に乗って、手に握った剣をたっち・みーへと突き出した。

 

 そして――天使たちは光の粒子となって、消えた。

 

 

 

 

 ガゼフ・ストロノーフは歩いていくたっち・みーの背中を、何とも微妙な表情を浮かべて見送った。

 確かに彼らの力を期待して提案したのは事実だが、まさか雇用の条件に「ひとりで戦う」と言われるとは思ってもみなかった。

 本来であれば、ガゼフにも矜持というものがあるため、たっち・みーをひとりで行かせることに納得はしなかっただろう。

 しかし、真摯な態度で、決して自分たちを軽んじているわけではなく、純粋に案じてのことだと、たっち・みーに滔々と諭されては、どうしようもない。

 さらには、戦闘的にもひとりで戦うことに意味があると言われてしまっては、ガゼフとしては何も言えなくなってしまった。

 それでもいつでも駆けつけることができるように、馬も部下も準備はさせている。

 いま、ガゼフは村人を集めた倉庫の前に、モモンガとアルベドと共に立っていた。部下たちはその倉庫を取り囲むようにして配置し、いつでも襲撃に備えている。いくらたっち・みーが打って出てくれているからといって、伏兵は存在するかもしれない。それに備えるのが自分たちの役割だ。

 モモンガは不思議なマジックアイテムを目の前に展開しており、それでたっち・みーの様子を見つめている。大仰に組んだ腕の上で、指がそわそわと落ち着きなく動いていた。

 それは不気味な面を被った魔法使いとしては、妙に親しみを感じさせる仕草で、ガゼフはたっち・みーの真摯な態度に触れたこともあり、突如として現れた不審な二人のことを自然と受け入れつつあった。

 ちなみに、本来であるならばモモンガの隣でマジックアイテムを見ることについては、モモンガには嫌がられたが、たっち・みーが「私が無理を言っているのですし、彼にも見ていてもらいましょう」と口添えをしてくれたからである。依頼主として、万が一たっち・みーが危機に陥ったときは助けに向かうつもりだっただけに、状況の把握ができるのはありがたかった。

 まだ戦闘開始するまでには時間があると考えたガゼフは、モモンガに対し、話しかけておくことにした。これは少しでも交流を深めておきたい狙いがあったのと、たっち・みーのことを不安げに見守るモモンガの気を少しでも紛らわせればという想いがあったからだ。

「モモンガ殿。依頼を受けてくれて感謝する」

 そのガゼフの呼びかけに対し、モモンガは自分が落ち着きのない動きをしていることに気づいたのか、腕を組むのをやめ、近くに浮いていたスタッフを握りしめてから応じた。

「別に……たっちさんが決めたことです。私としては、何がなんでも断っておくべきだったかと思い直しているところですので、お気になさらず。お礼をいうのであれば、これが済んだ後に、たっちさんに言ってください」

 その言葉は冷たく、ガゼフに対する気遣いなど一切のないものだったが、たっち・みーに対する想い、不安に思う心、気遣いや配慮などは溢れんばかりに感じられた。

 ゆえに、ないがしろにされたガゼフも、嫌な気分にはならなかった。むしろそこまで思いやれる友人がいるということに、微笑ましさというか、一種の羨ましささえ感じるほどだ。

「……本当に、モモンガ殿はたっち殿のことが大事なのですな」

「当然です」

 モモンガは強く断言する。そんな当たり前のくだらないことを聞いてくれるな、と言わんばかりの即答と断言っぷりだった。

「……たっちさんは、私の最高の友人であり、恩人です。あの人に何かあったら……私はスレイン法国の国民を一人残らず虐殺します」

 前半部分を穏やかな気持ちで聞いていたガゼフだが、後半部分で全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。それが冗談や過剰な表現などではなく、間違いなく本気であるということが、はっきりと理解できたからだ。

(まさか、本当に、国を一つ落とせるとでもいうのか……?)

 世界の広さを知らない無知な者が戯言を言っているのだとしたら、ガゼフはそこまで焦らなかっただろう。しかし、モモンガの言葉には確かな力があり、どうやってでも国を一つ滅ぼすと決意しているようでもあった。

 いまはそれが法国の方に向いているからいいが、万が一王国の方に向いたら。

 ガゼフは、自国民何万人が死に絶えるリアルな想像をしてしまい、慌ててその想像を打ち払う。

(むっ……たっち殿が、敵と遭遇したようだ)

 映し出されている映像の中で、たっち・みーは敵のリーダーらしき人物と何かを話しているようだった。

(何を話しているのだろう? モモンガ殿は魔法を使って向こうの音声も聞けるという話だったが……)

 ガゼフはちらりとモモンガの方を伺う。しかしその表情は仮面に覆われており、そこから何らかの感情を読み取ることはできない――はずだった。

 しかしなぜかガゼフはモモンガの機嫌が急によくなったことに気づいた。先ほどまで纏っていた不安そうな空気が一蹴され、心が弾むような歓喜の感情が伝わってくる。

(……? 説得で敵が引きそうな様子を見せたから……というわけではないようだが……?)

