オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
近づいてきたガゼフ・ストロノーフが、あからさまにこちらに警戒心を抱いているのを、たっち・みーは苦笑を持って受け入れた。
(警戒するのも無理もないか)
ガゼフを殺しに来ていたあのニグンという司令官があの強さだったのだから、ガゼフの強さも大まかには察することができる。彼にしてみれば、いくらモモンガやたっち・みーがいまは味方とはいえ、敵に回ったときのことを考えざるを得ないのだ。いざ敵対したとすれば、ニグンと同じように絶対に勝てない、と。
だが、少なくとも今はたっち・みーにガゼフと敵対する気はない。
「敵はすべて捕えたぞ。司令官と半分ほどはこちらで預かるが、もう半分は貴方たちが連れていくといい。必要だろう?」
すでにニグンも含め、必要な分の敵はモモンガがナザリックに連れ去った後であったが、たっち・みーは念の為確認する。
事件の首謀者である司令官は引き渡すように要求してくるかと思ったが、ガゼフはあっさりと受け入れる。
「感謝します。たっち殿」
万が一にもたっち・みーやモモンガを刺激しないようにだろう。ガゼフは硬い口調で応じていた。
そのことを、たっち・みーは少し寂しく思う。
(気にせず話してくれ……というのはさすがに傲慢か)
それがわかっていたため、たっち・みーはこの場で何かを言うのは控えた。代わりに別のことを口にする。
「改めて報酬の話をしてもいいか? まず金額の話だが、これはガゼフ殿に任せる。貴方が払ってもいいという金額を支払ってくれ」
それはガゼフの人柄を信用しての言葉だった。不足するような支払いをする男ではないと判断してのことだ。また、こちらが向こうを信用しているということが少しでも伝わればいいという意図での言葉でもある。
ガゼフも鈍い方ではなく、そのことは通じたのか、かすかに態度が軟化する。
「……わかりました。必ずや今回の報酬額に見合う支払いをしましょう」
しかし、一方的に任せるということは、不足していた場合に難癖をつけられる可能性があるということではある。たっち・みーの人柄をガゼフも信用していればそうはならないだろうが、果たしてそこまで伝わっているかは甚だ疑問だった。ゆえに、たっち・みーは先んじて予防線を張っておく。
「金額の多寡に文句をつけたりはしないから安心してくれ。それは我が剣をかけて誓う」
相手が戦士であることを踏まえての誓いの言葉だ。案の定、ガゼフはたっち・みーの言葉をかなり重く受け止めたようだった。
「承知しました。私も王に賜りしこの剣に誓って、正当かつ妥当な報酬をお約束します」
問題なく交渉がまとまったことを受け、たっち・みーは満足げに頷く。
「それと、これは報酬とは別の話だが、私た……いや、私個人としては貴方と親交を結びたい。貴方のような人間は好ましいからな。今後互いにとって不幸な行き違いが起こらないよう、連絡方法を確立したい」
そう提案すると、ガゼフはさすがに驚いたようだ。
「それは……光栄です。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
「連絡方法は……そうだな。この村に仲介をしてもらおう。私たちの配下をここに常駐させる。もし私たちに連絡したいことがあったら、その配下を通せばいい。報酬もこの村に運び込んでくれ」
「わかりました。……たっち殿。村を救っていただき、我々も救っていただき、さらには格別のご配慮をしていただいて……感謝の言葉もありません」
ガゼフは深く頭を下げる。その言葉には決して強大な存在である彼らを怒らせないように、という畏怖だけではなく、確かに感謝の念が感じられた。それを感じて、たっち・みーはやはりこのガゼフという男は気に入るに値する人間だと確信した。
「いや、困っている者を助けるのは当たり前だ。気にするな」
ニグンには馬鹿にされた言葉。
「……素晴らしいですね。私もそうありたいものです」
ガゼフはその言葉に眩しいものを感じたような、少し苦い顔で同意した。たっち・みーは少し考え、手をガゼフに向けて差し出した。
「今後どういった付き合いになるかはわからないが、願わくば友好的な関係を築いていきたいな」
「……ええ、そうですね」
ガゼフはたっち・みーの手をしっかりと握り、力の籠った握手を交わした。
「王都に来られた際には、ぜひ私の館に寄っていただけますか。歓迎させていただきます」
「ああ。いつになるかはわからないが、必ず寄らせてもらうよ」
どのような形になるかはわからないが、この世界のことを知るためにも、いずれは色んなところを訪れる必要がある。たっち・みーはそう考えていて、その時に拠点として使える場所があれば便利だと考えていた。そのため、ガゼフの提案は渡りに船だった。
しっかりと交わした握手を解く。
