東方 躍動仮面   作:佐藤練也

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第20話 優しき者 前編

 

 

 

「はあ...はあ...。」

 

 

 

ある1人の少女は、全力で駆けていた。その顔には焦りが露わになり、汗が滴っていた。服は純日本的な服装。桃色を基調とした和服に身を包み、紅色の帯を巻いている。履いている草履も紐の部分が華やかな色で、女性的な印象である。顔も美しい。しかしこの外見からは想像出来ない事実を、彼女は抱えていた。

 

 

 

「(何故だっ...。何故、あの時...!)」

 

 

 

心中で自分に叱責を浴びせながら、必死に駆けて行く。外の世界とこの幻想郷では、大きく異なる部分がある。妖怪や人外的な存在や、常識では計り知れない現象の発生。そして今この場で言うべきことは...。

 

 

 

「くっ....!」

 

 

 

道路が舗装されていないことだ。少女はひたすら駆けることに専念していた為、躓いてしまった。勢い良く転び、華やかな色の着物は土に汚れた。付いた汚れを両手でぱんぱんっと払い、ふと周りを見る。今自分が居る場所は何処かはわからない。欝蒼たる竹林が存在し、そこにある竹はどれも背が高い。見上げる程に成長した竹の上に存在する空を見上げる。青空が広がり、その中に太陽が光輝いていた。太陽の位置的にはもうすぐ昼を回る様子。少女は道の端に座り、一旦休憩することを決めた。

 

 

 

「(何故、私はあの時...。あの子を殺せなかったんだ...。)」

 

 

 

 

事の発端は数時間前まで遡る...。

 

 

 

彼女が幻想郷に迷い込み、人里のあまり人気が無い場所に現れる。自分が当初居た場所とは文明の域が明らかに離れていると理解し、その段階で何かしらの変化に気付いた。

 

 

 

「(明らかに、文明が違い過ぎる...。)」

 

 

 

辺りを警戒しつつも、ターゲットの選定をする為移動を開始。...しようとした彼女の下へ、1人の存在が近付いて来た。こんな人気があまり無いところに、年頃の少女が何をしているのだろう。しかしコレは好機だと、彼女は思った。その少女をターゲットとして選定し、擬態すれば事は順調に進む。ゆっくりと路地裏から出て、少女に自身の姿を見せる。

 

 

 

「.......。」

 

 

「..........。」

 

 

 

 

おかしい...。普通の人間であれば、彼女の姿。ワームの悍ましい姿を見れば大きな叫び声を上げるか、その場で即倒する程の容姿だといっても過言ではない。道端にいるその少女は、叫び声を上げようとも、その場から走って逃げようともしない。少女からは生気が感じられなかった。身体は脱力し、見つめるその瞳は死んだ魚の目の様に暗い。この少女に一体何があったのか...。ついそう考えてしまう。

 

 

 

「(とりあえず、この姿のままでは危険か。ひとまずこの少女に擬態しよう。)」

 

 

 

瞬く間に少女の姿へと変貌を遂げたレプトーフィスワームは、少女の記憶を読み漁る。家族は自分がまだ小さい頃に他界し、今は独り身。友達も居ない。心を閉ざしたまま、今も生き続けている。.......成る程。ご覧の有様にもなるわけだ。次に擬態したワームがとるべき行動は、勿論選定したターゲットの抹殺だ。しかしこの少女に対してそれが出来るのかと問われると、彼女の中では微妙なところであった。

 

 

 

「(...今を生きながら死んでいる。この子の目は、私にソレを訴えかけている...。最早恐怖という感情も忘れる程、大きな衝撃を受けている。)....。」

 

 

 

思考を頭の中で巡らせながら、片腕を変異させ少女に向かい振り降ろそうとする。頭部の上で振り上げる動作を止め、いよいよ少女の首を狩る準備が整ったところで、少女が暗く澱んでいる瞳をレプトーフィスワームに向けながら言った。

 

 

 

「.....私は、....これから、どうなるの.....?....お父さんや....お母さんの、所へ行けるの......?」

 

 

「........!」

 

 

 

その少女の言葉を聞いた瞬間、レプトーフィスワームは腕を振り降ろした。しかしその腕が少女の命を奪うことは無かった。少女の首にほんの一寸ばかりか届かない距離で、レプトーフィスワームは攻撃を止めたのだ。少女が自分の言葉に想いを載せて、彼女に何かを伝えた様だった。家族が居る暖かい家庭。楽しかった日々。突然それが壊され、悲しみに暮れる日々が訪れる。やがて涙も枯れ、彼女には何も持つものは無くなってしまった。

 

 

 

「(今の、感情はなんだ.....?!何故、こんなにも.....!)......。」

 

 

 

「......殺さないの.....?」

 

 

 

「うるさい...!...うるさい!」

 

 

 

 

....そして、この竹林まで逃げてきたのである。

 

 

 

「.....。」

 

 

 

少女の姿に擬態したレプトーフィスワームだったが、少女の命を奪うまでには至らなかった。複雑な心境だ。何故人間の感情等に、自分が惑わされているのか彼女は不思議でたまらなかった。...特に名前。少女の名前を擬態した時にわからなかったのは、彼女の心に大きな衝撃を与えた。まるで自分の事の様に心が痛む。胸が破裂しそうだ。この精神的な苦痛の中、あの少女は今まで1人で生きてきたと考えると、尚心が痛む。

 

 

 

「(まさか、討ち損じるとは...。)」

 

 

 

竹林の道端に座り込む少女の姿をしたレプトーフィスワーム。ソレを傍観する1人の白兎が、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「(ちょっとだけ、からかってやろうかしら...。)」

 

 

 

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