 まさかたっち・みーがモモンガのことを「大切な友人」と呼んだことに対して、モモンガが大層喜んでいるとは、ガゼフに読み切れるわけもなかった。

 比ゆ的に言って、花が飛びそうなほど上機嫌だったモモンガ。

 だが、それが急に掻き消え、逆に周囲の明るさまでも呑み込むような暗い雰囲気に切り替わったことをガゼフは感じる。

「なん……だと……?」

 かすかに仮面の奥から聞こえてきた声を聴いたガゼフは、思わずその場から全力で逃走しそうになった体を、鋼の意志の力で抑えなければならなくなった。ゆらり、とモモンガの来ているローブがはためき、周囲の空気が変わる。

「も、モモンガ、どの……?」

 我知らず、ガゼフの声が掠れた。呼びかけに意味などない。モモンガはガゼフの言葉に反応など見せず、ただその仮面の奥から射殺さんばかりの視線を、目の前にある映像に向けている。殺意は濃厚なオーラとなり、モモンガの全身からじわりじわりと立ち昇って行った。

 そして、それが唐突に爆発した。

「糞がッ!」

 

 ズンッ、という凄まじい音が響いた。

 

 それは地団太。ただ、怒りにまかせて地面を蹴った。それだけのこと。

 なのに、ガゼフは確かに大地が揺れる感触を覚えた。

「許さんッ! 絶対に許さんぞ屑がッ! ああ、必ず殺してやる。この世に生まれ落ちたこと後悔するだけの苦痛と絶望を与えてからッ……いいや、それだけじゃ足りない。決して足りるものか。蘇らしてでも何度でも殺してやる! 何百何千、数えきれないほどに死の恐怖を魂に刻み込んでやる!」

 死の暴風が目の前で吹き荒れているかのようだった。

 濃密に淀んで爆発したモモンガの憤怒の感情は、周囲に展開していたはずのガゼフの部下たちをも恐怖させ、馬を暴れさせ、いたるところで部下が落馬して大騒ぎになっているのがわかった。

 ガゼフは動けなかった。王国戦士長ともあろうものが、すぐ傍に立つ者の放つ憤怒に呑まれて、体を動かせなかったのだ。

 激情を振りまくモモンガに対し、背後に控えていたアルベドがすがるように声をかける。

「も、モモンガ様、お怒りを、御静めください……!」

 アルベドの声に反応してか、モモンガが少し冷静さを取り戻す。

 しかしその杖を握った手からは金属と持ち手が相当強い力でぶつかり合っていることがわかるような、金属が軋む音が響いていた。相当強い力で握りしめているのだろう。

「アルベド、すまない。我を忘れた」

「い、いえ。とんでもございません。私のお願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます!」

 平伏するアルベド。そんなアルベドに対し、モモンガは言う。

「アルベド、村の周囲に展開させているシモベに命じろ。他はどうでもいい。この指揮官を――」

 そこまでモモンガは口にして、不意に言葉を切った。アルベドは指示が途中で切られ、不思議そうな顔をする。モモンガはこめかみに手を当て、無言だった。その全身から立ち昇っていた怒りのオーラが、徐々に収束していく。

 ガゼフは何が起きているのか一瞬わからなかったが、ふと目に入った映像の先で、たっち・みーが同じような姿勢を取っていることを見て、二人の間で意思が交わされているのではないかと推測する。

(なるほど……たっち殿が何か言ってくれているというわけか……)

 そもそも、アルベドという存在が言っても完全には抑え込めていなかった激情を抑えられる存在など、いまガゼフが得ている情報の中では、たっち・みー以外存在しない。簡単な推測だった。

 現に話が終わったのか、手を下ろしたアインズは、ガゼフの方を見て軽く頭を下げることさえしてのけた。

「すみません。驚かせてしまったようですね。たっちさんが侮辱されて、少々我を忘れてしまいました」

 我を忘れたというレベルではなかったが、ガゼフはあえてそれについては何もいわない。

「それは、仕方ないことだと思う。私も仲間が侮辱されれば、平静ではいられないだろう」

 モモンガはそうだろうとも、と言いたげな態度で、改めて観戦する姿勢になった。

 ガゼフもまた、モモンガが落ち着いてくれたことに安堵しながら、映像に集中する。

 

 その先で、たっち・みーが一歩前に踏み出した。

 

 

 

 








改訂点(2015/09/11)
・たっち・みーの「大切な友人」発言に対するモモンガの反応の描写を追加。


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