「私たちは一晩村に世話になって、明日報告に戻るつもりですが……たっち殿たちはどうされるのですか?」
「……ん。そうだな。拠点に戻ろうと思う。拠点の詳しいことは言えないが、これでもそれなりに大きな拠点と多くの配下を抱えていてね。今回は急いで出てきたから、戻って配下たちを安心させてやらねば」
ちょうどたっち・みーがそう言ったとき、その背後に黒い〈転移門〉が開く。
「たっちさん。捕虜の収容は終わりましたよ」
現れたモモンガはきちんと手甲を身に着け、仮面を被っており、怪しげな魔法使いの姿になっていた。
ガゼフはモモンガが現れた時、明らかに緊張を強くしていた。それを見て、たっち・みーはモモンガがどれほどガゼフを畏怖させたのか悟る。
「ああ、ありがとうございます。モモンガさん」
そもそも〈転移門〉の魔法自体、ガゼフにしてみればどれほど高度な魔法であるのか。それをあっさりと何度も使うモモンガに恐れをなすのは無理からぬことだ。だからあえて触れないことにした。
たっち・みーはモモンガの〈転移門〉に近づく。そしてモモンガを促す。
「では、我らが家に帰りましょう。……ガゼフ殿。次に会うときまで息災であることを祈るよ」
「ありがとうございます。たっち殿、モモンガ殿。お二人に助けられた恩、一生忘れません」
その言葉と共に頭を下げるガゼフの前から、たっち・みーとモモンガは〈転移門〉を潜って掻き消える。
そして、二人はナザリック地下大墳墓に帰還した。
すでに先にナザリックに戻っていたアルベドが、二人を出迎えた。
「おかえりなさいませ。モモンガ様、たっち・みー様」
いまだ完全武装の姿であり、その表情は見えなかったが、そこには至高の存在である二人が傷つくことなく無事だったことに対する安堵が感じられる。正確には〈善なる極撃〉によってたっち・みーの体力は減ったが、徐々に回復する特殊技術を有しているため、すでに傷はないも同然だった。
膝をついて忠誠を現すアルベドに、モモンガが鷹揚に指示を出す。
「ご苦労だったな、アルベド。ナザリックの警戒態勢を最大から通常に戻し、守護者各員には昨日命じた通りの作業に戻るように伝えよ」
「承知いたしました。あの村の管理体制についてはいかがいたしましょうか?」
「そうだな……確か、後詰としてエイトエッジアサシンが出向いていたな? ひとまずそのうちの数人にそのまま監視を続けるように伝えよ。あの村は友好的な関係を築くことに成功した村。不仲になるようなことは極力避けろ。我々以外の何らかの脅威によって村人が害されそうになったときは、即座に我々に報告をし、エイトエッジアサシンたちに被害が及ばない範囲で助けてやれ。これは暫定的な処置とし、後日正式な管理体制を敷く」
モモンガはそう矢継ぎ早に指示を出し、それでいいかとたっち・みーに視線で確認を取る。当然、たっち・みーに不満があるはずもない。静かに頷く。
了承したアルベドが去った後、モモンガとたっち・みーは示し合わせて円卓の間に転移した。
所定の位置に座ったたっち・みーは、ようやくナザリックに帰ってきたことを実感し、息を吐く。
「ふぅ……なんとかなりましたね」
「そうですね。色々と欲しかった情報がわかりましたし、今後役に立ちそうな現地の拠点を得られましたし……かなり前進したと言えます」
懸念すべきは、とモモンガは言う。
「監視魔法を放っていた存在……推定スレイン法国は問題ないとして、あのガゼフという男から、王国には必ず私たちの情報がいく……ということでしょうか」
「国に知られる以上は、一気に広まると考えていいでしょうね」
「ええ。表に裏に、どこまで情報が浸透するのか……今後はより慎重に動くべきだと思います」
いつかは知られてしまうこととはいえ、本当にこれでよかったのかとたっち・みーは考える。もっと潜んで行動した方がよかったのではないか。そう考え始めると、さすがに少し不安になってくる。村人を助けたことに後悔はないが、それでもナザリックを危険に晒すことになってしまうのなら、たっち・みーは衝動を我慢するべきだったのかもしれない。
「それにしても、たっちさん、全然鈍ってないじゃないですか! まさか〈善なる極撃〉を〈魔法攻勢防御〉で跳ね返すほどとは……数年間のブランクはどこやっちゃったんですか?」
モモンガが楽しげにそう問いかけてくるのを受け、たっち・みーは苦笑するしかない。
「あの手のは体に染みついてますから。……それに、ユグドラシルを引退したあとも、なんだかんだで思い出してはいましたからね」
一時期は夢にまで見たほどだ。日常生活でも、テレビのCMで何かのゲーム映像が流れた時、あの手の攻撃に対処するにはどの特殊技術が相応しいか、などということを思わず考えてしまったこともある。引退したつもりで、まったく引退できていなかった頃のことを思い出し、たっち・みーは恥ずかしくなった。
