朝。太陽が東から顔を出してから2時間ぐらいが経った。人里の上空を飛んでいた文。彼女は手に何やら新聞記事の束を持ち、ソレを景気良さげに人里に向かいばら撒いていた。
「号外ー!号外ですよー!」
人里の家屋に新聞が行き渡る様に、どんどん配布していく。ソレを屋内から見た慧音は、文を見送りがてら舞い降りて来た記事を手に取り読み始めた。
「(号外っぽい記事は...。これか。)」
「慧音、居る〜?」
慧音が住む建屋に、1人の少女が訪ねて来た。声の主は慧音の親友であり、人里の近くに住む藤原妹紅という少女。白い髪を腰あたりまで伸ばし、赤や白を基調とした衣服に身を包んでいる。慧音が玄関まで行き戸を開け、妹紅と話し始めた。
「どうした、妹紅。」
「ああ、今日は伝えたいことがあってね。昨日魔理沙が私達に言ってた外の怪物についてなんだけど。」
「たしか、ワームというものだったか?」
妹紅が話した内容。それは村人が忽然と姿を消す、という内容だった。しかし変なことに、その姿を消した村人達は必ず翌日には戻って来るということ。それが昨日から起きているらしい。妹紅や人里の自警団も最初はただの偶然かと思ったらしく、あまり気にも留めていなかった。しかしそれが1日に何回も続くとなるとどうも不審に思えたらしく、今現在その現象については調査中とのことらしい。妹紅は話を続けた。
「昨日の段階で確認されたのは、5人程。紛れもない、此処に住んでいる住人達だった。これまでと合わせると20人近くがこの現象の影響を受けている。慧音、コレは何かあるとは思わないか?」
「ワーム共の手引きによるものだとすれば...。異変の可能性も否定出来ないな。」
「村人達は村に帰って来てからも、いつもと同じ様に生活している。”何事も無かったかの様に”ね。そこが、私の気になるところさ。」
「...。子供達が心配だ...。今日を除き、当分の間寺子屋は閉じよう。」
「その方が良いかもね。子供達も危険な目に合うかもしれないし。...ていうか、何読んでるの?」
「あの天狗が書いた号外記事さ。今回はまともな記事が載っていて私も驚いたが。」
「へえ。どれどれ...。」
人里では今日以降、この現象が治るまでは厳戒令が敷かれることとなる。時を同じくして、永遠亭の台所。鮮やかな着物を着た1人の少女が、包丁を使い野菜を手際良く切っていく。トントンとまな板を包丁で叩き、音を鳴らすその横にはうさ耳の少女が居た。出来上がった汁の味を確かめる為に、お玉を使って味見をする。
「ん〜、良い味。そっちはどう?」
「あと、もう少しで切り終わる。」
2人の少女。レプトーフィスワームと鈴仙は、どうやら朝食の支度をしている様だ。台所から匂う美味しそうな匂いに連れられて、悪戯好きの兎。てゐが姿を見せた。
「お腹空いたあ〜。」
「我慢しなさい、てゐ。せっかくあの子達が美味しい料理を作ってくれているんだから。」
てゐが卓袱台の前に座った後、程なくして永遠亭の医師である永琳が姿を見せ、卓袱台の前に同じ様に腰を下ろした。
てゐが料理が完成するのを首を長くして待っていると、台所から鈴仙とレプトーフィスワームがやって来た。
「師匠、お待たせしました。」
「...てゐも、お待たせ。」
永遠亭の朝食は、普段の面子に加えて新たなメンバーが加わっていた。少女に擬態したレプトーフィスワームは、静かに朝食を食す。フッ、と擬態した少女の記憶と今の自分が置かれた状況を照らし合せてみる。どうやらあの少女も、昔はこんなにも平和に暮らしていた様だ。しかし、今の少女に家族は居なかった。皆、病によって死んだからだ。
「....。」
「どうしたの?どこか具合でも悪いの?」
レプトーフィスワームの箸が止まっていることに気付いた鈴仙は、心配そうに彼女に問いかけた。声をかけられたことで、レプトーフィスワームはふと我に返る。
「...いや、なんでもない...。」
「.....。」
朝食を済ませた後に、レプトーフィスワームは永琳に連れられとある一室へと向かう。そこは大量の医薬品等が収納されているスペース、薬品庫だった。棚の中に所狭しと並べられている医薬品の中から、永琳は手早く多数の医薬品を取り出し背負い込み型の薬箱に入れ始めた。
「...何を、している...?」
