佐藤 練也。どこにでも居そうな少し人相の悪い男子高校生である彼は、ある日突然日常から遠く離れた非日常の世界へと足を踏み入れることとなる。彼自身もこんなことになるとは予測出来なかったであろう。出来なくて当然だ。彼は当初、友人複数名と共に外出先で今週最後の休みを満喫していた。友人達と別れた後は1人で星を眺めに山に登ったところ、そこで化け物と出くわし死闘を繰り広げ、挙げ句の果てにその化け物ごと自身を吹き飛ばすというぶっ飛んだことをやってのけた。
「....ん....。」
心地良い感触が、身体中を包んでいる。昨夜惨事が起きたことなど忘れてしまう程、穏やかな気持ちで練也は目を覚ました。
「ん?...此処は....?」
いつの間にか布団に横たわっているという状況を認識しつつ、周囲を見渡した。どうやら屋内に居ることは間違いない様だ。部屋の全容は純和風的で、畳張りの床に木目が露わになっている木で出来た天井。襖や押入れといった物以外は、特に目立つ物は見当たらない。
「(しかし、誰が此処まで運んでくれたんだろう...。)」
「失礼します。」
襖の奥から声が聞こえる。恐らくこの屋敷に住んでいる住人だろうと思い、練也は返事を返した。ススーッと襖が開かれると、そこには巫女服を着た1人の少女が正座の姿勢で廊下に座っていた。練也も布団の上で姿勢を正して少女に挨拶する。
「...あっ、おはようございます。」
「おはようございます。そんなに無理しなくても大丈夫ですよ。楽にしていただいて結構です。」
笑顔で挨拶を返す少女に対し、練也は姿勢を崩しながら礼を述べた。先程身体を調べたところ、何処にも異常は見られなかった。立つこともままならないあの状態から、よくここまで回復出来たもんだと、練也は内心驚いていた。
「助けてくれてありがとう。昨夜は、かなり迷惑をかけた。」
「気にしないで下さい、助かったんですから。私も力を尽くせて良かったです。」
この巫女服を着た少女が、どうやら自分を助けてくれたらしい。少女が身に着せている服装からして、此処は神社なのかと思えなくもない。露出度が高い巫女服、あまりにも華美過ぎる装飾。一般人がイメージする巫女のそれとだいぶ懸け離れている為、本職なのか若干疑う人間も恐らくいるだろう。
「あっ、自己紹介がまだでしたね。私はこの守矢神社で巫女をしています。東風谷早苗と言います。」
「俺は佐藤練也。普通の高校生だ。...いや。今は普通と言って良いのかな...?」
「.....とりあえず、詳しい話は後で聞かせていただきます。朝食の支度も出来てますので。」
「朝食...!?」
練也は驚いた。助けてもらった上に、食事まで用意してもらっているとは思わなかったのだ。良くて重傷を負いながらも生きているか、最悪なら死ぬであろうと、自身が吹き飛んだ瞬間、どちらの展開になるのか練也は考えていた。彼の予想は、良い意味で外れたのだった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
「はい。こちらです、案内しますね。」
早苗が丁重に練也を案内し、彼は早苗の後に続いて歩みを進める。練也は歩きながら、屋内を見渡した。見れば見る程立派な作りだと見てとれる。心なしか何処か清々しい、スッキリとした感じの雰囲気が漂っている。非常に過ごし易そうな場所だ。そう心の中で感想を述べている内に、朝食会場へと到着した様だ。早苗がある一室の前で歩みを止め、それに合わせて練也も歩みを止める。
「神奈子様、諏訪子様。昨夜の方をお連れしました。」
「わかった。それじゃあ早速入ってもらおう。」
襖の奥から誰かが返事したことを確認した早苗は、襖に手をかけてゆっくりと開けていく。襖が開かれたその向こう側には、2人の女性が顔をこちらに向けて座っていた。
「おはよう。身体の具合はどうだい?」
「見たところ、もう大丈夫そう?」
こちらに座っている2人の女性も、中々独特な装飾を身に付けていた。背中に注連縄が飾られていたり、目の付いた帽子を被っていたり。見たところこの2人は、先程早苗が襖越しでやりとりしていた神奈子様と諏訪子様という人物ではないだろうか?
「おはようございます。おかげ様でだいぶ楽になりました。」
「そうか。それは良かった。さて、早速朝食を食べるとしよう。」
「もうお腹ぺこぺこだよぉ〜。」
注連縄を背中に背負った女性。八坂神奈子は早速箸を持ち、その場に居る全員に食を促した。問題の食卓だが...。目の前にあったのは、とても一般家庭で出されるとは思えない高級料理ばかりだった。大量の刺身に、揚げ物。味噌汁、米、野菜類等のソレ等が机の上に所狭しと並べられており、練也はそれを見た途端に腹の虫を鳴らしてしまった。その音は先に食卓を囲んでいた神奈子や諏訪子、早苗の耳に届いた。
「やはり腹を空かせていた様だな。昨日はその音で安眠を妨害された様なものだが...。」
「凄い音がしたよね〜。」
「看病中は、私も驚いちゃいましたね。」
微笑みを浮かべる3人。箸を持とうとした手を一旦静止させ、硬直する練也。確かに言われてみれば、今は凄まじい空腹感に襲われている。フリーズしている練也に神奈子が声をかけ、その声によって彼はふと我に返った。
「腹が空いているのなら、たらふく食べると良い。この後お前には聞きたいことがたくさんある。それをやるためにも、今は体力を養ってもらわないとな。」
「.....。いただきますっ!」
守矢神社の朝の食卓は、何時もと違う食卓になるのであった。