しかし、モモンガはそんなたっち・みーの言葉を聞いて、感動していた。
「たっちさん……さすがです」
「いえ、そんなことは……」
そう応えつつ、たっち・みーは少しの危惧を覚える。どうも、モモンガは自分を敬いすぎだと感じたのだ。さっきのアルベドに対して命令をしたときもそうだ。確かにアインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルドだったから、何かしらギルドとしての決定をするときは、ギルメンの意向を確認するのは自然な流れだろう。
しかし、先ほどのモモンガのそれは、たっち・みーの意向を優先しようという意思が透けて見えていた。それは、モモンガの中でたっち・みーが大きな存在すぎるからだ。
アインズ・ウール・ゴウンのギルド長はモモンガで、ここまでギルドを維持し続けてきたのはモモンガなのだから、たっち・みーの意向を優先しすぎるのはよくない。意見を戦わせる対抗馬としてウルベルトなどがいれば話は違ってくるのだろうが、いまはモモンガとたっち・みーの二人だけだ。
たっち・みーは自分が意識して、モモンガの意向を優先していくべき、という結論を出した。
(モモンガさんはよくても、守護者たちの中には不満に思う者がいるだろうし)
その脳裏には、デミウルゴスが浮かんでいた。
「さて……この世界における橋頭堡も得たところで……改めて、今後アインズ・ウール・ゴウンがどう動くべきか、コンセンサスを取っておきたいと思うのですが」
「ええ。私もちょうどその話がしたかったところです」
モモンガとたっち・みーは表情を引き締め、話し合いを始める。
「まず、この世界を知ること。これは必須ですね」
「そうですね。その上で、元の世界に戻る方法や、他のギルメンがこちらに来ているかを探りましょう。いや……ギルメンに限らず、ユグドラシルのプレイヤーがこちらに来ているかに注意しないといけませんね」
王国最強と呼ばれていたガゼフがあのレベルだったため、この世界の原住民にはほとんど敵がいないのではないかと二人は考えていた。無論例外的存在はありうるし、注意しなければならないが、いま知りうる中で、最大の警戒を抱かなければならないのは、自分たちと同じようにこちらの世界に転移した者がいるかどうかだ。
アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシル内において、悪名高いギルドだった。構成員が全員異形種であったことや、PKKを率先して行ったということが、大きく噂に尾ひれがついて「極悪非道なDQNギルド」と称されることもあった。もし、その情報を鵜呑みにしたプレイヤーがいて、こちらに転移してきていたら、敵対は避けられなくなる。恨みを買っていた自覚はあるが、かといってそれで攻撃されてはたまらない。
たっち・みーはワールドチャンピオンであり、ユグドラシルの中でも最強に等しかったが、それでも数年のブランクがある。最近導入された新要素には対応が遅れるだろうし、そもそもPVPに絶対はありえない。
だから、少なくともアインズ・ウール・ゴウンを名指しで敵対してくるような相手以外の、普通のプレイヤーとは友好的関係を築けるようにしておきたい。
「異形種になってしまった私達にとっては現地住民はさほど共感を抱かない存在ですが、恐らく人間種であればかなり元の人間に感性が近いはず……今回のように非道を行っていた悪人相手ならともかく、普通の一般人に対して虐殺を行えば、その印象はかなり悪いものになるでしょうね」
「できれば大義名分が欲しいところですね。ギルドに攻め込まれたときはともかく……今後、こちらから打って出るときは何かしら後ろ盾があった方がいい。可能ならばどこかの国に所属して、そこの後ろ盾を得たいところですが……」
「まだこの周辺国の情報が集まりきっていないので判断は難しいですが、下手な国家を後ろにつけると、後ろから刺されたり、内部から崩そうとしてくる可能性はありますね。そういう意味ではナザリックの者たちは大丈夫でしょうけど」
「……そうですね。いえ、しかし絶対の忠誠を悪戯に信頼するのは問題です。私が主な原因なのであまり言えませんが、忠誠を覆されないように、振る舞いなどには十分気を付けておかないと」
「むぅ……そうかもしれません。彼らが不満を抱え込まないように、上位者として十分注意しつつ、接する必要がありますね」
モモンガは納得し、頷く。そんなモモンガに対し、たっち・みーは一つの提案をした。
「モモンガさん。実はそれに関してひとつ考えていることがあるのですが……」
たっち・みーの提案を受け、モモンガはものすごく微妙な感情のオーラを発する。
その後、たっち・みーの提案を双方が納得するものにするための話し合いは、5時間にも及んだのだった。
ガゼフさんに生存フラグが立ちました(ただし極細ポール)