「人里に売りに行く薬を入れているのよ。はい、コレを持って行ってちょうだい。」
「...私が、人里に...?」
「そうよ?ちょっとだけ手伝ってもらうわ。本当は鈴仙がやる仕事なのだけれど、彼女は今日お休みだから代わりに貴女に行ってもらおうと思って。竹林はてゐに案内させるから、心配しなくて良いわ。」
「...わかった...。」
まさかの、まさかの展開だった。自分が本当にワームという生命体なのか、レプトーフィスワームはそう考えながらも薬箱を背負い、てゐと共に竹林の中を歩いて行く。
「この竹林は私の縄張りみたいなものだからね。気をつけないと罠にかかるかもよ?」
「そうか...。気を付けよう。(人間相手にはわからないが、ワームに通用するのか微妙なところだがな...。)」
少し歩くと、竹林の出口が見えてきた。てゐに見送られながら、レプトーフィスワームは人里に向けて歩き出す。ワームが人を助ける薬を売りに、人里まで歩いて行く姿など想像する者は居るだろうか?まず居ないであろう。ワームは外の世界では人間に恐れられているのだから。
「此処だな...。」
活気に溢れている、人間達の居住地。人里へと到着したレプトーフィスワームは、早速薬を売ろうと人里の中を歩き始めた。道行く人々は皆自分と同じ様に古風な服装に身を包み、楽しげに生活を営んでいる。レプトーフィスが歩きながら薬を売っている途中、1人の少女が彼女に近寄って来た。
「(...誰だ...?)」
すぐに記憶の中から近寄って来る少女の姿を探すが、該当する人物は居なかった。笑顔を浮かばせながら此方に近付いて来る少女は、久々の再会を喜びレプトーフィスワームの手を握りながら言った。
「皐月ちゃん?!私のこと覚えてる!?昔寺子屋で一緒に慧音先生の授業を受けてた!」
「(皐月...。この子の名前か...?)...ごめん...、覚えていない。」
レプトーフィスワームはこれ以外に、彼女に対して言うべきことは何もなかった。この皐月と呼ばれる少女の記憶は抜け落ちている部分が大半で、昔会った友達の記憶も綺麗に消えていた。辛うじて残っていたのは、両親の顔と、慧音と呼ばれる女性の顔、自分の生い立ちぐらいだった。家族を失った時、余程大きな衝撃を受けたのだなとレプトーフィスワームは改めて痛感した。
「そっか...。随分と会ってなかったもんね...。それより、今は何をしてるの?」
「...薬を売っているところ。まだ来たばかりだから、もうしばらく里に居る。」
皐月が薬を売っていると知った少女は、目を輝かせながら詰め寄ろうとする。しかし仕事中であることに加えて、記憶から消えてしまった相手と話すというのはどうも罪悪感が湧いてくるようだ。少女に言葉を放ち、皐月はその場から逃げるように立ち去る。
「ゴメン...。私は仕事中だから...。」
そのまま人混みの中へ消えて行くレプトーフィスワーム。気を取り直して薬を売り始めたが、先程会った少女との会話が頭から離れない。自分が擬態した皐月のことが気になり、薬を売っている最中に上の空になってしまった。
「(...はっ...。何をやっているんだ、私は...。)」
どうも気になる、あの皐月という少女。居ても立っても居られない気持ちを抑えきれずに、皐月に擬態したレプトーフィスは足早に歩き始める。
「(私は、あの子と会って何をしなければならない...?何故こんなに感情だけが先行して湧き上がる...?!コレが人間という生き物なのか...!?)」
人里の中を雑踏を避けながら歩くレプトーフィスワームの姿を、フィルムに収める1人の男が居た。マゼンタカラーのトイカメラを持った1人の長身の男は、興味深げな仕草を見せた。正真正銘、門矢士である。
「(ワームが人里に潜んでいるという情報は掴んでいたが、アイツはその中のイレギュラーということか。何回かそういう例は見たことがあるが...。)」
士は雑踏の中をゆっくりと歩みを進めた。それを追うかの様にして、複数人の村人達がその後を追跡する。それを更に監視するかのように、スキマから様子を伺う紫。口元を扇子で隠しながら微笑み、彼女は言う。
「(さて、お手並み拝見といきましょうか...。)」
人里に、不穏な空気が漂い始めた...。