人里から少し離れた場所に一軒だけ寂しげに佇む、数多くの雑品に囲まれた家屋があった。よく見れば、そこには1人の男が雑品の1つ1つを入念にチェックしながら、何やら張り紙をペタペタと貼っている。
「今日もいつも通り、客は来ないか...。まあ、慣れてるけどね。」
男が雑品に貼り付けていた紙には、『特売品!元値の半額で販売中!』という文章が書かれており、その紙が風に揺られる様は、まさに虚しいの一言に尽きるものであった。その家屋には1つの看板が、玄関の傍にちょこんと掲げられていた。
『香霖堂』
それがこの家屋の名称。この幻想郷で、恐らく最も商売が繁盛していない萬屋の名前である。香霖堂の店員兼店長を務めるのは、たった今商品に張り紙を貼っていた男。彼の名前は、森近霖之助と言った。
「さて、処置も終わったことだし。中に戻ろうかな。」
まさか今の作業は、客寄せの為の処置だとでも言うつもりだろうか?気休め程度にしかならない作業を終え、霖之助は香霖堂の店内へと入って行った。所狭しと並べられている商品の間を通り、レジカウンター付近の椅子にゆっくりと腰掛ける。その彼の側には、ある1人の少女が商品を漁っていた。
「魔理沙。君は商品を買う気があるのか?」
「んー?死ぬまで借りる気ならあるけどな。」
「人はそれを盗みと言うんだよ。」
霖之助が最もなツッコミを少女に入れる。白と黒を基調とした色合いの服装に、箒ととんがり帽子を身に付けた、まるで魔法使いを彷彿させる格好をした少女。霧雨魔理沙はふぅっ。と1回溜息を吐き、漁るのを止めた。
「おいおい、香霖。それは言い掛かりだぜ?私は盗むとは言ってない。借りるって言っただけだぜ?」
「さっき君が発した言葉の意味を、もう一度自分の中で考えてみた方が良いんじゃないかな?」
「まあ細かいことは気にするなって。そうやってると、今にでも禿げるぞ?」
「今までで一番の余計なお世話だね。」
自身の眉を若干ヒクつかせながら、必死に何かを堪える霖之助。そんな会話をしている2人の下へ、また新たな存在が姿を見せる。香霖堂の前へ舞い降りた、紅白の巫女服衣装を身に纏った1人の少女。手にはいくつかの護符が握られており、少女はそれらを持って香霖堂の扉を開けて店内へと入って行く。
「霖之助、入るわよ。」
「もう入ってるぜ。」
「やあ、霊夢。いらっしゃい。」
霖之助は、巫女服衣装を身に纏った少女。博麗霊夢を歓迎するかの様に出迎えた。魔理沙のツッコミを気にも留めずに、霊夢は霖之助の近くへと歩みを進めた。真剣な表情を崩さない彼女の様子を、魔理沙は不思議そうに見つめる。
「”例のモノ”は此処にあるって紫から聞いたわ。」
「わかっている。僕も自分の手には負えないと思って、君にお願いしようと思っていたんだ。」
2人の会話の内容を、魔理沙は理解していない様だった。”例のモノ”と言われても、彼女にはどういうモノなのかさえ見当がつかない。しかし、とても強大な力を持つモノの気配は感じ取ってはいるようだ。魔理沙はただ黙って2人の話を聞いていた。
「コレが、その”例のモノ”だよ。」
「そう...。」
霖之助が何処からか取り出してきた、そこまで大きくはないサイズの木箱。それを見た霊夢は、木箱越しから何か強大な力が溢れ出てくるのを感じた。手に持っている護符を木箱に貼り付ける。そうすることで溢れ出ていた力が、微塵も感じられなくなった。
「これでとりあえずは大丈夫ね。」
「ああ。ありがとう、霊夢。おかげで助かったよ。」
「お礼を言うのはまだ早いわ。このお札は一時凌ぎの、言わば気休め程度のものよ。また後日新しいお札を持って来るから、それまでお札は剥がさないようにして。」
「わかった。」
そう言って出て行く霊夢を見送る魔理沙と霖之助。木箱の中に眠る強大な力が、後日目覚めることを知る者は、皆無であった...。
「あれが博麗神社の巫女、博麗霊夢か...。」
霊夢が香霖堂を出た後、いつの間にか出現していたスキマの中で、1人の男が呟いた。その横で紫が男に対して言葉を述べる。
「そう。この前伝えた通り、彼女がこの幻想郷を囲む博麗大結界の大元になっている人物よ。」
「世界を囲む結界の大元か...。通りで札一枚だけで力を封じ込められるワケだ...。」
男は表情を険しくしたまま、霊夢が持つ力に関心を抱いた。先程まで木箱から溢れていた力の気配は消え、元々そこには力を持つモノは皆無であったかの様に思える。しかしこの男は何者なのか...。それは八雲一家だけが知っている、不思議な存在だった。
「何か、近いモノを感じる。あの箱の中身から...。」
「私もただならぬ力をあの中身から感じているわ...。貴方のソレと同じぐらいにはね。」
懐から”あるモノ”を取り出す士。彼が手に持つソレは、絶大な力を秘めたモノだった。
「....異変が起きた時は、俺も協力する。この世界に受け入れられた人間の1人として、一役買わせてもらおう。」
「そう言ってもらえると、助かるわ。」
「俺はそろそろ帰る。邪魔したな。」
「ええ。気を付けてね。」
スキマの中に突如現れた謎の空間。鉛色のオーロラとも言える、その空間に男は消えて行った...。
微風が吹く中、守矢神社の境内では練也と早苗が博麗大結界の大元である博麗神社に向かう為、準備を始めていた。準備と言ってもそんなに荷物を多く持って行くわけではなく、我が身1つさえあれば良い話なのだ。問題はそこにどうやって辿り着くかである。
「さて、行きましょうか。...と言っても、練也さんは空を飛んだことは...。」
「無いな。あるとすれば、昨日”吹っ飛んだ”時ぐらいか。」
「そうですか...。確かに幻想郷に来たばかりの人が、遠くまで飛べたという話はあまり聞いたことがありませんね...。」
「飛べるんだったら、すぐにでも飛びたいけどな。」
早苗にはははっ、と言いながら笑顔を作り、練也は自身の身体に意識を集中させた。飛ぶ方法がわからないならいざ知らず、昨夜の感覚を思い出せずにいた練也は、必死に感覚を呼び起こそうとする。
「ふんっ!」
地面を両足で、全力を込めて蹴ってみるが....。
「ぐえぇっ!?」
「大丈夫ですかっ!?」
「...だっ、大丈夫っ!」
結果は躓き、境内に顔面からダイブするといったものだった。
「むむっ?何やら特ダネの気配が...!」
それを上空から見ていた1人の烏天狗が、カメラを手に境内へと舞い降りた。